783 ただただ終わったと思った。
全体重を乗せ、そのまま鉱樹をアイワの神核に深く突き出した。
その結果、確実に殺したという手応えとともに俺とアイワは支え合うようにお互いの体を預け合った。
「……ああ、感謝します」
精魂尽き果て肩で息をして、終わったという感覚がかろうじて意識繋ぐ。
しかしそれでも意識がもうろうとする俺に向けて、小さな、本当に命の灯が消えそうなかすれた声でアイワが俺に何かを伝えようとしてきた。
「戦いの神として生まれ、平和になって不要とされ、戦わず葬り去られそうとなった私に戦いでの終わりを与えてくれて感謝します」
それは心の底からの感謝だった。
アイワには、アイワなりの事情があると思わせる嘘と思えない言葉。
「はっ、はた迷惑な感謝もあったもんだ」
だが、これまでのことを考えると素直にその感謝を受け取る気は起きなかった。
だからこそ、少し皮肉交じりの返事になってしまう。
言葉に覇気はなく、こっちも疲れきったような絞り出すような皮肉。
「そう、ですね」
「だが、これだけ言っておくわ」
その皮肉を受けて、俺の耳に苦笑するような笑い声が聞こえ、俺の言葉をアイワは受けた。
「仕事お疲れ様」
イスアリーザの傘下にいて、それでいてその手伝いをしていたアイワであるが、イスアリーザに対するほどの憎しみも嫌悪感も俺にはない。
あるのはなんとなく感じた社畜としての同情。
だからこそ、死闘を演じた相手に向かってこんな言葉がこぼれてしまったのかもしれない。
「はい、あなたもお疲れさまでした」
息をのみ、そしてアイワの体から力が抜けたのがわかった。
ああ、こいつはようやく戦いという名の仕事を終わらせられたのか。
イスアリーザを仕留めた時のように、アイワの肉体が黄金の粒子になっていく。
それは神の力の残滓。
神核をぶっ刺し、殺してしまった。
ゆえに神の力はここに霧散するしかなくなった。
「人よ、人の勇士よ。どうか、どうか最後にあなたの名を聞かせてくれませんか」
消えかかり、もう消滅する未来しかないアイワの最後の願い。
答える義理はないが。
なんとなく、答えたくなった。
「田中、田中次郎。しがない、社畜だよ」
「ああ、次郎、良い名です」
素直になりきれない、俺の皮肉交じりの言葉にクスクスとアイワは笑い。
「戦いの神■■■■の名において、あなたの武運を、いの、り、ます」
俺の体は黄金の粒子となったアイワの支えを失い、その場に膝をつき、ダンジョンの空に昇る光の粒子を見上げることとなった。
最後の最後に聞こえた、アイワの本当の名前、いや、スサノオ神曰く前世の名前だろう。
「戦って、勝った報酬かね」
その神の祝福と言っていいかわからないような祈りを受けた俺は最早笑うしかなかった。
「相棒」
アイワの体から抜け落ち、そして今の体にはつらく、さりとて大事な重みを感じる手元に目を向け、語り掛けるが。
「お疲れさん」
砕けた刀身、最後の最後まで俺の刃として戦い抜いてくれた鉱樹は返事を返すことなくそしてさっきまで感じ取れていた力強さを無くしていた。
その意味を悟るには十分な時間をその場で座り込んでいると。
「次郎さん!!」
「次郎くん!」
走り寄ってくる足音とともに、愛しい人たちの声が聞こえ、残りの気力を振り絞って振り返る。
立つこともできない、体中が軋み、首を回すだけでも一苦労。
魔力は底をついた。
体中から血が流れ出て、意識も朦朧とし始めた。
「スエラ、ケイリィ」
ぼやけ始めた視界、限界が近い。
泣きそうな顔で走り寄ってくる二人の顔を見て、これだけは言わないとなと笑って。
「勝った、ぞ」
報告して。
「次郎さん!!」
スエラの悲鳴を聞きながら、意識を飛ばすのであった。
そして、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
「……見慣れた天井だな」
気づけば、いつもの白い天井と消毒用のアルコールの匂いを感じる入院用の病室で目を覚ました。
「次郎さん!?」
「スエラ?」
ぼーっとする頭で最初に感じた感想がこれでいいのかと、思っていると、足元で何かを落とす音がして、そっちを見てみれば、目を見開き口元を覆って目元に涙をこぼすスエラの姿があった。
「目が覚めたのですね!!」
「あ、ああ」
飛び込んでくるかと思うような瞬発力で俺のそばに駆け寄ったかと思うと、俺の意識があるかどうかを確認するかのように頬を両手で優しくつかみ、スエラは顔を覗かしてきた。
目元の涙をぬぐうこともせず、ぽろぽろとこぼれる。
「良かった、本当に良かった。もう、目覚めないかもって思って」
次第に我慢できず、そのまま泣き始めてしまった。
「心配、かけたな」
掠れた喉で謝罪するしかないと判断するくらいに、心配する表情に俺は思わず右手でスエラの頬を撫でた。
「本当です、あなたが倒れてからもう三か月も経っているんですよ」
「三か月……三か月かぁ」
涙声になって、俺がどれくらいの間寝ていたか教えてくれた。
期間にして三か月。
あれだけの激戦の代償として三か月なら短いと感じてしまう。
もちろんそれを心配かけたスエラに言えるわけもなく心の中にしまっておくが。
「!教官は、ほかの将軍たちは!!あれからどうなった!?」
目覚めたという実感からか、それとも三か月間という長い時間を眠り続けていた所為か、大切なことを思い出すのに時間がかかり、起き上がろうとしたが。
「落ち着いてください!もう!重傷だったんですよ!!」
そっと、優しくスエラに押さえつけられるだけでその体は固定されたかのように動かなくなった。
「次郎さんの状態も含めて、全部説明しますから」
ステータスの差で、スエラに力負けすることなどここ最近なかったから思わず困惑してしまった。
その顔を見て、スエラは仕方ないと涙に潤んだ目で笑いつつ説明すると言ってくれた。
現状を把握しておくのが最優先と、心を落ち着けると彼女はまずと説明を始めた。
「将軍様たちは全員ご無事です」
「そうか、よかった」
そしてまず最初に、あの戦場で戦った将軍たちが全員無事だというのを教えてもらい、心の底から安堵した。
記憶の中では、命が危険だったと言っても過言ではないほどの傷を負っている将軍もいた。
「樹王様は軽傷で済みましたので、現在も治安回復と戦後復興のため機王様の代理人である海堂さんと一緒にイスアルに出向いています」
最初に聞いたのは、一番軽傷であった樹王のこと、確かに俺の記憶でも一番被害が少なかったと記憶している。
であるなら事後処理に駆り出されても仕方ないか。
「次に竜王様ですが、あの方は二週間ほどで体調を回復されまして彼の方もイスアルの治安回復のために向こうに出向されています」
「抑止力としてはすごいことになりそうだよなぁ」
「実際、帝国と協力して抑止力として活躍していますね」
次は竜王か、竜特有のタフさと回復能力が功を奏してか、この戦いの最前線で死闘を繰り広げた連中の順番的に言えば一番最初に回復したんだろうな。
そして治安維持のために抑止力の象徴になっていると……適材適所ってこれのことだろうな。
「三人目の巨人王様ですが、彼の方は一か月ほど意識不明で、現在も少々怪我が長引いてましてリハビリ中です。心臓を貫かれ、生死の境をさまよいましたが樹王様の治療が間に合い後遺症はなく、順調に回復に向かっています」
「そうか、それは良かった」
三人目に出てきたのは巨人王か、怪我の見た目的にフシオ教官と比べられるほどの重症だと思ったが、まさかまさかの三人目。
「ええ、今も元気にリハビリがてら建築資材を作っていると報告を受けていますよ」
「いや、それはおかしい」
その三人目がリハビリがてら働いているのはちょっと突っ込ませて。
スエラがどこがおかしいのかと首をかしげているのは可愛いが、たまにこの会社おかしなノリが出てきたのかと無理やり納得することにした。
「ごめん、話を続けてくれ」
「はい」
話を飲み込むのに数秒を要して、話の流れを遮ってしまったことを詫び、話を促す。
残ったのは教官二人。
フシオ教官とキオ教官。
フシオ教官はあの戦いで上半身と下半身が両断された。
キオ教官はなにかを開放して、ミイラのように細くなっていた。
「不死王様ですが、神に斬られた傷を治すのに時間がかかっておられ、現在は下半身不在のまま生活されています。機王様のゴーレム義足で下半身を補って生活していますね」
「どこから突っ込めばいいのかわからん。ただまぁ、教官ならこの程度で諦めはしないか」
「そうですね、むしろ機王様と一緒に下半身を改造しているとも聞いてますよ?」
「ただでは起きないか……さすがとしか言いようがない」
不死者だから、並大抵のことでは滅びないとは思っていたが、下半身不在という表現を受けるとは思わなかった。
あの人のことだから、いずれは本当に自分の下半身を復活させそう。
俺が呆れと尊敬を含めて、苦笑するとスエラも笑って最後にと付け加え。
「鬼王様ですが、失った魔力を復活させるために領地にて療養中ですね。回復の見込みはあると聞いていますが、情けない姿を見せたくないと身内の方以外は面会謝絶中です。ですので詳細はわかりませんが、次郎さんが目覚めたら伝えてくれと伝言を預かっています」
「伝言?」
「はい、寝坊したやつが幹事の宴会を開くぞと」
「あー、この流れ、俺が一番目が覚めるのが遅かったパターンか?」
「ええ、そうですね」
これで全員の無事を教えてくれた。
「……」
「……」
ならあとはあの戦いの後に起こったことを話してくれる流れだろうに、なぜかスエラは言うか言わないかを迷うような顔を見せた。
「あー、もしかして俺の体やばい?」
そう、将軍の重症具合の順番で話しているのなら俺が一番の重症だったということになる。
ええっ、と俺の記憶にある限り俺のケガは左腕損失、だけど一応繋がっている感覚もあるし動かせる。
腹辺りを刺されたが、痛みはない。
体中の斬られたことによる出血……は、さすがに輸血されているよな。
俺の血液型は特に珍しい血液ってわけでもないし。
「次郎さん、落ち着いて聞いてください」
「お、おう」
俺の自己診断ではちょっと力が入りにくいだけでそれ以外は特段異常はないという判断。
だけど、スエラは前置きで落ち着いて聞いてくれと言ってきた。
これはよっぽどやばいことが体に起こっているということか?
何かあると言われれば人間というのは自然と緊張してしまう。
どんと構えて話を聞きたいが、取り繕えているかな?
「次郎さんあなたは、あなたの魂は」
あー肉体じゃなくて、魂ね。
ハードじゃなくてソフトの方かぁ。
そっちの方でやばいことが起きちゃってるのか。
「神の力と混ざってしまいました」
「は?」
一体何が起きているのかと、不安になった。
頭の中にはいろいろと魂でおこる不具合を想像して、不安を少しでも和らげようとしたが、その思考はスエラの言葉ですべて吹き飛んだ。
「神の力が混じる?え?どうなるの?」
「神官様から聞いた話をまとめますと、このままいけば次郎さんは神に昇華するみたいです」
……マジか。
え、太陽神の力を簒奪したアイワを俺が滅ぼしたから神殺しを達成して神になりかけている?
え、ええ。
「マジか?」
「冗談ですと言いたいところですが」
「マジなのか」
「ええ」
「マジなんだぁ」
「はい」
俺は人を辞めてもいいとはさんざん言い続けてきた。
だけど、だけどな。
「これは想像できんかった」
「私もです」
さすがに神になるとは考えていなかったよ。
今日の一言
終わったと思った、思ったんだよぉおおおおおおおおお!!!!!
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




