765 先入観というのは意外と大事
ケイリィに頼んでお茶を出してもらったが、スサノオ神はそこに毒でも入っているのかと思うくらいに凝視した後に恐る恐る飲んだ。
まぁ、神話の中では毒殺された神もいるくらいだからな。
警戒するのも無理はないか。
一応、どら焼きも一緒に添えたがそっちは迷わず鷲掴みで頬張った。
「……んで、俺はどこぞの別の世界の神と喧嘩をすればいいって話だけどよ。どれくらいの神格なんだ?」
お茶もどら焼きも食べて、害がないことを把握し、さっきの俺の本音が嘘ではないのがわかったのか、落ち着いたスサノオ神は俺の目を見ながら異世界の太陽神のことを聞いてきた。
「異世界の二柱しかいない神の片方、太陽神ですね」
「ちょっとまて、それってもしかして主神格ってことか?」
「向こうの世界では神は太陽と月の神二柱だけなんで、そういう格式があるかはわかりませんね」
神格と言われると、語感的に神の階級のようなものなのだろう。
地球だといろいろな神が存在するからなんとなく上下関係が見えるが、イスアルだと神が二柱しかいない。
なので、自然とあの太陽神が主神格ということになる。
「マジかよ」
そんな感じのニュアンスを含めての返答であったが、さっきまでおどおどしていた対応が一気に変わる。
不安が入り混じったと言った感じの表情。
「となると俺の格じゃ、ちと足りんかもしれんぞ。姉貴と同格ならなんとなかると踏んだが、親父たちと同格となると……」
「生憎と神の階級差で、その力にどのような影響があるかわからないのですが、どれほどの実力差があるのですか?」
不確定要素があるのならそこは触れないとまずい。
知らない要素が出ているのならそこを知らないで放置するのは愚か者と教官たちにどやされる。
「ああー、さっきも言ったが、世界の規模によるんだよ。インドの方じゃ信者がやべぇくらいにいるから主神格のシヴァとかそこら辺が出張ってくると俺はケツをまくって逃げる。北欧の方にもやばい爺さんがいるし、ギリシャのゼウスなんて会いたくもない」
指折りで主神格は一通りやばいのが揃っていると言いつつ。
「うちの姉貴もキレたらかなりやばくなるけどなぁ、それでもあの爺さんどもと比べると」
どうやら自分が対処できる神かどうかが判断基準になっているようで。
「その世界の規模しだいというのは信者の数や、土地の広さがおおよその判断基準で?」
「そうだなぁ、あとは知名度もわりと効いてくるなぁ。年期もあるとなおきつい」
「ケイリィ、ざっくりでいい。向こうの人口と信者の数、それと創世からの年月を」
その情報を持っているのはこっち側。
太陽神イスアリーザのざっくりとした強さを測れるのならそれくらいの情報提供はする。
ケイリィはその手の情報は頭に入っているのか、迷いなくペンを走らせ、さらさらと紙に情報が記載される。
見やすい字で書かれている。
それもイスアルの文字ではなく、日本語。
「……規模は大したことはねぇが、年期がやべぇ。爺さんたちと同格かよ」
それを速読で確認した後に、スサノオ神に渡す。
そして待つこと数秒、一気に眉間に皺が寄った状態で吐き出された言葉はいい雰囲気は欠片も含んでいない。
「年期ってそんなに大事なんですかね?」
「歴史っていうのは神にとって、体力と同じだ。それだけの年月を神として存在し続けた事実。それが神に備わっているってだけで相当しぶとい神になるって話だ」
面倒だと顔にありありと書かれ、それをどうやって攻略するかがカギになるかと必死に頭を捻らせている。
「ちなみにてめぇはどうやってこの神を倒すつもりでいたんだ?」
「最初は総力戦で正面から倒すつもりでした」
「ハッ、とんだ命知らずだ。お前みたいなやつが何人もいてもせいぜいできて相打ちが関の山だ。めぐりが悪ければ一方的に滅ぼされるのが目に見えているな」
最初の策は魔王軍の総力を駆使して倒す。
「一応現在進行形で、呪いで弱体化させている状態ですが」
「それでも勝機がかろうじてできたって話だ。現実的に神を倒すっていう次元の話じゃねぇ。いや、人の手で勝機を生み出せている時点で奇跡か」
そのための準備をしてきたが、それでも不十分だと言い切った。
神だからこそ言える言葉、そして持ち得る説得力。
胡坐をかき、頬杖をつき、残った片方の手で湯呑を揺らす。
「それと、つもりだったってことは、もとは俺は戦力に入っていなかったってことだよな?おめぇ、何を見た?」
そして俺が作戦を変えようとしていることを察した。
「未来を」
「かぁ、そういう類の輩か。これだから田中っていうのはよ」
その原因を知ってしまったスサノオ神の中でどうやら田中の印象が下がった。
全国の田中さんに心の中で謝る。
「それで、やばい未来を視たお前さんは残り少ない時間を駆使して、どうするつもりなんだ?」
「できることは限られているので、このダンジョンに太陽神が不利になる空間を作り上げてそこに叩き込んであなた方日本の神々にフルボッコにしてもらおうかと思っておりました」
「……ああ、なるほど、それは有効な手段だ。俺から見ての問題を解決できればの話だがな」
そして、好感度を下げつつ提示した提案は、神には及第点に届いてない様子。
「一つ、この空間に簡単に来るほど神も暇じゃない。二つ、異世界の主神格をタコ殴りにできるほどの実力のある神々への供物が用意できるかっての。三つ、神っていうのは世界を渡ることがそもそも難しい。俺みたいな根無し草ならまだ足軽に行けるが、主神っていうのはその国その世界に縛られる。それは物理的な物じゃねぇ、世界の理だ。その縛りがあり続ける以上、世界を渡ってこの空間に異世界の神を叩き込むなんて並大抵のことじゃできねぇよ」
語られるは神の理念。
人には関係ない、神が抱えるデメリットか。
「お前が言った策が有効というのは、神にとって一番重要なその土地、その世界との繋がりが無くなるということが神にとって一番の害悪になるからだ。どんなに力が強い神であっても、その元となる力はその土地や世界から得られる力が根底にある。信者の祈りや、その土地の世界の意志。ここら辺はお前らで言うコメやパンみたいな主食にあたるんだよ」
飯を抜かれてしまったらそれは力が入らなくなるだろうな。
腹が減っては戦はできない。
そんな感じか。
「逆を返せば、それができれば徹底的に弱体化できるってことですよね?」
「ああ、十分の一、いや、下手すれば一気に致命傷までもって来れる。俺は日本っていう縛りがあるが、逆に言えばそれ以外の縛りがないから日本ならどこでもある程度の力が出せる。だが、よその大陸に行ったらそこの神には間違いなく勝てねぇ」
「……ここまで聞いておいてなんですけど、そこまで話して良かったんですか?神にとって相当致命傷な情報ですけど」
しかし、解せん。
スサノオ神が淡々と語っているこの内容は神にとってはかなり弱点ともいえるような内容だ。
人は狡猾だ。
強大な存在に対して、有効な手段があるというのなら、何世代にもわたって研究しそれを成し遂げる。
それを理解してないはずがない。
「構いやしねぇよ。どっちにしろ、世界の理をどうにかしないとそんなことができるわけがねぇしな。何千年とその分野を研究しようとした輩は何人も見てきたが、誰一人惜しいところまで行った奴なんていない。世界の理を変えるのは神でも不可能だ。神にできないことを人ができるかってんだ」
なるほど、土台無理な話だから話しても問題ないってか。
「カハ」
「っ!?」
舐めるな。
こちとら、無理無茶無謀の三拍子を悉く屠ってきた社畜だぞ。
「カハハハハハハハハハハハハハ!!!」
こみ上げてくる悦楽。
「ありがとう!!感謝する!!ああ、本当に心の底から感謝の気持ちがあふれてくるぞ!!」
「おい、なんかこいつやばいぞ、だから田中は嫌なんだよ」
「拙者に振らないでほしいでござるよ。あの笑い方だと、またリーダーがやらかす方面に一票でござるが」
なんかスサノオ神に距離を取られているようだが、気にしない。
南に呆れられているようだが、それも気にしない。
「ククククク、神の保証付きだっていうならどうとでもなる」
「いや、だからな。俺はできねぇって言ってるんだよ。理解できねぇのか?」
「理解はできている、加えて言えば納得もしている」
「だったら、お前なんでそんなに笑える?おかしいぞ」
狂っていると神に言われるのは、なかなか痛快。
「神ができないからって、人間ができないって誰が決めた」
「なに?」
狂う?
いや、いたって正常だ。
「なぁ、スサノオ」
だからこそ、こうやって笑っていられる。
「愚者と成功者の違いってなんだ?」
神に対して不遜な態度を取ることを恐れる者はきっと多いだろうさ。
毎度おなじみの三日月の笑みを神に向けて浮かべられる俺は大多数派ではなく少数派なんだろうさ。
「……」
いきなり雰囲気が変わった俺にスサノオ神は何も言わない。
何を言いたいのかと探るような視線だけが俺の話の先を促す。
「俺にとって愚者っていうのは、なんの根拠もなく無茶に挑む奴じゃない。最初から無理だと決めつけて可能性を消し去って挑まないやつのことを指すんだよ」
でなければ常軌を逸した発想は出てこないし、やろうとなんて思わない。
「人間は飛べると最初に誰が考えた?羽ばたいても飛べない、ジャンプしても地面に落ちる。人体の構造という枷から逃れられ空を飛べると誰が最初に考えた?皆無理だと思ったからこそ、誰もが挑まなかったが、たった一人の挑戦者が成功者になるんだよ。挑んで失敗したやつを誰が愚か者と決めつける。時間を無駄にした?金を無駄にした?端からわかりきっている安全な道を進むのが正常?だったら、俺は異常者でいい」
神を異世界に叩き落とせるのなら殺せる。
その事実。
俺なら達成できる。
こと斬ることに関して俺の右に出る者はいない。
神と世界のつながりを切断するという目標があるなら、それを概念に落とし込める。
それができれば勝てる見込みはある。
目指す概念は至ってシンプル。
「そこまで言い切るってことは、お前、何か策があるのか?」
「ある」
そこまで情報が揃っているのなら、あとは神を確実に殺すための準備をするだけ。
「へぇ……」
「そのために協力してもらいますよ」
思いのほか勝てる見込みが出てきたことによって少し気分が落ち着いたかと思えば、どうやらまだ落ち着いていないようだ。
「手始めに、このダンジョンの改造から始めましょう」
やれることが湯水のごとくあふれ出てくる。
「手始めにって」
その俺の一言に、スサノオ神は怪訝な顔をする。
おっと、どうやら少し先走りしすぎたようで、頭の中で何をするかは決まっていてもそれを説明しないと話は通じない。
「まずはあなたの、スサノオ神の神域をここに作ると言っているんです。あなた色に染め上げたその空間にイスアルの太陽神を叩き落とします。そのあとはわかってますね?」
時間はない、だけど、時間が完全にないというわけではない。
ダンジョンという土地も存在する。
残り時間、一秒たりとも無駄にできない俺は、一歩踏み込んでそっとスサノオ神の肩に手を置く。
「さぁ、働きましょう」
「お、おう」
必要なら、神だろうとも、社畜のように働かせてやるよ。
「この話、受けたの早まったか?」
スサノオ神の後悔を耳に残し、そっと最後の悪あがきは始まるのであった。
今日の一言
先入観は時に役に立つ
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




