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6 聖騎士団の暴虐3(★)

 リーザは何やらぶつぶつ言いながら杖を持って丘を下って行った。

 そのほとんどがシンに対してのエクセトラ。



 野垂れ死にかけていたシンを拾って、早一ヶ月。



 ――何もできなかったあいつが、今日は皿洗いをしてくれている。

 考えてみたらすごい成長だ。それに、ようやくシンの秘密が分かったよ。

 お兄さんの不幸から立ち直れていなかったのね。きっと素敵なお兄さんだったに違いない。だけど亡くなった者へいつまでもしがみついていてはダメ。だってもうお兄さんは、いないんだよ。時折思い出すくらいは良いと思う。だけどシンは、完全にお兄さんの幻影を追いかけ続けている。ダメだよ、シン。君は、今を生きているんだよ。現実を直視しなくてはダメなんだよ。

 私がなんとかしてあげなくては。

 説教の方向性をちょっと変えてみるか。

 名付けて『北風と太陽大作戦』。

 北風が3で、太陽は7くらいが丁度いいかな。

 徐々に太陽の割合を減らして……最後は真冬だ、ウヘヘ。

 

 

 ――と、そのようなことを念仏のように呟いていた。



「え?? な、何?? ここどこ?」


 慌ててリュックから地図と磁石を取り出す。


「あぁ、しまった!? 道を間違えて絶壁峠にきちゃってた」


「魔女姉ちゃん!! 魔女姉ちゃん!!」

 

 小さな女の子が息も絶え絶えに走り寄ってくる。

 リーザの精神は深い妄想界にシンクロしており、少女の存在にまったく気付かなかったようだ。

 少女の名はキィナ。紺のチェニックが良く似合う麦のハットをしたとび色の目の少女。年齢は6、7歳くらい。両親は峠のふもとで宿屋を営んでいる。キィナはそこの一人娘。

 リーズの調合したクスリの噂を聞きつけて、周りの街からわざわざ訪ねてくる者も少なくない。そして必ずその宿に泊まる。リーザのクスリは、名もない村の観光業に多大なる貢献をもたらしていたのである。


「キーちゃん? どうしたの?」


「魔女姉ちゃん!! たたた大変なんだ!! 早くっ!!」


「私は魔女じゃないわ。アルケミスト!」


「アル……長くて舌噛むから覚えられないよぉ! どっちも同じじゃん! そんなことより大変なんだよ!」


 ちょっぴりムッとしたリーザ。


「同じじゃないわ。私は錬金術師。物理や化学を駆使してお困りごとをパパっと解決するプロの学者で論理派よ。アーキテクチャーなの。つまり設計屋。精神界とか超常現象といったオカルト方面じゃないの。そこのところをハッキリしないと私のモチベーションと存在価値が……」


「魔女姉ちゃんが何言っているのか、さっぱり分かんないよぉー!!」


 キィナは今にも泣きそうな顔で、リーザにしがみついた。


「ご、ごめんね、キーちゃん。どうしたの? 私を追っていたようだけど」

「大変なんだよ。お願い、助けて!!」


 キィナはとうとう泣き出してしまった。

 訳も分からないままキィナに手を引かれ、村の方へ足早に向かう。




 *



 

 レンガ造りの背の低い家がポツンポツンと点在する、ふもとの村。

 ようやくキィナの宿屋が見えてきた。

 ここまでの道のりの間、リーザは情報を聞き取ろうと必死だった。

 だけど理解できないことだらけなのだ。


「キーちゃん。聖騎士団がやってきて虐めるって、どういうことなの?」

「あいつらが……、あいつらが……」


 キィナは言葉を詰まらせて泣きじゃくる。

 これでは会話にならない。

 

 この世界には聖騎士団と名乗る団体なら有象無象といる。

 意義や目的こそ違えど、正義の為に戦う騎士集団であることは言うまでもない。



 なのに、どうして?



 リーザは宿屋の戸を開けた。

 一階にあるラウンジを占拠していたのは、白銀の鎧を身に付けた三人組の粗暴の悪そうな男たちだった。ソファーにふんぞり返り、テーブルには足を乗せ、ガブガブとビールを飲んで大笑いをしている。

 店の主と女将さんは、接客をさせられている。無理やり作った愛想笑いを浮かべながら、料理を並べていく。

 

 リーザは目を疑った。


 彼らの襟には赤い鷹の文様が記されていたからだ。それは世界を救う英雄とまで謡われている大聖騎士団、レッドグリフォンの文様である。地位や栄光といった表舞台に興味を示さないリーザであったが、この文様だけは良く知っていた。

 なぜなら転生者のレイズが率いている騎士団の紋章だからだ。

 レイズは転生したばかりで何も分からないシンに、この世界のイロハを教えた経緯もある人物だ。


 だが目の前にいる輩は、ただのゴロツキにしか見えない。

 テーブルの上には財宝の山がある。それを手に取り、「ちょれーよな」と笑っている。もしかしてどこかで略奪したのだろうか。


 店の主達はリーザに気付き、「あぁ、魔女様……」と気弱な声を漏らす。

 男たちもリーザの存在に気付き、不機嫌そうに睨みつける。


 リーザは勇気を振り絞って、男たちに声をかけた。

 

「あ、あなた達! それ、どうしたの!」


「あん? なんだ、小娘。見りゃ分かるだろうが! 寄付されたのよ。俺達は正義の味方だからな。ガハハハ!」



 キィナがリーザの後ろに隠れたまま、男たちを指差す。


「違うよ、魔女姉ちゃん!! あいつら嘘つき。脅して奪ったんだよ!」


 男たちはどっと笑う。


「ククク。おもしれぇガキだな。俺達は村人たちに剣を振りかざし、感謝を見せよ、と言っただけだ。そしたらあいつらがガクガク震えて、勝手に財宝を持ってきただけさ。まぁ、言いがかりをつけてくる奴は見せしめに怪我してもらったけどな。グハハハ」



 リーザはスカートの裾をギュッと握った。

 なんて人達なんだ! 許せない。


「あんた達の顔、しっかりと覚えたわよ。どうせあんた達のような卑劣なやつら、レッドグリフォンであるはずがない! あんた達は聖騎士の名を語る偽物。私はレッドグリフォンのリーダーをよく知っているんだからね!」


「なんだ、小娘。隊長に告げ口しようってか? いいぜ? やってみろよ」


 男の一人が腰の革袋から、紋章を取り出す。


「俺は英雄聖騎士団の千人長、アーガスだ。レイズ様から直々にこの役職を仰せつかった。まぁ、レイズ様の前ではそれなりに懸命に働いているからな。お前がちょこちょこ言ったくらいで、俺の信頼度を覆せると思っているのか?」


「レイズさんは立派な人よ。だからあんたの非道を見抜いてくれるわよ!」


「ククク。俺よりお前を信用するってか? そりゃ怖いな」

「そうよ! だからこんなマネやめなさい!」


「もしやめても告げ口するんだろ?」


 リーザは男の目を真っすぐ見て言い切った。


「もちろんよ!」


「ククク。そうかい。あんたには、ちぃとばかりしつけがいるな」


 言うと同時に、リーザを跳ねのけキィナの腕を掴んで持ち上げる。


「痛いよ! 何するんだ! 魔女姉ちゃん、こんな奴に遠慮することはないよ! 最強魔法でやっつけてよ!」


 男の軽い一撃でリーザは吹き飛んで、カウンターにぶつかりそのまま倒れ込んだ。

 すぐさま立ち上がり、態勢を整える。

 リーザは苦い唾を飲み込む。

 

 

 自分は魔法使いではない。

 素材がないと何もできない。

 いや、例え素材があったところで武器を帯びた達人にかなうだろうか。

 それも相手は三人もいるのだ。

 答えは、否だ。

 戦闘経験皆無の自分にとって、ここからの打開案など何ひとつ思いつかない。

 1%の勝機すらない。ただただ震えるのを見透かされないように、懸命なまなざしで相手を睨みつけるだけが精いっぱいだった。


 三人の悪党たちは、リーザの周りに集まる。


「ダハハハ! てめぇは魔女だったのか? おら、なんか魔法、やってみせろよ!」


 キィナは泣き叫ぶ。

「魔女姉ちゃん!!!! 魔女姉ちゃん!!!!」


「分かったか! お前が告げ口したら、その瞬間、その辺の善良な市民の誰かが死ぬってことだ。グハハハ。生意気なんだよ! 小娘!」


 別の男が歯を見せてニカリと笑うと、リーザの腹部を殴りつける。


 リーザの体は宙を舞った。

 背中から倒れ込み、咳き込む。


 それでも懸命に立ち上がる。

 口元に流れている血を手で拭った。


「……許さない……。許したくない……、こんなこと、絶対に間違っている……」


「間違っているのは、てめぇのおつむなんだよ! どんなに良いことをのたまっても負けちまえば何にもならねぇ。どうしてそんな簡単なことを学習できなかったんだ? ボロボロになっても反撃してこねぇってことは、どうせたいした魔法が使えないんだろ? 弱いんだろ? だったら土下座しかないだろ? ほら、謝って泣けよ! チクりませんって言えよ。そうしたらなかったことにしてやってもいいぜ? それともこのガキを殺してやろうか? 代わりのガキなんて、その辺にいくらでもウジャウジャいるしな。グハハハ!」



「魔女姉ちゃん! どうして何もしないんだよ? すごいクスリ作れるんだから、こんな奴、ババっとやっつけてよ」


 店の主人と女将は、涙ながらにリーザに語りかける。


「魔女さん。もういいです。ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって。どうか謝って逃げてください」

「そうだよ。魔女さん、死んでしまったら何にもならねぇ。ここはわしらでご機嫌をとって楽しんでもらうから、謝っちまって、今日のことはもう忘れて……」


「……おかみさん……、ご主人さん……」



 とめどない雫が床を濡らしていく。

 悔しい。無力な自分が許せない。



「おや、そりゃ、なんだ? 変わった宝石だな」


 男はリーザのネックレスを力任せに引きちぎった。


 リーザの顔は真っ青になった。


「ダメ! それだけはダメ!」

「ククク。焦るところをみると、相当な値打ちもんだな!」


「そんなんじゃない! これはお母さんの形見なんだよ! お願い。それだけは取らないで!」


 男たちは顔を見合わせてニタつく。

 値打ちこそ分からないが、魔女の母親の形見と聞いてほっとくはずがない。かなりのお宝にありつけたぜ、と言わんばかりに哄笑を上げる。


「おい、小娘。もう帰っていいぜ。己の馬鹿さ加減が分かっただろう? おめぇに俺達を裁く手段なんて何一つなんだよ。何かしたらもっと酷い仕打ちがお前を待っているだけだからな」


挿絵(By みてみん)


 *



「遅かったね。どうしたの?」

「……ううん。何でもない」


 リーザはどうやってここまで帰ってきたのかすら、まったく記憶にない。

 ふと気が付くと目の前にシンがいて、心配そうに自分を見つめているのだ。



 ――シンに心配かけちゃダメ。



 何度も自分にそう言い聞かせた。

 その度に下唇を噛み、無意識にスカートの裾を強く握りしめていた。


 シンはボソボソと呟く。


「……あのさ。俺、空気を目指しているんだ」


 さすがシンだ。何を言っているのかさっぱり分からない。


「あはは。なにそれ」


「俺、空気だからさ、リーザさんの話を聞いても何もできないから……。だから話してみたら?」


 その言葉を聞いた途端、リーザは堰を切ったかのように泣き崩れた。

 そして心に閉じ込めていた感情を思いっきり吐き出した。

 彼女の話は時系列になっていない。前後しながら支離滅裂にもなりながら、嗚咽としゃっくりの中、長い間、話し続けた。それはまさしく、悲痛なる叫びであった。


 シンは黙って聞いていた。


 最後にリーザは、

「ありがとう、シン。スッキリしたよ。さすが空気。今回ばかりはシンに救われたわ。だけど今日はもうダメみたい。ごめんだけど、先に休ませて」

 

 そう言うと、リーザは寝室に向かっていった。

 シンは彼女の後姿をじっと見つめていた。



「ちゅー」

「……お兄さん。俺、やっぱ、ただの空気だね……。友達がこんなに苦しんでいるのに、何もできない自分が悔しいよ。俺は無力で最低でどうしようもなく……」



 ねずみはシンの話を最後まで聞かず、どこかへ走り去っていった。




 薄暗い部屋にぽつんと残されたシン。




「……そうだよね……。俺、最低だよね。辛い気持ちを打ち明けてくれたのに、ただ聞いているだけなんて。俺なんて相手にする価値すらないよね……」



 シンは店の外へ出た。

 もうすっかり日が落ちており、どこともなく夜の虫の声が木霊している。




 ……聖騎士にお願いしに行こう。頭を下げてみっともなく泣きながら、土下座して床に額を付けて一生懸命お願いしてみよう。俺にはそれしか出来ないから……だから出来ることを全力でやってみよう。



 シンの足取りは重かった。

 虫の声が死へのレイクエムに聞こえてくる。

 この峠は、まさしく地獄へ続く一本道のようだ。

 歩を進めるたびに汗と涙がすすり落ちてくる。

 ただただ恐怖でしかないのだ。

 それでも歩いた。



 遂には村の明かりが見えてきた。

 そして宿屋の看板が視界に入る。


 シンは足を止めた。これ以上、怖くて進めないのだ。

 それでも手を強く握りしめ、足を踏み上げる。


「ちゅー(おい、シン)」


 シンを追いかけてねずみがやってきた。


「お、お兄さん?? どうして?」

「ちゅー(お前、友達の仇を取りに行くんだろ? だから俺も友達を呼んできた)」


 シンは振り返った。

 そこには辺り一面を覆いつくすネズミの大群があったのだ。


 そのあまりの数にシンは驚く。


「……お、お兄さん。……気持ちは嬉しいけど、俺、ちょっとした仕事すらできないんだ。仇を取るなんて……そんな力、とても俺には……」


「ちゅー(仕事? 何を言っているんだ? これはお前にとって仕事なのか? 仕事って誰かの為に働いて報酬を貰う行為なんだろ? お前はあの子から謝礼が欲しいのか?)」


 

「リーザにお礼が言われたくて来たんじゃない。感謝されたいとか思ってもいない。ただ俺は、リーザを虐めた奴が許せないだけだ。だからバカにでもアホにもでもなって、俺は……」


「ちゅー(じゃぁーこれはお前のわがままな自己都合って訳だ。俺はそれが面白そうだと思って興味本位で付き合っているだけだ)」


「……そう、確かにこれは俺にとって、自分の欲求を満たすための……つまり自己満足……」


「ちゅー(要するに遊びなんだろ? だったら面白くやろうじゃないか! ゲームなんだからよ。知ってっか? 空気って普段はあるかないか分からない無力な存在に思われているけど、なくなったら大変なんだぜ? 空気が消えたら、全員、即、死亡。見せてやろうぜ。空気の底力を。じゃぁ俺たちはスタンバイしてっから、好きなタイミングで殴りこんで来い)」



 ねずみの大群は一斉に宿屋の壁を伝い、天井裏へ侵入していく。




 時は深夜。

 今夜は月はもちろん、星すら出ていない。

 この場を照らしているのは、宿屋の灯のみだ。


 まさしくここは、天井裏と同じく漆黒の闇。

 シンは分厚い眼鏡を外した。

 その視界には、透き通る程、鮮明に景色が映りこんでくる。



 自分の心情を支配しているのは、もはや恐怖ではなかった。

 思考がすべてぶっ飛んでしまっている。

 何もかもが吹っ切れたようだった。

 シンは宿屋の扉を睨めつけた。

 リーザを泣かせたあいつらが、ただただ憎いのだ。

 許せない。絶対に。自分を構成している感情は、ただそれだけ。


 戸に走り寄ると、力任せに蹴り開ける。

 

 ガサガサという音と共にランプは一斉に倒れ、すべての光源が絶たれた。

 

 酒を飲んでいた聖騎士の一人が立ち上がる。

 

「だ、誰だ!?」


「……ただの空気さ……。そうだな、今は闇夜を彷徨う一陣の風。くせぇゴミ共がちょっと目障りでね」


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