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755 別の場所でも戦いというのは続く

 

 Another side


 時は少しさかのぼり、次郎が戦場に挑み、そして神の分身体と相対していた時の会社内に戻る。


 本隊が戦闘を開始したことは後方である社内にもあっという間に情報が行き渡り、少なくない動揺を響かせた後に、それでも勝利を祈って通常業務に戻る。


 異常時に普段通りを維持することは、当たり前だからこそ困難だと言われる。


 戦場というのは得てして、現場の最前線を指す言葉のように使われる。


 だが、時として人はこういう言葉も残す。


 ここが私の戦場だと。


 それは誰が一人称になるかによって、戦う場所は変わるということ。


 戦うことができない人が、戦う人を支えることもまた戦いということを指す場合が多い。


「助かった」

「これで私の貯金はほぼほぼ出し尽くしましたよ。しばらくの経営は自転車操業ですね」


 そして経営者、技術職、営業職や事務員と言った物理的に戦わない戦場を持つ職業の中で、商人という職業を持つ彼女は普段の青白い顔色をさらに青くして、精魂尽きたと言わんばかりに地面に座り込みながら、赤髪の悪魔に用意した商品リストを差し出している。


 やりきったと、笑うメモリアは戦うこと自体はできるが、本職と比べると一枚も二枚も劣る。

 そんなメモリアも商人という自分の戦場を駆け抜けて来ていた。


 事の始まりは、とある日、エヴィアがミマモリ様という日本の神から高天原の鍵を受け取ってきて、それの修復依頼を受けてきたことだ。


 本来であれば国家プロジェクトとして、国主導でそれを行うはずであったが、内戦に突入した際にその案件は一時的にストップがかかった。


 さらに本格的にイスアルとの戦争にも突入したために物資の大半は戦場へと投入された。


 元々、期日自体には余裕があり、なおかつ優先順位もそこまで高くないからこそ放置されかけていたが、そこで終わらせないのがエヴィアという存在だった。


 間に合うか間に合わないかは予想できないが、それでも必要だとエヴィアは動こうとした。


 有体に言えば、私財を投げうってでもこれはやっておいた方がいいと思ったのだ。


 そこに参戦したのが、メモリアだ。


 商人というのは利益を優先してこその商人だ。


 しかし、次郎という惚れた男のために自分ができることはないかと考え、貴族にはない、自分にしかないトリス商会を使った商品調達経路を駆使し、彼のためにできることを考えた。


 人王の名の元の戦場への物資供給、それはトリス商会の本体、メモリアの両親たちが主体となって行っている。

 利益が出るか出ないかのギリギリのラインでの供給をしていることはメモリア自身も把握している。


 それ以外でメモリアにもできそうなことを模索している最中に、エヴィアのやっている作業に目を付けた。


 完全に利益度外視、だが商人の勘がささやいている、これを見逃すなと。


「苦労を掛けた」


 その勘に従ってからはメモリアは次郎やスエラたちとの触れ合う時間だけを癒しにして、身を粉にして働き続けた。


 その疲労具合を見たエヴィアは心の底からの感謝の言葉をかける。


 へたり込みつつも、彼女の用意した商品リストを差し出すメモリアの前にに膝をつき、同じ目線になりながらそれを受け取った。


「本当に大変でしたよ。ただの希少素材だけならともかく、なんですかこのリストは。これを作った方は商人に対して何か恨みでもあるのですか?」


 目線が同じになったことで、多少回復してきた体力を絞り出して笑顔を作ろうとするメモリアだったが、どう繕ってもエヴィアの目には苦笑しているようにしか見えない。


「ミスリルやオリハルコン、アダマンタイト、それらをユニコーンの角、古竜の逆鱗、世界樹の雫、ほか希少な素材を混ぜ合わせて作るヒヒイロカネ、ここまではいいです。いえ、これだけで砦がいくつか建つレベルですけど」


 なにせ、依頼を受けてからのメモリアは文字通り、東奔西走を有言実行していた。


 希少素材は文字通り、希少。


 数は少ないが、存在することが確約された物。


 しかし、入手するには金を積めばいいというだけではない素材の数々だ。


 それを交渉技術で乗り越えてきたメモリアの手腕はとんでもない。


 そのメモリアをもってしても、リストの素材は鬼畜と言わざるを得なかった。


「問題はこの後です、大精霊の歌声、波の囁き、風の吐息、焔の鼓動、天空の日差し……なんですかこれは、頭のおかしいポエムのリストを受け取ったかと思いましたよ」


 この世界では概念というものが物理的に顕現できてしまうからこそ、それが物質として用意できてしまうのだ。


 それを高天原の鍵を蘇生させるのに必要だからと、ミマモリはさらっと書いてしまったが、それは神の感覚で言えばいくつかスーパーをはしごすれば用意できる程度の感覚。


 しかし、地上の存在からしたら、人生を数回、いや数十回やり直さないと手に入らない品々だ。


 ミスリルやオリハルコン、そして魔獣の希少部位がかわいく見える〝概念素材〟の数々。

 下手な希少素材よりもこっちの方が重要だと言わんばかりに、リストの七割はこういった希少では済まない未知の素材で埋まっていた。


「中には古文書を読み返さないと発見できないような品々もありましたよ。賢者の書庫を持っているアメリアさんと古文書を解読できるヒミクがいなければ終わっていました」


 それを惚れた男のためならばと、商品が用意できないのは商人の矜持が許さない。


 アメリアとヒミク、たった二人の協力でやり遂げて、なおかつぎりぎりとはいえ、間に合わせて見せたのだ。


 だからだろう。


 これくらいの発破は許されるだろうと、メモリアはリストを受け取ったエヴィアの腕をぎゅっと掴み。


「ですから言っておきます。二度はありません。体力も、気力も、財力も、運もすべて費やしました」


 正真正銘、人生の中でかつて無い本気の本気になって素材をかき集めたメモリアの目はギラつく。


 失敗は許さない。

 いつも仲良く、朗らかにリビングで語り合っていた彼女の姿は今この場にはない。


 白鳥が水面の下では激しく足を動かし続けそれを表面に見せないからこそ、美しく映るが。


 今のメモリアはそれを隠さず、全力で見せつけ、その苦労を無駄にするなとエヴィアに忠告した。


「後は頼みます」

「ああ、任された」


 その忠告を受けて、エヴィアは心地よいプレッシャーを感じた。


「では、私は……寝ます」


 バトンは渡した。


 あとは託したと、本当に精魂尽きたと、ガクリとメモリアはその場に崩れ落ち、それをエヴィアは受け止めた。


 エヴィアの豊満な胸の中で、メモリアが穏やかな寝息を立て始めている。


 目元に残った隈を見て、エヴィアはメモリアの疲労具合を察する。


「タッテ、彼女を頼む」

「はい、かしこまりました」


 背後に控えているタッテにそのままメモリアを引き渡し、エヴィアは受け取ったリストの品を配下たちに研究施設に搬入する様に指示を出す。


 ここから先は軍部の中でもごく一部の研究員しか入ることができないからだ。


 迅速に資材が搬出され、移動されていく光景を見て、思わずエヴィアはそっとお腹に手を当ててしまった。


「……柄にもないな」


 お腹に宿った命、それを大事にしろと本来であれば決戦に参戦するつもりであった彼女を上司や愛する男は背中を任せるためにこの場に押し留めた。


 それ自体に少しの後悔を抱くかと言えば、エヴィアはそれを否定する。


 過去の自分であれば、たとえ自分の子供の命を差し出そうとも神を殺すことに躊躇いもなく身を投じていたはず。


 しかし、いざ子供をその身に宿してみたら、いったいどうしたことか。


 心境の変化と言えばいいのだろうか、自分の体の価値を正確に把握できなくなった。


 過去の自分なら、自分の価値というのを正確に把握し、投じるべきタイミングにどれほど削れるかと考えることができた。


 しかし、このお腹に宿っている命の価値に優先順位を彼女はつけることは終ぞできなかった。


 だから、鎧をまとわず、魔剣を携えず、戦場に赴かず。


 そしてこの命を守りつつ自分にできることをやり続けた。


 戦場で必要な物資の管理、戦場情報の精査、国交交渉など多岐にわたる責任のある国家運営を彼女は中核となり、進めた。


 その成果の一つが今ここに現れる。


 眠るメモリアをタッテに運ばせた後は、エヴィアは転移魔法で、自身が管理するダンジョンの奥深くに設置した研究所まで来た。


 ガラスの容器に収まった謎の物体。


 いや、ミマモリという神から説明を聞けば、これはもろもろ破損してはいるがれっきとした神器。


 高天原へと至る鍵だという。


 あの日、あの場での言葉が嘘でないのならと前提がつくが、それでも、賭けるだけの価値はあるとエヴィアはこの場に挑んだ。


「む、もう時間か?」


 そして神のオーダーというのはなかなかにして苦労をかけることばかりだ。


 素材を集めるのに相当の労力をかけるというのに、さらに合成するのにも多大なるエネルギーを要する。


 それこそダンジョンを運営できるほどのエネルギーが必要なのだ。


 この研究施設のエネルギーでは到底叶うはずのない膨大なエネルギーをねん出する必要があるが、それに関してはエヴィアには当てがあった。


 研究室の一角で畳を敷き、のんびりと湯呑で緑茶を啜るヒミクはエヴィアが姿を現すことで役目が来たのだと湯呑をちゃぶ台に置き、ゆっくりと立ち上がる。


 熾天使の膨大な魔力、その出力は永遠ではないにしろ、かつてヒミクがイスアルの魔力の枯渇したダンジョンの代理のコアとして、一時的にはダンジョンを運営させていたほどのエネルギーを持っている。


「良いのか?」

「それをこのタイミングで聞くのだな」


 だが、それはあくまで命を考慮しないことを前提とした出力だ。


 熾天使であるヒミクの生命力を限界まで目いっぱ引き出した魔力の限界出力。


 当然肉体に相当な負荷を強いる。


 本来であれば、それを請け負う必要などヒミクにはない。


 あてがあるとエヴィアは思っていたが、頼むつもりはなかった。


 過去と現在のエヴィアの心境の変化は、彼女に大局のために大事な家族を差し出すという選択肢を消し去っていた。


 しかし、その迷いをヒミクは察して、大丈夫だと言ってゆっくりとエヴィアに状況を聞いた。


 優勢に物事を進められてはいるが、万が一を考えたら予備の策を用意する必要があると、最初は感情を抜きにして利を追求するような話で進めていたが、徐々に感情を吐露するような言葉使いになり。


 最後の方は迷うような口調で、エヴィアはヒミクに問いかける。


『どうすればいい』


 いつもは果断に物事を決める彼女らしからぬ言葉にその問いを投げかけられたヒミクは一瞬目を見開いた後。


『任せろ』


 そう力強く言葉を返し。


『終わったら、家族皆で宴会だな』


 なんてことはない、すぐに戻ってくると力こぶを見せるヒミクの姿にエヴィアは何とも言えない頼もしさを感じた。


 それは今も一緒だ。


 並みの存在では命を対価にするレベルで儀式を執り行うというのに、ヒミクの足取りは軽い。


 素材を定位置に設置し、そして何度も何度もチェックを繰り返す。


 一度しかチャンスのない儀式なのだから、念には念を入れることに越したことはない。


「問題ない。少しだけ無理をするだけだ。ジィロがいつもやっていることだな!」


 そんな緊張感漂う空間だというのに、月の民にとっては少し皮肉になるかもしれないがヒミクの太陽のような明るい笑顔に、エヴィアの罪悪感は救われる。


「それもそうだな」

「うむ!だが、お前は無理はしすぎるな!!お腹の子に何かあったらどうするんだ!!」

「それをお前が言うか、お前に何かあったら……」


 その罪悪感が、未来を照らすかどうかはこれからにかかっているのであった。



 今日の一言

 戦場は一つではない。



毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] かつて、ミマモリ様が修復依頼した高天原の鍵が、ここで再登場! あくまでこれは武器ではなく、あくまで高天原から神を呼ぶための道具なのでしょう。 次郎の考えでは、これで戦う日本神話の神を呼んで、…
[一言] 総力戦。こういう裏舞台の話もいいねえ。でも、完結まであと何話なのかな? まだ結構あると思うが、それでも、終劇の気配を感じて寂しくもあるり、ラストシーンが楽しみでもある。
[気になる点] ヒミクお願いします。 次郎に届け!!
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