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三十一話 【スキル】【バルグ(獣人)】

【スキル】


「……蜘蛛の紋章」と「魔石」――

 ユウマはぽつりと呟いた。


 三人は部屋へと場所を変え、いつの間にか語り部はリードさんに代わっていた。

 

「そう。だが、それ以上の情報は掴めていない。ここで、調査は行き詰まっているんだ……」


 リードの言葉を聞きながら、ユウマは自然と自分の過去へと思いを馳せていた。


 ――七歳の時、歩道を歩いていた両親が、酒に酔った運転手の車に撥ねられて死んだ。

 あの時は、泣き叫ぶほど加害者を憎んだ。でも、年月とともにその感情は、形を変えて、いつしか薄れていった。

 

 許したわけじゃない。ただ、心の奥に沈んでいっただけだ。


 ――エリッタ王女の憤りも、やがては自分と同じように風化してしまうのだろうか? そんなことをぼんやり考えていた時、不意にリードの声が届く。


「……無関係な君に頼むのは、身勝手かもしれないが――」


 その言葉に、ユウマの胸にわずかな違和感が走った。

 

 無関係――

 

 たしかにその通りだ。でも、どこかでその言葉に傷ついている自分がいた。


 リードは続ける。


「君が旅をする中で、もしも何か情報を得たら――教えてほしい。……頼む」


 真っ直ぐな視線。断る理由などないはずなのに、なぜかすぐに言葉が出てこなかった。


 そんなユウマを見て、リードは少しだけ表情を変える。


「エリッタは……おそらく、ニオ・ギルアンティア家の力が欲しくて、私を婚約者にしたと思う」


 そんな感じには見えなかったが……初めて二人に会った時のじゃれ合いを思い出す。


「それでも構わない。私は彼女を愛している――彼女の願いは、すべて叶えるつもりだ」


 その言葉の、どストレートさに、ユウマは思わず顔を赤くした。


「わ、わかりました……! 何かあれば、必ずご報告します」


「ありがとう」


 そう言い残して、リードは静かに部屋を出ていった。扉が閉まる音が響いた後、ユウマとククルは少しだけ雑談を交わした。


「明日も朝から剣術の特訓です。そろそろ休みましょうか」


 ククルの一言で、自然とその場は解散となる。

 

 ――また、あの地獄のブートキャンプが始まるのか。


 乾いた笑いが出た。



◆ ◇ ◆


 カコン! カコン!


 庭に、木刀同士が打ち合う乾いた音が響き渡る。


「もっと本気で打ち込んでください!」


 ククルが軽やかにユウマの木刀を弾きながら叱咤する。


「本気でやってるよ!」

 

 息を切らせながら、ユウマは全身の力を込めて木刀を振るった。


 地獄のブートキャンプ――けれど、ほんの少しずつ自分の身体が思うように動くようになってきているのを感じる。それが、楽しかった。そして何より、ククルの教え方が的確で、ユウマに合っていた。


「では、スキル〈縮地〉をお見せします」

 

 ククルが姿勢を整え、すっと構える。

 ユウマは息を止め、集中した。


 ヒュッ――


 風を切る音よりも早く、ククルの姿が視界から消えた。


「左……!」


 わずかな空気の揺れ、木刀の影――身体をひねって反射的に避けようとするが、その刃先は、ユウマの顔の横でピタリと止まっていた。


 寸止め――


 ククルが微笑みながら木刀を下ろす。


「すごいわ、ユウマ!〈縮地〉を初見で反応できるなんて」

 

「でも、実戦なら死んでたよ」

 

 ユウマはまだ動悸の収まらぬまま、苦笑する。そう、実戦なら――訓練いえども本気でやらないとな。


 「私は〈縮地〉はちょっと苦手なの。ディムが得意だったわ」

 

 そう言って、ククルは木刀を軽やかに一振りする。


 「そうだ、ククル。スキルってさ、みんな普通に使ってるけど……そもそも、どんな仕組みなんだ?」


 ユウマはふと、リードの〈看波〉を思い出しながら尋ねた。


 「いいわよ、簡単に説明してあげる」

 

 そう言うと、ククルは眼鏡を指で押し上げるマネをしながら説明を始める。


 「スキルは大きく分けて三種類あるの。まずは″コアスキル″――これは〈縮地〉や〈俊足〉みたいに、訓練と資質によって身につく基本的なスキル。誰でも習得できるわけじゃないけど」


 指を一本立て、続けてもう一本立てる。


「次に″オリジンスキル″これは生まれ持った特性や才能に由来する固有のスキル。リード兄様の〈看波〉がそれよ。――そして三つ目は″ソウルスキル″魔術と関係が深いスキルで、ロックが使っているようなものね」

 

 三本目の指を立てる。


「なるほど……」ユウマは感心したように頷いた。


「だけど、さっきも言ったけど、スキルは誰もが持ってるわけじゃないの。持っている人のほうが少数派。感覚が鋭ければ感知系、身体能力が高ければ戦闘系、みたいに適性もあるけどね」

 

 とククルは付けくわえる。


「先生! オリジンスキルっていうのはどうやって身につくのですか?」

 

 ユウマが手を上げて尋ねる。


「そうね、人によって違うとは思うけど……リードお兄様の〈看波〉は、たしか十歳の頃だったと思うわ。お友達の相談を聞いていたとき、その子が怒ったり泣いたりしたら、身体のまわりに(もや)みたいなものが見えたらしいの。それがきっかけで、人の話を集中して聞く練習を続けていたら、だんだんと小さな感情の揺れでも靄が見えるようになったって、聞いたことがあるわ」


 ユウマは、ふと自分の過去を思い出す。子どもの頃、自分は感情の揺れを感じるどころか、ただ、黙って相手の顔色をうかがっていただけだった事を。


「なんか、すごいな。自分にそんな才能がある事を子どもの頃から気づける人って……」素直に感心する。


「ところで――ククルはオリジンスキルを持ってるの?」


 興味津々の目で尋ねるユウマに、ククルは意味ありげに口元を緩める。

 左手を腰に当て、右手の人差し指を唇の前に立てて、言った。


「ふふっ――それは、ナイショです」


 ずきゅーん。


 木刀の打ち合う音よりも大きく響いた。



♢ ♢ ♢

 

 朝練を終え、ククルと並んで朝食を取った後、彼女は王城へと向かった。残されたユウマは、今日予定されている引っ越しのことを思い出す。


 ――ニオ将軍が用意してくれた宿屋へ移動する日だ。とはいえ、持っていく荷物など何もない。


 とりあえず、ルルルからもらった服だけでも受け取ろうと、ギルアンティア邸のメイド長、キャスリーのもとへ向かった。


「捨てました」


「えっ?」


 想定外の言葉に、思わず聞き返す。


「汚れておりましたので」


「ええ……?」


「現在お召しになっているものを、そのままお持ちください」


「……あ、はい」


 ――いや、あの服、女神の御加護とか付いてる系じゃないの? ……まあ、実際にはそんな効果なかったけど。


 ふと袖を引っ張ってみる。今着ている服は見た目こそ変わらないが、サイズがぴったりで、動きやすさも段違いだった。


 次にレザーベストと短剣を受け取る。


 短剣を手に取ろうとすると、キャスリーが柄を離さない。


「……」


 ユウマが少しだけ力を込めると、キャスリーも目を細めて抵抗する。


「……」


 小さなため息をつき、キャスリーは不意に指を離した。その拍子にユウマはよろけ、危うく短剣を落としかける。


 体勢を整えたユウマに、キャスリーは淡々と告げた。


「ククル様は、昔から色々なものを拾ってくるんです。犬、猫、そして……」


 ユウマを一度見る。


「ついにヒューマンを拾ってくる日が来たのですね」


 キャスリーはユウマの視線を捉え。


「キリハラ様、この短剣を絶対に手放してはなりません。よろしいですね?」


 ユウマが返事をする前にそれだけ言い残し、キャスリーはすっと屋敷の奥へと戻っていった。取り残されたユウマは、手の中の短剣を見つめながら、小さく呟く。


「……何だったんだ、今の」



【バルグ(獣人)】

 

 身支度を整え、部屋の片付けを終えると、ユウマはゲストハウスの扉を静かに閉めた。中庭を横切りながら振り返る。今日はニオ家の誰の姿も見えなかった。門の前で深く一礼し、ユウマは街へと足を向けた。


 地図を片手に、石畳の通りを歩く。王城から離れた一画、騎士の稽古場や鍛冶屋を抜け、やがて街の喧騒から少し離れた静かな通りに入った。そこは、飲食店や宿屋が軒を連ねる一角で、落ち着いた雰囲気が漂っていた。


 目当ての宿屋はすぐに見つかった。


「……跳馬亭(はねうまてい)、ここだな」


 掲げられた看板には、跳ねる馬の姿と三日月が描かれている。木造二階建てのその宿は、外壁が年月を重ねた木の色をしていて、しっかりとした作りの梁が印象的だった。どこか懐かしさを感じさせる老舗の風格があった。


 ユウマは緊張気味に扉を押し開ける。


 途端に、にぎやかな声と笑いが飛び込んできた。食堂と酒場を兼ねた広いフロアには客たちの活気が満ちていた。奥には木製のカウンター、その横には宿の受付があった。


 そして遂に二体のソレが目に映る。


 一人目は――頭の上に猫のような耳。腰から伸びた細長い尻尾が、楽しげにフリフリと揺れている。エプロン姿のウェイトレス。愛想よく注文を運んでいる。ついに、初めての獣人との対面だ。


「…………」


 うん。知ってた……大翼竜ハッシュパピーが見せてくれた映像で。しかし、もしかしたらという気持ちがあってもいいじゃないか、獣の要素が七、八割もあっても――


 ……いや? しかし、これは……実際生で見ると、目は人間に近く、大きな瞳が表情豊かに動く。猫耳の下にはサラサラの赤髪が揺れ、スカートの裾から伸びる尻尾の動きが妙に可愛らしい。声も、仕草も、どこか愛嬌がある。これはこれで良いんじゃないか?


 もう一人は、狸だった。身長は低く丸っこい身体、短い手足を器用に使っている。耳からは白い毛も生えていて、どことなくおじいちゃんにも見える。人と動物の特徴が出る部位によって雰囲気も違うみたいだ。

 テーブルで人間と会話をしながら酒を呑んでいた。


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