751 衰退はどこにでも存在する
前話や前々話のご感想を読んでいますと、本当に展開がよまれているのではと若干の冷や汗が(汗
前にもこんなことがあったような気が……
それだけ、ご愛読をしていただいているのだと思いつつ、読者の皆様がすごいと思う日々でございます。
そんな今話でありますが、ぜひともお楽しみください。
Another side
さぁ、始めようか。
魔の王が、本当に気軽に、それこそちょっとコンビニに出かけるような気やすさでこの世界の趨勢を決めるような出来事を始めてしまった。
一同の面持ちは重く、決して軽くとらえるようなことではない。
魔法陣の中央にいる魔の王は、これから始まる出来事の最大の負荷を請け負うことを知っている。
一人の王が、世界の変化のために命を賭けた。
普段のスーツ姿から一転、重装な儀式用の装いになった魔の王は、緊張することなく本陣の前に設置された魔法陣の中央に立ち、自身の膨大な魔力を開放する。
魔王軍のだれよりも優れ、強く、何よりもこの国のことを思う魔の王は、先の未来の可能性に自分の未来がないかもしれないという恐怖を微塵も感じさせずこの儀式に挑んだ。
帝国の王は、その勇ましく、堂々とした立ち振る舞いを無駄にしないと心に誓い。
部下に指示を出した。
始めろと、簡潔な言葉であるが、それで意図は十分に伝わった。
御意と短く答えた部下は、魔法陣の外周をぐるりと囲むように配置された宮廷魔導士団に合図を送った。
魔の王により急速に魔力が充填された魔法陣に加え、さらに重ねるように宮廷魔導士団が巨大な魔法陣を魔力で描く。
その魔方陣は命脈となり、地を這い、宙を飛び、それぞれの行く先に魔王の魔力を送り付ける。
何が始まる。
それを疑問に思った魔王軍の人員は遠巻きに儀式の様子を見守る。
その意味を知る者は、これから起こる出来事が成功することを祈る。
地を這う魔力は地下に潜り、宙を飛ぶ魔力は一隻の戦艦に触れ、瞬く間に立体魔導陣を形成する。
地に潜った魔力はそのまま地下の坑道に魔力を満たし始める。
まるでオーロラかのような淡い光のベールを戦場に降ろしはじめ、ゆっくりと意識なき神の分身体を包む。
まるで癒しの光。
このまま神の体を癒し、治してしまうのではと魔王軍の中でどよめきが生まれ始める。
だが、その疑問は瞬く間に払しょくされる。
それは視力のいい、とあるダークエルフの男が最初に気づいた。
隣にいる同僚に、おい、あれはと戦場の一角を指さした。
それが何かと気づくのに数秒、いや数分を必要とした。
湯気のようにゆっくりと立ち上り始める、紫と黒を混ぜ合わせたかのような存在。
地面が割れて、そこから隙間ができて漏れ始めたと最初は思った。
だが、地面に地割れの箇所はなかった。
漏れ出すのではなく、地面から滲み出すかのように漏れ始めている歪な湯気。
その湯気は、大地を犯し、汚し、その範囲を拡大する。
トライスの首都を中心として、結界で封鎖していなければ首都の中にも染み込んできかねない影響範囲。
すでに首都の結界外は汚染され、大地は黒く染まりきっている。
その光景を特等席で見ているのは、こんな状況だというのにもかかわらず戦い続けている不死者の王と熾天使序列第一位であろう。
あれは何だと熾天使は不死者の王に問う。
不死者の王は答える。
あれは呪いだと。
不死者であっても触れればただですまないような濃密な呪い。
魔王の魔力によって強化された呪い。
視認するだけでも危険で、触れれば瞬く間に無差別に呪い、命を削るのではく、命を侵す呪いだと、不死者は楽し気に熾天使に語る。
そんな呪いをこんな土地に浸してどうするかと、熾天使は一瞬逡巡するが、すぐにハッとなり地面を見た。
その隙ともいえるよそ見に不死者の王は容赦なく攻撃するが、多少のかすり傷を負うだけで熾天使は潜り抜け。
そして滑稽だと言わんばかりに大空に笑い声を響かせた。
魔王軍が何をしようとしたかを理解したからだ。
そして、不用意に迎撃してしまった主神のうかつさに、序列一位は愉快だと笑った。
光のベールはガーゼだ。
薬を浸し、患部を治すために覆うための。
そしてそのガーゼに地下で魔王の魔力によって、より煮詰め、より濃くと呪いの蟲毒となった呪いが触れる。
綺麗なオーロラが汚される。
それも時間なんて、一瞬で、魔法陣を展開している魔導戦艦たちまで被害にあい、魔法陣が塗りつぶされる。
癒しの光が瞬く間に、呪いの結界と化す。
神の分身体を覆い、その体を侵すために猛威を振るう。
意識のない神の体にそれに抗う術は、その体そのものに備えている神としての抵抗力だけ。
しかし、その抵抗力も、癒しの光という光を受け入れてしまっていることで無力化されていた。
ついさっきまで受け入れていた光が一瞬で呪いと化し、流れで受け入れてしまった。
神の分身体は、徐々にであるが、呪いに染め上げられる。
このままいけば、呪いは神の分身体を侵し切るだろう。
だが、それは始まりに過ぎない。
その進展を上空で見た、序列一位は不死者の王に切りかかりながら問いかける。
あの神の体を起点に神を呪うのかと。
序列一位の質問に不死者の王は答える。
答えは否だと。
確かに、神と元のつながりがあった分身体からつながりをたどり、神を呪うことはできたかもしれない。
だが、そのつながりは外ならぬ人ならざる存在になりつつある人王によって切断された。
であれば、アレを呪ったとて、神には届かない。
では、なんのためにということになる。
答えは、魔の王が導き出してくれる。
完全に侵食され、最初の面影などなくなり、汚された神の分身体。
そこにさらにひと手間かけるように、魔の王は差配する。
下手をすれば、呪いの逆流で自身も呪いに浸されるかもしれないというのに平然と神の分身体を変質させていく。
神の入れ物から、神を呪う物質に。
神を呪うには相応の代物が必要。
であれば、一番最適な材料はなんだ?
神を呪うのに、必要な怨恨を込め、決して退けられない粘る執念を込め、神の命を削りきるための殺意を込めることができる素材は。
そう、神を堕として、呪いにする。
何をバカな、何を愚かなと考えるかもしれない。
だが、現実にその素材を自ら用意し、それを捕縛され、利用されている。
神への暴虐、下手をしなくてもこれを神が見れば、この呪いの作成にかかわっているモノをすべて呪い殺すだろう。
呪わば穴二つ。
呪う者もまた呪われるというリスク、その呪いの発信者が神というのならそれは間違いなく必殺だろう。
だが、今は神の干渉ができず、そして呪いを作っているのは魔王軍の最高戦力。
歴代屈指の戦力を携え、最強の名を冠している、魔王。
インシグネ・ルナルオス
彼の魔王は、この程度なんのそのと、涼しい顔で神の分身体を呪いに変えていく。
それは視認する者ですら呪い殺すほどの猛毒。
事実、この呪いを認識した魔王軍、天使軍の中で力及ばずの存在たちが、吐血し、目から血を流すという悲惨な結末を迎えている。
魔王は言った、全軍撤退せよと。
絶対の命令に従った存在たちは何が起きたか理解できず、絶対の命令を甘く見た存在たちは這うようにその場から逃げようとする。
だが、間に合わない。
神を呪う呪いは、徐々に完成に近づくにつれ、周囲一帯を侵す、猛毒になっていく。
大地は穢れ、草木は枯れ、水は濁り、そこは生き物が住める場所ではなくなる。
神より与えられた結界であろうと、神によって呪われれば悲鳴を上げる。
強大な力を持つ、鬼王の攻撃を跳ね返してきた結界が、濁り、煮立ち、濃くなる呪いに耐えきれなくなってくる。
結界を支える神の塔が悲鳴を上げているのだ。
神の城が、高度を上げ始める、この場にいては危険だと天使が高度を上げようとしたが、間に合わず墜落していく存在も多々いる。
その存在たちは呪いに飲み込まれ、その呪いの糧となる。
怨嗟が怨嗟を呼び、呪いはより濃く、より禍々しさを増していく。
神を呪えと誰かが言った。
神を殺せと誰かが言った。
それは、トライスの首都から聞こえた。
ゴーストと言う存在が実在するこの世界で、神に殉じて天に上ったはずの魂が結界をすり抜け呪いに自分の魂を捧げた。
結界の外に抜けられず、その結界で消滅した魂たちは最後に神への恨みを残して消えていく。
中には、敵であるはずの魔王軍に神を裁けと願う言葉すら残している魂もあった。
魔の王はそれを遠くから聞き届ける。
この狂った世界を終わらせるために、全力を捧げると誓う。
そして、仕上げに入った。
魔の王が立つ魔法陣の輝きが一層と増し、それに準じて神の分身体の形状にも変化が訪れた。
徐々にその体積が小さくなり、結界も縮小していく。
それに比例するかの如く、地下から吹き出る呪いの流量も加速し、縮小する結界の中に吸い込まれていく。
呪いが我先にと神の分身体の中に吸い込まれ、神の分身体は巨人の形を保てず、徐々に物質へと変貌し始める。
小さく、小さく、さらに小さく。
見上げるべき巨人は、わずかな時間でボウリングの玉ほどの大きさの球体にまで圧縮された。
黒く、禍々しい圧を発し、紫色の閃光で輝く一つの宝珠が生まれた。
そして、その生まれを見届けた空中で魔法陣を展開していた戦艦たちは、ゴーレムという無機物ゆえに呪われていてなお自分の役割を実行に移す。
空中で変形し、そのまま落下を開始。
宝珠の六方向に均等に突き刺さるように配置を完了した戦艦だったものは、横に向けて壁を伸ばす。
それによって生まれるのは塔。
否、それは砲塔と言えばいいだろうか。
変型機構を備えた戦艦たちが、六隻という質量を利用し、自分の体をつなぎ合わせて、生まれた巨大な砲身。
神を穿つ、決戦兵器。
六隻の戦艦が地面に刺さり、アンカーを追加で発射し砲身がぶれないように固定が進む。
ここにきて、この砲塔の危険さに気づいた神の塔、神の城の両方から砲撃が集中するが、魔の王の魔力によって生み出されたそれが生半可な攻撃で揺らぐはずがない。
集中砲火をものともしない、結界。
それは防御のための結界ではなく、砲塔をさらに伸ばすためのバレルだ。
魔法陣が結界に刻まれ、幾多の文様が浮かんでは消え、その役割を果たそうと魔の王から魔力を吸い上げる。
幾多の攻撃が回転する砲塔に集まるが、それで砲塔の回転の勢いが収まるどころか加速し続ける。
それでいいと、誰かが言う。
それを見届ける、誰かが言った。
神の圧政に、神話の歴史に、神の絶対に。
穴をあけてくれと、願う祈りが砲塔の威力につながった。
「仕上げだ」
魔の王は、空を見上げ、そして、自身がため込み続けた魔力の大半を注ぎ込んで生み出した砲塔の上に最後の力を振り絞り、最後の魔法を展開した。
「さぁさぁ、神よご照覧あれ。これは神が矮小と切り捨てた我々の歴史、簡単に消し去ろうと思うことなかれ、これが私たちの意地、私たちの価値、そして私たちの渇望だ!!」
それは月の神によって与えられた、転移門の魔法。
いかに魔王とて、たった一人では起動することすら叶わない、天界への門。
魔王の着る、儀式衣装によって千年でたった一度、ほんの数秒、わずかな時間だけという限定的な条件下でのみ発動する。
かつて、太陽と月が分かたれたあの日、月の神がいざという時に残しておき、数千年という月日でばれずに残り続けた、天界へのバックドア。
急に開いた天界門の先、それは神の居城、目の前には太陽神。
予想だにしていないタイミングで開いた天界門。
その先にいる太陽神を見て、苦しく、脂汗を流す魔の王は口元に笑みを浮かべて。
「ようやく、見ることができたよ。そしてこの日を待っていた」
一瞬の迷いもなく、呪いを放つのであった。
「くたばれ」
笑みを一切合切消し去った魔の王の恨みは、すべてを飲み干す黒き閃光と化し、太陽神に放たれるのであった。
Another side End
今日の一言
終わりはくる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




