763 約束を違えない、それが信頼
Another side
一世一代の大勝負を言い切ったケイリィの心臓は他人が考えるよりも激しい鼓動を鳴らしていた。
彼女が持つ権限でもグレーゾーン、下手をすれば黒色の部分に触れるかもしれないような場所での行為。
これが問題視されれば、次郎の立場にも危うい影響をおよぼす可能性すらある。
それくらい、ダンジョンに対しては秘匿権益というものが存在する。
しかし、言い切って提案した。
吐いた唾は飲めない。
目の前で悩むという仕草をするミマモリ神が可否を決めるのを最早待つしかない。
「それが、本当に可能というのなら……話に乗りそうな神はいると思うよ」
そして返答は良かった。
腕を組み悩むこと数秒、その間にどんな思考を巡らせたかは知らないが、ミマモリ神はその条件ならと頷く。
「だけど、神が動いた後にやはりできないってなるとかなりまずいことになるよ?」
しかし、契約反古は厳禁だと忠告を付け加える。
確かにその通りだと理解も納得もできる内容に、ケイリィは頷く。
「この命賭しても必ず」
「うん、嘘のない君の魂に免じて、ひとまずは霧香の脅しを担保に話を進めようか。そこの百面相しているダメ神。あんたもその候補なんだから話を聞きなさい」
ここから別の神にも話を通す。
ミマモリ神の提案に、ケイリィはちらりと腕時計を見る。
時間経過が気になり始めるタイミングであるが、即決で話が決まらないのだからどうしようもない。
次郎に持ちこたえてくれと願いを込めていると。
「なぁ」
ぬっと、さっきまで表情をいろいろと変えていたスサノオ神が初めてケイリィを意識して話しかけてきた。
何事だと、ケイリィは一瞬身構える。
しかし、スサノオ神の表情と伝わってくる感情からさっきまでのやる気のなさを感じ取れず、すぐに疑問の方に塗り替えられた。
「なんでしょうか」
「さっきのお前の提案、俺が乗るぜ」
さっきまでおどおどと戸惑っていた男神からは考えられないほど、ギラついた視線を浴びたケイリィの背筋が凍る。
「……どういう気の変わりようで?」
意図が見えない神の対処に寿命が縮む気持ちを味わいつつ、負けるなと心の中で活を入れたケイリィは一歩も引かず交渉を持ち込んだ。
「ほかの神にその話を持っていかれるのがしゃくなのがまず一つ、それといい加減にこのぼろ屋から出ていきたい。っていうのが二つ」
神の気持ちなど山の天気以上に変わりやすい。
一歩間違えればここで一戦を交えることになりかねない。
指折りで数え始めた理由はどれもくだらない理由ばかりだが、元から神は理屈ではなく感情で動くような災害と考えているケイリィにとっては想定内の話ばかりだ。
会話の途中に入り込まれたミマモリ神は不機嫌そうにするが、それでも戦力としては申し分がないのは間違いない。
仕方なく、下手なことを言わない限りは静観という姿勢を取って、その場が一応の交渉の席として成り立っている。
「三つ、俺は俺の居場所が欲しい。こんな場所でずっと眠るのはもう飽きた。だが、外には俺の居場所がねぇ。だったら都合よく俺の居場所を作れるのならそれに乗りたい。それだけの話だ」
そしてスサノオ神がいたずら小僧のような笑みを浮かべて言った最後の理由は何の変哲もない理由だ。
神を信じる者が減ったこの地球では、神は居づらい。
だからこそ、神を信じている存在に居場所を保障してほしいのだ。
「俺なら、太陽系の神との戦いは抜群に相性がいいぞ。なにせ、俺は勘違いで姉貴を引きこもらせたほどの益荒男だからな!!」
「それ、自慢になんないでしょ。あなたが昔から素行不良のダメ男神なだけで、天照様に勝ったわけじゃないじゃない」
「うっせいな、ドチビ」
「チビって言うな!!」
その気持ちは深層心理に刻まれているケイリィたち魔族は理解できた。
知らないのに、帰りたい。
そんな気持ちを抱き続けている。
偉丈夫と小柄な少女が言い合いしているのは減点であるが、ケイリィからしたら種族的にそういう光景を見慣れているので問題はない。
「ミマモリ様」
「だいたいねぇ、ってごめんごめん。なになに?やっぱりこいつじゃだめって話?」
「いえ、あなた様の率直な意見をお聞きしたく、あなた様からして、スサノオ神はお強いですか?」
だからこそ、最後の質問はこんな形の質問に落ち着いてしまう。
やる気があっても、手札として機能しなければ意味がない。
それを判断するための最後の質問。
「……ふん、そうだね。癪だけどこいつ以上に強いと言える天津神は少ないね。それこそ」
その質問に対して、しぶしぶ、嫌々だけど答えないわけにはいかないという表情でミマモリ神は片目をつむり、開いている左目でスサノオ神を見上げ。
「太陽を司る神と戦うのならうってつけだね」
太鼓判を押した。
「そのお言葉を聞けて覚悟が決まりました」
であれば、最早ケイリィに迷いはない。
「スサノオ神、我らが魔王軍にご助力をお願いいたします」
異世界の神との契約を決心した。
その対応にミマモリ神は溜息を吐くしかなかった。
元から、この契約に対してはミマモリ神は外様、霧香がきっかけを持ってきて、ケイリィが神のやる気を出した。
「そう来なくちゃな」
やる気を出したスサノオ神の覇気はここら一帯の場を掌握するほど。
さっきまではやる気がなかった状態からのこの変化に気おされかけたケイリィであるが。
「では、契約の話を進めましょう」
ここが本当に気合を入れるところだと確信する。
そして高天原のぼろ屋の前で時間にして一時間ほどの交渉は。
「それでは、この内容でお願いいたします」
無事結ばれた。
周囲に見守られながら、互いの要求をすり合わせて。
「大船に乗ったつもりでいてくれよ」
「泥船の間違いじゃ」
「うっせぇわ!!」
それで合意し、ミマモリ神が立ち合い、契約書が結ばれた。
その契約は神が持つ古の術。
ケイリィでは解除することが不可能な代物だ。
「それで、あなたたちはこの後どうするの?時間はないみたいだし、目的は達成できたから帰る?」
それすなわち、ここですべきことを達成したということ。
時間がない今即座にその成果を持ち帰る必要がある。
「そうしなそうしな!!久しぶりに爺様の顔でも拝むついでに、私が何とかしておくよ」
用が済んだから帰るというのは礼儀知らずと受け取られかねない行為であるが、それをどうにかしてくれる存在がいる。
霧香だ。
背中を軽くたたき、よくやったと誉めた。
ケイリィからすれば霧香の方が年下であるはずなのに、年上として認識してしまう。
彼女の貫禄がそうさせてしまうのか、自然と頼ってしまう。
「あとをお願いします」
「あいよ、次郎には適当に言っておいて。あの爺様、なかなか帰してくれないからな。帰るのは遅くなるよ」
「わかりました」
「それじゃ僕も」
「あんたはこっち、爺様のところに顔を出すよ」
代理人がいるのなら、問題ない。
日本側の勢力はこのまま居座るみたいだが、ケイリィたちはそのまま高天原から出る。
行きとは面々が変わり、神を引き連れての帰還。
一緒に帰ろうとした伊知郎は、首根っこを掴まれて霧香とともに高天原に残留。
頭一つ以上抜けた高身長の時代錯誤の格好をした偉丈夫を引き連れての帰還に、南たち月下の止まり木も少し困惑気味。
高天原から出た後はもっと大変だ。
「おお!?ここがそうなのか、あれはなんだ!?知らんものばかりだ!!」
このスサノオ神、お目付け役がいなくなった途端に尊大な態度を隠そうとしない。
ケイリィも帰りは一気に帰るために空間転移魔法を使った。
これがある意味で一番失敗だったかもしれないと今現在ケイリィは後悔している。
彼女がスサノオ神を連れ帰ったのは本社ではなく、次郎のダンジョンがある孤島の方。
現在進行形で異世界の街が建設されているその場は、引きこもっていた神の好奇心を刺激するには十分すぎた。
「ぐふふふふ、この街がいずれ俺の」
「物にはなりませんから、あなたがこれから行くのはあっちです」
野心を隠そうとせず、いずれ乗っ取ると口ずさむ。
そんな相手に協力を要請したことに若干の後悔を感じながら、ダンジョンの方に誘導していく。
時折、道を逸れそうになるたびに誘導しなおすのに手間と疲労を感じながら進む道のりはこんなに長かったかと考えるほどだった。
「おお!!なんだこれ!!すげぇ!!高天原と大差ねぇじゃねぇか!!」
そしてダンジョン内に入ったら入ったで興奮具合が上がり、より一層手が付けられなくなる。
入ったのは、ダンジョン内でも未使用の未開拓地域。
空間そのものは岩肌が見えるような殺伐とした光景であるが、間違いなくダンジョン内。
そこに充満した魔力の濃さにスサノオ神は満足気に頷き、自分の体の調子を確認し始める。
最初は手を握ったり、肩を回したり屈伸したりと準備運動程度の動きだったが、一度しゃがみ大きくはねてからは遠慮が無くなる。
「うっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「吹き飛ばされるでござる!?」
縦横無尽に駆け巡り、突風を巻き起こし始めてからは、誰の言うことも聞かない。
「軽い、体が軽いぞ!!」
結界を張り、どうにかやり過ごそうとしているが、それでも抑えきれないスサノオ神の動きに。
「大人しくしなさい!!」
ケイリィは遠慮なく、ハイキックを顔面に叩きつけた。
身体強化を限界まで施したケイリィの蹴りは、轟音とともにクリーンヒット。
「んだよ、せっかく楽しんでいたのに」
しかし、ダメージは入らない。
邪魔をされたことに対して不満を垂れ流している姿は、本当にこれで良かったのかと後悔を生み出してしまう。
「暴れるのはこの後でもできます。まずは、ここに仮住まいを作りますのでそれまで大人しく」
それでもやるしかないと覚悟を決めたタイミングで、ケイリィのスマホに着信が入る。
「海堂君?」
そのスマホは特別製の会社から支給されている品。
長距離念話に対応していている一級品。
そんな代物だからこそ、ダンジョン内で異世界の戦場にいる海堂とも連絡が取れる。
もしや、戦場に何かトラブルがあったのでは?
と一抹の不安が流れるが、それだったらもっと騒ぎになっているはず。
一旦落ち着くために大きく深呼吸をした後に、コールに応える。
「もしもし?」
『ああ、ケイリィさん、今大丈夫っすか?』
その先に聞こえるのはなじみある舎弟口調、戦場にでればもっと変わるかと思ったがそういうわけではなさそうだ。
「どちらかと言えばそっちの方が大丈夫かじゃないかな?どうだった初陣は?」
仕事の話であるには間違いないが、それでも軽い雑談を交わす程度には余裕がありそうだとケイリィは察した。
『うっす、めっちゃ怖かったすけど何とかこなしたっすよ。まぁ、ここからが本番みたいなもんっすけど……』
一旦戦場は落ち着きを取り戻したのか、それとも作戦が進んだのか。
「状況は説明できそう?」
戦場の生の情報はできるだけ収集しておきたいケイリィは、そこでいくつか海堂から聞きたいことを脳内にリストアップするが。
『あ、それならスエラさんが側にいるっす。なので今から代わるからそっちに聞いてほしいっすよ』
どうやらより詳細に聞けそうだと、思いつつここで一つケイリィは気づいた。
勝手に連れてきたスサノオ神に関してどう説明すればいいのかと悩むことになるであった。
今日の一言
約束は人の信頼に直結する。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




