93 知らぬ間の成果
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
ただ我武者羅にやった大戦果を眺める。
怪獣と呼べるサイズの二体のエボルイーターが横たわる光景は圧巻という他ない。
その片方を全力でやれば倒せるという事実は今後の自信につながるだろう。
さて、正面では静かに砂煙で隠れないほどの巨体が二体横たわり、だんだんと周りの戦場も締めに入っている。
「はぁ」
頭を失ったエボルイーターの動きはもはや群れとして機能していなく、軍として動く鬼の連携の前には手も足も出ていない。
後始末という言葉が似合うほど次から次へと倒されるエボルイーターを見て、今立っているエリアの安全が確保されたのを雰囲気で察した俺の体は自然と脱力し、その場に座り込んでしまった。
「ははは、ようやく一息つけた……はぁ、力入らねぇ」
鉱樹にもたれかかるように胡座をかいて座り込む。
体の中にあった魔力をごっそりと消費した感覚は脱力して何もできないが、何とも言えない爽快感を俺に味わわせていた。
こんな時に一服できたら最高だと思うのだが、
「まぁ、溶けて無くなってるわな」
俺の今の格好といえば奇跡的にズボンが残っているだけで、それ以外で身につけるものは一切合切溶けてなくなっている。
タバコを入れていた胸ポケットはタバコごと溶けてなくなっている。
上半身裸の時点でないことを察するべきだが、欲しい時に吸えないという物足りなさがなんとも物悲しい。
「はぁ、見事に溶けきってやがる。装備は買いなおすとして……装備のための補填って入るかねぇ」
入ってもらわねば痛い出費になると頭の中でそろばんを弾く。
最悪教官にたかるかと心に誓えば、そのたかろうとした当人のご登場だった。
「ゲホ」
ただし、正面から歩いてくるのではなく空中からである。
しかもご丁寧に目の前一メートル地点に着地し、その巨体から発生する重量は落下加速度と合わさり見事な轟音を奏でて登場である。
真正面に座り込んでいた俺は見事に土煙を浴びむせる。
煙が欲しいとは思っていたが土煙が欲しいとは思っていない。
そんな文句は目の前の存在には通用しないのは百も承知であるが。
「元気そうですね教官」
「おめぇは使い切ったって感じだな次郎」
軽い皮肉くらいは言っていいだろう。
暗に俺は疲れているからもっと労われといったが当然通じているわけがなく、歩み寄ってきた教官は容赦なく背中を叩き。
「ま、よくやったわ」
「ゲホゴホ、どうも」
真っ直ぐに俺の目を見て成果を称えてくれた。
その言葉にむせながらも言えた感謝の言葉は我ながら不器用だと思える内容だ。
しかし内面は親に初めて褒められたような何とも言えないむず痒さを味わっている。
それを隠すために言葉が短くなってしまったのだ。
「しかし、どうやって生きて出てきたんだお前、俺もあいつの腹に大穴開けて助けるつもりだったが、正直生きてりゃ儲けもん程度だったんだぜ?」
「一応とはいえ教え子に対して薄情ですね、鬼かって……鬼でしたね」
「おうよ、鬼の中の鬼だ。それでどうやったんだ?」
「俺も言っててあれって思いましたよ……生き残ったのは偶然ですよ、本当に偶然です」
改めてあいつに食われてからの光景を思い返し、どこかで判断を間違えていたらこの場で座っていることはないだろうと断言できる。
「胃の中で必死に抵抗して、最後の悪あがきも失敗して栄養源にされそうな時にこいつに助けられました」
さっきの覚醒状態はいったいなんなのか、あとでそれを調べる必要もあるが、今は静かな相棒に感謝するように刀身を撫でる。
冷たくもなめらかな金属の感触に自然と頼もしさを感じる。
「コイツに溜まっていた魔力をもらってなければ教官の想像通りあいつの栄養分にされていましたよ。本当にこいつを買ってよかったです」
あの時の出会いと俺の決断に感謝するように笑う。
「バカ野郎、真の強者ってのは運すら引き寄せるんだよ。てめぇは生き残った、それが現実であとは全部戯言だ。今は生き残ったことに胸を張れや」
「はい」
すごい暴論を展開する教官に俺はつい笑ってしまう。
だが、その理論がすごく安心できてしまう。
だから俺も素直に返事をすることができる。
「さてと、笑えるだけ余裕があるってことはもう立てるな?」
クツクツと笑っていると教官もいつもの凶悪な笑みを俺に向けてくる。
教官の言うとおり少し休んでいたおかげで魔力も僅かであるが回復し、立って歩く分には問題はない。
「ええ、移動するだけなら問題はないですよ」
「おし、なら行くぞ」
「行くって?」
「決まってる、てめぇの治療だ。おめぇ無理な魔力の使い方しただろう」
急に真剣な表情になった教官の視線にビクリと反応してしまう。
なんでわかったのかと聞く必要もないだろう。
こうやって力尽きているのもあるだろうし、教官から見れば俺はズタボロなのは間違いないのだから。
「うまく魔力が回らないのはそのせいだよ。魔力の流れが乱れて体のあちこちに負担がかかってんだ。だから力がうまく入らないんだよ……ったく、んな体で宴会ができるかってんだ。さっさと体治してこい。おい!! そこのお前、こいつをエヴィアのところに連れてって治療を受けさせてこい!!」
「へい!」
一目で俺の状況を把握するのはさすがとしか言い様がない。
体の構造に詳しいのか、怪我に慣れているのか。
後者だと思う教官の近くを通りかかり指示を出されたオーガはそのまま俺を肩の上に乗せた。
「教官はどうするんですか?」
「俺はもう少し暴れてくる。俺が終わるまでに体治しておけよ、治ったら宴会だ」
振り返らずにサムズアップした教官はそのまま何も言わず静かになり始めている戦場に歩いていった。
事後処理というやつだろう。
これ以上俺がいても事後処理の邪魔になるだけでなんの意味もないので俺は素直に鬼に運ばれるとしよう。
緊急脱出機能を使うという手段も考えたが、あれはあれで一度死なないと意味がない。
誰が好き好んで死にたがるかという話だ。
近場のゲートまで運んでもらえればあとは医務室に一直線だ。
仕方ないこととは言え、スエラやメモリアにまた説教をくらうのかと思うとため息が出てくる。
せめてもの救いが生きて帰ったことであろう。
さっさと戦場に戻りたいのか、俺を担いでいる鬼の速度は速い。
少なくとものんびり帰る俺の足よりは断然速いだろう。
風を切る心地よさを感じ、車に乗っているような速さで風景が流れていくのを眺めていればあっという間に最寄りのゲートに到着する。
そのままゲートを起動して脱出する。
そしてまた会社内を鬼は駆ける。
途中何事かと思って振り返る社員の視線にさらされること数分。
何人か顔見知りとすれ違ったが、何故か納得したような表情をされた。
解せぬ。
「急患だ、治療を頼む」
明日また変な噂でも流れるのではと微妙な気分になっている間に、医務室は目と鼻の先まで来て、すぐに中に入る。
顔なじみの医療スタッフにまた来たかと苦笑を浮かべられれば、どうもと頭を下げるしか俺に取れる行動はない。
そのままベッドに寝かされた俺は鬼に向かって礼を言う。
「助かったよ」
「お前の勇姿は見た、鬼は強者を敬う。気にするな」
勇姿とはあの怪獣を倒したことだろう。
グッと握りこぶしを突きつけてきた鬼に向けて俺も拳をぶつければニカっと笑って鬼は戦場に戻っていった。
平穏無事な会社に戻ってきてようやく一息だ。
魔力体を解除すると、さっきよりも疲れが増したような気がする。
ころんと魔力体を解除した際に首元に現れたペンダントの重みすら今では煩わしく感じる。
しかしそれよりも何日かぶりのベッドを味わうように息を吐き脱力すれば気にもならない。
そして俺がそうやって身を預けている間も忙しなくスタッフは魔法で俺の体を調べて、いつもなら適切な治療に移るのだが……
「そんな」
「何かの間違いでは?」
「三人のスタッフのデータが一緒なんだ。間違いのはずが」
「?」
今日はいつもと違い、治療が一向に始まらない。
まさか重大な怪我が見つかったのか?
自覚症状はなかったが、一回消化されかけた身だ。
もしかしたらどこかやばい器官を痛めたのかもしれない。
もしかしたらステータスが大幅に減退したのかもしれない。
下手をすれば一生戦えない体になったのかもしれない。
ヒソヒソと話し合う治療スタッフのダークエルフの一人が慌てるように医務室を出ていったのがさらに俺の不安を掻き立てる。
「何かあったのですか?」
「いえ、もう少し詳しく調べてみなければわからないのですが……」
近くに寄ってきたリザードマンのスタッフに聞いてみれば、なんとも歯切れの悪い言い方の答えが返ってきた。
ああ、これはついにやっちまったか?
ここで気にしませんから言ってくださいと言えればよかったのだが、思いのほかショックの大きい俺は何も言うことができず、そうですかと返して沈黙してしまった。
それから気まずい、いや俺が一方的に気まずく思っているだけなのか。
あれやこれやとスタッフは忙しなく俺の体を調べている。
時折治療魔法をかけてくれるのは精一杯のことをしようとしてくれているのだろう。
「まさか本当に」
「それなら」
その行為も一旦終わりが見えてきたのだろう。
カルテ片手に驚きの表情を見せ、次に眉間にしわを寄せ話し合う二人のスタッフに俺は置いてきぼりだ。
そんなに俺の体は悪かったのだろうか?
「あの、俺の体ってそこまで悪いのですか?」
「え?ああ、体なら大丈夫だよ。傷の治療は終わったし、体内の方はちょっと魔力を流しすぎて気怠さを感じているだけだから二、三日もすれば回復するだろう」
「あ、ああ。そうなんですか。なんだ、なんか深刻そうな顔で話すし、治療にしては長いから何かあったかと心配しました」
「いや、それなんだが……何もないというわけじゃないんだ」
「なに?」
つい素で返してしまったが、リザードマンの治療スタッフは気分を害した様子もなく。
ゆっくりと俺の前にタブレットを差し出してきた。
「口で言うよりも見てもらったほうが早いだろう。検査アプリを起動してみてくれ」
「はぁ」
型は俺が使っているのと同じだから慣れた手つきで馴染みのアプリを起動する。
しばらく検査中と出てエラーなどが出ることもなくすぐにステータスが表示される。
「おー、軒並みかなり伸びてるな」
最後の最後で大物を倒した成果か、今までにないくらいに伸びている。
倒した数も数だし、質もかなり上々だ。
これくらい伸びてもおかしくはない。
ステータス
力 4203→8983
耐久 5059→10174
敏捷 2744→6663
持久力 3336(-5)→7456(-5)
器用 1988→4541
知識 96→96
直感 455→889
運 5→4
魔力 1897→4878
状態
ニコチン中毒
肺汚染
スキル
猿叫
斬撃
おかしくはないのだが……
「……伸びすぎでしょ」
それが俺の素直な感想であった。
ここまで伸ばすのにどれだけ苦労しないといけないのだろうか。
そして明日から箸を握るときに注意しなければと思う。
くしゃみをしたらついうっかり折りそうな気がする。
あまりのステータスアップに驚きが隠せないため何やら思考がおかしな方向に行ってしまった。
だが、だからといってこのステータスがおかしいというわけではない。
こんなステータスは探せばいくらでもあるだろう。
「確かに上がりすぎですが、それ以外おかしな部分はないですよ」
「ああ、私が見てほしいのは上の方なんだ」
「上の方?」
ステータスの上の方といえば、俺のプロフィールみたいなのが表示されるだけだったはずだが……
スクロールしていくと、俺の会社内での所属部署や名前、生年月日、血液型など表示される。
種族……よかった、まだ人間だ。
鉱樹に根っこを伸ばされたが精霊っぽいものとかにはなっていなかった。
いやまぁ、スエラやメモリアのことを考えるのなら人間をそろそろ辞めないといけないのだが……もう少し覚悟を決めてからにしよう。
まぁ、ステータスがすでに人間を辞めているような気もしないでもないが、気にしない。
「特に変わったものは……」
上から順番に見ているが今のところ変わったものはない。
このまま行けばそのままステータスの項目に移るのだが……
ああ、魔力適性があったな。
まぁ、あれはそもそも変わらないものだし。
変わっていないだろう。
魔力適性 九(準魔王級)
「あったな」
「はい、我々もこの結果を見たときは目を疑いました」
俺も信じられないよ。
決定的に変わったものがそこにあった。
本来であれば生まれてきた時の資質で変わるはずのないものが変わっていた。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王クラス)
役職 戦士
今日の一言
人外への一歩を知らぬ間に踏み込んでいた。
気づけば、もう少しで今年も終わりですね。
年内の更新は今回で最後となります。
次回の更新は年越し一番で出したいと思ってます。
これからも本作をよろしくお願いします。
では良いお年を




