754 出せる引き出しを全て解放すればあるいは?
持ち札というのは、要は過去の自分がどれだけ熱心に準備していたかどうかということにつながると俺は思っている。
本流の仕事には関係のない内容であっても、ふとした拍子に未来で役に立つということはよくあることだ。
であるなら、神に挑むという、難易度で言えば最高である出来事に挑む現状に、役に立てる持ち札もいろいろとあるのではと思う。
「鬼王殿」
なので、まず最初にやるべきことは現状の戦力で最高権力者、いや、統治者と言い換えた方がいいか。
おのずと今回の神殺しの戦力に関して頭を張る教官に、あえて役職で呼びかけを行うと、酒をゆっくりと飲み戦意を高めていた大鬼はぴたりと動きを止めて、親しみを一切断ち切った目で俺を見る。
「なんだ、人王」
俺を名前ではなく役職で呼ぶ。
すなわち、上下関係はこの場には存在しなくなったという証拠だ。
「神界に突入する前に物資の調達と戦力の補給の許諾をいただきたい」
中途半端な策は却下される。
だが、神に挑むというのであれば、多少なりとも戦力の補充をしなければならない。
「物資の補給は問題ねぇ、どっちにしろ本国の方に救援物資を依頼してあるところだ、そこに紛れ込ませればいいだろ。だが、戦力だ?」
そこで問題になるのが、いかに魔王軍と言えども神と戦えるような戦力は数えられるほどに少ないという事実だ。
数を揃えれば神に勝てるということは万が一にもない。
大半が神の炎で焼き払われ、無駄に命を散らすことになる。
であるなら最低でも神の攻撃を防げ、さらにかゆみ程度のダメージであっても攻撃が通じるような存在。
それが戦力と呼べる最低条件になる。
心当たりのある戦力を呼び寄せるとなれば、キオ教官の記憶にも引っかかってもおかしくない実力者だ。
「あの堕天使なら止めておけ、吸収されるぞ」
ぱっと思いついたのはヒミク、熾天使という実力は折り紙付きだが、太陽神の系譜の力故に無力化されるのは目に見えている。
それを考慮して却下してきたのだろうが、俺は首を横に振り彼女じゃないと告げる。
「戦力と言いましたが、文字通りの戦力という意味合いではありません」
「あ?」
そして、教官が勘違いしている部分の訂正に入る。
「自分のダンジョンを神界につなげ、太陽神をダンジョン内に引き込みます」
戦力というのはダンジョンのことだ。
現状稼働しているダンジョンは全部で七つ、そのうちの鬼王、不死王、巨人王、竜王、樹王の五つのダンジョンはすでにイスアルと大陸との連結で使われている。
「そして、そこに日本側の神の力を使って力を削ります」
俺のダンジョンも大陸と日本を繋げるという役割を担っているが、権限が俺にある段階でそこはどうにでもなる。
そこで重要になるのは、日本の、俺たちの世界にも神はいるのだ。
唖然と、そんなことを言ってくるとは思わなかったと教官は目をギョッとさせる。
目には目をとハムラビ法典に照らし合わせるのなら、神には神をだ。
ただでさえ、神界という相手が有利な環境で戦わないといけないんだ。
まずはその根本的な不利要素を無くさなければと、最初に考えた。
地形の不利というのは軽視できる要素ではない。
まずそこをダンジョンという環境で覆す。
元は勇者に対抗するために作っていた環境だ、そこを無理やりにでも神に対抗できる、いや、神に特化した世界観に作り替えることもできる。
あの予知夢を見てから道中、必死に考えてどうにかできないかと検討に検討を重ねてひねり出した策。
はっきり言えば策として考えるのなら穴だらけの問題だらけだ。
しかし。
「できるのか?」
「できるできないではなく、やらねばならないと考えています」
第一段階として、神界にダンジョンを繋げることはできるはず、ダンジョンマスターである俺が権限を使い無理やりにでも時空を歪め、太陽神の目の前にダンジョンを呼び出すことはできるはず。
第二段階からすでにできるか怪しくなる。
どれほどの戦力を使うことになるかはわからないが、俺のダンジョンの中に太陽神を叩き込まなければならいのだ。
当然、太陽神側は不利な環境にわざわざ足を踏み込むわけもなく、目の前でダンジョンが焼き払われる可能性だってある。
そこをどうにかして俺のダンジョンに叩き込んで、いろいろとデバフ効果のある空間に引き込むことができれば、地の利を得られるこっちとしても戦うのが楽になっていい。
最難関の問題と言えば。
「……」
そう、日本側の神に力を借りれるかという話だ。
ミマモリ様という土地神に知り合いを得ることはできている。
霧江さん経由で協力を要請すれば、ワンチャン日本神話の神々とコンタクトが取れて、戦い大好きヒャッハーな神を呼び寄せることができないかと考えた。
できなくとも、日本に被害が出ないように手伝ってもらえれば最低限のアドバンテージは得ることができるはず。
そこら辺の判断が難しいのか、いつも即決のキオ教官が腕を組み、考え込んでいる。
それもそうか、もともと作戦にない行動の上に重ねるように無理無茶無謀を重ね合わせたような作戦だ。
「魔王様がやってくれた呪いの効果がピークに至るまでの時間はまだ余裕があります。神界に突入すれば、即座に神の側に発見され戦闘が開始すると想定され、太陽神の元までたどり着くまでの消耗も予想以上になるかと」
だが、ここで妥協してはいけない。
やれることは十全に、そして使えるコネはすべて使わなければならない。
これがゲームとかだったら、貴重なアイテムを出し惜しみして残してしまうなんてことを考えるのだろうがこれは現実、本気の本気で挑まなければ取り返しのつかないことになってしまう。
「鬼王、ここで一息入れられたことは僥倖です。今一度、使えるものを総ざらいして出すべきです」
後のことを考えれば使える力は温存し、後の未来に賭けたいという気持ちもわからなくはない。
だが、逆を返せばそれは慢心ともいえる。
「……そう、だな。俺も少し焦りすぎたな」
俺は予知夢を見ることで我に返ることができた。
だが、冷静に考えれば魔王軍も快進撃に次ぐ快進撃で、気が急いているようだと判断することができる。
迅速果断と聞けばいいように聞こえるが、焦りが視野を狭くしているようだ。
教官が、大きくため息を吐き、そして自分の拳を見つめていた。
おそらく、神を殴るという行為に対して色々と思うところがあるんだろう。
「巨人王と竜王、そして樹王にも同じことを通達しましょう」
「おう、向こうにいるやつらの方が準備も早いだろうな。さっきの提案、できる分だけやってみろ」
「はい」
結論として、使えるものがないか再確認する時間を取ることができた。
教官を説得できたこと、これでまず一歩。
だが、ここから先は本当に手探りだ。
神に勝つための手段。
魔王軍が何千年とかけて模索し続けて、その結果生まれたのがあの呪いだとすれば、高々数時間程度の考えで何か思いつくはずがない。
しかし、だからと言って諦めるということはない。
教官は教官で動くようなので、俺はひとまず巨人王に会いに行くことにする。
待機している部屋は、気配で分かるから、すぐに着く。
コンコンとノックをすれば、すぐに扉が開かれ、ぬっと巨人王が姿を現す。
「何か用か」
短く、簡潔に要件を聞いてくる巨人王に、さっき教官にした話と同じことを説明する。
「……できることか」
「はい」
ゆっくりと休むことも必要だとは思うが、それよりもできることをさらにしようという提案。
それに対して、しばらく考えた後に。
「それを貸せ」
ゆっくりと、俺の背中に背負っていた相棒を指さした。
「俺は巨人族だ。できることは限られている。なら俺のできることはそれだけだ」
鉱樹を鍛える。
そう端的に言った。
〝相棒、渡せ〟
「いいのか?」
〝是非もなし〟
鉱樹は生きている。
異世界の奇妙な植物が、俺の魔力で鍛え上げられ、そして今の刀身になった。
意志もあり、会話もできる相棒が、力を欲した。
それはスエラの出産のときに手を加えた巨人王の実力を信頼してのこと。
一瞬の俺の躊躇いを、あっさりと斬り払った相棒の言葉を信じ、俺は背中の鉱樹を外し巨人王に渡す。
「必ず仕上げる」
それだけ言って、部屋から出ていく。
この戦艦内に鍛冶場があるのか?と疑問に思うがそれを何とかすると言ったのだから何とかするのだろう。
大きな背中に俺の相棒の未来を託し、まだ残っているやれることを探しに艦橋に向かう。
「先輩、準備できてるっすよ」
そしてスエラに頼み、あらかじめ海堂に連絡を取れるように頼んでおいた。
海堂の指さす方向には、スエラがケイリィと通信で連絡を取り合っている光景が写っている。
「待たせたな」
「次郎さん、大方の説明は終わってます」
「助かる。ケイリィ行けそうか?」
『いけるいけないかの話じゃないわよ。正念場だから動かせる人員は全投入で作業中よ。ダンジョンの再構築作業は……たぶん間に合わせられるわ。ただ、突貫工事だからどこかしら不備は出ることを念頭に置いておいて』
思いついたアイディアは、できるだけスエラに伝えて事前準備をしておいた。
おそらくダンジョン内の作業は今まさに地獄のように働く部下たちで溢れているだろう。
「わかった、それと」
『日本の方の連絡ね。霧香さん経由でコンタクト取ってもらっているわ。ただ、さすがに早々に協力を得られるとは思わないでよ』
「わかっている。やれることをやっているだけだ」
あとでしっかりと報いてやらないとな。
苦労を強いた分はしっかりと結果で報いる。
それは俺がブラック企業で働いてきたからこそ、徹底すべき理念だと思っている。
やりがい搾取?何それ美味しいの?
「もし可能性があるなら、短くはなるが俺が交渉の席まで行く。鬼王には少し足踏みしてもらう許可は取ってある」
『時間は?』
「現着して、おそらく一日、それが限界だろうな」
『また無茶なスケジュールね』
「こっちとしても、嫌な予感は潰しておきたいんでね」
そのあおりを受けているケイリィには申し訳ないが、指示した分には仕事をしてもらう。
『仕方ないわね。それと、エヴィア様に伝えた伝言だけど……』
それに関してはこれが終われば少しはマシになると踏んだ彼女にため息にとともに受領される。
そして次に出てきたのは、俺が思いつく限り役に立つのではと思う、ある意味で一番現実的な方法をエヴィアに頼んでおいた。
『無事に帰れ、それが貸し出しの条件よ。私としてはそこに五体満足でって付け加えておくわ。あなたが到着する頃には、届けておくわよ』
「助かる」
画面越しに現れないのは、きっと頼んだものの梱包作業中なのだろうな。
本当に迷惑をかける。
『本当だったら、私もエヴィア様も参加したかったんだけど、それもできないのよね』
悔し気にもっと役に立ちたいと言ってくれる彼女は本当にいい女なんだろうな。
姿が見えないヒミクやメモリア、そしてエヴィアも、きっと今も見えないところで俺を支えてくれる。
「現在進行形で支えてもらっているよ。ケイリィたちがいるから、俺も万全の状態にしようって思えるんだから」
『……まったく、厄介な男に惚れこんだものよ。ああー、もう少し勉強や訓練を頑張るべきだったわ』
感謝している。
この短い言葉じゃ、きっと気持ちを全部伝えることはできない。
だから。
「帰ったら、いろいろとできるさ」
彼女たちの思いに応えるために、無事に帰ること、それを最優先で考えるのであった。
今日の一言
経験の差がものをいう時もある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




