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◇4

 私が食堂で働き始めて一週間が経とうとしている。

 食堂で働いてみて、分かったことが色々ある。

 まず、その日の巡回の当番によって、食堂に来る時間が決まっていること。キッドさんとケビンさんは大体正午の三十分前か、三十分後の時間帯でやってくる。これは彼らが所属している三番隊の業務的にそうなるらしい。

 それとキッドさんとケビンさんの上司にあたる二人が、なかなかクセが強いということ。

 隊長さんの方は額から右頬にかけて伸びている傷跡、オールバックにした白髪がトレードマークだ。中々仕事が忙しいらしく、食堂に姿を現すのは珍しいことらしい。普段は給仕のうちの誰かが隊長さんの部屋に食事を届けているらしい。

 副隊長さんの方は、まだ二十四歳という若さで副隊長になったエリートらしい。短く切りそろえられた深緑の髪と、涼しげだけど優しい目元で、色んな人と気さくに話している。キッドさんの憧れらしい。

 ケビンさんは後輩の人にも慕われているみたいで、キッドさんと一緒にいることが多いけど、他の隊の人とも話しているのをよく見る。

 そしてキッドさん。彼はどうにもすごい辛党のようだった。ごはんやパンを除く、おかずやスープというありとあらゆるものに唐辛子の粉をかけている。そんなにかけて舌がおかしくならならいだろうかとこちらが心配になるほど、とにかく粉をかける。前に少し見えたのは、たまごのスープの表面が真っ赤になっている地獄絵図だった。

 けれど、騎士団所属の騎士というのは、この街の、いや、この国全ての人の憧れらしい。食堂で一緒に働いているおば様方に教えてもらった。ここの食堂のおば様方やおじ様方は、私がブラドワール出身だと知っても差別することなく接してくれている。表向きはヴィーナさんの親戚、ということになっているけれど、それでもブラドワール出身ということでつま弾きされてもおかしくないのに。

 ここにいる人は、私個人というものを見てくれている。私を人間扱いしてくれる。

 私は食堂のテーブルを拭きながら、小さく溜め息を吐いた。

 こんなに楽しい気持ちになってしまって、良いのだろうか。仮の宿にしては、あまりにも色んな人によくしてもらいすぎている。こんなに明るい場所にいて、私は大丈夫なのだろうか。

 ――……お父さん。

 事情聴取で、ブラドワールから私の捜査協力が依頼されたのを聞いたとき、私は自分の気持ちが分からなかった。お父さんに心配されているかもしれない。そんな淡い期待と、連れ戻されたあとの恐怖。国に、あの場所に帰ってしまえば、私はもう私ではいられない。

 毎日夕方に行われる診察では、私の体はだいぶ傷も癒えてきたと言われた。魔力も少しずつ安定しているらしい。ただ、魔力量だけは元に戻っていないようだ。

 それから、私はヴィーナさんにバレないようにこっそりと鏡で背中を確認している。お風呂が共用だから、人に見られても大丈夫かを毎日確認しないといけない。ただ、月のものが来た時用にカーテンのついた個室のシャワー室があったから、基本はそこを使わせてもらっている。

 診察で背中を見られることはないから、同室で同性のヴィーナさんに気付かれなければ大丈夫だろう。

 ――あとどれぐらい、私は私でいられるんだろう。

 私が家を出てから、二週間以上が経っている。そろそろ、限界かもしれない。この一週間、狼や魔物が現れることはなかった。けれど、私にはその静けさが恐ろしい。

 食堂のテーブルを拭き終わり、床掃除を始める。あと少しすれば、最初の昼食のお客さんが来る。私は考えを振り払うように、モップを持つ手に力を入れた。

 それから少ししてお客さんが来て、今日も食堂はてんてこ舞いだ。みなさん肉体労働しているだけあって、食べる量がとにかくすごい。大盛りで注文するのが当たり前だ。いっそ通常が大盛りでいいのではないかと思って聞いてみると、ただでさえ並み盛りでもかなりの量なのに、さらにそれから大盛りにしているらしい。恐ろしい。おば様方と料理長のおじ様で話して、近々ごはんの量やメニューを見直しするらしい。

 私がカウンターで大童していると、キッドさんとケビンさんもやってきた。今日は何を注文するのかな。

 そう思っていると、ケビンさんがにっこりとして「これ、あとで読んで」と小さな紙を渡してきた。戸惑う私に、「俺、定食Bに豚汁で」と注文をしてカウンターから離れてしまう。キッドさんも同じ注文をして、何か言いたげな顔で行ってしまった。

 私は訳が分からなかったけど、お客さんは次からやってくる。慌てて二人の注文を厨房に伝え、次のお客さんに対応する。

 ようやく仕事が終わった頃には、もうクタクタだった。

 食堂の片づけをしながら、ふと、ケビンさんからもらった紙のことを思い出す。

「そういえば、なんだったんだろう……」

 紙を開いてみる。

『今日の事情聴取のあと、医務室で』

 書いてあったのはこれだけだった。私は首をひねりながら、食堂にヴィーナさんが迎えに来るのを待った。


なんだかデートの気配がしてきましたが……。

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