737 前まで仲が悪かったとしても、利害が合えば近づくことはできる。
「和平交渉?」
このタイミングで?
スエラと一緒の戦後処理をしていると、本部の方から火急の件とのことで通達が来てその文書を今さっき確認した。
内容が突飛すぎて一瞬疑いそうになったが、書面も印もすべて公式に使われているものばかり。
トライスの罠かと一瞬思ったが、和平交渉をする相手を確認したら納得した。
「どちらかと言えば、停戦協定って色合いの方が強いか?」
先方からは過去のことも含め、すべてを清算する覚悟で話し合いの席を設けたいと提案をしてきたようだ。
報告書を読めば読むほど何がどうしてそうなったと疑問が浮かぶけど、今はそれを追求しているわけにはいかない。
「はい、ですので人王様にはそこに立ち会っていただきたいのです」
問題は、このくそ忙しい時に前線から離れ交渉の席に向かえという指示だ。
「魔王様直々の指示なのは理解している。だが、こちらも戦線の維持を考えなければならないんだ」
さすがに、今この場で離れるのは難しい。
それを理解しているのかと確認してみる。
「それを承知し、魔王様は交代要員として不死王様を早急に向かわせるとのことです。不死王様が到着次第、人王様は引継ぎを行い後方に下がってもらいます」
「……それなら、了解した」
人員の補填がされ、さらにそれが信頼に値する人物であるなら俺から文句はない。
であれば、今度は俺を呼ぶ理由であるが。
「まぁ、相手が人なら人の俺が一緒にいた方がまだ話ができるだろうな」
大まかに魔王軍が人と講和を望むことのアピールにつながるだろうな。
人外が固める中で、人が一人、それも地位のある人間がいれば、魔王軍が人間に価値を見出していることだと理解する。
「そういう意図もあると思いますが」
「ほかに何かあるのか?」
戦争をしている状態で、少しでも敵が減るならこっちからしてもうま味のある話である。
帝国はイスアルの国の中でも宗教に思想が染まっていない珍しい国だ。
中々稀有な国であると同時に、大国であり発言力も相応にある。
「はい、火澄さんの件もここで清算するつもりなのかもしれません」
その大国との交渉に緩衝材としての役割以外に何かあるのかと思ったが、スエラは少し考えた後に可能性の話だがと前置きをし、指令書には書かれていない部分を指摘した。
「ああ、なるほど、そっちの可能性があったか」
火澄を発見したという報告は上げている。ならばそれを解決するための対処をするというのは当然のことだ。
川崎にそそのかされて、誘拐されてしまった男。
それを返還してもらうために当時同僚であった俺を立ち会わせるという可能性は十分にある。
であるなら。
「こっちが吹っ掛けなければいいけどなぁ」
非は向こうにある。
そのため、こっちがある程度じゃ済まないレベルの要求をする可能性がある。
いや、可能性じゃない。
間違いなく、社長は無茶な要求を突きつける。
和平交渉の席に、無理な話をする可能性を考慮すれば、間違いなく話し合いの席は荒れる。
それを考えると頭痛がしてきそう。
ため息を吐きつつ、頭を掻き。
こういった交渉事にも慣れないといけないのはわかっている。
実際貴族連中や、日本の高官たちと話し合いという名の腹の探り合いをしている。
それを考えれば、場数だけは踏めていると考えていい。
「ひとまずは後方に下がる準備をするか。引継ぎのために現状をまとめることから始めるか」
「そうですね」
緊張はするだけ無駄かと思いつつ、やるべきことをやってから交代すべき。
口頭だけではすべてを説明できないので、紙での資料を用意しなければと早速準備に取り掛かる。
そして、指令書が来てから二日。
相手側から何も反応がないまま、不気味と感じつつ恙なく過ごした。
そして指定された日にフシオ教官がキオ教官のダンジョンの隣にダンジョンを展開させる。
二つのダンジョンが横並び、普通だったら争いが起きるような陣地であるけど、互いに知った仲。
トラブルを起こすことなく最恐状態になるのではと思わせる布陣が展開された。
これなら安心して後方に下がることができる。
俺が引き継ぎ書を作ったことに教官からも満足げに頷かれ、その足で俺は前線から下がったのであった。
「んー、平和の空気ってこんな感じなのかね」
スエラを引き連れて、前線から文明的な建物に戻ってきた俺の感想はそんなありふれた言葉だった。
「殺気立っていませんし、空気も埃っぽくありません。最前線と比べて緊張感が少ないのは事実ですね」
俺の住居がある本社ではなく、魔王軍が管理する軍部の本部。
魔王城の中に転移する権利を特別に得ている俺は、警戒態勢ではあるが、戦闘態勢ではない城の空気を平和と称した。
その言葉にスエラは苦笑するが、それも仕方あるまい。
なにせ、近衛兵がそこら中で警戒している空間を平和と表現したのだから。
俺が現れたことで、敬礼をする兵士たちに軽くあいさつしつつ、俺たちは歩き出す。
「ご案内します」
「頼む」
元から俺が来ることは伝わっていて、転移陣の入り口に待機してた近衛兵が先導を始める。
「交渉のための先遣隊はすでに指定された土地で陣地を構築しております。人王様には魔王様との謁見の後、その地に向かい、陣地を構成するように言付かっております」
「となると、そこまで時間の猶予はない感じか」
その足は普段よりも幾分か速足、そそくさと進む雰囲気に、時間的余裕がないのを悟った。
「はい、詳細に関しましては私の口からは言えませんが、状況は想像しているよりも悪いかと」
「なるほどね」
魔王の側近である近衛兵が語れない。
となると十中八九、神関連の問題か。
さてどうするか。
ちらりとスエラを見れば、彼女は黙ってうなずいた。
「すまんが、うちの秘書は一旦俺の本陣に戻ってもらって後で合流させる」
「かしこまりました」
こっちもある程度の準備は必要だ。
魔王城という安全地帯に俺が移動したのなら、スエラを一旦ケイリィたちに合流させて、戦力を調整した方がいいだろう。
話し合いの必要性もあるだろう。
「人王様お気をつけてください」
「ああ、そっちもな」
城の中だからか、少し寂しい別れになるが、公私を分けるならこれくらいのことはしないといけないのだ。
名残惜しさを感じつつも、近衛兵はスエラを別の兵に案内させる。
そして一人になった俺はそのまま社長のいる部屋まで案内される。
「魔王様、人王様をお連れしました」
玉座の間ではなく、ここは作戦指令室か。
戦時状態だから、こっちの方が都合がいいのかね。
色々な兵士が動き回る最中でも警戒は解かず、一人一人の兵士の出入りを厳重に管理している。
その中で、奥のテーブルで地図を広げ、将校たちと話す魔王はこっちの気配に気づいているだろうが、近衛兵の言葉でこっちに振り返った。
「ああ、ご苦労。下がっていい」
「はっ!」
普段のスーツ姿ではなく、鎧姿。
魔王が戦うための装束を身にまとっていることに、わずかに圧せられつつも近衛兵が下がるのと入れ替わりに俺は前に出た。
「魔王様、人王参上しました」
「うん、ご苦労。早速だけど、時間がない。これを見てくれ。君の意見を聞きたい」
「……これは、都市部の地図ですか。しかし、これは」
「そう、トライスの首都だ。密偵たちが命がけで手に入れた最新の物だね」
テーブルの上に広げられているのは、一つの都市の地図。
観光マップとかで使われるような簡素の物ではなく、設計段階から使われるような詳細図。
「この線は、魔法陣を意味しているのですね。術式からして、召喚陣。異世界から呼び出すような術式構成を考えれば、神の降臨のための術式ですか」
その上に真新しいインクで線と円が書き足され、それを読み解くとフシオ教官が教えてくれた魔法の内容が思い描かれる。
「そう、神が降臨するための下準備と言ったところだね。だけど、いくつか不可解な点がある」
その術式、その土地、相手の意図をヴァルスさんから聞いている俺は総合的に見てこの地図が示す意味を理解したが、社長はわからない部分を示すように地図に指を置いた。
「その中で一番重要なのが時期だ。いつ降臨するかその日程が全くわからない。相手のことを考慮すれば、近日。少なくとも一か月以内には召喚が行われる」
術式の上から召喚が実行可能かどうかは問題ではなく、問題視しているのは神が降臨する日はいつか。
「君ならいつごろ召喚する?」
その日取りを魔王軍の最高責任者が俺に問うてきた。
何故、俺なのかと考える前に俺はざっと考える。
質問に質問を返すのはいつでもできる。
「二週間……いえ、十日後ですね」
思った。
考えた。
推理した。
どの言葉を使ってもいいが、直感という言葉が一番適している気がする。
「根拠は」
「勘です」
だけど、嫌な予感ほど、俺の勘は鋭く正確になる。
情報面から推測することも可能だけど、勘ほど正確ではない。
「なるほど、君はそう判断したか」
だからこそ、俺の中で一番信憑性のある方法で伝えたのだが、根拠も何もない憶測にすらならないような情報に社長は満足して頷いた。
「魔王様、一つお聞きしたいのですがよろしいですか?」
「構わないよ」
「なぜ、自分に先ほどのような質問を?データ分析などの分野においては自分はそこまで優れているとは思いません。不死王が自分と交代で来たのなら、彼の王も答えを出しているのだと思いますが」
将軍といえど、そこまで信用していいものか。
いや、信用とか信頼とかではない。
シンプルに苦手分野で技量を求められたことに対する疑問を解決したかっただけだ。
「なに、今、この魔王軍で一番勢いのある人物の答えを聞きたかっただけだよ。経験、知識、才能。そのどれもに優れた人物たちに、神降臨の時期を訪ねたが、皆が皆、二十日以上猶予があると答えた。だが、君とノーライフだけは違った。ノーライフも君と同じ十日と答えたよ」
そしてその疑問は思いのほかシンプルな答えで解決された。
ニコニコと笑いながら答えられた内容になんだそれはと言いたかったが、それなら仕方ないと割り切る自分もいた。
経験値では圧倒的に俺より上にいる不死王ノーライフ。
自分の中では師と呼べる存在と同じ答えだ。
ただでさえ時間がない現状で余計な時間を割くことは避けねばならない。
「そうですか。でしたら、次の話に移りましょう。時間は想像以上になさそうですし」
俺の勘と教官の経験を基準とするのなら、時間に余裕はない。
いや、余裕どころか作戦行動を今すぐにでも開始しないといけないタイミング。
「悠長に帝国と和平交渉をしている余裕はないですよ」
「だが、後顧の憂いは断っておくべきだ」
それなのに、魔王軍内部では歩調が合わず、さらには外交的な問題を抱え込んでいる。
その状況で、神を相手取るのはいささか不利な条件が重なりすぎている。
今すぐにでも全軍を招集、その全勢力をもってして神への対応をしなければならない。
それなのにもかかわらず、我らが社長は余裕をもって順を追うと宣言した。
何か策がある。
それだけは確信できた。
「そのために帝国の力が必要だ」
我らが最高権力者が必要と言ったのだ。
だったら必要なのだろうさ。
「御意に」
俺はそれに従わなければならない。
それが社畜というものだ。
迅速に、その結果を示すとしようか。
今日の一言
手を取り合う時は必要だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




