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744 予定の前倒しって、スケジュール的に見れば地獄以外何物でもない


 初見の物っていうのは大概、こちら側からすればあまりいいものではない。


 それが魔法陣という、摩訶不思議な代物であるのならなおのことだ。


 発光量から察するに相当な魔力を惜しみなく注ぎ込んでいるのは明白。


「海堂!」

『うっす!!』


 何かやらせる前に、こっちから封じてしまえと指示を出すのは自明の理。


 咄嗟に無線機に向けて叫ぶだけで、後輩は行動を起こしてくれる。


 海堂の乗る旗艦が変形を始めて、船首から巨大な砲塔が出現する。


 すでにエネルギー充填が始まっているのか、主砲の先端から朱色の魔力が漏れ出している。


 幸い魔法陣は神の塔の結界外だ。


 魔導戦艦の主砲を撃ち込めば崩すことはできるはず。


 あからさまにまずいものを出しますと宣言している代物を放置する余裕はこちらにはない。


 三秒間という短そうで、実際には機王の作った魔導戦艦では長いチャージ時間を隔てた一撃は、一瞬であるが、空を赤く染めた。


 直線状に走る、紅の一閃。


 そのまま魔法陣を食い破る。


 そう思ったが、俺の目にその紅の前に立ちはだかる人影が見えた。


「ここで来るか!!」


 いや、人ではない。

 人に近い姿で見えるだけで、人ではない。


 背中に生える三対の翼。


 片腕を失おうとも、その強さを見せつけるようにその人影。


 最後の熾天使は、紅の閃光に立ちはだかる。


 細い剣を天に掲げ、そこからの縦に一閃。


 それだけで、紅の閃光を切り裂いて見せた。


「教官!!」

『カカカカ!!よくわかっておるな!!誰も近づけるな!!あれはワシの獲物よ!!』


 一瞬で理解した。


 あれは規格外。


 俺でも戦うのは命懸けだと理解し、複数の将軍を当てる必要があると把握したがそちらに割く余裕が俺たちにはない。


 たぶん放置したら上空の艦隊が壊滅する。


 それならばと、ぶつけられる中で最良を選ぶ。


 教官と叫びつつ、どちらが反応するか明白だったのが幸いした。


 打てば響くと言わんばかりに、即座に地上で活動していたフシオ教官が空に向けて飛び上がった。


「スエラ、俺も前に出るぞ」

「……ではトファムを?」


 穴ができた。

 それを埋めるのは俺の役目と、進む前にスエラは自分の役目を確認してきた。


「ああ、トファムを召喚した後はテンプメもだ」

「わかりました」


 後々全力で稼働するには魔力を消費しきるのはまずい。

 であるなら、魔力供給が必須。


 召喚の準備に入る彼女に背を向け、戦場に一歩踏み込む。


「次郎さん」


 その一歩を、止める彼女の声に振り返り。


「ご武運を」

「ああ、スエラも」


 俺はあえて、無邪気に笑って見せた。


 まったく、ただの社畜がとんでもないところに来てしまったものだ。


「指揮は本陣に任せると伝えろ」

「は!」


 側にいた副官に、指揮権を魔王様に譲渡することを伝令で走らせ。

 そのあとは迷わず、前にダッシュ。


 スエラに衝撃波を飛ばさないように、配慮して徐々に加速していく。


 空を見上げれば、黒と白の激突が繰り広げられている。


「教官でも余裕がないな」


 その流れ弾が地表に落ちて、自軍に被害が出ている。


 結界ではじかれて向こう側に被害が出ないのが痛い。

 実際戦場を駆け抜けている俺からしたら、すぐそばに教官の魔法が落ちてくるのはトラウマを思い出させるような感覚で走り抜けている。


 教官であれば、格下相手に流れ弾を味方に降らせるというミスはしない。


 だけど、それが起きているということは、間違いなく余裕がないのだ。


 心の余裕ではなく、実力の余裕が。


 そんな驚天動地のような事実。


 本当だったら直視したくはなかったが。


「しないわけにはいかないんだよなぁ」


 愚痴をこぼしつつ、艦砲射撃で魔法陣を攻撃し続けている空を見上げ。


「すでに残業が確定しているが、それでもやらねばならない時があるってね!!」


 俺は思いっきり、地面を踏み抜いて空に跳びあがった。


 魔法陣の強度が異常だ。


 海堂の乗る旗艦の隠し兵器は防いだが、それ以外の攻撃はガン無視。


 実際、攻撃が当たったのにも関わらず魔法陣はびくともしていない。


 そんな攻撃の雨の中、空中をけり進み、魔法陣が目前と迫る。


 何が出てくるのか、定かではないが、ろくなものではないと勘がささやいているので迷わず鉱樹を握り。


「キエエイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 気合とともに魔法陣をぶった切る。


 こと、斬ることに関しては俺の右に出るものはいないはず、概念的な物であっても切ることはできる。


「ちっ、やっぱりか」


 はずだった。


 間違いなく魔方陣に刃を走らせたはずだが、手ごたえがない。


 いや、概念的なものを切るのであれば、物理的な手ごたえはないに等しいが、斬ったという感触はあるのだ。


 俺の斬撃をものともしない。

 すなわちこれが。


「神の召喚陣ってことかよ!?」


 俺の叫びに、正解だと示すように、魔法陣がさらに展開される。


 早すぎる。


 予想だと、もっと時間がかかるはずではなかったのか。


 もしくは、俺たちが攻め込みすぎたというわけか?


 こっちの準備が終わっていない。


 その段階で神の召喚が始まってしまった。


 そのタイミングで、俺の背後が光る。


 これはトファムの光、そして軍全体に広がる癒しの光。


 これがあれば、軍がそう簡単に崩れる心配はない。


 そして流れで、雲にも変化が訪れる。


 嵐の様な雲行き。


 天候を操作できるテンプメの力だ。


 俺と一対一で戦っていた時には精霊の召還に時間がかかっていたスエラだが、守りを万全にし、召喚に集中できるのなら同時に召喚もできるというわけか。


 一気に天使たちの動きが鈍くなる。


 制空権を得ようとしたのに、その空の天候がこちらに主導権を取られたのだから空にいる天使たちには苦痛というほかない。


 それは俺たちの追い風になるはずだったが。


 魔法陣から生えてきた腕にぎょっと目を見開かせた。


 燃え盛る巨人の腕と言えばいいのだろうか。


 手の形からして左手。


 魔法陣から生え、そして動いた手は無造作に空を掴み、むしり取った。


 まるで空間そのものを掴んだかかのような仕草、それはパントマイムのような芸ではない。


 現実で引き起こされた。


「空を千切りやがった」


 掴んだ雲を燃やす腕。


 テンプメの一部を掴み、燃やした腕。


 即座にトファムから魔力が供給されて、天候操作が再開されたが。


「出力が違いすぎる」


 体の一部、そして出力が制限されたとしても神の一部。


 精霊の中でも有数の力を持つテンプメであっても、神の力に抗うのは並大抵のことではないとの証拠だ。


「いや、この場合は熱量か?」


 そして神の腕が現れた途端に戦場の空気の熱量が変わった。


 気温が体感できるほど、あっという間に上がった。


 太陽神の体というだけあって、その熱量はすさまじいのだろう。


「……このままだと気温がやばいことになるか?」


 直に太陽を地上に顕現させたらやばいことは明白。


 それは注意してきたが、さすがに一瞬で地上が焼き尽くされるような事態にはなっていない。


 今は腕一本だからこの程度で済んでいるのか?


 じっくりと魔方陣を見ながら、飛んでくる天使を切り捨て、その繰り返しをしている最中も魔方陣から腕は徐々に伸びて、今は肘関節を越えた。


「そうなる前に一当てしておくかね!!」


 顕現するなら、物理的に斬れると脳裏に浮かび。


 再度、空に跳びあがる。


「チェストオオオオオオオオオオオオオ!!」


 こっちの動きに合わせて反応するかと思ったが、視覚がない分感知能力が低いのか?

 簡単に刃を届かせることができた。


「斬れる、けど、切れないな!?」


 さっきの魔法陣と違って、今度はしっかりと斬れた。


 だけど、腕丸ごと斬ったはずなのにあっという間につながってしまった。


 概念的に切った代物はつながらないはず、ということは概念攻撃をして物理的には切れたが、概念的には切れていないということになる。


「防御力はそこまで高くないのか?」


 もともと防御力など、俺の斬撃の前では飾りでしかないが、それは神にも適応されるとは思っていなかった。


 もしかして斬るのが大変かなぁと思ってはいたのだが。


「いや……違う」


 実際その通りなのだろうな。


 斬れた、だが切れなかった。


 矛盾しているようだが、炎という性質を考えればそういうものなのだろうな。


 炎というのは切り裂いても根元の火種が尽きぬ限りそこで燃え続ける。


 実体を持った腕であるが、あれ自身は太陽の炎なんだ。


 斬れはするけど、切れているように見えているだけで実際は切れていない。


 それに対して。


「相棒、大丈夫か?」


 〝おう、問題はない。だが、あの炎の中に長くはいられないぞ?〟


 鉱樹と名を持つ相棒に問いかければ、問題はないと答えが返ってくるが楽観はできない現実が襲い掛かってきている。


 鉱物であり樹木であるうちの相棒と火は実は一定の限度を超えると相性が最悪だったりする。


 一定の温度以下ならばまだ問題はない。


 それこそ鉄が溶ける温度千五百度程度なら平気で耐える。


 だが、巨人たちが使うような溶鉱炉、それも魔剣を鍛えるような魔導溶鉱炉の温度であると話が違ってくる。


 ありとあらゆる金属を加工するためには熱がとにかく必要で、それを可能にする錬金術を駆使して作られる耐火レンガは想定温度七千度まで耐えることができる。


 わかるか?

 太陽の温度以上に耐えるレンガを作れるんだ。


 すなわち、魔導溶鉱炉なら太陽以上の温度を叩きだすこともできる。


 鉱樹は金属であり、樹木。


 熱という概念には一定の耐性しかないんだ。


 魔力をふんだんに駆使して、太陽の温度までなら耐える。


 それこそ、概念的防御をすれば、物理的な温度はいくらでも耐える。


 しかし、太陽神の炎となれば話は別だ。


 巨人たちの使う魔導溶鉱炉と同等の熱量を持ちながら、神の炎はおそらく概念的な熱だと推測される。


 でなければ、この地があっという間に熱の海にならないはずがない。


 地上が溶岩になっていないのが何よりの証拠。


「長期戦はスエラの精霊がいれば何とかなるが」

 〝魔力が途切れればあっという間に溶けるぞ〟

「トファムを守りながら戦わないといけないか」


 ある意味で俺たちには天敵となるような相手に挑む。


 〝楽しそうだな〟

「そう見えるか?」

 〝おう〟


 しかしながら絶望するどころか、どうやら俺は笑っているようだ。


 切れない、武器が溶けるかもしれない。


 加えて、戦場を支えるスエラの精霊を守らないといけない。


 ざあざあと雨が降り始める。


 太陽神の熱を少しでも冷まそうとするテンプメの力だ。


 太陽神に触れる部分は雨粒が瞬く間に消え去り、蒸気にすらならない。


 それでも周囲の温度は幾分かマシになる。


 厳しい戦いになる。


 反対側に新しい魔法陣が出たということは、今度は右手が出てくるのだろうか。


 それなのに、俺は笑顔を浮かべている。


 〝斬れるか?〟

「愚問」


 時間経過が進むにつれて、どんどん危機的状況になるというのに、こっちの準備がまだ済んでいないというのに。


 これから神との耐久勝負をしなければいけないというのに。


 俺は相棒に、問題ないと言い切り。


 再び、神に斬りかかった。


「ようは、溶かされる前に振り切ればいいだけのことだよな!!」


 単純明快、斬らねば世界が滅びる。


 それだけわかれば上等と、全力で攻撃を繰り出す。


「カハハハハハ!!やってやるぜ!!」


 斬撃を繰り広げる俺は、最早意地としか言いようのない気持ちで神に挑む。


 斬り込めば斬り込むほど理解する。


 ああ、まったく、なんでどうして、こんなに切れないのだ。


 気分は鬼に挑む一寸法師。


 だけど不思議と、諦める気持ちにはならなかったのであった。




 今日の一言

 スケジュールは重要だ。





毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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[一言] まだ切るべきものを切っていないから簡単に修復されるといったところか。
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