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773 諦めて良いことなど、ほぼない

 

 少しずつだが、確かに体は動き始めている。


 ピクリと指先が動いて、その感触を感じ取った段階で、どうにか体が動くことが分かった。


 後は神経を集中させて、ゆっくりとしか動かない体を動かして異空間に手を差し込む。


 ひっかけるだけで構わない。


 どれでもいいからポーションをイメージして、中から引っ張り出して、口もとに落としてそれを口でキャッチ。


 あとは歯の強度を信じて思いっきりかみ砕く。


 口の中が切れる。


 痛みが走るが、同時に、液体が体の中に入り込み、じわじわと体が熱くなる。


「ぺっ、かぁ、体中が痛ぇ」


 口の中のガラス瓶の破片を血を混ぜながら唾と一緒に吐き出す。


 爆発を真正面から受けながらまともに五体満足なのが不思議なくらいに体中の痛みを感じつつ、それが生きていることだと実感する。


「ああ、もう、体の節々がやべぇ、骨が折れてないのが不幸中の幸いすぎる」


 ゆっくりと体の調子を確認すれば、鈍痛はするが、骨に異常が出ている様子はない。


 立ち上がって、ぶらりと腕にくっついたままの相棒を見る。


「おーい、相棒、生きてるか?」

 〝無問題〟


 本体がぼろぼろに対して、爆発を一番受けていたはずの相棒がほぼ無傷なのがうらやましい。


「そいつは良かった。さて、そろそろ現実に目を向けないといけないんだけど」


 少しずらしていた視線を元の位置に戻す。


「竜王は……上空で無事、巨人王は、まぁ、俺が無事なら無事だよなぁ」


 あれだけの大爆発を受けて、三人とも無傷ではないが生き残っているのはさすが。


「問題は、あれが誰かって話だよなぁ」


 互いに傷を負ったものの、命と戦闘に支障が出てないのを確認しあえば、じっとして爆心地のクレーターのど真ん中に立っている少年の方に気が向く。


 俺が少しの時間とはいえ気を失っている間に攻撃をしてこないとなると、何かあったとみるべき。


 ぼーっと突っ立っているようにしか見えない。


『おい、人王、起きたか』

『ええ、何とか』

『ダメージは?』

『全身が軋む程度、痛みは……まぁ我慢できます』

『なら問題ねぇな』


 じっくりと観察したいけど、早々に何とかしないといけないような嫌な予感を感じさせる静けさ。


 その嫌な予感は、竜王の念話からも感じ取れた。

 好戦的な竜王が攻撃を仕掛けていない。


 俺が気を失おうとも、少なくとも戦っているイメージが先行している彼が全くと言っていいほど何もしてない。


 空中に滞空し、じっと観察に努めている。


 いったいなぜと一瞬考えたが、視線を爆心地の中央から感じ、その瞬間背筋が凍った。


『ぼーっとしてんじゃねぇ!!気を抜いたら死ぬぞ』


 僅かに反射が遅れて、構えた。


 何が起きたと脳が理解するよりも先に、体が反射で反応していた。


 なるほど、動いていないんじゃなくて、動かず牽制しあっていたということか。


 巨人の姿よりも、さらに危険な気配を感じる。


 だが。


『斬り込みます』

『正気か?命を捨てるっていうなら、喜んで俺が狩ってやるぜ?』

『違います、今のあれなら斬れます』


 命の危機を感じ取っても同時に、相手の姿を見て、俺は斬れると思った。


 相手の力がこっちを上回ってこっちを圧倒できる危険領域にいるとすれば、竜王と巨人王がすでに倒されてもおかしくはない。


 なのに、攻防が始まっていないのは。


『相手は防御を捨てました。あの巨体は自身を守るための鎧みたいなものだったと思います。実際、今はさっきよりもスムーズに概念的に斬れる感じがします』


 相手が戦うことにリスクを感じたということ。


 全力で威嚇し、時間稼ぎをしようとしていると予測する。


『もしかしたら、当てれれば二人でも致命傷を与えられる可能性も……』

『マジか』

『まことか?』

『はい』


 代わりにとてつもなく嫌な感じは残っているが、虎穴に入らずんば虎子を得ずというタイミングのような気もする。


 見た目通りの耐久性しかない。

 それは間違いない。


 俺の言葉に、竜王も巨人王も半信半疑と言った感じで聞き返してくる。


『論より、証拠!』


 その疑心を振り払うために、鉱樹を肩に担ぐように構え、止める間もないまま全力で前に飛び出した。


 風の壁を突き破り、一瞬の加速の後に音速まで到達すれば、爆発で吹き飛ばされた程度の距離などすぐに詰めることはできる。


「キエイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 こっちの動きなど感知しているだろう。


 だったら、ひたすら鋭さと威力を上げるために声を上げる。


 肺の中の空気を吐き出し切る勢いで叫び、全身の筋肉をフル活用し、上段からの唐竹割。


 その攻撃を神だと思われる存在は。


「っ!」


 躱した。


 防ぐという動作を一切見せず、優雅に躱すのではなく、大げさに距離を取る感じの回避。


 武術を習っていない、身体能力任せの素人の動き。


 早い、反応もそうだが、そのあとの動きもとてつもなく速い。


 一瞬で視界の外に逃げられた。


 巨人の時とは比べ物にならない速さ、未来予知をしていなければ相手の動きを追うこともできない。


 斬撃で大地をえぐり、そのまま追撃に移すために足を運び、左に跳んだ神を追いかける。


 そしてそこで見た。


 俺の斬撃によって、わずかに白い少年の腕に赤い血が流れている。


 かすり傷であろうとも、俺の斬撃によって怪我を負い、治っていない。


 この現実を見た竜王と巨人王が動いた未来が見えた。


 あの体ではあの巨大な神剣は使えないはず、であれば、使うのは魔法が主体?


 そう思って警戒をしようとしたとき、別の未来が見えた。


「下がれ!!」


 咄嗟に叫ぶ、これでも間に合うかどうか。


 俺の鬼気迫る叫びに、攻撃をしようとした二人の未来の動きは変わり、巨人王は後方に跳び、竜王は体を捻って一気に急上昇した。


 肝心の俺は、思いっきり地面を切り裂いた。


 なぜ、そんなことをしたか。


「分裂もするのかよ!!」


 それは、瞬く間に叩き斬った地面以外が剣山のごとく、剣の刀身一色に山肌を染め上げたからだ。


 未来視していなかったら危なかった。


 魔力の流れどころか、気配の流れすらなかった。


 あの巨大な神剣が、数千単位の剣に分裂した。


 しかも、地面から一斉に空に飛び上がったと思ったら、神の周囲に滞空し始めた。


 剣を持たない、投げつけるタイプかぁ。


 攻守一体のスタイルって、切り崩すの難しいんだよなぁ。


「それでも、やるしかないのが」


 そこで諦めて帰れれば一番いいんだけど、そんなことをしている暇も余裕もない。


「社畜ってね!!」


 神との距離は、まだ、一足一刀の間合いだ。


 常人であれば一歩でいけねぇよとツッコミを貰う距離であるが、直線距離で行けば一歩で踏み込み、斬撃の間合いに持ち込める。


 正面から挑む。


 これは思惑あってのことだ。


 俺が正面から斬りかかれば、自然と相手の注目は俺に振られる。


 背筋が寒い、未来予知で嫌な未来ばかり見える。


 詰将棋みたいに俺を追い詰める神剣の嵐。


 一撃一撃が、銃弾以上の速度で飛んでくる上に質量が多い、加えて一本一本の性質が違う。


 雷を纏っていたり、冷気を放ち、熱を持ち、闇が侵食してくる。


 お前、太陽神だよな!?


 なんで性質の違う能力を使えるんだよ!


「持ってくれよ相棒!!」


 相手の攻撃を基本的に正面から叩き斬り、その場に居座れる時間は一秒未満。


 前に進めば進むほど、神剣の密度は増して回避という行動が制限される。


 だから、やることは剣術の型を応用した剣舞。


 流れて進むことを主題として、即席の剣舞を作り出し停滞を生み出さない攻撃の流れを作り出す。


 鎧に受けることは基本的にできない。


 足を止めることもできない。


 呼吸を乱せば、リズムがくるって相手の攻撃について行けなくなる。


 一歩踏み込めば、さらに地獄が待っている。


 視界は白銀の刃に覆われ、一見すれば進むことができない神剣の網。


 そこを未来予知で動きを想定し、その想定内から最適の斬撃を繰り出して包囲網を突破。


 概念視認で神の位置を定期的に確認し続けて、距離を詰める。


 頭が熱い、意識がもうろうとする。


 肺を強化、酸素を強制的に血中内に送り込む。


 ドクンドクンとさっきから早鐘を打つような鼓動がうるさい。


 兜の冷却機能を使って外部から脳内が熱暴走しないようにする。


 ああ、もう、腕が軋む、筋肉が痛い、握力が抜けそう。


 相手の攻撃を生身で対処できないとなれば、鉱樹への負担が自然と上がる。


 〝我がこの程度の鉄の塊に負ける物か!!〟


 まったく、うちの相棒は心強い。


 元は鉄よりも多少マシな素材として知られている一本の苗木だった。


 武器屋のハンズからも名剣として成長する可能は低い、ギャンブル要素が強いと警告すら受けた。


 だけど、なんでだろうな。


 ゲームとかだと、武器とかは最終的に一番攻撃力の高い物に切り替えたりするけど、俺はずっとこいつと突き進み続けた。


 時々別の武器自体は使っていたけど、基本こいつと一緒に戦い続けた。


 拘りがあったのか、それとも運命的な物に導かれたのか。


 それとも単なる運か。


 ただ一つだけ言えるのは、俺は相棒が折れるという姿を想像できない。


 今も神剣と打ち合い、折れたり、罅が入ったりするどころか刃こぼれ一つせず今も神剣の嵐を切り払ってくれる。


 こいつと一緒だから、俺はずっと。


「だったら最後まで付き合ってくれよ!!」

 〝応!!〟


 地獄と言えるような戦いを戦い抜くことができた。


 人間を辞め、無理の効くようになった体はもはや全力で戦えと熱を帯び、汗が出ても高速で動き回るから自然と乾いてしまう。


 意気揚々。


 気合が沸き上がって、そのまま突き進むが、未来予知で嫌な物が見えた。


 正面に神剣の壁、切っ先をこっちに向けて、鶴が翼を広げるように覆いかぶせるように配置された殺意の塊。


 それを超えようとしても、超えようとしている間に射出される神剣による十字砲火。


 後ろに下がろうにも、切り開いた道の刃たちが反転して退路を断っていた。


 突出しすぎて飛んで火にいる夏の虫になった俺を今度こそ殺すという神の殺意を感じる。


 だけど、別の未来も一緒に見えている俺は迷わず、そのまま突き進んだ。


 翼が閉じられ、全方位から神剣が迫る。


 正面が一番固く、一振り、二振りと鉱樹を振るう程度じゃ切り込みを入れられる程度で人が入れる隙間はない。


 俺が鉄の処女アイアンメイデンのごとく串刺しにされるまで、残り一秒。


 もうすでに助からない距離まで刃が迫っているが。


『世話が焼けるな!!』

『そのまま突き進め!!』


 俺には頼りになる、先輩がいる。


 コンマ三秒の瀬戸際に竜王のブレスが、正面を焼き払い、神剣の包囲網にゆがみを生じさせ、そのわずかな歪みを巨人王が鉄球で砕き、広げてくれ、光明が見え、神剣の隙間から見えた神へとそのまま突き進んだ。


 目を見開き、驚いている神であったが、後ろに飛び去り、さらに距離を取ろうとしている。


 このままではいたちごっこだ。


 俺が距離を詰め切るよりも先に、神が距離を離してしまう。


 竜王と巨人王も呼応して足止めをしてくれようとしているが、わずかに届かない。


 遠距離から時間をかけて削りきる。


 そんな思惑が見える動き。


 未来予知で先読みしても、速度と手数がわずかに届かない。


 あと、一歩、あと一歩で。


「よう、次郎、先に楽しんでいるなんてずるいじゃねぇか」

「あ」


 一番おいしいところを持っていく鬼が、大きく振りかぶり、フルスイングで神の顔面を殴り飛ばす光景を俺は見たのであった。




 今日の一言

 粘り勝ちとよく聞く

毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] きょうかーーーーん!! 美味しいところ持っていっちゃってください。 樹王はまだか?
[一言] 概念を切断してくる次郎に集中しまくりやな。
[一言] 鬼王さんまだか、鬼王さんまだか…… と思いながら読み、最後でキタァー!!と。 次回楽しみ!!
感想一覧
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