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774 流れは変わるモノであり、変えるモノでもある

 

 教官というこっちの切り札染みた存在が参戦した。


 ここだ、と直感的に思った俺は、視るモノを変える。


 不意打ちで顔面を殴打された神は、そのまま慣性の法則に従って殴られた方向に吹っ飛び、そして竜王や、巨人王の追撃を地面に転がりながら防いでいた。


 鬼が、その隙を見逃すはずもなく俺よりも早く踏み込んで直接神剣を殴り返しながら接近するという脳筋プレイを披露。


 神の意識が俺からズレた。


 それによって見えるモノが変わる。


 一瞬でいい、それさえできれば何とかなる。


 やりたいこと、いや、やらねばならないことをやるタイミングがきた。


 見たいものを意識することによって、俺の目は意識したものを捉えようとする。


「くそ、太いな」


 そしてうすぼんやりとそれが実体として見え始めた。


 神の体、心臓付近から地面に向けて伸びる一本の大綱。


 概念として認識するにはもっと深く認識しないといけないが、ありとあらゆる色彩が混じり合うことなく、そのまま配色されたような、見ていて綺麗だと思える綱。


 あれが、神と世界を繋げる綱。


 アレを切り飛ばす。


 もっと認識しろ、集中しろ。


 自己暗示っていうのはコツを掴めば存外簡単にできてしまう。


 教官が豪打を繰り返し、そしてその打撃音が辺り一帯に響き渡ろうが、集中していればそれに意識を阻害されることはない。


 言い聞かせろ、俺には見えると。


 そうすればだんだんと、綱が明確に輪郭を得る。


「っ!?」


 代わりに自分でもやばいと言えるような、目に痛みと頭痛を引き起こした。


 瞬きがしたい。

 だめだ我慢しろ。

 これ以上踏み込むな、死ぬぞ。

 もう少し、少しでいいんだ。


 一個人が、一部とはいえ、世界を構成する概念の濃密な情報を認識してしまえば、意識がふらつき、そのまま世界の概念の深淵に己の存在が消えてしまいそうなほどの体感をするのも納得だ。


「オラァ!!次郎!根性入れろ!!」


 体がぐらつき、せっかく明確に見えた綱がぼやけかけた時、野太い叫びが俺の耳を通して意識を覚醒させる。


「!?」


 意識を失いかけた。

 いや、今も頭痛と眼球の痛み、さらに吐き気にこれまでの戦闘で負った傷の痛みなどなどと諸々体が限界だと訴えかける症状たちに意識を飛ばしそうになっている。


 だが、俺が回復したのを見て、良しと笑顔を見せて前に振り返り、再び神との殴り合いに興じ始めた教官の背中を見て、自然とああ、まだいけると思った。


 笑顔で戦い、死を恐れず、勇敢に戦う背中。


 きっとここに来るまで相当急いで来てくれていたのだろう。


 体は持ち前の再生能力で傷が残っていないが、装備は別だ。


 あちらこちらに傷が残り、そして殴り飛ばしたという実績を残す返り血。


 その戦いの残り香が激戦を彷彿させ、さらにいまも神剣が教官の体をえぐり、血を噴出させ、それでも体を再生させながら戦い続ける教官を見て。


「ああ、もう、本当に!」


 かっこいいなぁ!!


 ここでへこたれてしまったら、俺はその背中に申し訳が立たない。


 なにより、自分自身が許せない。


 本当に根性を入れないとダメだよな!!


 さっきよりも、自然と体に力が入り、鼻血を拭って、血走る目を一度だけ瞬きで休ませ、そしてそのまま前に突き進んだ。


 近づけ、もっと、もっと、深く、深く、深く、深淵の底を見ろ!!


 神剣が動き出した。


 神だからか、マルチタスクも余裕のようで、肉薄する教官や、空からブレスを降らす竜王、巨体を軽やかに動かし、鉄球を振るう巨人王の攻撃を捌きながらも、片目が俺を見て離さない。


 ああ、嬉しいぜ神様。


 俺を、ただの社畜だった俺を脅威だと認めてくれているんだな!!


 片目だけだろうが、意識を俺に割き、俺を警戒しているそのさまを見て、俺は口元に笑みが浮かぶのがわかった。


 三方から将軍が集中砲火を浴びせても仕留め切れていないが、その攻勢に神の顔には焦りが見え始めている。


 ああ、何せここには歴代の魔王と遜色のない実力者が勢ぞろいしている。


 簡単に言えば、魔王が四人揃っているようなものだ。


 勇者はいない。


 だけど、神の本丸に魔王が攻めてきている。


 神であっても、そう簡単に殺すことはできない戦力だよな!!


 神剣が俺に差し向けられ、飛んでくるが関係ない!

 全て見えている。


 一本目を袈裟斬りで斬り捨て、二本目を返す刃で斬り払い、三本目を金属を仕込んだつま先で蹴り飛ばし、作り出した隙間に体を滑り込ませて新たな方角から攻勢を仕掛ける


 さっきよりも神と距離を詰められている。


 だが、教官には距離を詰めても、俺に距離を詰められるのを嫌うような立ち回りをするな。


「ハハハハハハ!!どうやら俺の弟子が相当怖いらしいなぁ!!へぼ神!!」

『なに?我が、恐れるだと?』

「そうだろう!お前の動きを見ていてそうとしか思えないぜ!!怖くないなら正面から潰せばいいのによぉ!!さっきからちまちまとした攻撃ばかり!おまけに次郎の野郎が動き出した途端に俺に近寄ってきた!!」


 その動きを見て、すかさず挑発を入れるのは本能からくる判断なのだろうな。


 全く、天性の喧嘩上手とはよく言ったものだ。


 的確に相手の神経を逆なでするのも才能ということか。


 ニヤッと笑うところもまたいやらしく、教官は神を相手にしてもひるまず一歩踏み込んで神剣を吹き飛ばし、その衝撃波で神の頬を撫でた。


「だがよ!!それはそれでむかつくんだよ!!俺の方が次郎よりも弱いと言われているようでよ!!俺なら何とかなるって思われているようでよ!!」


 そして、その笑顔は一気に怒りの顔へと変貌した。


 神の動きを見れば、確かにその通りだ。


 教官が怒るのも無理はないか。

 舐められるのを誰よりも嫌う、武人の大鬼。

 妥協の選択を目の前で見せられれば、怒髪天をつくような勢いで殺意を向けられても弁護のしようがない。


 筋肉が隆起し、一気に体を膨らませ、殺気をより研ぎ澄ませ、いままでの攻撃がお遊びだったかのような拳を神に向けて振るう。


「来いよ!!こっちがお前の地獄の入り口だっていうのをわからせてやる!!」


 神が判断を見誤ったと思ったのだろう、しかめっ面を披露するほどの豪拳。


 臆病風を吹かせたという言葉に対して否定の言葉を投げ返す暇すらないほどの連打。


「遊ぼうぜ神様よ!!」


 獰猛な獣の色を十全に見せつける拳打。


 その暴風雨の中に、俺は飛び込む。


 教官と神との激闘。


 神剣を操り、近づけさせないようにする神と、その神剣をぶっ飛ばしながら迫る大鬼。


 互いに動きは激しく、ネズミどころか、蟻一匹入る隙間がない。


 その空間を侵すように、剣舞をもってして、するっと中に入り込む。


 無駄に力を使う余力はない。


 ここでは教官の攻撃も自分に迫る。


 理性を飛ばしているわけではないが、殺意を滾らせている状態の教官に理性を求めることもまた間違っている。


 こうなった教官と共闘することはかなり難しい。


 戦いを純粋に楽しむモードから、絶対に殺すと殺意を滾らせているモードとでは精神的な構造が大きく異なる。


 前者なら、面白ければOKという免罪符が使えるんだけど、後者だとかなりシビアになる。

 少しでも邪魔するだけで機嫌が斜める。


 国のためという部分で理性が働いているから多少マシになるけど、仕事のミスを許すほどではない。


 俺が入り込んだことと、教官の拳を鉱樹で受け流したことに、さりげなく、教官の拳の威力は増したが、そんなことは問題にならず、安堵しかけるほどに俺達は今は神を殺すことに心血を注いでいる。


 そこに遊びはない。


 阻害はイコール教官の機嫌を損ねることにつながる。


 視線が一瞬だけ絡み合う。


『邪魔するなよ?』

『そちらも』


 一瞬のアイコンタクト、互いの行動と意図を読み取りあい。


 剛の動きを続行する教官の拳の嵐の中で、柔の舞いの動きをもってして流れを作り俺は神に迫る。


 一刀、それだけに集中しろ。


 殺意は邪魔だ。


 ただ斬ることだけに心血を注げ。


 殺さなくていい、ただ斬れればいい。


 一歩、また一歩と、足運びと防ぐこと、そして斬ることだけの意識を研ぎ澄まし続ける。


 本来であれば、神と大鬼の暴れ合い、竜と巨人の横槍を入れるこの空間は集中するには最悪を通り越して地獄のような空間だ。


 だけど、ここにある危険が、すべて俺の感覚を研ぎ澄ませてくれる砥石だ。


 余計なことを一切合切取り払った思考は、ただひたすらに目的を達成するためだけの方法を模索する。


 どこに踏み込めばいいと疑問を挟む前に、体が動く。


 未来予知で見えた時間をより先にと引き伸ばす。


 余計な力はいらないと全体強化を最小限にして魔力による部分強化の最適化を図る。


 だた一つ、斬るという事象を成し遂げるためだけに意識を割く。


 雑音の中から一番必要な音を拾え。


 衝撃から一番必要な動きを拾え。


 僅かに感じる匂いから必要な位置を拾え。


 その間も常に、意識を保ちながら神と世界を結ぶ綱の概念の認識を深めていく。


 少しづつ、本当に少しづつ、輪郭が明確になり、そしてどこに刃を通せば斬れるか情報を得る。


 汗と一緒に、目からも血が流れている。


 だけど、止まるわけにはいかない。


 限界を超えるなとはよく言われるけど、竜の血が、限界など更新するものだと言わんばかりにどんどん体をより強固なものに作り変えていく。


 本来ではありえない、人類の進化を尋常ではない速度で行っている。


 ああ、本当に人間を辞めているな。


 半分以上人間を辞めていた自覚はあった。


 だけど、その残っていた人間を本当に切り売りするかの如く、高速でこの場に適応する肉体に作り替えている。


 軋んでいた肉体が、だんだんと悲鳴を上げなくなってきている。


 それは力を抜いたわけではなく、無理やり動かさせる俺の意志に体が追い付いてきた証拠。


 はは、いずれは竜の角でも頭から生えてくるかもな。


 僅かな思考という名の雑音を休憩時間にあて、体が変化するという異音は、最早聞き慣れたモノという認識のもとスルー。


 嫌悪感を抱く暇があるなら、一歩でも踏み込めばいい。


 徐々に、頭痛が引くと同時にさらに情報の海に深く踏み込んでさらなる頭痛を引き起こすという繰り返し作業の先。


 その先に結果があると願って、人間を辞め続ける。


 大丈夫、大丈夫これなら何とかなる。


 心の中の不安はこれ以上やったら戻れなくなると、体にブレーキをかけようとしてくるが、そんなブレーキ必要ない。


 踏み込むのはアクセル一択。


 もっと、先へ!


 その遮二無二な動きが、たった一筋の光をつかみ取った。


「見えた!!」


 思わず叫ぶほど、一瞬。


 だけど、脳裏にしっかりと刻み込んだ、太刀筋。


 柔から、剛へ。


 滑るようなステップから、地割れを引き起こすほどの踏み込みへ。


 流れを読み、そしてこの距離なら届くという絶好のポイントに体を運んだ瞬間、一筋の道を見出して。


 攻撃の嵐の中に身を投じた。


 まるでそこだけ攻撃がないかのような空白。


 数センチ、否、数ミリ単位で届かない攻撃。


 それを肌で感じながらも、一刀を振りぬくことだけを考え続けた俺は。


「キエイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 気合とともに、鉱樹を振るった。


 渾身の、上段からの袈裟斬り。


 よどみなど一切なく、俺の肉体で放たれる最高の一刀。


 その刃は万物を切り裂くという確信を持った一刀。


『おろかな、やはり人間の刃は届かないな!!』


 その一刀はわずかに身を引いた神には届かず、その前の空間を切り裂くだけで終わり、神の歓喜の声を響かせる結果となった。


「スエラァアアアアア!!!!」


 だが、俺の目には別のものが斬れているのがはっきりと見え、待たせていた愛しい女の名前を叫ぶのであった。



 今日の一言

 流れを変えられた時、不安と達成感が入り混じる


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] これ最近までブラック企業の社畜やったんやぞ?w
[良い点] 鬼王様 かっこいい 背中で語るってこのことですね 次はスサノオ出番ですかな 張り切ってまいりましょう!
[一言] 唐竹でなく袈裟切りなんだね?
感想一覧
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