759 経営者よ残業代はしっかりと支払いましょう
Another side
仰々しいを通り越して、過剰と言えるような護衛に囲まれた状態で、山奥に進む一行。
雑談が入り交じりつつも、わずかに緊張感がにじみ出る空間に籠ること数時間。
すでにあたり一帯の日は落ち、活動する人間そのものが減りつつある時間帯に突入するタイミング。
「止まったわね」
「目的地に着いたねぇ。嫌だ嫌だ、この空気昔から気に食わないんだよね」
神秘を秘匿するためにはやはり、人里の離れた空間が最適なのか、ここにエヴィアか次郎がいれば自分たちが来た場所とはまた別の場所に案内されたと言ったことだろう。
大勢の人間が収容できる、盆地。
周囲を山に囲まれていて、この盆地に入り込める道は片側一車線の舗装されただけの山道。
そして到着したのは、ただただ盆地に大きな赤い鳥居を一基だけ建てた土地。
それを窓越しに見た霧香は、見覚えのある場所だと大きくため息を吐いてケイリィを見る。
「降りる準備をした方がいいよ。ここに来たら霧江の奴も呼び出すだろうし」
そして何のためらいもなく、勝手に外に出始める。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
夫である伊知郎はその行動に疑問を持たず、慌てながらもあっさりとトランクケースを片手に車を降りる霧香についていく。
まるでこれから何が起こるか把握しているかのような行動に、車内にいた面々はそれぞれ近くに座っていた人と顔を見合わせたが、遅れつつも外に出ていく。
「なにか、この場所変」
車外に出て真っ先に異変に気付いたのはアメリアだった。
本当に鳥居だけが設置され、その鳥居が設置されている場所と道だけが整地された盆地に対して感じた言葉。
「……そうね」
アメリアの言葉に同意したのは香恋。
彼女もこの場が何か普通ではないモノであると感じ取ることができた。
「そりゃそうさ、ここは神降ろしの儀式場。もう何十年何百年って使われてないけどそれの残滓が今なお濃く残っているのさ。あの老人どもが懇切丁寧に年に数回祭りやらお清めやらやってるからこんな空気もできるってものさ」
ケイリィ自身もそれは同じ、汚れた気配ではない、精霊でもない何かの気配が色濃く残るこの空間は何かと考えている最中、あっさりと霧香はこの場の雰囲気の正体を告げた。
まるで、神が嫌いだと忌々しく語る霧香の表情は不機嫌と評するしかないほど面倒だと語っている。
「この場に対して、そう言えるのはあなただけですよ姉さん」
「そういう性分なんだよ、今も、昔もね」
姉妹仲は悪くはないが、良好でもない。
そんな関係性を匂わす会話に、ひりつく空気。
互いに大人であり、感情的になって無意味な議論をする必要性はないと判断しているからこれ以上の皮肉は放たれない。
車から降りてきた面々は、あわや喧嘩になるのではと心配していたが、それは杞憂になり一安心。
「姉妹の再会を邪魔して申し訳ないのですが、こちらの方に例の物をお返ししても大丈夫なのでしょうか?」
となれば、仕事の話を進めるのが流れ。
鳥居以外の建築物が一切ないこの場に連れてこられたのはどういう意図か確認する必要性が出てくる。
さすがにこの場に奇跡の品である神器を放り出す判断ができないケイリィは、不思議な気配を探る。
「ご安心を、もう間もなく受け取る方が訪れます」
日が暮れれば、ここは月の光しか照らすことがない。
警官たちも明かりを取り出し、周囲を照らそうとしているが、それを協会に所属している面々が止めている。
そして、それはその直後に起きた。
「……月が」
誰かが気づいた。
いや、誰もが気づいた。
それは地球上ではありえない現象。
地球から見える月は、空に輝く小さな球体でなければならない。
決して、空の視界を覆うほどの月面を映し出すような光景を見せつけることはない。
異常。
その一言で呆然と立ち尽くす、警官たち。
「来たね」
それに対して、何も感じず、ようやく来たかと待ちつかれたと溜息を吐く霧香はこの異常事態を予想していた。
「霧江―――――!!」
そして月面の大きな風景からこれまた大きな白金の毛並みを持つ巨大な狐が宙を走ってくる。
月狐と呼ばれる神獣の背中に乗る幼子は、ぶんぶんと大きく手を振り、主張をしながら空から舞い降りてくる。
「ミマモリ様」
土地神であり、神たちに地上の監視を仰せつかった神が降臨したのだ。
この場においての最高地位者と言えばいいだろうか。
人を超越した存在が降臨した。
その事実に、協会の面々はその場にひれ伏し、神の降臨を歓迎した。
代表者である霧江は、月狐から飛び降りた幼き姿の少女を受け止めはしたが、本来であれば彼女も跪く存在の一人であるはず。
そうならないのは過去の友好があるからか。
協会員たちの突如の行動に動揺する警官隊。
そして、様子を見る異世界の住人達。
「ロリ神、あたぁ!?」
「黙ってなさい」
そして余計なことを言ってしまい、わき腹をつねられ悲鳴を上げる南。
混沌とし始めている空間に、秩序を求めることは人として正常な流れ。
そっと、抱き着いてきたミマモリ神を引きはがし、そしてそっとその場で跪く。
「いと尊き存在である、神々に我らの悲願、成就することをお伝えに参りました」
友人ではなく、一人の巫女として神に時が来たと告げた。
「そっかぁ、そっかぁー」
厳粛に伝えた霧江の言葉に対してミマモリ神はにこっと嬉しそうに笑い。
「じゃぁじゃぁ!!開けようか!!起こそうか!!さぁさぁ!!今時きたれり!!」
くるくるとその場で回り、そして巨大な鳥居の前に立つと。
パンパンと二拍した。
それが神々の呼び出しの合図なのか。
鳥居には変化はない。
だが、その場にいた人は見た。鳥居に白い空間が呼び出された瞬間を。
「さぁさぁ!!異世界のお客さん!!鍵を渡しておくれ!!」
それをあっさりとやり遂げたミマモリ神は、ケイリィに振り返り、片手を差し出してきた。
「かしこまりました」
元より、それを渡すこと自体が魔王軍としての目的の一つである。
部下に合図を出して、車両の後部に設置していたハッチが解放される。
特殊なケースに厳重に保管されていた神器はこの空間に来ることを歓喜しているのかごとく、固定具を無理やり外そうとガタガタと震えていた。
封印越しなのにも関わらず、とんでもない力を放出している。
「うん!本当に復活してるね!!」
その出来栄えに、ミマモリ神は喜びを隠そうとしない。
警官の中には、神器の波動に当てられ意識を失う者もいる。
南たちはまるで臨界直前の核兵器を目の当たりにしているかの如く警戒している。
さっきまで神器と同じ車に乗っていたと考えたアメリアは顔を青くして、香恋は装備を展開して防御結界を張る。
「……これが神器でござるか」
南は冷静に相手の力を測ろうと思考を回して、そっとその背後に勝が立ちサポートできるように周囲を警戒した。
「封印を解きます」
「うん!」
そんな空間でケイリィは自身が持つ、封印を解除するための魔石を懐から取り出し、片手で握り潰した。
パリンと砕け散る音が響いた瞬間、暴風でも吹いたかのように、神器を中心に衝撃が走る。
辺りにいた人はみな転げて、立つのもやっとだと言わんばかりに神器の力の暴走が空間に荒れ狂う。
「香恋!もっと結界を強くするでござるよ!!」
「やってるわよ!!だけど、これだけ強いと魔力の消費が……」
魔王軍側は即座に香恋が展開した防御結界内に避難していたから難を逃れたが、この嵐のような神器の力の暴走を前にしては香恋個人の魔力による結界、それも魔力を補給できない状態ではじり貧となり長く持たない。
「はいはい、寝起きが悪いのはわかっているけど大人しくしなさい!!」
その逆境を鎮めたのは、神器の解放を望んだ神そのもの。
パンと拍手するだけで、神器が一気に大人しくなったのだ。
「もう!イザナギ様もとんだじゃじゃ馬の神器を残してくれちゃって!!使いづらいよ!!」
それでも癖がありすぎると、ぷんすかとほほを膨らめて怒るミマモリ神は、ずんずんと言うよりは、精一杯その小さな体で力強さを表現するように大股で歩いているだけ。
終いには、宙に浮かぶ神器に必死に背伸びをしながら手を伸ばしている。
「ふんぬぅーーーーーーー!!」
顔を真っ赤にして手を伸ばすが、全然届いていないのは明白。
神器がミマモリ神を使い手として認めていないと反抗しているのか。
「降りてきなさあああああああああああああああああい!!」
ぶんぶんと手を振っても、神器は一定の位置から降りる気配がない。
その下で地団駄をミマモリ神は踏むが、それで話が進めば苦労はしない。
仕方ないと、ため息を吐いた月狐はお座り状態から体を起こしてミマモリ神の背後に近づくと鼻先を彼女の股に差し込み、肩車の要領でそのまますっと顔を上げて彼女に足りない高さを確保した。
「ふふん!!偉い偉い!!」
それによってようやく神器に手が届いたミマモリ神は、月狐を誉めた。
「よーし、そのまま鳥居まで行くよ!!」
その小柄な体には不釣り合いな大きさの鍵型の神器を肩に担ぎ、月狐にまたがった少女は鳥居の前に来た。
「さぁ!!とっとと起きろ神たち!!」
そして神器を迷いなく白い空間にめがけて差し込む。
「そして私の残業代払え!!!寝すぎだぁああああああああああああああああ!!」
刹那、場違いな叫びをこの場にいた人たちは聞いた。
神にあるまじき発言を聞いてしまったと一同の心が一致する。
「……神の世界にも残業ってあるんでござるなぁ」
そしてツッコミを入れづらい部分を南は触れていくが、今度は香恋も同じ気持ちだったからか、それともその叫びがとある人物、具体的に言えば自分たちのパーティーリーダーの男の叫びと似通っていたからか。
深く追求することができなかった。
あまりにも切実な叫び。
幼い少女姿の存在が決して上げていい声ではない。
「だから神は嫌いなんだよ」
そしてしみじみとぼやく霧香の声が誰かしらに聞こえつつ、周囲に溶け込んでいく最中。
神器は本来の役目を果たす。
鳥居がこことは異なる世界につながる門となった。
そこは、日本神話で語られる天津神たちが生まれ住まう神界。
高天原との門がつながる。
「桜?」
今の季節を考えれば決して咲いているはずのない花びらが舞う。
いや、桜だけじゃない。
向日葵や秋桜、白百合に梅の花、椿にチューリップ。
季節感に統一性などない。
ありとあらゆる花が咲く世界。
その世界が天国だと語れるような、美しき世界がそこには広がっていた。
「皆行くよ!!」
そんな世界にミマモリは先陣を切って月狐にまたがって、入っていく。
「行くって、まさかあの中に?」
伊知郎は言われた言葉を理解し、ドキドキとした気持ちを抑えきれず妻である霧香を見つめる。
「はぁ、やっぱりこうなった。仕方ないけど、こうはなりたくなかったよ」
その期待に応えるわけじゃないが、霧香は諦め半分、覚悟を決めてこの場のだれよりも先にその一歩を踏み出した。
「ほらほら、行かないとあんたらの目的は達成できないよ」
その背中は、ケイリィも、南も、香恋も、アメリアも、勝も誰もが見てきた、いかなる困難な状況にも常に先陣を切ってきた一人の男の背中と被る。
「大丈夫、大丈夫、こっちには切り札がある。何とかなるさね」
そして振り返った笑みを見て、ああ、やはり親子だと確信した。
そんな頼もしさを感じる彼女の笑みに背中を押された面々は神の住まう世界に踏み込むのであった。
今日の一言
残業代未払い、ダメ絶対。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




