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761 仕事では会いたくない人はいるが、会わないといけないことがある

 

 Another side


「げ、とは失礼だねぇ。久しぶりに会ったっていうのに……ねぇ?」


 神が会いたくない人間、それが田中霧香という女性だった。


 嫌悪感で拒絶している雰囲気ではない。


 スサノオ神の反応は、どちらかというと恐怖。


 神が恐れている。


 一歩、また一歩と、霧香が歩を進めるたびにスサノオ神がビクッと反応する。


「昔は小娘ってからかって、かまってくれたじゃないか。ええ?」


 どちらが立場が上なのかが明白。


 からみ方が完全にチンピラのそれだ。


「い、いやぁ、そんなこと、あったか?」


 昔のやり取りを思い出したくないのか、見るからに偉丈夫と言えるスサノオ神が明後日の方向に目を泳がせている。


 よく見れば額に冷や汗が流れている。


「あった、あった、天狗の爺様が途中で止めてくれなければ私の首がもげるくらいに乱暴に頭を撫でてもらったこともあったねぇ」


 何かまずいことを隠している。


 それがわかるほどの、霧香とスサノオ神は知己であることが雰囲気で語られている。


「……知り合いだったの?」

「そうだよ、この神は知り合いだって認めたくなさそうだけど、私はよおおおおおおく覚えているよ。この男神に可愛がられた記憶と、押し付けられたお・し・ご・とのことを」


 人と神、霧江とミマモリ神という組み合わせがあるのだから、ありえないとは言えない。


 しかし、霧江とミマモリ神の仲とは決定的に差がある。


 霧江とミマモリ神が良好な友人関係というかかわりに対して、霧香とスサノオ神の関係は不和的な知己の関係。


 やらかしたスサノオ神に対して、完全に強気に出ている霧香。


 ケイリィや南たちですら、事の成り行きを見守るしかないほど、霧香の流れに染め上げようとしている雰囲気。


「仕事?」

「そ、お仕事」


 それは神に対して不遜の振る舞いを貫くことで生まれたものなのか?


 否、そうではない。


 それは田中次郎が持っていた素質、場の雰囲気を制するという才能。


 正しく、母親から引き継いでいた才能。


 この親にしてこの子あり。


 であるなら、逆説的に言えば、子が場を制することができるのなら親もそれができる。


 一枚一枚、手札を公開するのではなく、相手の手札をズタボロにさせながら、こっちは力をため込むがごとく、霧香はスサノオ神の勢いを殺していく。


 傲岸不遜であった態度は、霧香が姿を現してから陰り、そしてニッコニコと笑顔を振りまく霧香が口にした仕事というワードが決定打になった。


「知ってるかい?ミマモリ神さん。あんたの知り合いである、そこな神が押し付けてくれた仕事のおかげで、私は世界中を飛び回ったんだよ?それも世間知らずの小娘がだ。外に放り投げられた私は世間からしたら行方不明の迷子。学校にもろくに通っていないカネも力もない小娘さ。そんな小娘にこの神は面倒くさがって、方法は教えたお前ならできる。って無責任に仕事を押し付けたんだ」


 そして、ニヤッと笑みを浮かべて大暴露を始める。

 目線で一緒に連れてきた伊知郎に合図すれば、彼は素直に頷き、トランクケースの鍵を開けて中を開く。


「ほら、あんたのお望み通り仕事をやってきたよ。〝龍脈〟の調整、それも高天原に入り込む奴の流れを調整した報告書だよ」


 そこにあったのは報告書だ。

 期間にして三十年以上。


 それは人の身で簡単に消費していい時間ではない。


 そしてスサノオ神に見せつけるように、押し出された紙の束。


「あ、あなた。これを人の身である彼女にやらせたの!?」

「い、いや、そんなこと俺は」


 信じられないことを見せつけられたミマモリ神は飛びつくようにその紙の束を拾い上げる。


 そしてそこに書かれている内容を読んで、間違いなく龍脈という神にとって生命線と言えるような代物の調整を霧香がしてきたということを認識した。


 その本来の役目が、目の前の男神であることも同時に知っている。


「それを言っちゃおしまいだよ。神の前で、人のウソなんてあっけなくバレる。どんなポーカーフェイスの匠であっても、心臓の鼓動の回数を制御できる達人でも、発汗を自由自在に操作できる異常者でも、魂を読み取る神の前じゃ人のウソなんてちっぽけな物さ」


 さらに、霧香が嘘を言っていないことも証明される。


 どう言いつくろうとも、霧香の言葉が真実であることは神自身によって証明されてしまう。


 ダウトと人差し指を指して、笑う霧香とワナワナと肩を震わせるミマモリ神。


「クソニート!!!」


 その怒りは爆発し、握力でぐしゃぐしゃになり、かろうじて破れなかった報告書片手に詰め寄った。


「あなた!!アマテラス様にしっかりやるからって言って、それで終わらせたと言うことで温情で高天原で住まわせてもらっているんでしょ!!神秘が薄れた外の世界じゃ住みにくいって事で仕方なく、本当に仕方なく、不承不承、アマテラス様が方々に頭を下げてくださったんじゃない!!」


 少女が大の男に詰め寄るさまは、一見すれば子供が駄々をこねているような絵面だが、内容は完全に説教。


 明後日の方向を見て、聞いていないふりをするスサノオ神。


 反省の色が見えない。


 それは誰が見ても明白。


 堪忍袋の緒はとっくに切れているミマモリ神はそれに気づいていない。


「いいじゃねぇか、しっかりと終わってるんだし、結果良ければすべて良しじゃねぇか」


 終いにはばれたからと言ってなんだと開き直る始末。

 説教が面倒くさい。


 霧香に対しても面倒なことをばらしやがってと、非難の目を向けている。


「へぇ、そうかいそうかい、そういう態度をとるんだねあんた」


 そんな態度を取るのならもう容赦はいらないと、霧香の中でスイッチが入る。


「あ」


 キレた。

 それを最初に感知したのは、なんだかんだ怒られることや説教を受けることが多い南。


 壮絶に嫌な予感がして、そっと一歩下がった。


 次に気づいたのは姉妹である霧江、彼女はそっとため息を吐いて頭を左右に振った。


 そして。


「なら、龍脈の最後の調整はあんたの方でやりな、大丈夫大丈夫、制限時間は残り三日もあるし、世界中駆けずり回ればどこにあるかはわかるさ。まぁ、これが間に合わなかったらすべての龍脈の流れが変わってここには流れ込まなくなるんだけどね」


 特大の爆弾を投げつけるのであった。


「はぁ!?お前、さっきは終わったって!!」


 その爆弾に慌てふためくのは仕事を押し付けた側であるスサノオ神だけだ。


「私は、調整をしたとは言ったけど終わったとは言ってないよ。なんか嫌な予感がしたから最後の調整だけは放っておいたのさ。いやぁ、我ながら人生をかけた仕事をよく放り投げたと思うよ」


 さっきの比ではない冷や汗が大いに垂れるスサノオ神に向けて、霧香は三日月のような笑みを浮かべる。


「はぁ!?だったら最後までやれよ!!」

「知らんね、それは契約外だよ」


 どういった経緯でスサノオ神に龍脈という重要な要素の調整を任されたかは語らぬが、霧香は契約に縛られているという話を公表。


「私があんたに言われて、無理やり結ばされた契約は龍脈の調整をしろっていう話、暴走や崩壊はさせるなって契約の中には入っているけど、いつ終わらせろとは言われてないし」

「だったら、お前もやばいだろ!!俺との契約を反故にするということは神との契約を破るって言うことだ。そうなったら、お前はただでは済まないぞ!!!」

「だから、あんたが言った契約は、暴走や崩壊はさせるなっていうだけの話で、流れが〝止まる〟ことに関しては契約外っていったよね」


 そしてその契約の内容をしっかりと熟知している。


「あ」


 そして伊達に数十年の時を龍脈の調整に従事していたわけではない。


 伊知郎とともに辺境に赴いているのは、そこに龍脈の重要な流れがあったから。


 その龍脈の調整が、常人では不可能な行いでも、魔力適正が魔王クラスである霧香であれば可能であったため、その構造を把握することも自然と身に着いた。


 それなら、押し付けられた仕事を行いつつ、契約に反しない、反撃の狼煙となる罠を設置することくらいできないわけがない。


 クソニートでも神。


 自分が結んだ契約を忘れるわけもなく、その細かい契約の内容を思い出し、そこに穴があったことに今さらながら気づいた。


「今さら気づいても遅いよ。あんたと結んだ契約の条項に、この高天原に流入する龍脈の流れを止めてはならないっていう文言はないよ。そもそも龍脈の流れを止めるって言うことが人間にはできないっていう発想なんだろうけど、ところがどっこい、細かい調整を繰り返せば龍脈を正常な流れを維持しながら別の流れに合流させることくらいわけないのさ」


 失敗すれば崩壊の危機に瀕してもおかしくはないというに離れ業をやってのけた霧香はニヤニヤと笑う。


 しかし、その目は喜びや楽しみと言ったプラスの感情は一切含まれてはいない。


「さぁさぁどうする?このままいけば三日後にはこの高天原に流入する龍脈は止まる。そうなればそれを管理調整を任されたあんたは責任を追及される。そうなったら今度はどういう神罰が下るかねぇ?」


 いや、若干神をいじめることに楽しみを見出しているような雰囲気も醸し出しているが、本命はそうじゃない。


「い、今から俺が調整すればいいんだろ!!三日もあればそれくらいできらぁ!!」

「どこの調整をするんだい?私は終わった場所の報告書は上げているけど、終わってない場所の報告書なんて上げてないよ?」


 霧香は強がりながら高天原から飛び出そうとするスサノオ神を止める。


「お前が教えれば」

「嫌だね」


 嫌がらせを真っ向から突き付ける。

 それができるのはスサノオ神が霧香に手を出せないのを理解しているから。


「俺に逆らうのか!!」

「むしろ私が従順に従うような女に見えるのかい?」


 激昂し、剣の柄に手を伸ばすもそこから刃が鞘から見えることはない。


「それにあんたは私に傷をつけることはできない。なにせ、そういう契約だからね。あんたが結んだ契約だよ?契約を満了するまでの間、あんたは私の安全を保障する。そのための加護さ」


 神の加護をかけた当の神が自分の加護に首を絞められている。


 人間と神の契約であれば神が一方的に放棄することもできる。


 しかし。


「契約は契約さ、大天狗の爺様が間に入って第三者の神を交えた契約。破ることは叶わないさ」


 それがスサノオ神と霧香が直接結んだ契約であればの話。


 実際に結んだ契約には第三者が介入している。


 すなわち、この契約を破棄するにはその第三者を交えないといけない。


「さぁ、さぁ、どうするさ?私はただもう一度人生をかけて龍脈の調整の旅に出ればいいだけの話さ。けれど、あんたはどうなるだろうねぇ?」


 その縛りが、スサノオ神の立場を脅かす。


 ぐぬぬぬとうなりを上げる以外の術を持たぬ神に、霧香はまた一歩踏み込む。


 見上げるような形、それこそ、スサノオ神の腕が横に薙ぎ払われれば霧香の体など容易に吹き飛ばせる間合いに踏み込んだ。


「さて、もう一度聞くよ。どの立場でそんな態度を取るのかね?」


 見上げているのに、立場は上だと霧香は胸を張り。

 スサノオ神は屈辱に満ちた顔で顔をしかめる。


「……何が、目的だ」


 そして絞り出すような声で、スサノオ神は霧香に白旗を上げた。


 それに対して、霧香は満面の笑みを浮かべ。


「なに、あんたの得意分野の話さ、ちょっと異世界の太陽神と殴り合ってくれればいいよ」


 命を賭けて戦う息子のため、本題を切り出すのであった。



 今日の一言

 人間関係上、苦手な人はできる。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 母強し!いいね!めっちゃ面白かった。こんな風に繋がるんだと。
[一言] かあちゃん何で世界中を彷徨いているのかと思ったらそんな事してたんやな。
[良い点] 母ちゃんつよっ(;´∀`) 素戔嗚はクソ過ぎるな
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