八話 【血と鱗】【白銀の狼】
【血と鱗】
「戦争ばかりの歴史……俺のいた世界も、大して変わらないか……」
エルフが絶滅していると聞いたときは、さすがに衝撃を受けた。子どもの頃に読んだ「島の戦記」に登場する魔法剣士のハイエルフに性癖をねじ曲げられて以来、ゲームのキャラメイクの際は必ずエルフを創っていたからだ。
この世界の歴史は大体把握したので、次にさっきから気になっていたことを質問した。
「それにしても、大翼竜様ともあろうお方が、なんで捕まってたんだ?」
俺の問いに、翼竜は低く鼻を鳴らした。
『情けない話だが、アヤツは、この〈世界のコトワリ〉の内にある存在ではなかった。気配も、匂いも、この世界の者なら見逃すはずがない……おそらくネフィルどもが生み出した“何か”であろう』
「じゃあ、また襲ってくる可能性もあるのか?」
翼竜は鼻息を荒げ、不敵に笑った。
『馬鹿にするな! 我が一度嗅いだ魂の匂いを忘れるとでも?二度も同じ手は食わぬ』
「なるほど……それでここに居座るのか?」
『フン! ヒューマンのことなど眼中にはないわ、我が住みたい場所に住むだけよ……とはいえ、貴様らには借りを作ってしまったな。寒さは好かんが、ネザドワーフのもとにでも行ってみるか』
それはそれでドワーフには迷惑なのでは?
優馬は今まさに翼竜の尻尾を噛じらんと口を開けているククルを呼び、ククルにドラゴンの名を教えると更に気持ちを高揚させ青い目を爛々とさせていた。
「ハッシュパピー……すばらしい響きですね! 神々しさと偉大さを感じます! ハッシュとは古代語で神に代わって大地を司る者って意味でしたよね! すばらしいです」
『そうであろう!娘はよくわかっておる キリハラユウマ、これが普通の反応であるぞ』
大翼竜ハッシュパピーの言葉を優馬はスルーしククルに話す。
「ククルさん、大翼竜様はここをはなれて極北へ行ってくれるそうです。カッシュの街にも人がもどれますね」
ククルさんになにか言われそうなので「様」をつけてみた。
「……そうですか そうしていただけると助かります」
ちょっと残念そうに言った。
『うむ、では娘にはこれを授けよう』
大翼竜は自身の鱗を1枚剥がし指でつまみククルの前に差し出した。
「え? いただけるのですか!?」
ククルは座布団ほど大きさの青黒く鈍く光る鱗を両手で受け取った。ずしりと重い。
「キ、キリハラ殿! ど、どうしましょう!? わたし気絶しそうです」
ぷるぷると震えながらいると鱗は急激に縮小しククルの手の中へ消えた。
『腕を出して盾のイメージをつくってみよ』
優馬は鱗が消えてオロオロしているククルにそのままの言葉を伝えた。
「盾……ですか?」
盾を構えるようなポーズを取り左腕を軽く前にだす。
盾をイメージする。
腕の一点が光り青黒い盾が出現した。小さな鱗が群れが、壁や床に自生する淡く光る石の光を受け、キラキラと複雑に反射していた。優馬は昔やったゲームの黒竜騎士が持ってる盾に似てるなと思った。
ククルが纏っている白銀の鎧に黒鉄の盾は、より一層映えて見える。
「キリハラ殿! すごいです! 大きさも変えられます!」
ククルは盾を出したり消したりする度にキャッキャ言っている。
大翼竜は優馬の方を向き語り掛ける。
『キリハラユウマ貴様には我の血を授けよう』
「え?血?」
――いや、待てよ、これって「貴様と我は寿命を共有した」ってやつじゃないのか! 遂に無双できる時が来たのでは? ワクワクして待っていると。
『いや、そんな効果はないぞ。この血を飲めばいずれ逢うことになるだろう他の大翼竜に我の使いだと認識してもらえるようになるのだ』
それだけー!? ほっぺたが膨らんだ。
『それだけとは何事だ! あと病気になりにくい身体になるであるぞ!』
なりにくいー!? ならないじゃあないんだ…
『じゃあ要らぬか?』
「要ります。ください」
大翼竜は爪の先を優馬の口元へ持っていく。爪の先から血が滴り落ちる。優馬はこくんと飲み干す。
隣ではククルが尊いものを観るような目でその光景をみつめていた。
【白銀の狼】
天井を突き破り、黒鉄大翼竜ハッシュパピーが空高く舞い上がっていった。
「どうするんだよ? この穴」優馬が土埃を手のひらで仰ぎながらぼやく。
外はすでに夜の帳が下りはじめ、星が薄っすらと見えた。
通路の方からバタバタと駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「ククル! 無事か!」
駆け込んできたのは、白銀の狼の騎士たちだった。その姿を確認すると、彼らは優馬の前で整列し、拳を胸の前で握った。
「キリハラ殿! 先程は我々を助けていただき、感謝申し上げる!」
「……!? なぜ俺の名前を?」
突然、自分の名を呼ばれ、優馬は驚いた。
「失礼した。我が名は〈カイル・バララント〉白銀の狼の隊長を務めている」
そう名乗った男は、屈強な体格の持ち主だった。優馬よりも二十センチは高く、年の頃は三十代後半。鋭い目つきと、頬を走る古傷が、彼の戦歴の深さを物語っていた。
「我らはネフィルどもの罠にはまり、瀕死の状態だった。しかし、貴殿が治癒してくださったおかげで、こうして助かった。深く感謝する!」
またしても礼を述べ、距離感のおかしい声量で話しかけてくる。
治癒魔法では古傷は治らないのか……そんなことを思いながらも、優馬は一番気になった疑問を口にした。
「いや、そうじゃなくて……なんで俺の名前を知ってるんですか?」
問いかけると、カイルはなぜか微妙に照れた様子を見せた。
「それが、だな……キリハラ殿が我らを癒した時、貴殿の魂というか精神の一部が、流れ込んできたような感覚があったのだ。貴殿の名も自然と浮かんできた」
「えっ、なにそれ、それなんかこわい……」
そして、そばにいたククルに視線を向ける。
「ククルさんも何か感じたんですか?」
すると、ククルは顔を赤らめ、もじもじと視線を泳がせた。まるで、自分の卒業文集を皆の前で朗読されてるような気分になった。
その後、「白銀の狼」の残る五名が順に自己紹介を始めた。
最初に口を開いたのは〈ラスク・ラス〉茶色い髪を無造作に揺らし口調や振る舞いはノリの軽い感じであるが、どこか油断ならない隙のなさが漂っていた。
次に進み出たのは〈カラン・クラン〉彼女はハンドアックスを腰の後ろに装着し左手には盾を持っていた。優馬よりも背が高く、女子プロレスラーを思わせるがっしりした体格を持つ。その一方で、その体格には似つかわしくないほどの愛らしい顔立ちをしていた。
三人目、〈ロック・チャリストン〉は、身長、百五十センチ台と小柄で、中学生の少年を思わせるあどけない雰囲気を漂わせている。しかし実際には二十歳であり、ノームとヒューマンのハーフの末裔らしい。弓と杖を持っていた。
因みに、昔この世界にいたノームは身長百五十センチ前後の種族で一から三本の小さな角が額やこめかみに生えている。温厚な性格で信仰心も強く魔術はどの種族よりも強い。
四人目の〈ディム・ガガガトル〉は、寡黙な男だった。彼の自己紹介はごく簡潔で、必要最低限の言葉しか語らない。彼の腰に下げられたロングソードの柄は加工が剥げており長く愛用しているのだろう。
最後に登場した〈ロン・ハイドルッヒ〉は七十歳で、外見は白髪の老人のようにも見えた。しかし、その引き締まった肉体には年齢を超えた鍛錬の痕跡があり、静かな威圧感を放っている。目立った武器は見当たらなかった。
そして無類のドラゴン好きのククル。
漏れなく個性的な騎士団だった。
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