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三十二話 【パンと狼 其の一】

【パンと狼 其の一】


 ユウマは賑わう食堂の中を歩き抜け、奥にある宿の受付に向かった。

 昼時のざわめきが背後に広がる中、彼はカウンター前で立ち止まり、少し緊張気味に名乗る。


「えっと……ユウマ・キリハラです。ニオ・ギルアンティア将軍の紹介で来ましたぁ」


 その言葉を聞いて、奥から現れた中年の女性がにっこりと笑みを浮かべた。


「ああ、ニオから話は聞いてるよ」


「ん?」あれ?


「部屋は二階の一番奥ね。食事は朝と晩、ここで出るから。食堂を使っておくれ」


「あ、はい。ありがとうございます」

 

 気のせいだったか?


 鍵を受け取り、階段を上がっていく。指示された部屋は、年季こそ入っているが、掃除が行き届いていて清潔だった。窓からは表の通りが見渡せた。


「……意外と悪くないかも」


 ユウマは荷物を置き、一息ついた。仕事は明日からでいいと言われている。ならば今日は、街の散策でもしようか。軽く伸びをして、ユウマは宿を出ると広場の方へと足を向けた。


 

 ユウマは思う。――この世界に来て、まだ数日しか経っていなかった。小説やゲームで夢中になっていた、ファンタジーの世界に、自分が実際にいるという実感は、今でもどこか現実味を帯びていない。

 最初、森に飛ばされた時、強がっていたが心細かった。けれど、ククルと出会い、その家族と触れ合い、「白銀の狼」の騎士たちと行動を共にする中で、少しずつこの世界に心が根を下ろし始めた。ドラゴン……いや、大翼竜との出会いとか、まるで物語のような出来事まで起こった。あまりに濃密で、息つく間もない毎日だった。

 正直、気持ちが追いついていない。けれど、ここまで順調(?)に、これたのは、きっとルルルの導きがあったからだろう。教会にでも行って、お礼くらいは伝えよう。


 ……思えば、日本にいた頃の自分は、何かを決断することから逃げてばかりだった。与えられた選択肢の中で、ただ楽な方を選んできた気がする。

 でも、これからは違う。これからは、自分の選択で生きていく。誰かの言葉ではなく、誰かの期待でもなく、自分自身の意志で。

 


 広場から西へ歩くと、小高くなった場所に三角屋根の建物が見えてきた。オレンジ色の屋根のてっぺんには、細く長い棒状のものが空に突き刺さっている。避雷針……にしては、長すぎる。


 近づくほどに、周囲の空気が静まり、その建物が教会であることが自然と伝わってきた。

 門の前で立ち止まり、ステンドグラスのきらめきを見上げる。手入れの行き届いた庭には、黒と白の服のシスターが一人、花に水をやっていた。


「入っても大丈夫だよな……」


 ユウマがそう呟き、扉に手をかけようとした瞬間――


 バンッ!


 扉が勢いよく内側から開いた。反射的に体を引くと、風のような影が横を駆け抜けていった。銀色の髪が翻り、太い尻尾がスカートの裾から揺れている。


「コラーっ! 待ちなさーい! 泥棒ーッ!」


 続いて飛び出してきたのは、丸々とした中年のシスターだった。ユウマの横でゼェゼェと肩で息をしている。


「泥棒ですか? 追いましょうか?」


 好奇心混じりに聞いたユウマに、シスターはこちらを見る。


「ああ、お願いし――」


 言葉が終わる前に、ユウマは門を飛び出していた。


 長い坂道を駆け下りる。逃げている獣人の少女は二十メートルほど前、重力に身を任せるようにリズミカルに地面を蹴っている。癖っ毛短髪灰色の髪の間から三角の耳がのぞき、ワンピースの後ろからは太くしなやかな尻尾が揺れていた。

 ユウマは上体を前に倒し、加速する。追いつける距離だ。少女は何かを胸に抱えて走っている。

 S字に曲がる坂道の終点、少女は狭い路地へ滑り込んだ。ユウマもすぐにそれを追う。細い道、人混みを器用に避けながら少女は速度を落とさず、まるで風のように駆け抜けていく。

 角を曲がる時、少女の肩が通行人と軽くぶつかった。その衝撃で、彼女が抱えていた物の一つが宙を舞う。ユウマの胸元へと飛んできたそれを、咄嗟にキャッチする。


「……パン?」


 確認する間もなく、さらに奥へと走る。路地はどんどん狭くなり、やがて行き止まりの壁にぶつかる。

 

 少女はきょろきょろと辺りを見回し、逃げ道がないと悟ったのか、おずおずとこちらを向いた。胸の前でしっかりと組まれた両腕には、五つのパンが抱えられている。


 ボサボサの髪、ところどころ薄く汚れた体毛、着古されほころんだワンピース。年の頃は十代前半といったところか。食べ物を買う事が出来ないだろうと容易に推測出来る。

 好奇心で追いかけてきたものの、何と声をかければいいのか分からない。

 ユウマは一歩踏み出し、できる限り優しい声で問いかけた。


「ねえ……どうしてパンを盗んだの?」


 少女は顔を伏せたまま、返事をしない。しばらく考えた末、ユウマは獣人語でゆっくりと言い直す。


「……ヴァルム、ハスドゥ……ブロトゥ、ゲシュトレェン、ノ?」


 少女の耳がピクリと動き、顔を上げる。驚いた琥珀色の瞳がユウマを見つめ返していた。


「ヴァル……イッヒ、フングリフ、ヴァ……」


 かすかな声が口から漏れる。その瞬間、ユウマの中で言葉が変換された――「お腹が空いていたから」


 そうか、と心の中で呟く。


「盗みはよくないことだって、分かってるよね?」


 異なる価値観があるかもしれない。確認するように聞いた。

 少女は、ほんのわずかに頷いた。


「家族は、ここにいるのかい?」


 その言葉をきっかけに、少女の肩が小さく震え出した。


 ――その時だった。


 ガシャーン!


 表通りから、何かが倒れたような大きな音が響いた。直後、金属が石畳に跳ね返るような、甲高く乾いた音が耳をつんざく。


 ユウマは反射的に後ろを振り返るが、狭い路地の奥からは表の様子は見えない。おそらく露店のものが落ちたのだろう。


 少女の方へ視線を戻すと、彼女の様子が一変していた。


 全身が激しく震え、肩が上下し、呼吸が明らかに乱れている。胸に抱えていたパンが地面に落ち、バラバラと転がった。


「だ、大丈夫か?」


 声をかけながら一歩踏み出した瞬間――


 少女が豹変した。


 逆立つ体毛。指先から伸びる鋭利な爪。赤く血走った目と、剥き出しの牙から白い息が噴き出す。華奢だった体が、数回りも大きく膨らんだように見える。


 まるで、狼だった。


「っ……来る!」


 ユウマがそう思った瞬間、少女は地を蹴って飛びかかってきた。反射的に右腕を喉元にかざす。直後、鋭い牙が腕に食い込んだ。


「――ッガ……」


 火花のような痛みが脳を突き抜ける。思わず腕を引きそうになる――が、ふいに脳裏を過る。


 ――“犬に噛まれたときは、引くな。押し込むんじゃ” 


 ロンの言葉だった。


「……ッ!」


 歯を食いしばり、ユウマは噛みついた少女を抱えたまま身体をひねり、壁に押し付ける。もがき、暴れようとする少女。しかし、体重差や力ではユウマに敵わない。腕から血がにじみ、染みを広げていく。少女は呼吸が乱れ始め、苦しそうに身をよじらせる。


 牙の力が、少しずつ緩んでいく。


 逆立っていた体毛がゆっくりと静まり、赤く染まった目も、次第に焦点を取り戻していく。

 

 殺意の消えた少女の体重がユウマの腕にのしかかる。


天空の戯言


ルルル「ちょっといいかしら? ゲームマスター」


GM「はいはい、なんでしょうルルルさん」


ルルル「スキルってものが出てきたけど……パワーインフレの未来が見えるのよね。主人公の魔法が空気になったりとか、大丈夫なのですか?」


GM「ご心配なく。ほとんどのスキルは補助的なものですから。火力はあくまで武器と使用者のステータス次第。バランスは取りますよ」


ルルル「でも〈俊足〉とか無限に使えたらチートじゃない? ゲームならTPとかSPあるでしょ」


GM「一応スキルは直でスタミナとか神経とか使う仕様なんで、連発するとバテますよ。」


ルルル「ふうん……で、ちなみに私のスキルって何かしら?」


GM「……暴食?」


ルルル「それは性格です!」


GM「グラトニー?」


ルルル「カタカナにしただけじゃないですか!せめて美食って言いなさいよ!」

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