775 終わるまで、気を抜くな
叫ぶという行為は原初からの伝達手段だ。
この戦いの場に連れてきていないスエラと海堂。
この二人に頼んでいたことを発動するための合図。
猿叫で鍛えあげた喉がここにはいない彼女の下へ俺の声を届ける。
最後の断末魔とでも思ったのだろうよ。
神はにやけ、俺にとどめを刺そうと手を振り上げ、神剣を操作しようとした。
その瞬間だ。
ズシンと大きな地震が一回起こった。
その振動に神の動きが一瞬止まり、俺はニヤリと笑い、その隙を見逃さず背後に向けて跳躍。
『逃すか!!』
仕留めたい神からすれば、敵前逃亡のように見える俺の動き。
だからこそ、足を止めて攻撃全振りの行動をとった。
それを、待っていた!!
俺の跳躍に合わせて、将軍全員が一気に太陽神から距離を取った。
あらかじめ打ち合わせしていた動きだ。
神の頭に疑問が浮かべばもしかしたらこれを躱せていたかもしれない。
「逃げねぇよ!!」
全員の安全を確認する暇もなく、それが顕現する。
『地面が!?』
「ようこそ!俺のダンジョンへ!!」
まさか、最初に迎え入れる敵がぶっつけ本番で神だと誰が考えたか。
海堂とスエラが準備してくれていたダンジョンゲート。
神を中心に半径百メートル単位の巨大なダンジョンの入り口。
落とし穴のようにぽっかりと口を開き、異世界への道のりを示したそれは、神を飲み込もうとする。
『おのれ!!キサマ!我と世界のつながりを!!』
「ああ切った!ぶった切ってやったよ!!」
本来、神が管理するこの世界にダンジョンを繋げることなんて土台できるわけがない。
やるとしてもしっかりとした下準備がいるし、できたとしてもこんなど真ん中にいきなり展開することなんてできるわけはない。
手品の種はさっきの一太刀、俺が斬ったのは神と神に管理されているこの世界とのつながり。
一時的にでも神と世界の繋がりが切断すれば、その隙をついてこの世界にダンジョンを一気に侵食させることができる。
「さぁさぁ!!太陽神様一人ご案内だ!!出迎えるぜ!!盛大にな!!」
宙に浮きあがって、ダンジョン内に入らないように高度を確保しようとしている神であったが。
『おちろや!!』
「むん!!」
「がはは!!逃がすかよ」
将軍たちがこの絶好の機会を逃すわけもない。
上を取った各々が全力で攻撃を降らし、神の高度を落としていく。
「少し、出遅れましたが、間に合いましたね」
そのタイミングで、ダンジョンゲートをドーム状に覆うように伸び始める樹木。
「樹王!!」
「よそ見は禁物ですよ人王、ここで押し込む事ができれば勝機が見えます」
最高のタイミングでの登場に俺は思わず、目を向けてしまうが、あくまで冷静にそして着実に盤上を樹王は固めていく。
杖を胸に抱え、目を閉じ、全力で魔力を放出し、樹木を成長させ続ける彼女が目に入った神はそこにも攻撃を加えようとしたが。
「無駄です。今この場において、天候は我が掌中にあり、天よ落ちなさい」
『ぬぉ!?』
それよりも、環境支配を実行した樹王の動きの方が早かった。
そっと下げた手の動きに反応して発生するダウンバースト。
激しい気流がダンジョンの入り口に向けて吹き込み、神の肉体を押し込み始める。
『ふざけるな!!ふざけるな!ふざけるな!!我は神ぞ!!この世界を統べる神ぞ!!なぜ!なぜ我に逆らう!!なぜ邪魔をする!なぜ抗う!!』
悪あがきがひどいな。
徐々に高度を落として、ダンジョンに片足を突っ込んでいるのにも関わらず、もがき、外に出ようとしている光景を見て思わず冷めた目で見つめてしまう。
その叫びに応える義務はない。
だけど、なぜかこれだけは言っておきたかった。
「嫌いだからだよ」
それはきっと昔、むかつく上司に向けて言いたかった俺の本音。
上に立つ者に向けて、正面切って言うには人生を賭けないと言うことのできない禁句。
嫌いな上司に向けて、本当は言いたかった言葉を、神の目を見て言い放った。
『嫌う、だと?』
「ああ、お前が大っ嫌いだからここまで大掛かりなことを俺たちはしているんだよ」
その言葉が信じられないと言わんばかりに神は目を見開いた。
好かれているとでも思っていたのかこの神は。
いや、信仰され、崇拝されるのが当たり前になったこいつからすれば嫌悪感なんて感情は一番遠い位置にいたんだろうな。
恨みや憎しみは戦いだからという理由で理解はできていたんだろうな。
だけど、嫌悪感というのを直接ぶつけられるのは初めてなのだろうか。
茫然と俺を見つめる太陽神の顔を見て、自嘲気味に笑って刃を向ける。
「だから落ちろ、その先がお前の墓場だ」
嫌いだから滅ぼす。
ああ、なんて浅はかな感情で、なんて理解しやすい感情だ。
子供をさらわれかけた段階で俺の嫌悪感はとどまることを知らない。
容赦もためらいもなく、俺は奴を地獄に叩き落とす。
もう、ダンジョンの闇に腰までつかり始めた神は、その時になって茫然という顔から脱却した。
『ありえぬ、ありえぬ、ありえてはならぬ!!我はこの世界の主神!この世界を統べ、生命の頂点に君臨する者だ!!お前ごとき人間モドキが我に嫌悪を向けるとは何たる不敬!!そんな存在滅べ、輪廻転生の輪に入れることなく、この場で朽ちて詫びよ!!』
おうおう、やかんに入れたお湯のように怒りで熱く滾ってやがる。
動きが一気に活性化して、潜りかけていた体を一気に引き抜こうとしている。
このまま、何も手を打たずにいれば自力で脱出を叶えてしまうが。
「知るかボケ」
そんな間抜けなことを誰がするか。
体がダンジョンゲートに触れてしまえばこっちのものだ。
「黙って、墓場まで落ちろ」
ダンジョンマスターの権限を発動、ダンジョン内の魔力リソースを調整、ダンジョンゲートの吸引能力に魔力リソースの七割を使用。
『ぐお!?なぜだ!!なぜ脱出できない!!』
全力ではないが、本気で中に引き込む時用の能力を起動すれば俺たちも丸ごと吸い込むような吸引能力をダンジョンが発揮し始めた。
まるでブラックホールだ。
いや、あくまで比喩的な表現であって、実物を見たことがないから何とも言えないが、黒い穴が辺り一帯の物を所かまわず吸い込み始めてしまった光景を見て、なんとなくそんなものを想像してしまった。
中心にいて最も中に引き込みたい神は最早逃げ出すことが不可能になってしまった。
宙に浮かべ、迎撃に使っていた神剣たちもこの吸引力を前にしてはろくに動くこともままならない。
その場で固定して難を逃れようとしている個体もあれば、移動していたせいで吸引に引っ掛かりダンジョン内に吸い込まれてしまっている個体もある。
かくいう、俺たちも無事かと聞かれれば。
『おい!!人王!!話していたやつよりもやばいぞ!!このままだと俺たちもあの穴に入っちまう!!』
「むぅ、これほどとは」
「ガハハハハ!いいじゃねぇか!!このまま派手に行って次郎のダンジョン内で決着としゃれこもうぜ!!」
「はぁ、人王、仕方ないとはいえもう少し丁寧にことを運んでほしいですね」
そういうわけではない。
竜王はその巨体ゆえに一番影響を受けている。
神を叩き込むまでここで待機しないといけないから、その苦労はこの場の五人の中で一番だ。
必死に翼を羽ばたかせて、距離を維持している。
宙を飛ぶことがあまり得意ではない巨人王は魔法で、その巨体を空間に固定して難を逃れているが、徐々に高度が下がっている。
脳筋ことキオ教官は、物理法則を無視して空間を蹴り、そのまま高度を維持している。
一番優雅なのは樹王で、結界を張り、吸引に抗っている。
俺?
俺は次元結界を展開して、そもそもの物理干渉をシャットアウトして影響を受けないようにしているよ。
神が結界とかで防ごうとしてもその結界ごと吸い込むから、吸引される面積を増やす結界は逆効果でしかない。
世界から切り離され、別の世界に移送されれば、世界の恩恵を受けられない。
そのまま吸い込まれてしまえば、弱体化は必至。
「そう言わないでくださいよ。最後ってわけじゃないですけど、仕上げに入りますよ」
『けっ、新人が仕切りやがって』
「我は異論はない」
「おうよ!!」
「竜王、大人げないことを言わないでください。この策は人王が提案し私たちが決めたこと。であれば異論は挟まないのが道理です」
だからだろうか、太陽神は俺たちへの攻撃よりもダンジョンから脱出することに労力を割いている。
こっちの攻撃は飛翔している神剣で防ぎ続け、いろいろな術を駆使して脱出を図ろうとしている。
『ふん、この怒りもまとめてぶつけてやるか』
「それがいい、我も今までの怒りここで晴らそう」
「ガハハ!!神に怒りをぶつけられる日が来るとは思わなかったぜ!!」
「それも、格好の的の状態でという条件、ふふ、長く生きてみるモノですね」
神剣や神そのものの耐久性は折り紙付きであろうと、身動きが取れなくなった神はまな板の上の鯉。
いや、鯉と言えるような可愛い存在ではないだろうが、それでもこっちからしたら都合のいい状態であるのは間違いない。
三者三様ならぬ四者、いや俺を含めれば五者五様か。
魔王軍らしい、各々楽し気に邪悪な笑みを浮かべて力を溜め始める。
竜王は特大のブレスを吐くために口元に。
巨人王は鉄球を持って何やら詠唱を始め。
鬼王は体に呪印を顕現させ、拳を構え。
樹王は杖を高々と掲げ、その先に魔力をため込む。
俺は、口元に三日月のような笑みを浮かべ、相棒に魔法を付与する。
「降り重ね、折り重ね、織り重ね、この魔を鍛錬し、この奇跡を顕現するものなり」
魔法による魔法の鍛造。
光、闇、火、水、風、土、雷、氷、合計八種の魔法をもってして、原初の魔力を鍛え上げる。
「闇により下地を作り」
付与するのは属性魔法とは違う、フシオ教官とエヴィアから学んだ純魔法。
パイルリグレットのように、魔力を純粋に使う燃費が悪い魔法であるが、代わりに一定の効果が保証される魔法と物理の両面の攻撃力を重ね持つ魔法。
闇属性が、すべての属性を抱え込む下地になり。
「火により熱を持ち」
火属性が、下地に熱を与え。
「土により素を持ち」
土属性が、魔法の質量を生み出し。
「水により生を持ち」
水属性が、魔法の底を上げ。
「風により広がり」
風属性が、効果を広げ。
「雷により活性し」
雷属性が、効果を上げ。
「氷により固まり」
氷属性で、魔法として固定され。
「光により磨かれる」
そして仕上げの光属性によって、この魔法は顕現する。
詠唱が必要なうえに、複数属性を一気に使わないといけないから時間もかかる。
相手の動きが固定されていなければまず間違いなく使わない魔法だ。
「顕現」
この一言を最後に五つの殺意が完成する。
『グランドフォール』
「武装錬成、破極」
「鬼枯涙素」
「天刻」
竜が、巨人が、鬼が、ダークエルフが、そして人が、怒りと殺意を込めて。
「一刃一刀」
その攻撃を振り下ろした。
『オメガ!!』
「理壊し!!」
「滅!」
「覇道!」
極大の竜の息吹が放たれ、崩壊することが確定した不壊の鉄球の最後の活躍が飛来し、極限まで圧縮された魔力の鬼の拳が解き放たれ、七色に光る柱が降る。
その攻撃を追い越し、誰よりも早く走る一つの刃。
「唯斬」
空間を切り、ただ斬るためだけの飛来する刃。
斬撃の極地を体現した魔法の後ろに迫る四つの殺意。
それを避ける術は、ただ一つ。
戸惑い、悔しがり、そして最後に怒り。
太陽神はその攻撃を避けるためにダンジョンの中に落ちていくのであった。
今日の一言
相手の選択肢は極限まで削る。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




