741 ドン引きするほど、仕事量が重なるとどうにでもなれと思う
「次はこっちだ!!」
「おい!!そっちのコンテナに触るな!!呪われるぞ!!」
「ぎゃぁああああ!?」
「言わんこっちゃねぇ!?おい!!救護班!!いや、解呪士!!こっちに来てくれ呪われたぞ!!」
「魔剣はこっちだ!!呪物は、そっちのコンテナに詰め込んでくれ!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことだろうか。
そこら中に漂う呪い。
その呪いを発している数々の物品。
呪いの剣とかに分類される魔剣。
数々の逸話を残す鎧甲冑。
触れたら最後、触れた存在を呪い殺すと言われている石。
お札で厳重に封印されている木箱。
鎖で封印されているのに、さっきからガタガタと揺れるガラスの瓶。
何かえげつないものを映しそうなおどろおどろしい鏡。
「壮観だって言葉であってるかこれ?」
魔王軍に保管されている呪物を、軽いものからやばいものまで集結させている為ここら一帯の空気は最悪を通り越して笑ってしまうほど濃い瘴気に覆われている。
どの代物を見てもまともな物がどれ一つとしてない。
配色が基本的に黒い物が多いのもそういう風に受け取られる要因になっているのかもしれないが……
「違うよなぁ」
理由は絶対にそれだけではない。
俺は自分を魔力で保護しているから問題はないが、作業員は全員それ専用の装備を身に着けて呪物の運搬作業をしている。
それなのにもかかわらず、今さっきも、うかつに呪物に触れてしまった作業員の手が変色し、悲鳴を上げて、それを治療するために術師が走り寄っていった。
劇物を取り扱っている施設でもここまで危険と隣り合わせなブラックな職場じゃないだろうな。
「やぁ、人王。準備の進行具合はどうだい?」
一歩間違えれば死の危険が待っている職場を、現場監督として俺がいろいろと指示を出している。
そんな危険な現場に、社長が現れるが護衛の姿が見えない。
最高権力者がこんな危険な場所に一人で来るなど、本来であれば注意するべきところなのだが、ここは魔王軍。
最高権力者イコール、最強なのだから注意もくそもない。
「……国中から集められるだけのものを集めているということで、集めきるのにも時間がかかりますね、現地に順次運び出しているので予定時間には間に合うかと」
そもそも社長に護衛が必要かはいささか疑問だけど、それでも形式上は必要なんだ。
「それと、魔王様。最低でも二人の護衛はお連れください」
「君がいるからね」
念のため苦言を呈してみるが案の定聞く耳を持たない様子で、にっこりと笑うだけだ。
「然様ですか」
これ以上言っても無駄だとわかっている俺は、仕方なく警護しながら仕事をする。
やることと言えばチェックリストを確認しながら、呪物が前線にいる教官たちのもとに送り届けられるように手はずを整えるだけなのだが。
「ぎゃあああああああああ!!???がぁあああああああああああ!!?」
たまにこういうシャレにならない呪いが飛び出すときがある。
悲鳴しか上げられず、視界に映った作業員の一人が、瞬く間に紫と黒を混ぜ切らないような色合いの煙に侵食されそうになっているのが見えた。
「ふっ!」
そういう時に飛び出して、作業員を呪い殺そうとする呪いと作業員を一刀両断。
これで呪いとのつながりを断つことができる。
踏み込みから、一刀両断まで間はほぼない。
そしてもちろん、作業員を死なせるようなヘマもしない。
呪いとは依り代とのつながりがあってこそ、もろもろ作用するような代物だ。
依り代を失えばあっという間に霧散する。
そこら辺に漂っていた呪いも一緒に切り捨てて、憑かれかけた作業員を見れば意識を失っているだけのようで一安心。
「あ、人王様」
「後方に下がり、治療しろ。交代要員を出せ!!」
こうやって呪いを断ち切ってやれば、呪いに憑かれる心配はない。
一緒に作業していた作業員には意識を失った作業員を下がらせる指示を出し、代わりの交代要員を呼び出す。
そう、俺がここにいるのはこうやって万が一の事故を防ぐための要員として最適だからだ。
軽い呪いなら解呪し対応するが、ここにあるのは相当濃い呪いばかりだ。
「的確だったね。うん、やはり君に対応を任せたのは正解だったね」
神を呪う。
それを可能にするための呪物集め。
その担当者に抜擢されたときは肝が冷えたが、こういう役割だと理解したらなんとなく納得だ。
物理的にどうにかできないのが呪い。
しかも、解決するにも時間をかけないといけないのが呪い。
それを俺なら物理的にどうにかできるのだから、確かに対処要員として俺は最適なんだろうな。
鉱樹を背中に戻して、振り返る。
「本当に呪いで神を呪い殺せるんですか?」
「んー、確率は三割と言ったところかな」
ここにある呪物たちは確かに一級品の呪いたちだ。
誰かの恨み、誰かの悔い、誰かの悲しみ。
すべてのマイナスの思念をかき集めたような怨念の集合体。
そのどれもが一般人では手を触れただけで発狂する品々である。
だが、そのどれもが俺でも祓い切れそうな雰囲気しかないのだ。
かき集めてどうにかなる問題なのかと思い、社長に聞いてみるが社長はあっさりと首を横に振った。
「あくまでこれは下準備に必要な物だよ。すまないが準備している呪いに関してはおいそれと他者に伝わるとそこまで伝播してしまう。だから君にも伝えることはできないんだ」
それに関してとやかく言うことはない。
この作戦に関して詳細を知っているのは社長と、帝国の王だけだ。
「いえ、作戦の性質上周知できないのは理解しているので」
「そうか。助かるよ」
スパイを気にしているとか、そういう問題の話ではない。
呪いというのは概念的に伝播するいわば感染症のような物だ。
しかし、呪いは広がれば広がるほど、濃度を薄くしてしまう。
それではダメなのだ。
神を呪い殺すには特別に濃い呪いを用意しないといけない。
何をするつもりかはわからないが、それを可能にできる下地が、奇跡的に今できている。
「魔王様」
「うん、なんだい?」
「この戦いが終わったら、有給くださいね」
昨今の相手側の行動により、イスアルの大地には普段よりも怨霊の数が多い。
恨みつらみで、その場に残留する思念が行き場を失って、そこら中に漂っている。
これは世界のバランス的にかなりまずい状況とのこと。
本来であれば魂は輪廻し、正常化され、新しい命に宿る。
だが、人が死にすぎるような戦争が起きるとそれが間に合わない。
加えて、本来であればそれをする役割を担う神が、それを怠っている。
世界を元から浄化する気なのだから、こまごまとした掃除をする気がないということか。
そんなずぼらな対応が皮肉にも、こちらに追い風を与えてくれる。
「その言葉、日本だとフラグって言うんじゃないかい?」
「有給申請することで死ぬなんて、とんだブラックな世界観ですね」
「それもそうだ。この戦争が終わったら、部下にはゆっくりと休んでもらいたいね。私としても、この戦いに終止符を打ったらゆっくりと温泉にでもつかりたいよ」
「最近は書類の山に浸かってますからね」
「言うね」
こんなチャンスは、俺の一生の中ではもう訪れないだろう。
墓穴を掘り進めるように、悪化していく情勢。
そのチャンスを最大限に生かさなければならない現状。
それでも勝てる見込みは薄い。
いや、神相手に勝てる見込みがある段階でおかしいんだけどな。
「エヴィアが教えてくれるので」
「私、これでも一番偉いんだよ?なのに彼女ときたら休む暇もなく書類漬けにしてくるんだから、全くひどいものだよ」
「彼女は悪魔ですから」
「おっと、そうだった」
この会社に入ったときは、そもそもの話、対勇者を想定したダンジョンを作ることを前提にしていたはず。
その説明で勇者の脅威を教えられたが、今では俺も勇者と戦うどころか倒せてしまう始末。
さらに勇者を通り越して神を倒す。
それをしないといけないとは、どんな人生だと笑えて来てしまう。
「思ったよりも気負ってないね。他の将軍たちにも通達したけど、彼らも大なり小なり神を倒すことに反応を見せていたよ」
呪物が大量にある場所で笑みを浮かべる俺はきっと感性がおかしいのだろうさ。
社長は大して気にしている様子はない。
むしろ、神を倒すという大仕事の前に気負っていないと評する始末。
「実感がわかないというのがまず一つ」
事実、俺はこの戦いに対して緊張感はあまり抱いていない。
その理由の一つに、神を倒すというイメージがそこまで明確に抱けていないということだ。
神をぶった斬ることはできるはずだが、実際に神を斬った経験を積んでいるわけではない。
「あとは、この戦いに勝たないと先がないと言うので開き直っているのも一つ」
しかし、やらなければならないこととやるしかないことが並んでしまえば、最早それは決定事項だ。
それをブラック時代に培った経験で理解できてしまうので、今さら駄々をこねているだけ無駄だとあきらめが混じって納得してしまっている。
斬れねば、死ぬ。
それだけだと笑い飛ばしてしまう。
「最後に、ここまでの戦力が揃って負ける想像ができないというが一つですかね」
そこまで開き直れる要因は何かと聞かれれば、信用と信頼と答えるには俺は年を食いすぎた。
だからこそこんな照れ隠しのような言い回しで言葉を濁してしまう。
教官二人に、それと同等の戦力を保持する将軍がいる。
さらにそれ以上の実力をもつ社長。
これだけの戦力を用意できることなどこの先の未来果たして存在するかどうかという次元の話だ。
逆に、ここまでの戦力を用意できたのだ。
これでだめなら仕方ないと諦めもつく。
いや、諦めはつかないかもな。
スエラたちと生き残りたいし、子供たちの将来を見届けたい。
まだまだやりたいことが山積みだ。
「そうか、君にそう言ってもらえるなら安心だ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも」
だったら、マイナス思考で自分の体にデバフをわざわざかける必要性はない。
苦笑1つこぼす社長のように、納得するほかない。
納得したのなら突き進むしかない。
「何せ君は、私たちからしたら短い時間でここまで駆け上った天才だ。その天才の太鼓判なら私も安心して作戦を進めることができる」
期待を寄せられ、それがプレッシャーに感じる。
さりとてやるしかないと開き直っている今の俺なら、そのプレッシャーを逆に心地よいとすら感じてしまう。
「そうですか」
「そうさ」
周囲で呪物を取り扱っている、危険地帯の中での益体のない会話。
こんなことでいいのかと疑問に思うほど、あっさりとすましてしまう信頼のやりとり。
そんなやり取りをする間も時間は刻一刻と減っていく。
俺とフシオ教官が予想した神降臨までの残り時間は五日。
この呪物の収集と搬送と設置を急ピッチで進めているが、妨害なしで少し余裕がある程度、妨害があれば破綻するか、ぎりぎり間に合う程度だ。
「帝国の方からの搬入を合わせて、設置を急がせます」
「そうしてくれ。私も当日は現場に赴く」
「はい」
時間との勝負だというのに、ずいぶんとのんびりとしたやり取りだな。
そう思いつつも、こうやってゆっくりできる時間は残り僅かだ。
せいぜいこの時間を堪能するとしよう。
「ぜひとも君には生き残って戦勝祝賀会には参加してほしいものだな」
「その時は家族総出で参加しますね」
先の楽しみもしっかりと残して、仕事に戻るとしよう。
今日の一言
仕事は焦るよりも効率的にやることを考えよ
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




