785 異世界からの企業進出!?転職したからここまで成り上がれた
全読者様に感謝の言葉を、ここまで読んでいただき誠にありがとうございます!!
時間っていうのは忙しく過ごしていると、あっという間に過ぎてしまうものだ。
それは俺がブラック企業と世間的に言われる前職で働いているときからそうだった。
「終戦からもう、一年かぁ」
来る日も来る日も仕事仕事仕事。
戦争している間も忙しかったが、まさか戦後処理の激務で忙殺されそうになるとは思わなかった。
「なぁに黄昏ているんっすか先輩。あれっすか、マリッジブルーってやつっすか?」
「それ、男もなるのか?」
そんな過去のことを思い返すくらいに激務であったけど、お気楽な後輩の声で現実に戻ってくる。
「さぁ?少なくとも図太い神経の先輩がなるとは思っていないっすねぇ」
「お前……」
「でも、さすがに〝結婚式〟だったら次郎さんでも緊張してもおかしくないですよ」
人ではなくなりつつある俺ではあるが、さすがに疲労やストレスは感じ取れる程度には、人としての感覚を残している。そんな俺を慰めてくれるのは、ダンジョンテスター時代からチームの良心ポジションの勝だ。
今も、純白のモーニングなんて柄でもない格好をしている俺のことを気遣ってくれる。
「そうっすかねぇ?だって先輩、今じゃ神様になりつつあるんっすよね。だったらこれくらい平気だと思うんっすけど」
「平気じゃねぇよ。神になるって言ったって何百年も先の話だ。下手したら千年単位先の話にもなるってよ。俺はまだ神の力を使えるだけの人間だよ」
今日は激務の合間に激務を挟み、どうにか時間を作り出した俺とスエラ達との結婚式当日。
「それ、人間って言っていいんっすか?」
「良いんだよ、だから世界各国うちとつながりを持ちたいって思っている連中の代表が集まったら緊張もするし、ストレスで胃が痛くなってもおかしくないんだよ」
結婚式の準備は家族が全員で集まれる貴重な時間だから、忙しくも楽しめたなぁ。
戦後処理が忙しくて、俺は基本的に飛び回ってたし、俺の随行をしてくれる婚約者も代わる代わる交代制だった。
唯一家族総出で集まれるのは衣装合わせや、式場の打ち合わせの結婚式関連だけ。
そこでスエラ、メモリア、ヒミク、エヴィア、ケイリィとユキエラ、サチエラそして。
「途中でエヴィアさんが出産で産休に入った時は次郎さん、死にそうな顔してましたね」
「そうっすねぇ、めっちゃ血走った目で書類とにらみ合ってたっす」
エヴィアのお腹の子、元気な女の子が生まれて来てくれている。
「エヴィアと〝ルナ〟のためだ。デスマーチの一つや二つこなせずして、何が大黒柱だよ」
名前はルナと名付けた。
こっちの世界の、月のラテン語から拝借。
向こうの世界じゃ月の名前は縁起物。
エヴィアとじっくり相談して、百を超える名前の候補から決まった意外とシンプルな名前。
「まぁ、俺も子持ちになったんでそこら辺は理解できるっすよ」
「海堂さんのお子さんも元気ですよねぇ」
「そうっすねぇ、おかん曰く俺の小さいころにそっくりらしいっすよ」
そして海堂も気づけば立派な父親になっている。
男の子が生まれて、仕事に子育てにといろいろと忙しいと言うのは、父親同士ということで俺との間でよく上がる話題だ。
「賑やかそうですね」
「勝君も近いうちにそういう日が来るっすよ」
「ああ、間違いない」
その話題にいまいち感情移入が難しい勝に、南と北宮がこっそりと妊活の話をしているというのを俺はスエラたちから、海堂はアミリさん経由だろう。
それぞれの情報網から聞いているから、勝が成人したあたりでこの手の話を理解する日が来ると思っている。
「先輩も大家族になるっすよねぇ、今はヒミクさんが三ヶ月、メモリアさんが半年、ケイリィさんが二ヶ月目でしたよね?経過も順調って聞いているっすよ。となると来年はすごいことになるっすね」
「賑やかになるのは嬉しいんだがなぁ、そろそろ男の子が欲しいところなんだよ。さすがに男が俺一人だけの空間は肩身が狭い」
「なんとなく、しばらく女の子しか生まれないような気がするのは僕だけでしょうか」
「奇遇っすね俺もっす」
「……そんな目で見るな」
こんな感じで激務の合間にも、仲間との交流の時間を確保できているのは俺の体が相当にタフになっているからだろうな。
二徹、三徹程度じゃ疲労を感じないくらいに肉体が限界突破している。
寝る間を惜しめば、スエラたちと交流する時間くらいは確保できる。
おかげで、こうやって子宝にも恵まれている。
海堂と勝の言う通り、俺の直感でももうしばらくは男の子は見込めないだろうなぁと思っているあたり、一家の大黒柱はもっと太くならないといけないな。
「ん?教官か」
新郎の控え室に来るのは俺が許可した人しかいない。
気配で探知し、遅れる形でノックの音が響き、そのまま招き入れるとフシオ教官はいつもの黒のタキシード、キオ教官は何故か黒の紋付き袴という出で立ちで登場した。
「おう次郎!!祝いに来たぞ!!」
『カカカカ、こっちの世界の風習のご祝儀とやらを渡すのに手間取ってな』
酒を飲むのは式が終わってからと決めて今日は禁酒中の俺であるが、祝い事を喜ぶキオ教官とフシオ教官には付き合わざるを得ない。そして今回の結婚式は日本の最大手のイベントプランニング会社が異世界の魔王軍の中でも発言力のある教会と合同で結婚式を仕切っている。
地球側の風習と異世界側の風習。
当然、違いはあるんだけど、それでも今後の世界間の交流を考えれば融和をなさねばならない。
賓客のことを考えると、失敗は許されない。
プランナーと教会関係者との打ち合わせの時は、両者とも責任者という立場からか目の下にクマを作り、化粧で誤魔化し出席するということが起きていた。
それくらい時間と手間をかけたおかげで今のところ、こういう簡単なトラブルだけで済んでいるというわけだ。
「いえいえ、祝いに来てくれてうれしいですよ」
「なに、可愛い弟子の門出だ。祝ってやらねぇとな」
『そうだな、なにせ戦争を終わらせた英雄となった弟子だ。我らも鼻高々、くくくく、貴族連中の悔しがっていた顔を今でも思い出せるぞ』
「ははは」
あの戦争が終わり結果的に言えば、帝国と魔王軍の連合軍が勝利という形で終戦した。
となれば、戦争終結時に起こる戦後補償……所為、賠償金と言われる問題が発生する。
しかし、王国もトライスも事実上国家の崩壊を起こしているほどの損耗をしていて、国として体裁をなしていない。
トライスに至っては、人口が半分以下になっているうえに政権は壊滅している。
となれば、国を解体、そして領地を帝国と魔王軍で分割統治という話でいく流れが自然とできた。
そこで口を出してくるのが貴族という連中だった。
やれ自分の息子は、戦争で武功を上げた、やれ自分の家は戦争に大きく貢献した等々、美辞麗句をふんだんに盛り込み、自分の戦果を過大に盛った状態で甘い汁を吸おうと群がってきた。
そこで祭り上げられたのが、俺というわけだ。
「勘弁してくださいよ。こっちの世界でも神殺しの英雄とか知られて宗教関連者から脅迫状が届いたんですよ?」
「有名税ってやつだな。どうせ口だけの奴だろうよ。お前のところの世界の神連中がイスアリーザの奴を邪神認定して宗教関係者を黙らせたって聞いたぜ?」
『カカカカ、まさか奴らも自分が崇める神が信者たちを嗜めるとは思いもしなかっただろうな』
今回の戦争の最大の功労者、神を殺した将軍。
そんなネームバリューの俺が昏睡状態では勝手に戦争での褒章を決められるわけもなく、一旦社長がすべての取りまとめをして、俺が起きるまでの間に帝国との領地の分割を決めた。
正当な評価の元、過大な評価を求めた貴族連中はわずかな褒美で終了。
反論の余地をあの社長が残すわけもなく、証拠とともに封殺してしまったわけだ。
その話題が、背びれ尾びれさらには翼が生えて、日本の方に伝わって、さらには世界まで飛び火してしまい。
俺は神を恨み、復讐するために異世界にわたり神を殺した奴と思われてしまった。
正確な情報をしっかりと送ってほしいと切実に、この時ばかりは願った。
この所為で、世界各国の宗教関連者はお怒りモード、そんな人間のいる会社との交流は反対だと世界各国の政府に対してデモが起きたわけで、俺は世界各国で混乱を引き起こした犯罪者になりかけた。
「笑い話にするには、もう十年くらいほしいところですね。正直、今の方が恥ずかしいんですから」
それを鎮圧してくれたのは、これを期に地上に顔を出した神々という存在たち。
イスアリーザはこの世界を征服しようとした邪神だと言って、むしろこの世界の危機を防いだ人物に何たる対応だと神罰すら下した。
それを恐れ、顔を真っ青にした世界中の宗教関連のお偉いさん方が、どこで学んだのか、白装束を着て会社までアポを取って来日、土下座を敢行してさらには切腹で謝罪しようとしてこっちが大慌て。結局は互いの理解が進んでいないということを反省し、情報交換を定期的にして交流を深めることと、それぞれの信者たちへ今回の経緯の説明をお願いし事なきを得た。
そのお偉い方々も、今回の結婚式に参加を希望し、さらには神からの祝福の言葉を預かっていると聞いてからプランナーたちの顔は青ざめて、何人もの人が胃痛で病院に運ばれた。
世界各国の大統領に首相、王族にさらには宗教のトップ。
うん、俺の友人も一応招待したが祝儀だけ送られて、結婚式は辞退されても仕方ないと思う。
一応、祝儀以上の引き出物は郵送で送っておいた。
「でも、一部の宗教が騒いでいたんっすよね」
「それもそんな神はいないと、神様達から否定されてましたけどね」
「そうそれ、それは俺も笑ったわ!!」
『自分の信じている神はいないと言われた奴らは今頃地獄を見ているだろうよ』
「脅迫状もたどるとそういうやつらからだったからなぁ」
そんな有名どころの宗教に便乗して騒いでいた所謂、宗教詐欺団体。
そいつらは信者たちに崇める神のピンチだと煽り、俺を脅して金銭を要求しようしていたのがばれ、さらに本物の神達からそいつらの信仰対象の神が存在していないと否定されて、信者たちの信仰心が反転して復讐心になってそいつらに向かい連日ニュースになっている。
どれもこれも自業自得ということで、訴えるのはすべて弁護士と警察に放り投げた。
国家規模の付き合いのある相手からの相談であるのなら、さすがに国も重い腰を上げるのか、警察の残業日数が偉いことになっていると聞いたので、会社からも差し入れということでポーションという名の疲労回復系の栄養ドリンクは全国に定期便で送っている。
「新郎様、新婦様たちの準備ができました」
一年の間に起きたことを笑い話にしていると時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまっていたようだ。
途中から燃え尽きるまで走ってやると覚悟が決まった最早顔なじみになったプランナーに呼ばれた。
「それじゃ、俺たちは席に行くっす」
「次郎さんでは、またあとで」
「気張っていけよ」
『女性にとっての晴れ舞台じゃ、男を見せろ』
控え室に来ていた面々はこのまま式場に移動。
「はい、行ってきます」
「ではこちらに」
俺はプランナーに案内されて愛すべき人たちがいる場所に向かう。
「よう、孝行息子」
「次郎」
「おふくろ、親父」
道中、新婦に会ってきたのだろう俺の両親にスエラたちの義両親たちが立って待っていた。
軽く片手をあげてあいさつするおふくろの腕の中には、年の離れた妹がいる。
スーツ姿のオヤジの片手のバッグにはベビー用品が入っているのだろう。
「ほれ、華、お兄ちゃんだぞ~これからお嫁さんたちのところに行くからしばらくは見納めになるぞ」
「はははは、霧香が言うと冗談に聞こえないね」
「そうだな、これから忙しくもなるからなぁ」
お袋が両手で妹を抱き、俺を見えるようにするがまだ生まれて数か月、俺を兄だと認識もできないだろうな。
一回りどころか二回り以上離れた俺の妹の田中華。
「このままいくと、姉のことしか覚えてないってことになるぞ?なぁ、榛名」
「そんな、次郎兄さんのことを忘れるなんて」
華が俺を見てもわからないんだろうなぁと思いつつ、一方でしっかりと家族としての絆を結びつつあるのは義理の妹の榛名。
忙しい間も、お袋たちの世話を手伝ってくれているおかげか、お袋の出産に立ち会っている。
遠慮気味に俺が指を差し出しても華はスルー、代わりに榛名の指を探して手をさまよわせて彼女が人差し指を差し出すと握る。
それを憐れんで、ぽんと肩を親父に叩かれた。
いいもん、俺にはユキエラやサチエラ、それにルナがいるから。
「気にするな婿殿、いや、もう次郎殿と呼び変えた方がいいかな?」
「ムイルさん」
「ムイルさんなんて堅苦しい呼び方は今日でおしまいじゃぞ?そうさな、今日からはおじいちゃんと呼んでくれ!!」
反対の肩を叩くのは俺の陣営を支えてくれた御仁、スエラの祖父であるムイルさん。
ダークエルフ流の正装で参加してくれているが、結婚式が決まってからこうやっておじいちゃん呼びをさせてこようとするのは何とも言えない。
すでにムイルさんという名前で呼び慣れてしまっていることもあって、苦笑で誤魔化すほかない。
「もう、お父さんったら次郎さんが困っているでしょ。あ、次郎さん、今日はおめでとう。スエラったら本当にうれしそうで、もう、これ以上言うのがもったいないくらいなのよね。ねぇあなた」
「ああ、そうだね。娘の晴れ舞台を見せてくれる君には感謝しかない。君に出会わなかったら、五十年は独身を貫きそうだったからね」
「それはうちの娘も一緒ですよ」
「そうそう、ヘンデルバーグさんのスエラさんと一緒でうちのケイリィったら自分よりも強い男に嫁ぐって言って聞かなくて、もう、次郎君がもらってくれなかったらねぇ?」
「そうだな、娘のあんなにうれしそうな笑顔を見る日がこんなに近かったなんてな」
スエラ似の顔を少し怒らせた表情に変え、ムイルさんを嗜めてくれたスミラスタさん。
あなたもいつ、お義母さんと呼んでくれるのかしらとさりげなく差し込んでくるのを知っていますよ?
そこは血筋、なんだろうなぁ。
マイットさんがさりげなく話を変えてくれなければそっちでムイルさんと言い合いそうだった。
マイットさんの話の流れはケイリィとよく似た顔の男性、ケイリィの父親であるメルクさんが拾ってくれた。
メルクさんとマイットさんがさりげなくアイコンタクトしているのは見えた。
プランナーさんが落ち着いているということは、おふくろたちがここに待機しているのはわかっていて、こうやって話す時間を計算に入れていたということ。
それでも時間を無駄にしないようにと気を使ってくれたのか。
ケイリィの母親である、ミスリィさんも察している様子。
「ねぇ!あ!そうそううちの娘もだけど、トリスさん!あなたたちの娘さんもすっごい綺麗だったわよねぇ」
「む、そうですな。グス」
「ちょっと、あなた。もう、ごめんなさい。娘の花嫁姿を見てからずっとこうなのよ。この人意外と涙もろくて」
「「わかります」」
メモリアの両親、グレイさんは表情を必死に維持しようとしているけど目元が赤い、ミルルさんがそっとハンカチを差し出しているあたり、もう何度も泣いているんだろうなぁ。
涙腺が弱くなっていると共感するマイットさんとメルクさんの目元もよく見れば赤い。
娘を嫁に出すときの気持ちって、俺もユキエラやサチエラ、ルナが結婚……いかん、今は考えない方がいいな。
「娘を送り出す気持ち、私もわかりますぞ。グッスン」
「ほら~泣かない泣かない、エヴィアちゃんも呆れてたわよ」
その中で顕著に目元が赤いのはこの人だろうなぁ。
いつもの立派な髭、その上にある目元が真っ赤。
カデンさんの目元を必死に背伸びして拭くイブさんはあきれ顔。
「し、しかしだな。アーシャル殿の娘よりも、うちのエヴィアの方が結婚が難しかったんだぞ?ここまで立派な結婚式を挙げてくれる男と出会ってくれるとこう、込み上げるモノが」
「「「「わかります」」」」
「「「はぁ」」」
義父および義祖父の共感に、義母面々はあきれ顔。
俺も、ここまで感動されると会話に入り込むこともできずおふくろの脇で話を聞くしかなかったのだが、クイクイとズボンを引っ張られる。
誰だと、足元を見てみると。
「おお!フェリ!来てくれたのか!」
「ワフ」
片目に傷を残しているが、尻尾を元気に振る神獣がそこにいた。
膝をつき、よしよしと頬を撫でてやるとより一層に元気に尻尾を振ってくれる。
ダンジョンは現在進行形で稼働しているけど、ちょっとした裏技を使って抜け出せてこれたのだ。
こいつも一時とはいえうちの家で過ごしていたんだ。
こんな目出度い日くらい一緒に過ごしたいよな。
たださすがにフェリだけでこの式場内を歩き回れるはずがなく、プランナーの一人が籠をもって一緒に行動しているけど、それは……
「くーん」
「ん、これって、結婚祝いか?」
「わん!」
ワシャワシャと撫でていると、フェリがプランナーが持っている籠の中に顔を入れ中から花を咥えて俺の胸ポケットに差し込んでくれた。
白い花。
名前はわからないが、わずかに感じるフェリの魔力。
ダンジョンのそれもフェリのいるダンジョンコアのエリアで生まれた花だろうか。
「ありがとう、フェリ」
気遣い上手なフェリの頭を撫でて、ちょっとそわそわしてきたプランナーの気配を感じ取る。
「すみません、そろそろ待ち遠しくなってきたので自分はここで」
「しっかり決めてこい息子」
「頑張ってね」
「お義兄さま、ご武運を」
立ち上がり、花嫁の待つ先に向かう。
なぜか家族からはエールを送られれるが、そこは気にしないでおこう。
「スエラをよろしく頼むぞ!」
「ええ、あなたなら安心して任せられるわ」
「娘をよろしくお願いします」
ムイルさん、マイットさん、スミラスタさん。
「ケイリィちょっと恥ずかしがってるけど褒めてあげてね」
「娘にあんな一面があるとはな」
メルクさん、ミスリィさん。
「もちろんエヴィアのこともな!!」
「そうだよー!」
カデンさん、イブさん。
「グスン、娘を頼む」
「メモリアちゃんをお願いね」
グレイさん、ミルルさん。
「わん!」
「ああ、もちろんヒミクのこともな」
お前、食事とかいろいろ世話してもらってたからなぁ。
結婚式の準備の時、同道するのはいつもお前だったよな。
プランナーさんから犬好きなんですねと何度も笑われたよ。
当人、いや当神獣からしたら保護者のつもりなんだろうけど、トイプードルの見た目が仇となったなぁ。
苦笑一つ残して、フェリを撫でてプランナーの先導に従って家族との挨拶を終える。
ここから歩いて五分、新郎の部屋と新婦の部屋が離れすぎだろうと思うが、これも仕方ないんだよなぁ。
化粧直しの衣装の保管場所に、それ専用の化粧を施すメイクスタッフの待機場所、そのほか女性に必要な物を保管する場所にと。
男の俺とは違って女性は用意するものがたくさんあるんだ。
俺はスエラたちが選んだ衣装を順番に着るだけの簡単なお仕事だからメイクしてくれる人も少なく済んでいる。
おかげで、舞台裏の設備ではたぶんスエラたちが一番広い範囲を使っているのではと思うよ。
そんな道のりの先に待っているのは最後の刺客か。
「お前らのにやけ面を見て、スエラたちの完成度が察せるよ」
「あら、心外ね。私たちは親切心で待っていただけなのにねぇ」
「そうでござるよ~スエラさんたちのあまりもの美しさに度肝を抜かれたリーダーの顔を見たかったから待機してたわけじゃないでござる」
「本音を隠す気ないんだな」
珍しく一緒にニヤニヤと笑う北宮と南。
そして。
「……」
「おい、アメリアの魂が抜けかけているんだが何があった?」
「気にしないのも優しさよ」
「そうでござる」
「いや、本気で何があった」
そんな楽し気な二人とは裏腹に、ポーっとどこか呆けている姿を見せるアメリアの姿を見ればさすがに心配になる。
三人ともこの一年で格段に成長しているのに会ったときの雰囲気を崩さないのは仲間内だからだろうな。
「なに、新しい扉が開きかけただけでござるよ」
青色のドレスに身を包む南は、課長として部署の責任者となったことで大人としての風格と色気を身に着け昔のやぼったさがなくなり、一人の大人の女性として羽化したなぁ。
勝が何度も、のろけを聞かせるぐらいに南も成長した。
このござる口調も、俺たち身内にしか使わなくなった。
いま仕事中の南を過去の俺が見たら、確実に二度見するだろうなぁ。
「そうね、まぁ、中の人たちのことを考えるとアミーの気持ちもわからなくはないわ」
緑色の落ち着いたドレスに身を包む北宮は勝気な性格が丸くなって余裕が出たと言った方がいいか。
元からファッションとか気を遣っていたから、余計に磨きがかかって、表通りを素顔で歩くとナンパがうざいと言うくらいに綺麗になっている。
魔法に磨きがかかって、魔力操作が上手くなっているから美容効果も実現しているとエヴィアから聞いたな。
異世界の女性が綺麗なのは魔力でアンチエイジングしているからって、最初聞いたときは思わず納得したよ。
「拙者たちも勝がいなかったら危なかったでござる」
「大丈夫なのか?」
「……」
そんな二人と違って、アメリアはまだ進化の途中と言った感じか。
ぽーっと呆けている姿であるが、すらっと伸びた身長に合わせるようにオレンジ色の可愛らしいドレスに身を包んだ彼女は大人の女性と少女の境目にいる感じ。
魔力に関して言えばめきめきと魔王軍でも頭角を現しつつあり、将来の将軍になりえるかもと注目されている。
当人からしたら、そういう方面じゃない方向で働きたいと言っているからどうなるかはわからんけどな。
しかし、そんな評判とは裏腹に、ここまで無防備な姿をさらすとは、もう一度一応確認しておくが。
「心配は無用でござるよ!!アミーちゃんは責任をもって北宮と拙者で会場の方に運んでおくでござる」
「そうね、この前の合コンが失敗して泣いていたのもダメージになっているんだろうし、アミーだけなのよね」
「しっ、香恋!それは言わないのがお約束でござるよ!!」
これ以上話すととどめを刺しにかかりそうだな。
ポロっとこぼした北宮の言葉でアメリアの顔が呆けから絶望したような顔になったような気がする。
それはまるで行き遅れた女性の周りが次々に幸せの道を進み、自分だけ孤独の道を進むことを自覚したときの悲壮感を漂わせたようだ。
それに触れるべきかどうか一瞬悩むが、南が頷くので気にしない方向に舵を切るか。
なにやらプランナーさんもそわそわとし始めている。
「そうか、それじゃ頼むわ」
結局は二人に任せるしかないか。
「ニシシ、了解でござる」
「心臓が破裂しないようにね」
「……」
宇宙人のグレイを両脇で挟む写真のようにアメリアを運ぶ三人を見送って、俺はついにスエラたちが待つ扉の前に立つ。
「よろしいですか?」
「ちょっと待ってくれ」
北宮と南に挑発されたからじゃないけど、何度もプランナーと衣装合わせをして彼女たちの美しさに磨きがかかっているのも知っているから少し緊張している。
たった一年の、されど一年に満たぬ時間。
女性たちが美しく変化するには十分な時間がそこにあった。
結婚式が決まった途端に、ありとあらゆる努力を重ね始めた日々を俺は見てきた。
時には俺の権力を、エヴィアの実家の権力を、メモリアの実家の権力を、一度だけだけどおふくろの伝手も使ってたなぁ。
この一年で何度惚れ直したことか。
全てが俺に世界で一番美しい姿を見せたいという理由で努力して来てくれたというのだから、愛おしさが胸からはじけそうだった。
その努力の集大成がこの扉一枚先にいると考えると緊張してしまう。
落ち着け、大きく深呼吸しろ。
一回だけ、深呼吸をしても落ち着くはずもなく。
しかし、覚悟は決まった。
「お願いします」
「はい」
プランナーが扉に向けてノックをする。
「新郎様がいらっしゃいました」
そして俺が来たことを伝えること、数秒後。
「どうぞ、新婦様たちがお待ちです」
ゆっくりと扉が開き、俺はその扉をくぐる。
「……」
そしてそのまま中に入って、思わず息をのんだ。
「綺麗だ」
万感の思いはその一言に詰まった。
本当に、そうとしか思えない光景がそこにあった。
純白のドレスに身を包んだ五人の女性たち。
つかまり立ちができるようになったユキエラとサチエラがたたずむすぐそばに座るスエラ。母親としても女性としても美しくなった彼女は俺のシンプルな一言に嬉しそうに微笑み。
「ありがとうございます」
ただ感謝の言葉を返してくれた。
「シンプルですが、心のこもった言葉です。その一言で幸せだと思えました」
その左隣、少しお腹を膨らませ、きつくならないように選ばれた純白の衣装に身を包むメモリアがおなかに宿る命とともに喜んでくれる。
「ず、ずるいぞ、少し泣きそうになったではないか」
スエラの右隣に立っていたヒミクは俺の魂を感じられる。
ゆえに、俺のまっすぐな気持ちが伝わったのだろう。
嬉し涙をこぼしそうになり、近くにいた異世界のプランナーがそっと魔法で涙をぬぐっていた。
「当たり前だと、言いたいが……お前のその幸せな顔を見れたのなら……そうだな。私もうれしい」
生まれたルナを抱き、その隣にタッテさんを控えさせたエヴィアは子供が生まれてからこうやって母性を感じさせる笑顔が増えた。
そこに、柔らかく幸せが混じるとその美しさがより一層際立つ。
「えっと、そう素直に言われたら……照れちゃうじゃない。なんていうか、うん、最近幸せすぎて未来が怖いんだけど」
一番照れているケイリィはこうやってまっすぐな感情をぶつけていてわかったが、一番照れやすい。
嬉しさと幸せを噛み締めているその顔は照れも混じって、普段からは見られない可愛さを俺に見せてくれる。
ああ、ここにいるのは女神たちか。
きっと、どの世界の美の女神たちだって、今の彼女たちには敵わないだろうさ。
それは俺の偏見であり、主観であり、独善である。
だけど、俺は胸を張って、こう言える。
「幸せになろう」
綺麗だの後の言葉がこれでいいのか。
なんて野暮なことは聞くな。
俺の頭は彼女たちの美しさに揺られて、こんな言葉しか出ないくらいにパンクしかかっている。
「はい」
スエラの笑顔に。
「是非とも」
メモリアの笑顔に。
「うむ!」
ヒミクの笑顔に。
「ああ」
エヴィアの笑顔に。
「わかってるわよ」
ケイリィの笑顔に。
彼女たちに誓おう、この笑顔を絶やさぬことを。
そっと俺の左手の薬指に輝くエンゲージリングを触る。
砕け散り、今も眠る相棒の破片を加工した指輪。
戦い抜いた相棒の欠片はとてつもない素材と化していて、その破片を加工し、月の神ルイーナ様から直々に祝福を受けたエンゲージリング。
それを俺を含め、全員の左手の薬指にはめている。
地球のデザイナーと職人、異世界のデザイナーと職人の渾身の力作。
それが俺たちが新たな家族になる絆の証。
「新郎様、新婦様方、お時間です」
見惚れ、そして愛おしさを実感していると時間というものはあっという間に過ぎてしまった。
結局、会話らしい会話もできなかったがそれもこれからもっと紡いでいこう。
子供たちをタッテさんに預け。
俺たちは広い道をゆっくりと、横一列になって進む。
一度の結婚式で複数の女性と結婚するというのは異例だろう。
俺を中心に左にスエラ、メモリア、ケイリィ。
右にエヴィア、ヒミクと並び歩く。
新婦たちの手にはブーケが握られ、俺の手にプランナーから剣が渡される。
それは儀礼用の剣。
相棒と比べれば鈍らで戦いには不向きなほど装飾が施されているが、これも相棒の破片を使って作られている祝福の剣。
大きな扉の前に着く。
この扉の先には大勢の来賓の客がいる。
ただ、今は静かに一人の声に耳を傾けている。
『我々の世界は今、平和への道を歩んでいる』
魔王、インシグネ・ルナルオス。
俺の直属の上司であり、帝国の王ルージアナ・ハンジバルとともに今回の結婚式に参加して、今は結婚式の前の演説中というわけだ。
『その平和の道の道中で、このように地球と我らイスアルナンダの国交を結べる日を迎えらることはとてもうれしいと思っている』
イスアル、改め帝国と魔王軍共同国家、イスアルナンダとなったのは二か月前と最近の話だ。
その初代双王として君臨したのが魔王と皇帝だ。
『そしてこの土地を永遠に融和の地とできることを願い、私インシグネ・ルナルオスは宣言する。我らの世界とこの世界の交流をつなぐMAOCorporationは名を改め、AnotherWorldCompanyとし、私の後任として、この世界出身であり我らが世界を救った救国の英雄である田中次郎を代表に任命する!』
そして、地球とイスアルナンダをつなぐ役割を担う会社の社長に俺は任命された。
『今日はそれの第一歩だ!遥か彼方、遠く遠くからつながった我らと貴君らのつながりの第一歩!そんな最初の一歩である彼らをどうか祝福してくれ』
そのタイミングで俺たちの前の扉が開く。
扉の先に続くヴァージンロード。
そこを本来なら新婦だけが歩くのだが、そこは異世界との融和結婚式。
俺もゆっくりと同道するために一歩踏み出す。
「次郎!!おめでとう!!」
『カカカカ!目出度い目出度いぞ!!』
「はい、本当にそうですね」
「うむ、祝福させてもらう」
「けっ、ま、おめでとうって言っておくぜ」
同僚の将軍たち。
「先輩!!キマってるっすよ!!」
「忠、次は私たち」
「そうですね、ね?シィク」
「ええ、ミィク」
こんなバカげた先輩についてきてくれた後輩。
「ヒャッハー!!おめでとうでござる!!」
「もう!あんたってやつは!おめでとう!!次郎さん!!」
「おめでとうございます!!」
スカウトして知り合った仲間たち。
「くぅっ、私が泣くとはね、幸せになんなよ!!」
「姉さんが泣くとは、今日は、晴れですね」
「当たり前だ!」
俺を生み育ててくれた親たち。
「すえら、すえらぁ!!!」
「ぐすぐす、お父さん、僕はぼくはぁ!!」
「スエラ!!綺麗よ!!」
「「けいりぃいいいいいいいいい!!!!!」」
「……」
「あらあら、もう、泣き虫なんですね」
「イブや、エヴィアは立派に育ったな」
「そうだね」
「見ていますか、ルナ様ユキエラ様サチエラ様、あなた方のお母様は本当に美しいです」
「ワオオオオオオオオオン!!」
支えてくれて来た家族たち。
「「「「「「次郎さん!!おめでとう!!」」」」」」
職場の仲間たち。
それ以外にも大勢の人たちが俺たちを祝福してくれている。
ああ、本当に、昔の俺じゃ信じられないような場所に来ているよ。
ヴァージンロードを進み、最後に階段を上れば、そこに祭壇に飾り付けられている花の中に混じる一つの武骨な苗木。
相棒が鋼樹の苗木として再生して収まる植木鉢が、中央に置かれ、その前に俺たちは並び振り返る。
ああ、ここまで来たか。
スエラ、メモリア、ヒミク、エヴィア、ケイリィ。
ゆっくりと儀式用の剣を鞘から抜き放つ。
そして天高く掲げ。
「天よ!!世界よ!!神よご照覧あれ!!我ここに誓う!!田中次郎はこの身!この魂!すべてを賭し!彼女たちを愛し幸せをなす!!」
この宣言と一緒に、スエラの手から、メモリアの手から、ヒミクの手から、エヴィアの手から、ケイリィの手から。
色とりどりのブーケが投げられ、そして花びらが散り、この場にいるすべての人に祝福の花吹雪が降る。
ここが終わりじゃない。
ここから始まるんだ。
転職から始まった異世界への企業進出は。
この物語最後の一言
自分を変えるのは自分の意志。
長い、本当に長い執筆でした。
ですが、感無量です。
異世界からの企業進出!?転職からの成り上がり録はこれにて完結です。
やり残したことは多々ありますが、その点は明日公開するあとがきにてお伝えいたします。
今はただ、読者の皆様の応援のおかげで完走できたことに感謝しかありません。
本当に、ご愛読ありがとうございました!!
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!