六話 【治癒魔法とコスト】【遺跡のドラゴン】
【治癒魔法とコスト】
辺り一面、血と土の匂いが混じる中、六人の騎士たちが地面に倒れ、かすかに身体を震わせていた。命の灯火が今にも消えそうなほどに弱々しい。
「……救けないと、だめだよな」
優馬は息を整え、目を閉じる。
イメージする。
「このエリア一帯に魔法陣を展開。治癒の光、欠損部位の再生まで……」
掌を掲げ指を開く
「光魔法〈エイドサンクチュアリー〉!!」
魔力のうねりとともに、黄金の魔法陣が優馬の足元から広がっていく。空気が震え、地面が淡く光を帯び揺らめく。
次の瞬間、騎士たちの身体が緑色の癒しの光に包まれる。深い傷が、まるで時間を巻き戻すようにふさがっていき、裂けた皮膚が滑らかに再生していく。
欠けていた四肢や指先も、光の粒子が形をなすようにして蘇り始めた。
やがて数秒後――魔法陣は静かに光を失い、すべてが収束する。
優馬は一人の騎士に駆け寄り、そっと上半身を抱き起こした。眠るような穏やかな表情。だが、意識はまだ戻っていない。
「……意識が戻るには、もう少しかかるのか?」
呼吸は安定しているのを確認し優馬は胸を撫で下ろす。
そしていつもの電子音。
『大魔法を使用しました。寿命が一年減少しました』
「えっ? 今、一年って言わなかった!? ――ははは……」
乾いた笑いがでた。
騎士をゆっくりと寝かせ、異形たちがいた辺りを見に行く。
そこへ、ククルが走ってやってくるのが見えた手には槍<ランス>を持っている。
「みんな大丈夫!?」
仲間のところに駆け寄り安否を確認する
「気を失っている?傷はないみたいだけど」
何人か診たあとククルは優馬の存在に気づく。
「キリハラ殿!? あなたがどうしてここに!?この状況は!?」
……ですよね。「空を飛んできた」とか話がややこしくなりそうなので、はぐらかす。
「俺もいま着いたところです」
「着いた!? わたしより早くにですか? あなた〈俊足〉のスキルをもってるのですか?」
「……まあそんなところです」
流されるまま答えてしまった。
「馬より早い俊足なんて……そういえばドラゴンは!?」
ククルが遺跡の奥に顔をむけた時──
「グァアアアアアアアアーーーーーー!!」
またあの咆哮が大気を揺らした。
「急がなきゃ」
ククルは遺跡の奥へ走っていった。優馬も慌てて追いかける。
【遺跡のドラゴン】
優馬とククルは、崩れかけた遺跡の入り口へと足を踏み入れた。
洞窟の奥から、怪しげな光が漏れている。壁に刻まれた古びた紋様が、不気味に揺らめきながら光を反射していた。
「気をつけて……」
ククルが低い声で呟く。優馬も緊張し、息を潜めた。
進むにつれ、空気が重くなる。湿った石の匂いに混じり、かすかに鉄のような血の臭いが漂っていた。やがて、洞窟の奥に広がる広間にたどり着く。
そこには、巨大な影が横たわっていた。
「……ドラゴン……」
優馬は息をのむ。全身を青黒い鱗に覆われた、巨大なドラゴンが鎖で繋がれていた。全長は優に十メートルを超える。荒い息遣いが響き、そのまぶたは閉じられていた。
しかし、その周囲には異形の者たちが集まっていた。黒いローブをまとい、異様な魔力を放つ異形の者たち。彼らは円陣を組み、呪文を詠唱していた。
「ネフィル(魔族)が……ドラゴンを使役しようとしている」
ククルの声には怒りが滲んでいた。
その中心にいるのは、一際異様な気配を放つ者。長い角を持ち、紅い瞳をぎらつかせながら、ドラゴンの額に手をかざしている。その手のひらから、黒い光が波紋のように広がっていた。
「止めないと……!」
ククルがランスを握り直す。優馬も短剣を握り締めた。
「どうする? 魔法か? 近接戦闘か?……」
ドラゴンの目が、ゆっくりと開き始めていた。
「ドラゴンから離れなさい!!」
ククルがランスを構えて飛び出す。
ネフィルたちは微動だにせず、ドラゴンに手をかざしていた異形の者が遺跡の入り口の方を一瞥して、わずかに眉をひそめる。
「……使えぬな」
そう呟いた声は静かだが、刺すような冷たさを帯びていた。
すると、異形の者たちは空間に歪んだ蜃気楼の裂け目を生じさせ、ねじれた光の中へと音もなく姿を消していった。
「……」
「え? 逃げた? 終わり?」
短剣を握っていた手が汗で濡れていた。
ククルも武器を下げ、ドラゴンに近づこうとする。
しかし──。
ドラゴンがカッと目を開いた瞬間、ククルに強烈な衝撃波が襲いかかる。
「っ──!」
衝撃波に吹き飛ばされたククルの身体が、洞窟の壁に叩きつけられる。パラパラと硬い土が落ちていく。
「ククル!」
思わず呼び捨てで叫んでしまった。
ドラゴンがゆっくりと立ち上がる。その巨大な体が鎖を軋ませ、荒々しい息が空気を震わせる。
瞳孔は白く濁り、正気を失っていた。
ククルはよろよろと立ち上がる。
「……術がかかりかけているわ」
優馬は短剣を握りしめながら身構える。
「クソ! どうする?」
その時──。
頭の中に、低く響く声が届いた。
『……貴様、懐かしい匂いがするな 何者だ?』
声の主は、ドラゴンだった。
『なるほど……魂を紡ぐ者か』
答える前に――思考を読まれているようだった。
『すまぬが、この忌々しい呪いを解いてくれまいか? このままでは我は、厄災と化してしまうであろう……」
魂を紡ぐ? 転生者の事か?
呪を解くって魔法でってことだよな。少し考える。厄災を鎮める方が代償高くつきそうだ。
イメージしろ。
「呪いの浄化、鎖を断ち切るイメージ……」
手のひらが光りだす。
ドラゴンの足に手をかざした。
「邪悪な鎖を断ち切れ! 光魔法〈アンチカース〉!」
ドラゴンの体内で、ほのかに赤い光が灯り始めた。やがて胸元を中心にじんわりと広がっていく。硬いものがひび割れるような音がした。次の瞬間、ドラゴンの胸から白い蒸気がゆっくりと立ち上り、冷えた空気に淡く溶けていく。
気づけば、絡みついていたはずの鎖は、跡形もなく消えていた。
『小魔法を使用しました。寿命が一日減少しました』
「……成功したのか?」