769 うなされるその日
Another side
痛む。
体がただひたすら痛む。
体を折りたたみ、その場にうずくまるなんてことをした記憶などない。
『おのれ』
その姿勢になること自体に屈辱を感じ、感情のまま恨み節がただただ口から洩れる。
その恨みに触発されて、怒りが生まれ、そのまま辺りに当たり散らそうとした。
『っ』
だが、まるで自分の体がガラスでできていると自覚させられるかのように少し大げさに動こうとしただけで、体が砕け散るような痛みを訴えてきた。
〝…………!?〟
『不快、不快、不快』
しかし、痛みだけならまだ耐えて顔をしかめる程度で済んでいる。
問題なのは先ほどからずっと脳内に響き続ける、体をむしばむ怨嗟の声。
〝死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね〟
〝滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ〟
〝憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!〟
〝■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!?!?!?!?!?〟
不快音を凝縮し、耳をふさいでも体の中から響いているから一切遮ることもできない不協和音。
声にならない叫びも、老若男女区別されず、すべてが負の感情で叫ぶ声が、そのすべてが体を蝕んでいる。
一つ一つなら取るに足らない声であっても、何千何万と重ね、さらに年月を隔てた神を呪う怨嗟の声は神の体に悲鳴を上げさせるくらいの効果はあった。
それはたった一晩で解消できるようなものではない。
しかし、徐々に徐々にマシにはなっている。
頭痛が収まるように。
神自身の耐性ゆえに、いかに強力な呪いであっても本当にゆっくりと呪いは収まっている。
だが、それでも本当に遅々として進むだけ。
苦痛は解消されつつも我慢できる領域まではまだ遠い。
加えて。
『わが領域に土足で入りおってぇ!?』
侵入者の気配も感じている状態では神の不快感は上がり続けている。
自身の領域に入り込んだ不純物。
それも敵意をむき出しにして、暴れまわっているからより一層その不快感は神を苛立たせる。
内と外、両方からくる不快感に腹を立て、ギリっと歯を食いしばり、痛みに耐え、ゆっくりと体を起こし、己が神域に聳える山の頂の神殿から遥か下界を見下ろした。
『……』
だが、そのあとの行動はどうしようもなかった。
太陽神の周りには誰もいない。
力を分けた熾天使はアイワを除きすべて魔王の手に落ちた。
神に意見できる配下はすべて処分した。
太陽神を崇拝してきた国々は自身の判断で滅ぼした。
保存していた兵器はすべて放出した。
最早、彼の神の声を聴こうとする輩はいない。
孤独に、自身の首元に迫る脅威をじっと見つめることしかできない。
意志のない天使たちに迎撃の指示を出した。
作りかけの怪物も送り出した。
この世界に住まわせている神獣たちに命令も出した。
それ以外の術を神は持ち合わせていなかった。
強大な力だと、これだけあれば十分だと。
そう思って、怠って、現状に甘んじた結果が太陽神の体を蝕んでいる。
神は反省をしない。
何が悪かったと振り向きもしない。
ただただ考えるのは、邪魔してきた相手から受けた苛立ちを解消することだけ。
本来であれば、太陽神に歯向かう存在など同格の月神だけだった。
同格であっても太陽神の方が力が強かった。
であれば、太陽神がここまで憂うことなどなかった。
一匹でも現れれば国が一つ消えるような獣を何千と飼いならし、世界を蹂躙できるほどの天使の軍団を保持し、世界を何度も滅ぼすことができる兵器を保持していた。
その牙城が、砂の城のように徐々に崩れていく。
それがわかる。
しかし、神は理解を拒む。
否、理解はしている。
だが、納得したくないと拒否しているだけだ。
だれかと叫ぶことも他人を頼ることは恥だと思い込んでいる思考が邪魔して口すら開かない。
常に誰かが察して行動を起こしてくれていたからこそ、何とかなっていた支配が、人手が減れば減るほど、歯車が欠け、成り立たなくなっていく。
追い詰められた?と一瞬、弱気な思考が神の脳裏をよぎる。
認めるものか、認めてなるモノか。
奴らも苦し紛れに攻勢に出てきたにすぎん。
これを退ければ後がないのは向こうだ。
『……ふん』
しかし、どう退けたものか。
背に腹は代えられないと言えど、神である己が下民相手に本気を出すのは神の威信に関わる。
『まぁ、いい。この代償は愚弟に支払わせてやるのみ』
しかし、代案が思いつくわけでもなく、相手取る手が足りない現状では自身で相手取る以外の方法がないのも事実。
呪いで体の動きが重くなろうが、人間相手なら問題はない。
気配で分かる、相手は戦力を分散し、突破を図っている。
下層で戦っている奴がいる。
空で戦っている奴がいる。
中層で戦い始めた奴がいる。
奇襲を防いだ奴がいる。
一歩一歩愚鈍に進んでくるのはやはり、人間だからか。
そんな存在を称えるつもりなど皆無。
神は神として支配するそれだけだ。
『……この戦いが終わったら、まずは羽虫の駆除から始めるか』
その支配に邪魔な存在はすべて消すだけ。
まだ、間に合う。
信奉者はまた増やせばいいだけのこと。
国が亡ぼうが、神がいればまた世界は生まれる。
人間など、いくらでもいる。
支配を邪魔する愚弟の眷属は、真っ先に皆殺しにして根絶やしにしなければならない。
『今度こそ、今度こそ、生み出す。我のための我だけの、我が望む世界を』
神という存在になってから、いったい幾年の月日が経ったか。
少なくとも途方もない時間が過ぎたのは間違いない。
その途方もない時間を賭ける価値がある。
そう、あの日、あの時、あの瞬間。
『我は、選ばれたのだ、選ばれし者なのだ』
神が神であると認められたあの瞬間。
この世界の管理を任されたあの瞬間、この世界の頂点は太陽神でないといけないと認識した。
そのつぶやきは誰に向けたものでもない。
ただ自身に言い聞かせ、そして再確認しているに過ぎない。
自身のために作らせた絢爛豪華な神殿の玉座。
そこで自身の立場を再確認しているに過ぎない。
『手放してなるものか、この世界は我の、我の物だ』
しかし、神は気づかぬ。
再確認しないといけないと思うほど、精神的に追い詰められているということ。
魔王が放った呪いの影響か、はたまた、過去類を見ないほどの被害を受けているからか。
ゆえに不安定になっていることを指摘する者もいない。
ここに来れるのはごく一部の選ばれし者だけ。
そもそも、指摘できる精神性を持っている存在など、片手にも及ばない。
その指摘できる存在もすべて出払ってしまっている。
ゆえに、自身が正しいと思っている道を進むしかなくなった。
しかし、その道には障害が多すぎる。
『下等生物が、ついに我の神殿に土足で踏み入ったか』
神以外誰もいないはずの神殿に響く一つの足音。
コツコツと軽く、散歩に行くかのような足音。
神からしたら招かれざる客。
相手からすれば、敵の本拠地に踏み込んだに過ぎない。
玉座から立ち上がり、そして側に置いておいた神剣を手に取った。
この神殿内であれば、無敵に等しい存在になれる。
だからこそ、これから行われるのは戦いではない、神罰である。
『?』
そう思って、侵入者を滅ぼそうとした太陽神がふと違和感を感じる。
『雨粒だと』
足音が聞こえる方向から、雲が流れ込んでくる。
この世界の天候はすべて太陽神が管理している。
であれば、この空間に雨が降るのはおかしい。
『まさか!?』
その正体に気づいた。
気づいてしまった。
その間にも、神殿の中だというのに、天井一杯に広がり続ける雨雲。
そして徐々に力が失われていく。
『我の領域を侵すというのか!?』
世界の浸食、それを実行できる手段を敵は持ってきた。
その感覚に明確な脅威を感じた。
その時点で待つという選択肢が消えた。
玉座を蹴るように飛び上がり、そしてそのまま玉座の間から飛び出そうとしたが、それよりも先に侵入者が姿を現した。
『キサマぁ!!!!!』
その侵入者こそが、今現在でこの世界を侵している元凶。
神殿の床が雨でぬれ、均一に均された地面に水面が生まれ、そこを歩く一人の人間。
矮小である人間に自身の城を、自身の世界を、自身の尊厳を汚され、太陽神は激昂する。
その人間を殺そう。
瞬時に判断した神が跳躍し、神速の踏み込みで人間を殺す。
たったひと振りで決着がつくはずだった。
だが、神は殺せなかった。
神剣が受け止められた。
その人間は、神に向けて笑みを浮かべた。
「よう、神様」
その人間はまるで友人に語り掛けるように優しく挨拶をした。
巨人と言えるような神の一撃を、小人と言われてもおかしくないサイズの人間が受け止めた事実に戸惑った神は、一瞬だけ猶予を与えてしまった。
「その首、もらいに来たぜ」
その一瞬で、神の体に鮮血が散った。
何をされたか把握できないわけじゃない、斬られたのだ。
人が神に届いた瞬間。
ありえないと否定するよりも先に、存在そのものを否定するために神は動く。
その場でスタンスを広げ、人がいる空間めがけて、神剣を振るう。
今度は一撃だけじゃない、連撃に続く連撃。
粉々になれと言わんばかりの剛撃。
反撃する余地を与えない、対策する隙を与えない。
その懸命な姿、神がもし、鏡で見たら自分の表情に愕然としただろう。
神が恐怖を抱いているのだから。
ひきつった表情、必死に否定しようとする形相。
攻めているはずなのに、安心する様子のない現状。
なにせ、切っ先の感覚で人間が生きていることを証明されているのだからそんな表情を浮かべてもおかしくはない。
ようやく、攻撃が届き、相手が吹き飛んだ。
バットに当たったボールのように、人間は神殿の壁に激突する。
『不快だ』
その現実が、神の心を余計に不快にする。
切り殺すつもりが、殺せていない。
その事実を目の前に、神は気づかぬうちにほほに汗を流した。
冷や汗なのか、単純に疲労からくる発汗か。
それを知る者はいない。
ただ一つ言えるのは、壁にぶつかっても人間は生きていて、神はその人間を脅威と認識しているということであった。
Another side End
今日の一言
万全からほど遠いときもある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




