おまえよわそうだな
冒険者集会所。朝に依頼が更新され、目ぼしいものはすぐに無くなった。ある者は受付に行き、貼り出されていない別な依頼がないか尋ね、ある者は受注したかった依頼のパーティーに加えてもらえないか交渉する。
そして、中にはこういう者もいる。
「期限切れ間近の依頼、ありますか?」
受付嬢はにこやかに返答する。
「はい。数件ありますよ」
佐伯は渡された数枚の依頼を、マリーと吟味する。
「残っているのは…やっぱり滅茶苦茶高いか滅茶苦茶低いかだな」
「これなんてどうでしょうか?『迷子の捜索』」
「駄目だ。Eランクって書いてあるが、情報が少ない。なんだよ、『6歳くらいの少女、かわいい』って」
「たしかに…。あ!これにしましょう!」
「どれどれ…。うん、いいな」
受付嬢が尋ねる。
「お決まりになりましたか?」
「ええ。『エルフの警護』を」
エルフの警護。難易度はA。理由は単純で、自身の命を投げ出す必要があるから。生きていく事が第一の冒険者にとってはかなり難しい仕事と言える。
また、この警護依頼は少し特殊で『火系統の使用禁止』、要するに『火炎系魔術』と『銃火器』の使用が許されていないのだ。Aランクを受けるような冒険者は大抵、遠距離装備は弓矢より単純で強力な銃火器にしているうえ、魔術師もメジャーな火炎系魔術を使用する事が多い。なので、ほとんどがこの条件を満たせないのだ。
冒険者が期間内に誰も受けなかった場合、国から派遣して妥協してもらおうと考えていたところを、佐伯達が受注したのだ。
「かしこまりました。いつも期限切れ間近の依頼受注、ありがとうございます」
「お気になさらず。マリー、回復薬と防具はあるか?」
「はい。出来るだけ軽量な物を選びました」
「了解。じゃあ、先に他の準備をしていてくれ」
マリーは少し駆け足で街へと赴く。
彼女の姿が見えなくなってから、佐伯は受付嬢に尋ねる。
「依頼箇所周辺の状況は?」
他の冒険者に聞かれぬように小声で答える。
「かなりマズイです。今回の依頼も本来は国として行うべきなんですが、そうすると他種族の反発を過剰に煽る結果に…」
これが、『本当の』受注されなかった理由であろう。Aランクを請けるくらいの一流なら、他種族の情報もある程度は入ってくる。今回のような他種族との争いに関与するよう可能性があることに、彼らが協力するはずもない。関与しても、自分で自分の首を絞めるだけだ。
改めて報酬を確認する。その額は護衛、制限アリという事を踏まえても破格であった。多分、国からの補助が上乗せされているのだろう。
佐伯は周辺の索敵を目的とするために尋ねる。
「…同地域の依頼はあるか?」
「はい!今回もお願いします!」
エルフの森。排他的なエルフであるが、時として今回の様に人などの他種族を招くことあるため、ある程度文明的な要素を取り入れている。
検問で依頼の紙を見せ、通してもらう。街までの移動中、マリーは佐伯に尋ねる。
「あの…エルフは『精霊』ではないんですか?」
その問いに佐伯ではなく、エルフの男性が答える。
「昔は、な。だが、ある時エルフの王が魔法使いと交渉してから私達は『種族』になった。簡単に言えば、誰にでも見えるようになったのさ。あぁ、別に君達人間を恨んではいないよ。そのお陰で森林の過剰破壊は止まったのだからね」
少しマズイ質問をしてしまったか、と思ったマリーであったが男性の優しさに救われた。過激なエルフだったなら、その話を聞いただけで自分達は追い出されていたに違いない。
やや大きな家の前まで案内され、男性は二人に言う。
「では、奥で説明を受けてくれ。正直な話、俺も依頼内容は良く知らないんだ」
そういって彼は去っていった。
佐伯がマリーに尋ねる。
「いくぞ。心の用意はいいか?」
「はい!」
マリーの力強い返事を聞き、佐伯は前に進む。
「失礼します。依頼を承りやってきました『ヨースケ・サエキ』と『マリー・デュカス』です」
中にいたのは、シワの深い男性のエルフと人間で言うなら20代前半くらいの容姿をした女性のエルフだった。
男のエルフは二人に言う。
「おぉ。ようこそ、私達の街へ。お茶を用意しなさい」
「お構い無く。さて、護衛の依頼という事ですが、具体的な内容をお聞かせ願います」
佐伯の問いかけに、男は答える。
「私の娘が隣の街の者と結婚するのですが、挙式はここで行うのです。実は、この辺りは他種族とのいざこざが度々起こる地域なので、婚礼の儀の最中にこれ見よがしに他の種族が攻めてこないとも限りません。そこであなた方に村の周辺の警備をお願いしたいのです」
「承りました。婚礼はいつでしょうか?」
「明後日です。一度帰還されても構いませんが…出来れば村周辺の状況確認も含め、留まっていただきたい」
「私は構いません。マリーは…」
「私も大丈夫です。娘さんの婚礼の儀、なんとしても成功させましょう!ね、サエキさん!」
佐伯とマリーは娘に連れられ周辺の状況を確認に回る。
「この街は森に囲まれていますが、街の外周は二段階の防壁が施されていて容易な侵入は出来ません。さらにその外側では『気配感知』の魔術が常時発動されています」
マリーが尋ねる。
「なぜ常時発動しているんですか?もしそれが破壊されれば、防衛能力はかなり低下すると思います」
「街の中央にある家…私の家に保管されている『秘石』を利用しています。申し訳ありませんが、原理は私にもわかりません」
内側の防壁にたどり着く。佐伯は軽く触れ、周囲を見回してから訊く。
「監視場所は全部でいくつありますか?」
「東西南北に3箇所ずつで、計12箇所です。もうひとつは2箇所ずつの計8箇所です」
それを聞いて佐伯は深く悩む。
「サエキさん…?大丈夫ですか?」
「あ?あぁ、問題ない。通用口も限られているんだろう?」
「はい。必ず監視場所の付近になるよう配置しています」
端的には通用口以外が突破される可能性を考慮していないとも言えるが、そうするとどうしても防衛に割く人員が多くなってしまい、街自体の機能が低下する。そこは防衛の難しいところである。とはいえ、突破されやすい通用口の守りを固めるのはセオリー通りではあるだろう。
なにより、そういう『不測の事態』のために佐伯とマリーは呼ばれたのだ。
最後に案内されたのは街の外。来たときはわからなかったが、街へ侵入するものを阻むトラップが張り巡らされていた。
「これらの罠はエルフ達にとって常識の範囲内です。なので、引っ掛かるのは他種族か、記憶を失った者くらいですね。お二人もお気をつけくださいね」
興味本意で触れようとしていたマリーを制止するように娘は言った。マリーは慌てて手を引っ込める。
「はい!問題ありません!」
「フフフ。これで以上です。何かお二人から質問はありますか?」
「あ、じゃあ私から」
佐伯が質問する。
「仮に全防壁を突破された場合、逃走ルートはどのように考えていますか?」
「基本的には敵が来た方向とは逆、と考えています。完全に包囲された場合は、人間の街が最も近い『西』ですね」
そして、その日の活動は終了した。
深夜、外壁に忍び寄る者達がいる。彼らの姿は、彼らにしか見えない。魔術の効果だ。
もともとはある獣人が村の防衛に使用し秘匿されていたものだが、ある開拓者によりその情報が開示された。さらに魔術師達がこぞって改造を施し、現在流通している魔術式になっている。彼らが使っているのは、その『改造途中』のもの。安定性が低いかわりに、応用が効く代物だ。
隊長らしき男が隊員に呼び掛ける。
「…総員、撤退。エルフ以外の存在がいる。夜襲は中止。彼らには戦力の増強を呼び掛けろ」
その言葉を聞き、彼らは再び闇へと紛れていった。
マリーが佐伯のいる部屋の扉をノックする。そこから数分待っても出てこない。再びノック。さらに数分待機。
「サーエーキーさーん!朝ですよ!!」
さらに強く扉を叩く。
少しして佐伯が起きてくる。
「…おはよう。おやすみ」
扉を閉める。
「あー!まって閉めないで!閉めないでください!」
マリーが手を突っ込んで完全に閉まるのを阻止。佐伯は少し開けて尋ねる。
「じゃあなに?」
「朝食が出来たようなので、呼んできてほしいとのことでした」
「それは…行かないと申し訳ないな」
朝食。森を拠点としている種族のため、草花がメインとなっている食事だった。食事中、男のエルフが尋ねる。
「どうでしたでしょうか?昨日見た防衛設備は。何か至らない点があれば、街の者達にお伝えしますが…」
「おおむね問題ありません。あえてあげるとするならば、『気配感知』の魔術に反応しない場合も考えておいた方がいいでしょう」
「反応しない相手がいるかもしれませんしね」
「わかりました。警備をする者達にはその様に伝えておきます」
佐伯が付け加えるようにいう。
「あと、もし今日から来客するエルフが多いならば警備の人員を少し増やしておいてください。浮わついている時ほど警備が緩み、侵入者を許しがちですので」
「その事も伝えておきましょう」
「ご馳走さまでした。マリー、食べ終わったか?」
「あ、はい!美味しかったです」
「満足していただきなによりです」
佐伯は立ち上がり、部屋をあとにする。マリーも佐伯についていく。
「サエキさん。そういえば今日の予定をまだ伺っていませんでしたね。どうされますか?」
「ん?えーっと、『村人と交流を深める』」
「はい!…ん?」
街には佐伯の予想通り、昨日よりもエルフが多くいる。服装から判断して別な所から来たエルフであることは明白だった。マリーは彼らに話しかけることも考えたが、彼らには彼らの話があると判断し、この街の住人だけが集まっている場所に移動することにした。
二人がたどり着いた場所は訓練所。
「お、ここなんてどうだ?弓矢得意だろ」
「あなたエルフ舐めてません?私なんかよりよっぽど優れてますよ」
「知ってる。だから勉強してこい。すみませーん!実は私の連れも弓矢が得物なんですよ!」
「あ!ちょっ!」
「そうだったんですか。私共と比べてみたいという事ですか?とりあえず、中でお話しましょうか」
エルフの男は快く中に入れてくれた。マリーは肩身の狭い思いで入る。
佐伯が話始める。
「いやぁ、私は遠距離装備をほとんど所持していないので彼女に何も教えることが出来なくて。そこでどうでしょう?あなた方の技術をマリーに教えるというのは」
「サエキさん何を勝手に!すみません、迷惑ですよね」
「構いませんよ。明日は共に警備する身として、一緒に訓練するのは悪いことではないと思いますし」
「いいんですか!?」
エルフによる弓の指導。場合によっては銃火器を越えうる彼らの技術の指導を人が多くすむ街で行えば大金が稼げるだろう。事実、たまにやって来るエルフ達が開く青空教室には身分職業関係なく多くの人間が集まる。
そんな事を彼らは易々と受け入れてくれた。マリーは恐縮して聞き返す。
「…本当に大丈夫でしょうか?」
「ええ。ただし、無茶はしないこと。それだけは守ってください」
「はい!」
「あなたはどうしましょう?一応近接戦闘の訓練もありますが」
男の提案に佐伯は返す。
「それでもいいんですが…私は外の衛兵達から情報を仕入れてきます。というわけでマリー、頑張れよ」
佐伯はそう言って外壁へと向かっていった。
訓練所。マリーは矢を放つ。中心に命中。
「フム、集中状態であればしっかり命中すると。確かに通常の人間で言うならば、得意に違いありませんね。ただ、実戦で用いるには狙いを定める時間に取られて弱い」
男は的確にマリーの悩みを突いてきた。彼女の実戦での使用経験は1度しかない。その命中もまぐれであった。
「では、次は一定時間内に2発放ってください」
どちらも命中はしたが、かなりギリギリの位置だった。
「3発どうぞ」
1発のみ端に命中。最初と比べるとかなり命中率は低い。
エルフは少し考えてから言う。
「同時に2本は出来ますか?」
「やったことはありますが…あまり出来はよくないです」
「やってみてください」
1発は中心に、もう1発は端に命中した。
エルフは笑顔を浮かべながら言う。
「あなたの課題が決まりました。速射を練習しましょう」
佐伯はエルフの男達から許可を貰って外壁の外の状態を確認する。地面を撫で、木を触り、音を聞く。エルフの男が見張り台から声をかける。
「大丈夫でしょうか?」
「ええ。問題ないと思いますよ。そうだ。トラップの事なんですけど、エルフならば誰でも解除出来る物ですか?」
「まぁ、子供で無ければ」
「ありがとうございます。少し奥へ進んでみますね。1時間経過しても私が帰ってこなかったら助けてください」
「あぁ、わかりました。お気をつけて」
そうエルフと約束し、佐伯は奥へと進む。マリーと受けた依頼とは別の依頼を達成するために。
数時間後、訓練所。佐伯が帰ってくる。怪しまれないように『わざと』罠に引っ掛かったため、やや帰るのが遅れてしまった。
エルフ達と談笑していたマリーは佐伯に気づき、声をかける。
「あ!サエキさーん!私感動しました!やはり彼らの技術は素晴らしいです!こんな私でも短時間で成長できました!」
「良かったな。俺はミスったわ、うっかり罠に引っ掛かっちゃってさ」
「なにやってるんですか。とりあえず、成長した私の技術見てください!」
放つのは同時に3発、目標は4つ。マリーは深呼吸して集中し、狙いを定め…放つ。命中。さらに放った直後にすぐさま1発放つ。これも命中。
佐伯は思わず拍手しながら提案する。
「おーすげぇ。新米冒険者とは思えない技術だな。試しに俺に射ってみるか?」
「それはちょっと…」
「実戦は誰が相手か分からないぞ。やっておけ」
「…はい!」
佐伯は剣を鞘に入れたまま構える。安全の為に一応、ということだった。
「いいぞ、好きなようにやってくれ」
それを聞いてマリーは2発構え、狙いを定める。腕と脚を狙い発射。佐伯は最小限の動きで回避。完全に読まれている。だがここで止めては意味がない。すぐに2発装填、発射。
佐伯は1発を避け、もう1発を受け流す。
「嘘…!!でも!」
マリーは渾身の3連射を繰り出す。今回の訓練のお陰で、命中率はかなり上がっている。全て直撃コースに入った。
だが佐伯は今まで見たことない動きで回避しつつ急接近、慌てて装填しようとするマリーの首に軽くチョップ。呼吸のリズムを1度崩されたマリーに、佐伯は脚をかけて転ばせる。
「きゃっ!!」
「おっと危ない。足元がお留守ですよ、お嬢さん」
先程まで前にいた佐伯が後ろから足と背中を支点にして持ち上げ、マリーを支えている。
「あ、ありがとうございます…」
「なーんて言われる暇もなくお前は死ぬぞ。気をつけなさい、お嬢ちゃん」
「子供扱いしないでください!」
「それならこうやって俺に支えられる様な状況になるなよ」
マリーは言われて始めて今の自分の状況に気づく。完全に『お姫様だっこ』を決められている。恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
「……おろして…ください」
「かしこまりました、お嬢様」
「だーかーらー!!それやめてください!!」
佐伯はマリーを無視して男に尋ねる。
「それで、マリーはどうでしたか?今の実戦的な動きは」
「あ、あぁ。この短期間の訓練を考えてもかなりいいと思う。思うんだが…」
「なにか?」
「…君は『何者だ』?」
佐伯は少し暗い笑顔で答える。
「大切な何かを失った男ですよ」
マリーは尋ねようとも思ったが、彼の表情を見て聞くのを止めた。
結局、その日はその後装備品の整備と当日の動きの確認で終了した。
結婚式当日。式は昼前の開始なので、朝からかなり多くのエルフが集まっていた。一応確認はしたが、侵入者らしき人物は見当たらなかったらしい。
当日の動き。
・基本的にはエルフの警備隊の隙を埋めるように動く。
・マリーは目を活かして中心部付近の警備。
・佐伯は第一防壁と第二防壁の中間地点を重点的に警備。
警備隊リーダーの男が喝を入れる。
「いいか、こういう時に俺達が仕事をしないでいつする!みんなの歓迎の雰囲気、崩すなよ!!」
「「うおおおおお!!!」」
全員、すぐに配置へと移動した。
そして、式が始まる。エルフ達の間では中々見られない婚礼の儀、かなり多くの人がその時の様子に釘付けになっている。
式は問題なく進行する。新郎新婦の友人である主賓から挨拶があり、乾杯。その後、食事や談笑する前の儀式が行われる。
その儀式の直前、自然の一部に擬態した者が呟く。
「総員の配置確認終了。これより、『種族間紛争』を開始する」
その者はそう言ったあと、『民家の上から』狙撃銃の引き金に指をかけ…弾丸を放つ。
マリーは放たれる直前、叫びながら矢を放つ。
「北東の民家の上!!!」
マリーは後手であるうえ、弓矢と狙撃銃では速度が圧倒的に違う。彼女の迎撃は虚しく外れ、一方の弾丸は新婦の父親の肩を撃ち抜く。
式場は静まり返った。
狙撃銃を片付けながら『ダークエルフ』の男は呟く。
「第一段階終了。これより掃討」
その言葉の途中、眉間に矢が刺さる。マリーが殺ったのだ。
だが、時すでに遅し。西と南からドワーフとトロールの連合部隊がやって来るのが確認された。それも、防壁ギリギリの位置で。
「エルフ共が!!」
そう言い、ドワーフはボウガンで見張り台にいたエルフを仕留めた。
それから、トロールが通用口を塞ぐ門を破壊した。
東にいた佐伯はすぐに南へと走ろうとするが、1度たち止まり考える。マリーが目撃した犯人は『北東』の方向にいた。そちらに注意を向かせるだとしたら、あまりにも部隊の展開が速すぎる。もっと北東に注意を集めてからでないと効果が得られない。だが、万が一を考慮してそちらにある程度の人員は割くはず。
「この状況でエルフが逃げる方向と、手薄な箇所は…」
佐伯は疾走する。
エルフの街は大パニックになっていた。だが、他のエルフの部隊長でもあった新郎が声をあげる。
「うろたえるな!義父上をすぐに治療し、襲撃者の方向と現在攻めいられている方向の防衛にまわれ!!数人は女子供の逃走の護衛をし、北西に逃げろ!」
それを聞き、エルフ達はすぐに準備を始める。
マリーは新郎に話しかける。
「…申し訳ありません。依頼は失敗です」
「お気になさらず。我々の防衛手段すら突破しここまで侵入されたのです。あなたが見た相手の種族はわかりますか?」
「ダークエルフ、だと思います」
新郎は顔を歪ませながら呟く。
「おのれ…!エルフの面汚しが…!しかも他種族、それもドワーフとトロールに加担するとは…許せん!」
マリーに魔石を用いた連絡が入る、佐伯からだ。
「サエキさん!申し訳ありません!私のせいで…!」
『いや、あの状況で方角を伝えたのは上出来だ。マリー、お前は西側へ行け。俺の保険代わりだ』
「あ、はい!」
マリーは逃走の護衛部隊に加わり、歩みを進める。
ドワーフトロールの連合部隊とエルフの部隊がかち合ったのは第二防壁の通用口付近。エルフ達は当初時間稼ぎ程度の戦闘を考慮していたが、互いに見合った瞬間、今まで抱いていた不満をぶつけるように壮絶な殺しあいへと発展する。
「死ね!!ドワーフ共が何しに来たんだ!!」
「お前らがここを占有してるのが気に食わん!!」
「お前らは、俺達を怒らせた」
「トロール!!」
数の差ではエルフ不利だが、地の利がある分エルフ達に有利に事が進む。
不意に、あるエルフの頭部に後ろから弓矢が刺さった。
「…フフフ」
彼は木の上から狙撃した。激しい戦闘の最中に、動き回る頭部を。
「ダークエルフか!!」
「このままではまずい!!他の街への援軍要請は!」
「すでに完了している!!」
逃走部隊。先導するエルフが止まる。
「全員引き返せ!ここは無理だ!」
「何があったんですか!!」
「…待ち伏せだ!!」
目の前には、連合部隊が集まっていた。その連携のよさから、手練れであると判断していいだろう。
先頭に立っているトロールが言う。
「残念ながら、貴様らにはここで死んでもらう」
エルフの男は矢に魔術を施しながら言う。
「…押し通らせてもらおう!!」
南東。魔術で存在を隠蔽されている拠点に、数人のダークエルフと貴族らしき人間達が会話をしている。
ダークエルフの男が口を開く。
「では、これで私達の自治を認めていただけるのですね?」
貴族の男は答える。
「ええ、勿論。この一帯の平穏を取り戻した種族として、あなた方にはこの土地での自治権を与える予定です」
「ありがとうございます、これで他のダークエルフ達にも平穏が与えられる!」
この約束は、全て偽りである。貴族の男は、ダークエルフ達の連合部隊がエルフ達を殲滅した所に部隊を派遣し、この辺り一帯を自らの物にし、国に『他種族鎮圧法』を制定させて淘汰していくつもりである。本来ならば、貴族の男はこのようなダークエルフと顔を会わせることも反吐が出るほど嫌う。だが、今回の件で得られる成果を前にすれば、些事でしかなかった。
「今の話、本当か?」
拠点の扉が開けられる。ダークエルフは振り向きながら魔術で凍らせる。
だが、凍ったのは剣で心臓を破壊されて盾にされたダークエルフだった。
「『悪魔』にも自治権は与えられるかい?」
佐伯は血塗れの服装で凍ったダークエルフから臓物を引きずり出し捕食しながらそう言った。
「貴様…!!」
「その反応飽きたよ。別な反応くれ」
ダークエルフは風の弾丸を放つが、すべて盾にされたダークエルフが食らう。
「あーあーあー可哀想に。お仲間に汚されちゃって。ほら、ボロボロで使い物になんねぇ」
佐伯はダークエルフの死体を投げ捨てながらダークエルフに接近。彼が腰に差していた剣を抜き他にいたダークエルフ達を斬殺。
その場に残っているのは、ダークエルフのリーダーと貴族の男のみ。貴族は逃走を試みるが脚に剣を突き刺される。
「ぎゃああああああ!!!!」
「治療魔術使って逃げて、ほらほらほら。後遺症なんて気にしない気にしない」
リーダーが佐伯の後ろから拳を振るうが、予期していた様に受け流される。そしてそのまま鳩尾にパンチを入れられる。リーダーは少し後ずさり治療を試みるが佐伯は追撃。両目を抉り取られ、四肢を完全に破壊される。
「いやー、あっけない」
完全に二人の生殺与奪権を佐伯が奪った段階で彼は言う。
「さて、お二人に提案だ。進行の中止を全軍に言って今回の件を諦めるか、まだ続けるか。後者ならば、『俺も』続けさせてもらうぞ」
二人の答えは明白だった。
ドワーフとトロールの連合部隊に連絡が入る。
「中止!?」
「どういうことだ!?」
「なぜ!?まさか本部で何か!?」
彼らの動揺した様子を見て、エルフも抵抗を中止する。部隊長の新郎が提案する。
「…互いに疲弊している。私達もこれ以上の戦闘継続は望まない。手打ちにしないか?」
少ししたあとに、ドワーフとトロールのリーダーがやって来て言う。
「そちらの提案、こちらも了承しよう。ダークエルフはどうする?」
「そちらの好きにしてくれ。アレは私達とは似て非なる者だ」
逃走部隊。エルフの男とトロールの一進一退の攻防戦が佳境に入った頃、連絡が入る。トロールは武器を置き、男に言う。
「貴殿の高潔な意志と、多大な力は理解した。こちらは抵抗をやめる」
男も武器を捨てて言う。
「こちらもあなたの意志は理解した。やめましょう」
こうして、種族間紛争は幕を閉じた。
数日後、とある地方貴族が失脚。彼が所持していた土地の管理をエルフ、トロール、ドワーフが共同管理することになった。
紛争時に目撃されたダークエルフ達であるが、元々孤立気味であった彼らはさらに他種族から遠く置かれることになった。
佐伯、マリー両名は本来の報酬に加え、エルフ達の所有する特殊な木材を使用し、ドワーフ達が改良した、トロールの筋力に耐えうる弓を入手した。
辺境の街の酒場。
「だーかーらー!!凄いんですよあの人!!」
「はいはい、すごいすごい」
佐伯とマリーは受け取った報酬で酒を呑んでいる。マリーが突然『飲みたい気分』と言い出したので佐伯がふざけて飲ませてみたところ、かなり酔っ払った。ちなみに、マリーに酒を飲ませても彼女の国の法律的にはなんら問題ない。
「ちょっと!?真面目に聞いてます!?だいたいなんですか。サエキさんはあのとき何かしたんですか!?」
「あー、ちょっと栄養補給を」
「馬鹿じゃないの!?もっとあのエルフのらんせいをみならってくららいよ!!」
「呂律回ってないぞ」
佐伯はわざとコップに酒を継ぎ足す。
マリーはそれを飲んでから再び話し出す。
「らいいち、なんれ遠距離武器持ってないんれすか!!」
「あーはいはい。私の失態でこのような事態に発展してしまいました」
「そこまでは…言って…な…い…」
マリーは突っ伏して寝てしまった。
佐伯は上着を彼女にかけ、独りで酒を飲みながら『他者の記憶を』思い出す。
「…整理開始。『削除重点』、『技能保持』…終了」
佐伯の個人スキル『高速学習』は、対象の血液と細胞を摂取する事でも学習可能である。ただし、対象の記憶も同時に引き継いでしまうため、定期的に『精査』しなければ佐伯自信の精神が破壊されてしまう。今回もまた、『残すべき記憶』だけを残して削除した。
だが、彼には『消したはずのない記憶』が消えた記憶がある。覚えているのは、それが『女性』ということのみ。顔も名前もわからないが、とても大切な人であった感覚が彼に付きまとっていた。
「…誰なんだ?あの女」
佐伯は結局起きなかったマリーを背負って宿まで帰る。彼女の身体は年相応に華奢であった。
彼女の寝言が佐伯の耳に伝わる。
「…離れないで…ください」
「…わかってる」
不意に口から出た言葉は、佐伯自身にも理由が説明出来なかった。
翌朝。マリーは佐伯の部屋の扉をノックする。僅かに空いた扉に脚を突っ込みながら彼女は言う。
「おはようございます!今日はどこに行きますか!?」




