757 覚悟を決めたとき、人はどんな行動をとる?
一日遅れました(汗
Another side
神器の復活。
それは奇跡を呼び起こしたようなもので、悪魔と堕天使はくたびれ果てた体に鞭打って、歩み寄ると無言の笑顔でハイタッチを交わす。
「疲れたな」
「ああ、本当に」
疲労困憊の状態で、歓声に包まれ、笑顔をこぼし合った。
「時間がない、すぐに封印措置をしろ、それとケイリィを呼べ」
これでヒミクの役割は終わった。
熾天使の彼女であっても、一気にほぼ全ての魔力を消費したのは堪えたのか呼吸が荒い。
救護班に案内され、担架に横になりそのまま救護室に搬送される。
「エヴィア様も」
「まだだ」
「しかし、そのままではお体に障ります」
そしてそれは魔力の激流を操作し続け神器を仕上げたエヴィアも一緒だ。
一瞬ふらつき、崩れ落ちそうになるのを支えたリザードマンの女医にまだ倒れるわけにはいかないと頭を振った。
部下たちが慎重に、神器の封印措置を行っている作業を見守っていると、エヴィアに走り寄ってくる人がいる。
「エヴィア様!」
「来たか」
次郎がダンジョンの経営を一任しているケイリィだ。
「私はこれから日本に行く、お前は最前線の補給の陣頭指揮を取れ」
「そんな体で無理です!!胎児にも!!」
「わかっている!!」
冷静に、それに加えて合理的に考えたエヴィアの指示に咄嗟に女医は止めに入るが、危険なのは百も承知。
自分の体も、胎児にも負荷がかかっている。
本来であれば、ここで体を休めないといけない。
しかし、ここで足を止めるわけにもいかない。
誰かが行かないといけない、そしてその立場にあるのがエヴィアだと理解しているからこそ、ここが無理のしどころだと判断した。
「いいえ!わかっていません!!」
しかし、その判断に待ったをかけた。
ケイリィがまっすぐにエヴィアへと向き直り、堂々と判断が間違っていると言い切った。
「エヴィア様の体調は万全ではありません。その状態で異世界の神との交渉に挑むことは愚の骨頂。たとえエヴィア様がご自分で大丈夫だと判断しようとも私は無理だと申し上げます」
傍から見ても、疲労困憊のエヴィア。
しかし、地位、責任、才能いずれの要素を踏まえても、異世界の神との交渉には彼女が必要不可欠だと思われる。
主だった責任者は大概戦場に行き、残されている現場最高権力者はエヴィアだ。
これから交渉する相手が神ということで余計にその重責は重くなり、対応できる立場の存在が他にいない。
「ですので!!私が行きます!!」
はずだった。
エヴィアの代理人にケイリィが名乗りを上げたのは本来であれば役者不足と断じる他なかった。
だが、現状が特殊すぎた。
戦時特例というのが魔王軍の軍規中には存在する。
それは戦場で戦うことが最も重要な将軍が最前線で戦い、なおかつ後方に復帰できない際に発生する特例。
将軍位代理権力者。
ケイリィは、次郎にダンジョンの運営管理を委任されている。
それは非常事態故の緊急の措置であるが、現状ケイリィには事務方の仕事においては将軍位と同等の権力が与えられている。
やろうと思えば現時点でのケイリィは、ダンジョンの形態すら変化させる権限を有しているのだ。
ただ、ダンジョンコアの神獣が許可を出さないとそこら辺は変更できないために、やろうと思ったらフェリの許諾を得ないといけないのだが。
「現状の私であれば、将軍位と同等の権力を有しています。なので交渉役の立場としては十分だと判断します」
それは今関係ない。
重要なのは、ケイリィが日本政府とそして日本の魔法組織である日本神呪術協会と、さらに異世界である日本の神と対等以上の交渉役をすることができるかどうかの問題。
「……」
その判断を下せるのは代理人以上の権限を持つエヴィアなのだが、彼女の脳裏には疲れながらもそれが妥当だという合理的な思考がよぎった。
ケイリィの実力は、これまでエヴィアも知り尽くしていると言っても過言でないほど見てきた。
戦闘能力という面では、将軍位には遠く及ばないながらも並み以上の人外の領域には踏み込んでいる。
事務面や交渉能力という点で言えば、まず間違いなくダンジョンを立ち上げるという功績を鑑みても問題ないと言わざるを得ない。
総合的に見て、エヴィア以外に妥当で信頼できる人材を即座に用意すると考えればケイリィ以外に存在しないと言ってもいい。
「……わかった、お前に任せる」
無理がたたっていた体は、予想以上に疲労していたようだ。
誰かに任せられる、それだけでホッと安堵のため息をこぼしたエヴィアは途端に力が抜け、リザードマンの女医に体を支えられることになる。
「はい!任せてください!!」
そうと決まれば、ケイリィに引継ぎを行うべく、担架に横にされながらも淡々と必要事項を口頭で説明する。
記憶力に関して言えばデスマーチで鍛えられたケイリィは群を抜いてその能力は高い。
何せ一々メモを取るようなことをしていると仕事が回らないのだ。
極限の集中力を駆使して、正確な情報を頭の中に叩き込んできた経験はここでも生きる。
一言一句間違いなく覚えたケイリィは、引継ぎを完了させる。
「ここから先は私が陣頭指揮を執るわ!!」
そしてエヴィアが医務室に搬送されるのを見送ってから、姿勢を正したケイリィは神器の封印措置を終わらせるべく、作業に従事しながら、同時に別の作業にも入る。
「もしもし!!お義母さん!?」
それはコネを全力で駆使するという作業。
ここまで来るとなりふり構っている場合ではない。
異世界の神相手に交渉を仕掛けるのに準備時間もほぼなし、それで挑むにはこっちも盤外戦術を駆使するしかないと考えついたケイリィは念話ではなくスマホを取り出して、とある番号をプッシュ。
さらにもう片方には別のスマホで素早い指使いで、さらにメールを打ち込むという作業をしている。
『なんだい、なんだい、どうした義娘。そんな慌てた声を出して。その声だと、面倒事の相談かね?嫌な予感は当たるっていうもんだね』
ワンコールで出た相手は次郎の実母である田中霧香。
電話口の先には嫌々だけど、ケイリィのために出たと言わんばかりに気だるげな声がケイリィの耳に入る。
「お義母さん、日本の神々と対等に交渉できるような方法って知りませんか?」
味方の中で、神と対等に交渉できそうな材料を持っている可能性があるのは義母である霧香か、その妹である霧江のどちらかだった。
ケイリィの中では霧江よりも、霧香の方が可能性が高いと踏んでの電話。
『……神様と交渉って、いきなりとんでもないこと言いだすんだね。まったく、次郎が連れてくる嫁は変わり種が多いわね』
普通に考えれば、そんなことを聞かれてもないと答えるのが普通だ。
下手をしなくても頭がおかしいのではと言われる可能性だって十分にある。
日本人の常識から考えれば神とは存在するかどうか怪しい存在だ。
会ったことがあると言えば噓つきか、変な宗教団体か、あるいはガチの信者か。
少なくとも日本人の気質的に親しくなるのは遠慮したくなるか、どっぷりと深く関係したくなる存在でしかない。
しかし、そんな存在であっても神と交渉するすべを持っているかどうかと言えば。
噓つきなら、権利がないと言い。
変な宗教団体なら、お布施が足りないと言い。
ガチの信者なら、神と交渉することが罰当たりと言うだろう。
では、そのどれでもない霧香は。
『あるよ、とっておきの弱味が』
電話越しでもわかるくらいに、はぁと大きくため息を吐いた後、ガラリと雰囲気を変えた口調で霧香の口からあると断言された。
『私はこれを知っているからこそ、あいつらからの追っ手を引かせたというとっておきさ』
それは知識だろうか、それとも何かの証拠品だろうか。
「それを教えてもらっても」
『いや、私も行くよ。そもそもこれをあなたに教えてもあんまり効果がないんだよね。私が直々に行ってやらないと効果がないのよ』
ケイリィはそれならと、ちらっとメールを打っている方の手に持つスマホを見れば。
「わかりました、外に出る準備が整い次第同行してもらってもよろしいですか?」
『義娘の頼みとあっちゃ動かないわけにはいかないよ。霧江には私の方から連絡を入れておくからあなたはそのあとにアポイントを取りなさいな……ほら!!伊知郎!!出かける準備をするよ』
『ええ!?』
ムイルさんと連絡がつき、一時的に後方支援の指揮を任せることができた。
電話口の向こうで義父の驚きの声が聞こえたが、気にしないことにしたケイリィはそのまま通話を切り、近くにいた作業員を捕まえ。
「封印措置まであとどれくらいかかる?」
「おおよそ二時間ほどかと」
「わかったわ。その間に移動準備の手続きを済ませておくわ」
時間の猶予を確認する。
この間にすべきことは、神器の輸送手段の確保と護衛と、護衛を引き連れての移動許可。
日本政府への通達と、日本神呪術協会へのアポ。
霧香の計らいで、協会の方への連絡は後回しで良くなった。
であれば、ケイリィが次にするのは。
再び高速でスマホを操作し始め、社内にいる警護要員の確保。
それも地球側に慣れている実力者。
『はぁい、なんでござるかケイリィさん』
戦闘要員である部下は何人かいるが、それだけで神器を護衛しきるには不安が残ったケイリィはなんだかんだ言って頼りになる人物に電話をかけた。
独特の気だるげな声と、ござる口調。
「南、優先順位の高い仕事が入ったの。そっちの事務仕事を一旦中断してこっちに入ってくれない?」
知床南。
ケイリィが知る限り、頭も切れ、戦闘スタイルもサポート向きの女性。
『ええー、業務外の仕事は受け付けていないんでござるが?』
今ではテスター第一課の課長に就任している。
ゆえに、厄介ごとの香りを感じ取った南の言う通り、神器の護衛など業務外である。
事情を説明しないうちから嫌な予感を予想しきった彼女の勘の良さにケイリィは苦笑しつつ。
「そう言わないで、貸しにしていいから」
『うーん、ケイリィさんに貸しを作れる機会でござるかぁ……なんか余計に嫌な予感がするんでござるが』
勤労意欲は低いが、ケイリィの頼みを無碍にするような性格でもない彼女は、嫌な予感とケイリィとの関係を天秤にかけ。
『はぁ、勝と香恋、あとアミーちゃんに声をかけておくでござるよ』
「助かるわ」
大きなため息とともに、ケイリィが理想とする人員を確保すると約束してくれた。
『臨時ボーナスを期待するでござるよ』
「任せておいて、しっかりと次郎に強請っておくから」
『リーダーに言うなら問題ないでござるな』
報酬に関して言えば、払うことは確定しているが、それでも受けてくれたことはこれまでの信頼関係を築いてきた次郎の手柄だろう。
『いつまでに集合すればいいでござるか?』
「屋外装備、特級Sクラスで固めて二時間後にロビーに集合して」
『屋外装備って……もしかして』
その手柄を頼りに、今後の動きを決める。
エヴィアのおかげですでに書類での申請が済み、唖然とする南の声を聴きつつ、特殊装備を保管している部署に通達をケイリィは送り付け。
「ええ、これから向かうのは外よ。それも、とびっきり特殊な場所ね」
向かう場所を南に告げれば。
『はぁ、これが社畜ってことでござるか。断れない仕事は本当に胃がキリキリと痛むでござるよ』
呆れ半分、後悔半分と言った感じの嫌悪感を滲ませた言葉が帰ってきて。
「ようこそこっち側の世界に、歓迎するわよ?」
『そんな歓迎は一生受けたくなかったでござる』
そこに満面の笑みをケイリィは浮かべるのであった。
今日の一言
全力で駆け抜けろ
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




