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752 柔軟かつ臨機応変にって、まぁ、社畜ならいつものことだ

 

 その攻撃を見て、俺が思ったのは圧巻。

 その一言だった。


 本陣に下がり、戦場だった場所を見ないように心掛けていたのにもかかわらず感じ取れるほどの神への恨み。


「なるほど、こりゃ、見ない方が正解だったな」


 ガリガリと頭を掻きつつ、その禍々しい光の先を見た。


 見覚えのある天界門。


 それを意図的にこちら側から生み出すという離れ業を成し遂げた社長の秘策。

 今ではそこは閉じられ、元の空に戻っているが、先ほどまでの攻撃を見ていれば何があったかは察することはできる。


 多少鈍感であると自覚があるさすがの俺も、あれが何でできているかを察することくらいはできる。

 呪いというワードとのつながりを理解したらさすがに触れてはいけないモノだ。


 これが本当の触らぬ神に祟りなしってやつで、あの攻撃を認知しただけで神にたたられそうな雰囲気を感じ取って、早々に話題転換をはかる。


「教官、これからの話ですが当然、攻め込みますよね?」

「ああ」


 それだけの危険物だったと直感的にわからされる攻撃を見た後だ。

 あれで決定打になってもおかしくない攻撃だが、あの攻撃でも仕留め切れていないと直感的に思う部分もある。


 社長の魔力がふんだんに込められ、増加した呪いの効果を神の分身体にしみ込ませて、作り上げた対神専用の呪物。

 それでも倒し切れていないと思えるのが神。


 俺は空を見上げながら、隣でも同じように空を見上げる教官に話しかけつつ、その神が今回の攻撃で弱体化したと思っている。


 手で日差しを遮るようにかざし、太陽を見れば、さっそくと言わんばかりにそこに変化が訪れていた。


「太陽に黒い点……少しずつですけど、増えていますね」

「千載一遇のチャンスだ。これを無駄にできねぇ。さっさと行くぞ、次郎、巨人の、大将が待っている」


 その弱体化の情報が視覚的に入ってくる。

 だが、太陽を睨んでいるだけでは時間の無駄か。


 特大級の呪物を叩き込んで早々に解呪されるとは思わないが、時間はこちらの敵だ。


 迅速に事を運ばなければならない。


 それがわかっているから速足で歩き始める教官の背を追いかけ、歩き出せば、軍全体がどよめいているのがわかる。


 神を直接攻撃できる方法があったのかと、あれでどれだけのダメージを与えたのかと憶測が飛び交う陣内。


 浮足立っている。


 前代未聞の大戦果。

 それがあるからという理由を加味しても、少し落ち着きがないような気がする。


 そんな印象を抱かざるを得ないほど、さっきの攻撃のインパクトは強かったのだと割り切る。


 ガヤガヤと騒がしい陣中を黙々と進む教官と、巨人王。

 その二人と肩を並べて歩けば、自然と道は開けて。


 警備が厳重な社長のいる場所までノンストップでたどり着くことができた。


「やぁ、待っていたよ」


 そこにいた社長を見て、一瞬誰かわからなかった。


 だが、声を聴いて、それが誰かがわかった。


 部下たちに体を支えられ、やせ細り、髪は白くなり、弱弱しい姿をさらしているのが社長だと認識できなかったのだ。


「ふん、大将そんななりじゃ神の野郎を殴り飛ばすのは俺の役目になりそうですな」


 傍から見て元気そうだとは口が裂けても言えず、それを気にしたそぶりも見せず、話しかけた教官。


 認識してからも、一瞬信じられずにいた俺は教官の言葉でハッとなり、この後のことを聞き逃さないように耳を澄ませる。


「ハハハハ、残念だけど先にいい一撃は加えたからね。今はそれで満足しておくよ。なに、ちょっと魔力を使いすぎただけだ。エリクサーも飲んだ。あと少し休めばすぐに回復するよ」


 張りがあり、聞き取りやすかった社長の声が病人のように弱々しく、命の灯がろうそくの炎のようにか細い。


 そう感じてしまった。


「だったら少しでも早く回復した方がいいですぜ?大将も知ってるでしょ?俺はそこまで気が長い奴じゃないと」

「ああ、そうだね、昔から君はまっすぐで、常に最短距離を進んでいる」


 教官の声が激励のように聞こえてしまう。


 本当に死の瀬戸際、それをつなぎとめるような言葉。


「一世一代の大勝負に参加できないのは、さすがに嫌だね」


 それを聞いて、ふっといつもの笑みを浮かべる社長は、少しだけ気力を持ち直したのか、それともこの会話をしている時間もないのか。


 朗らかな表情はすぐに収まり。


「鬼王ライドウ」

「おう」


 魔王としての顔になり最初に教官の名前を。


「巨人王ウォーロック」

「御意」


 次に巨人王の名前を


「人王ジロウ」

「はい」


 最後に俺の名前を呼んだ。


「竜王と樹王に光の門の確保を命じてある。彼らのことだ。すでに占拠し橋頭保の確保もできているだろう。この場は不死王に任せ、君たちは連れられる軍勢を率いて両将軍と合流せよ。その先の事はエヴィアに指示を出してある」


 ここから先の戦いに、参加できないことを悔しがることもなく、申し訳ないと思うこともなく、魔王として目指した先を進むために俺たちに指示を出した。


「この世界の未来を頼むよ」

「「「御意」」」


 一時的な戦線離脱。

 神の命に届き得る最高戦力の離脱は大きいが、それでも神を打倒するチャンスを作り得たのだから十分以上の戦果だ。


「現場までは、機王の戦艦が君たちを運ぶ。帝国の戦力も連れて行くように、向こうには話を通してある」


 空からゆっくりと着陸してくるのは、海堂が乗っていた旗艦だ。


 あの魔法陣には加わっていなかったのだなと安心しつつ、ところどころ傷がある船体に上空での激戦を知らされ、少し心配になった。


 後方のハッチが開き、それを機にあらかじめ社長が指示を出していたのだろう。


 社長の護衛を除いた、近衛に鬼王と巨人王の精鋭が乗艦し始めている。


 それに続く形で見慣れぬ兵隊たちが船に乗り込んでいる。


 あれが、帝国の兵士か……


 なんか見覚えのある中年男性の顔が見えた気がするが、無視しておこう。


 火澄はさすがに乗っていないか。


「吉報を期待していいぜ」

「御身の心のままに」

「最善を尽くします」


 三者三様の、返事を残して、俺たちもその船に乗り込みに行く。

 転移魔法で一気に行った方が早いかもしれないが、これだけの大戦力を転移させる余力はこっちにもない。


 なおかつ、向こうの状態もそこまで落ち着いていない様子。


 急がば回れ、というわけか。


 俺たちがタラップを上っていくと、そこには執事服を着たゴーレムと、何やら豪勢な服と帽子をかぶった海堂が出迎えてくれた。


「艦長の海堂っす、皆さまを迅速に運ばせてもらいます」


 ところどころ舎弟口調が抜けていない敬語で出迎えた海堂は、懸命に練習したのだろう。


 中々様になった敬礼をこっちに向けてくる。


 今は作戦中だ。


 いかに顔見知りで、酒を飲み交わした相手であっても戦場では上下関係が第一。


 この対応は間違っていない。


 無言でうなずく俺と巨人王。


「おう、できるだけ早く着くようにしろ」


 代表して、指示を出す教官。


「了解っす!」


 艦長である海堂の対応に、心の中で苦笑しつつ。


『スエラ、聞こえるか?』


 俺は俺で念話を送る。


 戦場から離脱したことで、ヴァルスさんには待機してもらっていて、それと一緒にスエラもそこにいてもらった。


『はい、聞こえます。状況に変化があったんですか?』

『ああ、戦場を変える。敵地に乗り込むことになった。ヴァルスさんと一緒にこっちに向かってきてくれ』


 何かあった時用に、待機していたが、そもそも戦場が変わってしまえばその何かは別の部隊が対応することになる。


『敵地……神の領域ということですか』

『ああ』


 前人未到の地。

 そこに乗り込むということでスエラの声に緊張が混じる。


 だが、精霊という巨大な力を持つ彼女を戦力から外すことはできない。


『わかりました、すぐに向かいます』


 ヴァルスさんと一緒にこっちに向かってくれるということで、俺の戦力はこれで揃う。


「それじゃ、部屋まで案内するっす!」


 このままゆっくりと戦艦の中で一時とはいえ、体を休められることは正直助かる。


「海堂、酒はないのか?」

「ないっすねぇ、食事ならすぐに用意できるっすけど」


 極度の緊張状態を維持し、魔力を酷使した所為で体の節々に少し違和感がある。

 全力稼働はまだできるけど、今のうちに休めるのなら休んでおきたい。


 どんちゃん騒ぎする気満々の教官は、酒がないことに不満顔を見せ、ちらちらっと俺の方を見る。


「ほどほどにしておいてくださいよ」

「なんで先輩は持っているんっすか」


 それが何を意味しているのか察することは簡単だ。

 苦笑しつつ、無言で異空間に手を伸ばし、そっと琥珀色の液体の入った瓶を取り出せば教官が満面の笑みを浮かべる。

 巨人王が何やらうらやましそうな顔をしたのでそっちにも一本差し出せば無言で受け取り、感謝すると短く礼を言ってきた。


 戦場に酒を持ち込むのはこの世界じゃ結構あることだ。

 だけど、今回みたいな至急の作戦の場合、物資に限りがあって嗜好品は限定される。


 あってワイン、それも大量生産品の安酒が限度。


 それも悪くはないが、舌が肥えているご両人からすれば、一樽のワインよりも、一本のウイスキーの方が好ましいのだろう。


 あきれ顔の海堂には、内緒だと人差し指を唇に当てることで対処。


「さてね、俺はひとまず休ませてもらう。スエラが後で乗ってくるから俺の部屋に案内してくれ」

「了解っす」


 あまり在庫はないのだが、この鬼にストレスを与えても碌なことにはならないのは承知している。


 必要経費だったと割り切って、飲まないのかと不満顔をさらす教官に断って、小型のゴーレムの案内を受けて部屋に進む。


 兵卒が格納庫で雑魚寝に対して、将軍である俺は個室、それもそれなりの広さを誇る部屋に案内される。


「くっはぁ」


 椅子に座り込むと思ったよりも柔らかい感触を感じて、途端に疲労が漏れ出してきて、おやじ臭いと自分でも思うくらいに変な声が出た。


 ぼーっと数秒間天井を見つめるだけで眠気が襲ってくることはないけど、それでもじっくりと疲労がにじみ出てくる感覚は瞼をゆっくりと閉じさせようとしてくる。


 眠気に従って、そのまま寝てもいいんだけど、やることはいくらでもある。


 ひとまずは回復のためにいくつかのポーションを飲み、傷と、体力、そして魔力の回復を促す。


「……」


 ふと、こういう時に疲れて栄養剤やコーヒーをがぶ飲みして仕事していたなと思い出すのは、今の状況が環境と仕事内容は違うとも結局はどこかが同じだと思っているからだろうか。


「まったく、社畜っていうのはそう簡単に治るものじゃないってか」


 救いというか、良かったと思うのは少なくともこの仕事に対して辛さは感じても苦痛とは感じていないことか。


 やりがいがあり、成果が評価される環境。


 多くの社畜にとってそれは求めて止まないことなんだろうな。


「……ククククッ」


 そんなことを考えると思ったよりも自分は承認欲求が強い人間だと初めて自覚したことに気づいた。


 笑える、本当に笑える。


 なんだかんだ言って、人っていうのは第三者、他人に認めてもらうことに喜びを感じる生き物なんだ。


「ああ、使われるのと頼られる事の差ってこんなにも違うんだな」


 そして、ブラック企業にいいように使われるのと、今の職場での信頼され信用される。


 その感覚の差が意欲の差につながりモチベーションに雲泥の差を生み出すことを、ようやく理解でき実感できたのであった。



 今日の一言

 現場対応は深い。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王様は大丈夫なんだろうか…… 魂まで含めた全身の力を振り絞った感じなのかな?
[一言] 「ああ、使われるのと頼られるの差ってこんなに違うんだな」……これに尽きますね。
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