表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/42

第三章 ~『瘴気の発生源』~


 暗黒街にも神殿は存在している。


 ただ中央広場の傍にあるその建物は、神殿と呼ぶには、あまりに荒れている。石造りの壁は黒ずみ、入口の柱にはひびが入っていた。


 けれど、扉の前には人の列ができている。


 老人、痩せた男、子供を抱いた女性。


 誰もが硬貨を握りしめ、神殿の入口に並んでいる。


 その先では、ガルドの部下だと思われる男たちが木箱を開け、布で包まれた小さな木札を取り出していた。


「あれは護符だね……」

「はい、ただエミール様が用意してくれたものより、魔力は弱そうですが……」


 アリアは列に並ぶ住民たちを観察する。


 護符を受け取った者は、わずかに肩の力を抜いている。反対に、列から外れたまま、建物の影で咳き込んでいる者たちは、配られる護符を羨ましそうに見つめていた。


「あれが支配力の源なのでしょうね」

「ガルドに逆らえば、護符が手に入らなくなる。そうなれば、この街で暮らしていけない。僕たちがやるべきことが、見えてきたね」


 レナードの言葉に、アリアは頷く。


 ガルドから護符を買わなければ、この街では生きていけない。住民たちがそう思い込まされている限り、誰も彼に逆らえない。


 ならば、まず断ち切るべきは恐怖だ。


 アリアは神殿の上に漂う重い空気へ視線を向ける。暗黒街を覆う瘴気は薄く広がり、建物の隙間や石畳の割れ目にまで染み込んでいた。


「問題は結界ですね」

「王都神殿を基点として張られた大結界は、王国の外から瘴気が流れ込むのを防いでいる。でも中心部ほど強く、外縁に近づくほど弱くなる特性があるからね」

「そこで、私に妙案があります」

「妙案?」

「この街にもう一つ結界を作れば良いのです」

「なるほどね」


 暗黒街を起点とした結界をもう一つ作れば、外から流れ込む瘴気を防げるようになる。


 そう決めた二人は、結界を張るために神殿の入口に近づく。すると、護符を配っていた男たちが顔を上げた。


「おい、何の用だ!」

「ここは勝手に入っていい場所じゃねえぞ!」


 男たちの怒声に、列に並んでいた住民たちが身を縮めるが、レナードは引き下がらない。


「聖女候補の試練のために神殿を利用する。何か問題でも?」

「だ、だが……」

「邪魔をするなら、罪に問われる可能性もあるよ。それでも、君たちは僕らの行動を遮るのかい?」


 男たちは分が悪いと悟ったのか、舌打ちをして扉を開ける。


「失礼するよ」


 二人はその間を通り、神殿の中へ足を踏み入れる。正面には石造りの祭壇があり、左右には古びた長椅子が並んでいる。高い窓には板が打ちつけられ、差し込む光はわずかだった。


「汚れていますが、この祭壇を結界の基点にできます」


 アリアは祭壇の状態を確認し、レナードは入口近くで外にいる男たちへ目を配る。剣は抜いていないが、柄に手を添えた姿だけで、誰も中に入ろうとしなかった。


 アリアは祭壇へ両手をかざす。


 淡い光が灯り、神殿の床に染みついた瘴気が、光に触れて薄れていく。


 それから光は、神殿の外へ広がっていった。列に並んでいた住民たちが、息を呑んでいる。


「すごい……」

「空気が少し……」

「息も楽になった気がする」


 アリアは魔力を緩めず、さらに結界を広げる。


 神殿を中心に、淡い光が半球を描く。浄化された空気を守るように、外から流れ込もうとする瘴気が、光の外側で押し返されていた。


「手ごたえはありました。この周囲の瘴気は浄化できたはずです」

「外から入り込む瘴気は?」

「そちらも結界が防いでいます」


 アリアは祭壇から手を離し、神殿の外へ向かう。


 住民たちは半信半疑のまま、広場を見回している。だが、ガルドの手の者たちは違った。彼らは嘲るように薄く笑っていた。


「……何がおかしいのですか?」


 アリアが尋ねると、男の一人は肩をすくめた。


「いや?」

「聖女候補様はたいしたものだと思ってな」

「そうそう。これで暗黒街は救われたってわけだ」


 褒めているのに、声には含み笑いが混じっている。そんな彼らの言葉に、レナードが目を細める。


「アリア、もしかしたら……」

「はい。私も嫌な感じがします」


 結界を張ることには成功しており、外部からの瘴気の流入も防げている。だが意識を集中させると、瘴気を感じ取ることができた。


「周囲の瘴気を浄化し、外からも入ってこないようにしたはずなのに……まさか!」


 護符、結界、瘴気、そしてこの神殿。ばらばらに見えていたものが、頭の中で一本の線につながっていく。


 同じ答えにレナードも辿り着いたのか、彼は大きく頷く。


「結界内で、意図的に瘴気を発生させている者がいるね」


 外部からの瘴気を防いでいる以上、それしか答えはなかった。


 住民たちは互いに顔を見合わせ、護符を配っていた男たちは笑みを消す。その反応を見たアリアがさらに口を開こうとした時、背後から車輪の軋む音が近づいてきた。


 先ほど去っていったはずの馬車が、神殿の前で止まる。


 扉が開き、ガルドが降りてきた。背後には、先ほどより多くの男たちを従えている。


「何を騒いでやがる」


 ガルドは広場を見渡し、護符を配っていた男たちへ目を向ける。男の一人が慌てて近づき、声を潜めた。


「聖女候補が、結界の中で瘴気を発生させている者がいると……」


 それを聞いたガルドの口元が、ゆっくりと歪んだ。


「へえ。ずいぶん面白いことを言い出したじゃねえか」


 低い声が広場に響く。


「どういうことか、俺にも説明してもらおうか?」

「説明せずとも、分かるはずです。なにせ瘴気を発生させているのは、あなたでしょうから」

「俺が? 何のために?」

「瘴気を発生させ、護符を売ることで、暗黒街を支配するためです。逆らえば、護符を売ってもらえなくなりますから。そうやって、あなたは住民たちを支配してきたのです」

「証拠もなしに、よく言えたもんだ」


 ガルドは鼻で笑う。


「俺が護符を売ってやっているおかげで、こいつらは今日まで生きてこられたんだ!」


 ガルドの言葉を聞きながら、アリアは住民たちの持つ護符へ目を向ける。


 どれも古びており、込められた聖なる魔力は弱い。だがそこから感じ取る力には、見過ごせない違和感があった。


「この護符は、どこから手に入れたのですか?」


 アリアの問いに、ガルドは答えない。広場のざわめきが大きくなる。


「護符を作るには、聖なる魔力が必要です。ですが、あなたが自分で作れるとは思えません」

「……勘のいい女だ」


 ガルドが低く呟いた瞬間、レナードの目が鋭くなる。


「それは、答えを避けたということかな」

「さあな」


 ガルドは肩をすくめると、今度は住民たちを見渡した。


「お前ら、忘れるなよ。こいつらは今日だけ来て、いい顔をして帰るだけだ。だが、お前らは明日も明後日も、この街で暮らすんだからな」


 その言葉に、住民たちの顔色が変わる。ガルドに逆らえば護符が手に入らなくなる。その恐怖が、彼らを黙らせていた。


「せいぜい頑張れ、偽善者ども」

「待ちなさい」

「待つ理由がねえ」


 ガルドは吐き捨てるように言葉を残すと、背を向けて、男たちと共に馬車で去っていく。アリアは鋭い視線で、その馬車を見つめ続けていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ