739 知らぬ間に切り札にされてしまった
「その人間が?」
「見た目は人間だけど、中身はだいぶ人間を辞めている人間だよ」
神との戦いに対する策。
そんな作戦内容なんてまったくもって聞いていない。
何か前振りでもあれば、多少はリアクションを取ることもできただろうけど、生憎とそんな話を聞いていない俺は、ポーカーフェイスを維持するのでやっとだ。
胡坐をかいて、視線をこっちに向ける帝国の王の眼力にたじろぐことはないが、居心地がいいとは言えない。
「お前、神を殺せるのか?」
「……斬ることは可能かと」
神殺しができるかと真正面から聞かれても、実際にやったことがないことだから何とも言えない。
だけど、経験則から言えば斬れないことはないだろうなと言うことはできる。
「ほう」
神を斬る。
それで神が死ぬかどうかはさておき、神を斬るなんてパワーワードを聞いた帝国の王は笑うことなく感心したと言わんばかりに口元をゆがめた。
「ワシはそんな大言を吐く輩を擁する国に喧嘩を吹っ掛けたのか」
「なかなか勇敢だとは思うよ?まぁ、歴史が歴史だから仕方ない。むしろ君の国みたいに神を崇拝していない国が大国になることなんて歴史的に見て希少だ。大概の国は真っ先に潰される」
それはどういう意味で感心したかは気になるが、王同士の会話に口をはさむことはできない。
しかし、いきなり神の対策だと鬼のような無茶ぶりがされたことをスルーすることはできない。
社長に説明を求めると言わんばかりに視線を向ければ、社長はにこっと俺に微笑んだ。
「そういう国があるからこそ、こちらに勝機が出たと言ってもいい」
「勝機か。ワシらとてあの傲慢な神に簡単に滅ぼされるつもりはない。だが、それがたやすく覆る事象でないことも理解している。魔の王よ、勝算があっての発言なのだろうな」
「ああ、でなければわざわざ残り少ない時間を消費してこんな場所に足を運ばない」
だから、俺が何の役に立つかどうかの説明を求める。
「十日後、その日にトライスは神を召喚する。その日が決戦の日だ」
「十日か、わが軍を総動員して移動させるのには時間がない」
「そこら辺は問題ない。神相手だと雑兵では役に立たない。こちらも最強戦力以外はサポートに回す」
「すなわち、少数精鋭。それで神を叩くのか?」
その説明をしないまま社長はハンジバル王と話を進める。
心の中にもやもやとしたものを感じる。
「叩くにしても段階が必要だね。神降ろしでこの世界に神を召喚し、この世界に降り立った神は本体ではない。本体は天界に残っている」
「……召喚された神を倒したとしても一時しのぎにしかならぬか」
そんなもやもやなど気に留めず、王二人は神を倒すための具体策を話し合う。
一方的に社長が情報を提供しているように聞こえるが、ハンジバル王は社長の言葉を真正面から信じているように思える。
その信頼はどこから来ているのかはわからないけど、疑われるよりはマシか。
「その通り、だけど、確実にダメージを残すことはできる。本体ではないにしても意識はその体に乗り移るわけだ」
「その情報の信頼度は?」
「我が神、月神に教えてもらった情報だ」
「くくく、神を信じぬワシにその情報を信じろと?」
いや、疑っていないわけではないか。
否定をして仲違いを避けるために話を合わせているだけか。
「信じてもらわないと話は進まないね」
「いや、太陽神と袂を別つ神の言葉であれば信じるに値する」
冗談を言い合うような感覚で話しているが、一歩間違えれば国同士の破局を迎えるわけだからか、妙な緊張感が漂っている。
いるいないの段階で疑うわけではなく、そこの言葉自体の信頼性の話だ。
しかし、その緊張感は王二人の周りにはなく、そこを空間としてドーナッツ状に広がっている。
「そうかい、では、話を戻すと、本体を倒すことはできないけど、召喚された体から本体にダメージは通すことができる。しかし、そのダメージは致命傷になるわけではない。相手が天界に引きこもってしまえば回復して再び同じことをする。堂々巡りだ」
「限りある命の我らにとっては、後に禍根を残す結果となるか。血を流す価値薄れたころに神が暴れては意味がないな」
神を殺すには致命的なダメージを与えないといけない。
しかし、ダメージを与える方法はあるが致命打には届かない。
「して、魔の王よ。そろそろ勝算とやらに触れる頃合いだ」
「うん、前提条件を理解してもらったところで神を倒す算段の話だ。我々がやるべきことは神がこっちの世界を滅ぼそうとしている間に、天界とイスアルの関係を断ち切り、世界のつながりを無くすことだ」
「なんだと?」
だったら、致命傷を負わせる方法をやればいいと、にっこりと笑う社長は宣った。
いったい何を言っているんだと、ここにいるすべての人は思った。
「正気か?この世界は神が管理している。その管理者である神をこの世界から切り離すだと?」
前提条件がまず矛盾している方策に、先ほどまで機嫌が比較的よさそうに見えたハンジバル王の眉間に皺が寄る。
「正気さ。そしてそれを可能にするのが彼というわけさ」
そして今度こそ俺が巻き込まれた。
その巻き込まれた内容から俺が何をやるべきかがわかった。
「……」
理解した瞬間、できるのか?と考え、理論上は可能だという点に着地してしまった。
「悩んでいるようだが……貴様にはできんのか?魔の王よ。そこの人間よりもお前の方が実力は上であろう」
「確かにその通りだ。だが、生憎と、彼ほど私の力は尖っていない。私の方が総合力では圧倒できているが、こと、斬ることに関しては私は彼こそがこの世界一の存在だと思うよ」
社長がやろうとしていることは、要は光の門の切り取り範囲を拡大した方法だ。
相手が光の門から神に対象が変わっただけ。
変わっただけと評するけど、それがどれだけ難しいかと考えるだけで苦しくなる。
ここで可能性が低いと問題提示をすることはできる。
しかし、その点の話を無視すれば、理屈的には可能な話であることも事実だ。
「できるできないの話でないだけでだいぶ建設的な話になると思うよ」
「……なるほど、確かにそうだ」
現実的に、神に対抗できるという算段に関して確実性を取れる存在は月神を戦いの場に出すことだけ。
それ以外で勝算を出せるのならそれに越したことはない。
「では、その作戦でどのような効果があるか聞かせてもらおうか」
それに関して言えば俺も気になる。
はっきり言って、俺が世界と神を切り離すようなことができればどのようなことが起きるか皆目見当がつかない。
「そうだね、さっき神を倒すには段階を踏む必要があると言った。彼に、神と世界を切り離してもらおうという作戦の第一段階は、神から信仰を奪うことにつながる」
「信仰を奪う?」
「ああ、そうさ」
なんとなくこれかなという予想すらなかった俺の中に、信仰という物理では破壊しづらいものに影響を与える力があると社長が言った。
にっこりと笑うのではなく、魔王らしいいやらしい笑みをきっと社長は浮かべている。
それがわかるくらいに、まるでいたずらを仕掛けるガキのように楽しみだと邪な悦楽を醸し出している。
「神が自分を維持するために必要なエネルギー、それは認知されることさ。ありとあらゆる存在からの認知。それはどんな方法でもいい、畏敬、尊敬、憧憬、畏怖、恐怖、嫌悪、プラスの感情からマイナスの感情、多岐にわたる認知が神の力の根源。逆に認知されない神の力はどんどん失われていく」
まるで神を殺すことを楽しんでいるかのような社長は、多弁になり、そして一度語り出したら止まらなかった。
「本来の神であれば、その世界に名を知らしめればまずそのエネルギーを失うことはない。それはなぜか。認知されないということはないからだ。神には基本、信仰という便利なエネルギー確保手段がある。長い歴史で有名な神で居続ければ何千年という蓄えもできる。それゆえに底なしと勘違いするような力を持つことが可能だ」
これがあれば、これができれば。
理屈を説明し始めた社長は止まらない。
段々と熱が入ってきている。
「だが、それはあくまで底なしであるように見えるだけで、底がないわけではない。今現在、太陽神の信仰に陰りが見えた。一番信仰していた国の人口は最盛期の百分の一以下。隣国の信仰者にも被害を出し、神の信頼は過去最悪だと言っていい。貯蓄を切り崩し、力を使うことによって収支は赤字を続ける。それはこの先ずっとだ。恐怖によって帝国の民から認知を得られたとしても、収支はマイナスだろう」
それはどういう感情が含まれているか一目瞭然で、どうやれば神を追い詰められるか理解している社長は大国の王に楽しく神殺しをプレゼンする。
「このタイミングで、召喚された神と世界を切り離す。具体的にやることはこの地図を見てくれ」
「……トライスの首都近辺の地図だな」
参考資料として用意したのだろう。
社長は懐から地図を取り出して、正面に広げた。
内容は、トライスの首都近辺の地図。
「首都を利用して魔法陣は形成されている。最初から神を召喚するためだけに作られた目地だというのが見ていてわかる。そして城壁の外にもその術式は伸びている」
その地図に社長の指が走り、どこがどういう役割をしているかを説明する。
専門用語をいろいろと使っているのにもかかわらず、帝国の王は話についていき、時折頷き、内容を覚えている。
「すなわち、この首都自体が神を召喚する陣になっている。であれば、神と世界を繋げる役割もこの首都が担っていると言っていい」
「この首都を切り離すと、神にも影響が現れるということか」
「ああ、我々の予想では、それだけでも二割は力を削げる」
「それだけ……ということはそれ以外もやるということか?」
事細かく、こちらの計画を覚え、それに対する質問も交えつつ、前向きに協力することを検討している。
「ああ、もちろん」
そしてこっちからだとよく見えるが、帝国の王もうちの社長と同じいたずらが大好きなようだ。
面白いことをしようと誘う社長のノリに合わせて、ニヤリと悪代官のような笑みを見せた。
「知っているか、帝国の王よ」
「何をだ、魔の王よ」
互いに芝居がかった反応でやり取りし、社長は話したくてうずうずして、帝国の王は何が出てくるのか楽しみにしている。
「神は呪える」
そしてくつくつと笑いながら、社長は神に仕掛ける内容を説明し始めた。
これは社長だから知っていることなのか、それとも魔王軍のごく一部なら知っていて当然のことなのか。
この場にいる全員が、唖然と社長の言葉に耳を傾ける。
「……なるほど、それが事実ならとんでもないことができそうだな」
「ああ、間違いなく、今の太陽神は現在進行形でとんでもない墓穴を掘り進めている最中だ」
そして神を呪えると言った社長のプレゼンは、終わった。
内容を聞いた帝国の王は、面白いことを聞けたと最初の無表情から一転満足げな笑みを浮かべた。
「そういうことなら話は早い、こっちにそういったのに長けた奴がいる。そいつを向かわせてそちらを手伝わせようではないか」
「それは助かる、こっちにもその手の得意な部下は大勢いるが、相手は神だ。それでも足りないというのが正直なところだね」
そしてスッと帝国の王は右手を差し出し。
それを社長は掴み返し。
「神に報いを」
「ああ、神に報いを」
ここに、帝国と魔王軍の同盟が結ばれたのであった。
今日の一言
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




