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740 下準備で集めるものはたくさんある

 

 魔王による神殺しのプレゼンなるモノに立ち会って、もろもろ心労はため込んでしまったが、どうにかこうにか帝国と魔王軍の協力体制は作ることができた。


 だからと言って、ではすぐに協力して行動しましょうとできるわけではない。


 互いに禍根を残している関係、おいそれと背中を見せあえるような距離感ではない。


 なので、多少でも問題を解決しないといけないわけで。



「……」

「……」


 前線で神の召喚に対抗して、魔王軍と帝国の同盟がなったことによってこうやって会うことができる人がいる。


 しかし、決して友好的な出会いではない。

 こっちが友好的に接しようとしても、万事そこでうまくいったかと聞かれれば、そうではないと断言できる。


「あのぉ、それでこの子を返さないと僕、殺されちゃうんですけど」


 実際目の前の男もそうだ。

 どこか聞き覚えがあり、ついこの間殺し合いをした男と背格好が似ている男。


 実際魔力の波動でなんとなく本人だとはわかっているが、一応互いに初対面ということで自己紹介をしている。


 フードを脱ぎ下ろし困惑した表情で、少女の後ろから出てこない火澄を必死に説得している男の名はダズロ。


 ダズロは困り顔を隠しもせず、必死に帝国の姫君、アンリ・ハンジバルの後ろから移動しない男、火澄を説得している。


 魔王軍と停戦協定を結び、さらに神殺しの同盟を結んだ今、


 禍根をできるだけ減らそうということで、帝国側から誘拐した人を返すという申し出があった。

 これはその一環で、そこで火澄を返すという流れで、これで俺も少しは肩の荷が降りると思っていたのだが。


「……」

「いやぁ、ね?黒騎士君。そんな無言で彼を睨まないで?この人はついさっきからこっちの味方になったんですよ?それに加えて向こうではかなりお偉いさんなの。ここで君を返さなかったらとんでもないことになっちゃうんですよ?」


 どうやら返還はそう簡単に終わらないようだ。


 色白な肌になりさらには髪の毛もだいぶ伸びてはいるが、その風貌を見間違えるわけもなく間違いなく火澄透がそこにいる。


 しかし、今まで気障な男で通していたはずなのに、なんでここまでクールになっちまった?


 いや、クールというか、寡黙といえばいいのか?


「困りましたね」

「ずいぶんとそちらさんになついているようで?」


 傍から見て、姫を守る護衛の騎士と言えれば格好もつくのだろうが。

 火澄の格好は、この国で貴族が着る一般的な服装だ。


 武装も許されておらず、そのまま帰すつもりだったのだろう。


 人一倍、守るという意志だけが先行して、お姫様のそばから離れようとしないのは忠犬という言葉がぴったり。


 このままいけば狂犬という二つ名がもらえそうな雰囲気だが。


「ええ、まぁ」

「一つ聞いておきますが、洗脳とかはしてないですよね?」

「してませんよ。って言ってもこの状態を見たら信じられないですよねぇ。はぁ」


 記憶がないのはなんとなく予想はついていたが、本当に何も覚えていないのだな。


 誘拐されたときに頭でも打ったか、それとも天使に何かされたか。

 ヒミク以外の天使は本当に碌なことをしないな。


「元から思い込みの激しい奴だったから、そちらさんの事情が正しいと思い込んで納得していないんですかねぇ」

「ええ、なんですかそれ。君、いろいろとたまに面倒な態度取ってたのってそういうわけなの?お嬢の命令はやたら素直に聞いて、僕の命令は仕方なくって感じで従ってたし」


 しかし、この男ダズロはずいぶんと哀愁を漂わせているな。

 なんとなく親近感が沸く。


 昔の俺も似たような雰囲気を漂わせていた。

 所謂、苦労人の雰囲気というやつだ。


「黒騎士、いえ、ヒスミ・トオル。あなたはすでに私の騎士ではないんですよ。あなたの元の居場所に帰るのです」


 その苦労人の言葉では届かないとわかったお姫様は、火澄に諭すように声をかけるが、それを聞いて火澄の顔はさっきまでの警戒心の表情から一転、捨てられた子犬のような顔をした。


 俺としては連れて帰ることが正しい行動なのだが、罪悪感を感じると同時に面倒だなと思い始めた。

 なんだかもう放っておいた方が互いのストレスにならないのでは?


「そんな顔をしてもダメすよ。あ、彼を睨むのもダメです。悪いのは私達で、あなたは利用されていただけ。あなたは元の居場所に帰るのが正しいのです」


 火澄を親元に返すのはいいんだけど……火澄に元の居場所があるかと聞かれればないんだよなぁ。


 あの時と今では状況が変わってしまっている。

 火澄が被害者であることは明白なのだが、悪いことに川崎と一緒に行動している最中の行方不明だったというのが、かなり悪い方向に作用してしまっている。


 火澄はもろに川崎の評判に引っ張られ、社員の評価と人気という面では地に落ちるどころか地面にめり込んでしまっている。


 八方美人の川崎を、さらに八方美人になった火澄が庇い続け、それで自分の評価を落としていたというのも相まって、面倒な奴というレッテルが今なお会社内には残っている。


 おまけに今、地球でかなり有名になりつつあるMAO・Corporationとの関係が悪いということで、火澄の実家も息子と距離を取りたがっている。


 七瀬には悪いが、このまま異世界で過ごした方が幸せなのかもしれないと思えるくらいにこいつの立場は危うい。


 そんな状況を理解していないはずなのに、帰ることを嫌だ嫌だと必死に首を振り、拒否感を示す火澄。


 行動そのものは大人のそれではない。

 精神年齢がもしかしてだいぶ下がっているのか?


「わがままを言わないで」

「……」

「困りましたねぇ」


 やり取りが、まるで駄々をこねる子供を諭す母親と父親なんだが……


「ん?」


 そういえば、さっきからずっと声を発しないがなんで話さない?


 喉をやられているようにも見えない。


 喉付近を見ても、火澄の体に外傷があるようには見えない。


 駄々をこね、首を横に振り、ウルウルと目元に涙を堪える男子大学生の絵面は一部の年上の女性にはヒットしそうだが、男である俺には面倒くさいという感想しか抱かせない。


 それよりも、普段の火澄であれば、どんな状態であれ口であーだこーだと言い訳をしているはずなのだ。


 それがない。


「ああ、少しいいか」

「え?ああ、僕ですか?」

「ああ、そっちのお姫様を呼び寄せるとおまけがひどいことになるからな」

「ああ……ですよねぇ」


 何らかの障害が残っているのか?

 それとも、なにかやばい呪いにでもかかったか。


 存外くだらない理由なのかもしれない。


 諦めの表情で、男は苦笑してこちらによって来る。


 苦労性をにじみ出させる男から皮肉交じりの笑みを受けて、俺はどう返答するかと悩むが、ここは余計なことをせずスルーでいいかと判断した。


「そうかい、雇われ魔導士さんに聞きたいんだがあいつ、なんでしゃべらないんだ?どこか怪我をしているようにも見えないんだが」

「ええ、まぁ、体は健康ですよ?」

「体は?」

「まぁ、僕も医者というわけではないので正直、原因が何かと言うのはわかりませんが」


 そしてスルーして、あれは何だと、顎で指して聞いてみればダズロは困ったように頭を搔いた。


「どうやら記憶を失ったショックで、少々幼児退行してしまったようで」

「……」


 なんだそれは?


 いや、まぁ。


 さっきからの仕草でなんとなく嫌な予感はしていたよ?


 しかし、記憶喪失は予想出来ても幼児退行までは予想出来なかったぞ……


「なんでそうなった」

「なんでですかねぇ」


 しかし、本当に厄介なことになった。

 いやこの場合は面倒になったと言った方がいいか?


 もし仮に、このまま火澄を連れ帰った場合を想像してみる。


『……』


 までもなかったか。一瞬で会社内にいる人物全員を不審者として見て、ろくなことを起こさない火澄の未来とそれを全力でしばき倒す北宮の怒声が脳内で再生された。


「どうしますかねぇ?」


 大の大人の二人が困惑して並んでも話にならない。


「……ひとまず、そいつは預けておく」

「よろしいので?」


 このまま火澄を強制連行して、そのあとのことをあれこれと世話を焼く余裕はこっちにない。


「良くはねぇ。だが、余計な手間を掛けている暇もねぇ。そっちのお姫さんには悪いが子守りを頼むわ」

「本当に子守りをすることになりそうですがねぇ」


 ひとまずは、トラブルを避けてこっちはこっちの準備をするしかない。


 神との決戦より火澄のことを優先するわけにもいかない。


「……」

「睨むな、まったく。北宮になんて説明すればいいんだよ」


 これでもやるべきことはたくさんある。

 時間もない、下準備に手を抜いたら碌なことにならないのは目に見えている。


 火澄がお姫様の肩越しに、俺を睨みつける。


「っ!?」

「その名前には反応するのな」


 だが、俺が北宮の名前を言えば、わずかであるが反応する。

 さてさて、どういうわけかこれだけは忘れないようで。


 そこまで執着があったということだろうな。


「……」


 さっきまで敵意を向けていた目を豹変させて、教えて欲しそうな訴えた目線を火澄は俺に向けている。


「自分で思い出せ」


 だが、俺はそこまで優しくはない。


 こっちはただでさえ仕事が重なっているのだ。


 これ以上余計な手間に費やす暇はない。


「それじゃ、こっちはこれから行動を起こす」

「ええ、まぁ、ここで余計なことをすればこっちとしても破滅ですし、余計な足を引っ張るようなことはするつもりはありませんし、させませんよ」

「足を引っ張られるだけで今回は致命傷なんだけどな」

「そりゃぁわかってますけど、どこにでも保身に走る人はいるんですし」


 アンリ姫と、ダズロ。

 この二人が帝国で魔王軍と戦うにあたって主戦派をまとめていた二人。


 本来であればこの二人に何らかの処遇を与えないといけないのだけど、それをやるのはこの戦いが終わってからだ。


 下手なことをすれば、帝国と魔王軍の間に禍根を残してしまう。


 ダズロにも言った通り、ここで下手に復讐心を持たれ土壇場でやらかされるデメリットは抱え込みたくないのが本心だ。


「それが理解できないなら、わかっているな?」


 こっちは少しでもマシになるように環境を整えるように動いているのに、そっちがやる気がないならこっちはマジでキレるぞ。


「……ええ、理解はしています」

「理解なんて必要ない。ヤレ」

「あ、はい」


 できるできないの話じゃない、やるかやらないかの話だ。


 下心を介在させる余裕は一切ない。


 もし仮にここで自分の保身を考えて少しでも余力を残してみろ、待っているのは神による世界の蹂躙だ。


 それを理解しているダズロは、面倒だという気持ちで手を抜きかねない。


 それをするなと眼力で黙らせた。


 同盟関係の相手に使うような口調ではないが、今はそうしないとダメなんだよ。


「ま、そっちが手を抜くって事はすなわちこっちの撤退、引いてはこの世界の住人が終了のお知らせなんだろうがな」

「それがわかっていると口だけで言う輩がどれだけいると思っているんですか?」


 生半可な気持ちで挑むのは、すなわち俺たちの敗北を意味してしまうんだよ。


 少しつらいが、厳しめにいくしかない。


 それをダズロも理解しているから、しぶしぶと言った感じで頭を掻き、了承してくれる。


「ま、できるだけのことはしましょう。幸い、こっちの協力できる分野は僕の得意分野のようですし」

「そうしてくれ」


 それを確認した俺は、火澄の視線を気にせず、そのまま立ち去るのであった。


 今日の一言

 できることはたくさんある。




毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 謎がありすぎて…神の最後の憑依体になりそう予感…
[良い点] この期に及んで姫様一行の態度がねぇ…w
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