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736 仕事場は激戦区にしない方がいい

 

 Another side


 魔王軍とトライスが正面から激突している最中、その火中から僅かに距離を取ることに成功した国があった。


 ハンジバル帝国。


 魔王軍も警戒する大国であるが、神が派手に暴れている所為で矛先がそれることで難を逃れ、ここで一番の漁夫の利を得られる可能性が高い国だ。


「そうか、お前の働きは大儀であった」

「はは!!」


 その国のトップ、ルージアナ・ハンジバルは玉座から立ち上がり跪いている一人の男の肩を叩いた。


 何十年という長い時間をかけて、本当にわずか一言の確定の言葉を得るためだけに潜入し続けた男の忠義に報いた結果だ。


 神は人類の味方ではない。

 神は人類の敵だ。


 その情報は山ほど積まれた金よりも価値があり、


 そして山のごとし不動で様子を見続けていた王を動かすのに、十分であった。


「娘を呼べ」


 男の忠義によってもたらせられた情報は一つの国を大きく動かすことになる。


 そして狂った行動の煽りを受け、撤退を余儀なくされ、国に出戻り、再び籠の鳥と化した王女を呼び出す。


「お呼びでしょうかお父様」

「ああ」


 長い月日を人の管理に費やし、その苦労を水泡と帰した王女は、すべてを手のひらの上で転がしていたと自負していた少女の顔つきはなくなり、


 苦労を経験し、一皮も二皮も剥けた一人の大人がそこにはいた。


「魔王軍と共同戦線を取る。お前には使者になってもらう」

「……私はかの国と矛を交えました。加えて、向こうの人材を誘拐もしております。私の価値は謝罪の道具としての方が良いと思います」


 そして同時に覚悟を決めた王族として自身の命を差し出すことを決めた顔つきをしていた。


 元々は魔王軍との戦争に勝ち、その状態で対等な立場として和平交渉をするつもりで、禍根を断ち、そして戦力を三つ巴にすることで、トライス等の宗教に染まった国を押さえつける作戦であった。


 それができなくなり、多くの将兵を失うことになった


 それに加えて魔王軍と禍根を残したままの撤退になってしまった。


「それを含めてだ。お前は人質だ。今この時、国どころか人が滅ぶ瀬戸際。こっちが誠意を持ち近づき、交渉の席を用意せねばならぬ。お前はその大役を果たさなければならぬ」


 そんな人物が和平の使者として向かうのは筋が違うと思ったが、逆に命を賭して謝罪に来たという形にすることで誠意を見せることにした。


「密偵の情報によれば、今代の魔王は人との共存にも寛容だと聞く。ここでかじ取りを失敗すればこの国は神に滅ぼされる」


 もちろんただ一人の娘を差し出して謝って仲直りすることなど叶わないことは百も承知。


「今は時間が惜しい、明日には出立だ。その旅にはワシも同行する」

「お父様……」

「いざとなれば息子がこの国をまとめる。宰相がいれば問題はない」


 権限を与えた責任を取るために国王自ら魔王軍と交渉の席に挑むと宣言する。

 そのことを半ば以上予想していた姫は、一瞬目を伏せ。


「かしこまりました」


 それほどこの世界は追い詰められているのだと理解した。


 明日には出立するとなれば、最早これ以上の会話は不要だ。


「では、出立の準備をしてきます」


 アンリ姫は挨拶を済ませ踵を返す、玉座の間を後にしようとした。


「待て」


 しかし、姫を止める声が響く。


 王ではなく、王の側近。

 アンリ姫の叔父であり、この国の宰相が声を上げたのだ。


「なんでしょうか宰相様」


 姫という立場であるが、彼女に権力はほぼない。

 今までは連合軍の総司令という肩書があったが、この国の中では一国の姫でしかない。


 宰相と比べると権力は雲泥の差。


 素直に振り返り、用件を聞く流れを作る。


「お前のところに残しているあの鎧は置いて行け」

「……かしこまりました」


 血筋的には親類であるが、それで関係が良好とは限らない。

 互いに苦手意識に似たものを感じあう。


 要は親類に対して同族嫌悪というものを感じているのだ。


 要は互いの便利な部分を理解し、有効だとは思っているが同時に嫌悪感も持っているということ。


 あくまで合理的、かつすべてを理解し手玉にとれると思っている傲慢さ。


 その点において宰相と姫はよく似ている。


 だからこそ、互いに理解しあえ、同時に嫌悪する。


 下手な問答は国に不利益になる。


 元々国が管理している鎧だ。


 姫はそれを返すこと自体に否やはない。


「それだけだ」

「はい」


 そして叔父のこの対応にも慣れたものだと、姫は今度こそ玉座の間を後にする。


 近衛兵が扉を開け、その中央を堂々と通り過ぎる。


「お嬢」

「ダズロ」


 そして扉の向こうでは、玉座の間に入れなかった男が姫を待っていた。


「宮廷魔導士団からはなんと?」

「いやぁ、ずいぶんと怒られましたよ。ちなみに、今回の失態を追及されて自分、無冠の地位になりそうですよ」


 へらへらと笑い薄気味悪い風体の男が背後からついてきているというのに、アンリ姫は特段気にしたそぶりを見せずに淡々と歩を進める。


 城内の人からの二人への視線は、大きく分けて二つ。

 憐れみと嘲笑この二つだけだ。


 仮にも王族である少女に向ける視線ではない。


 ダズロはやれやれと首を振り、アンリ姫はそもそもその視線を気にした素振りすら見せない。


「そうですか」

「いや、僕としては無職にしてくれた方が助かりますよ。そうすれば戦争っていう面倒なことに関わる必要がありませんしね。むしろ大感謝ですよ」


 地位を奪われることを嬉々として語る男の熱は、本当に無理難題を押し付けられていた状態から解放されることに喜びを感じているがゆえに熱い。


 握りこぶしをグッと作り、よくぞ耐えたと自分自身を褒め称えていた。


「どうですか、お嬢も一緒にいっそのこと僻地の方に旅に出ません?僕、美味しい料理をふるまう宿屋を知っているんですよ」


 その熱に浮かされて、ただの魔導士でしかない男からはあり得ない誘いを王族であるアンリ姫に向けてする。


 傍から見れば道化の所業。

 そして普段の男からしたら決して出てこない言葉。


「私はそこまで落ち込んでいるように見えますかね?」

「見えますねぇ。まぁ、僕が報告しに帰ってからは怒涛の日々ですからねぇ」


 トライスと王国の暴挙を防ぐべく行動を起こしたアンリ姫であったが、状況把握から行動へ移るのに一歩及ばなかった。


 難民を捕獲するという部隊は大々的に動き、そして武力による人民の回収はうまくいってしまった。


 それにより薬は出回り、急造の兵士は大量に生み出された。


「つい先日だというのに、どこか遠い日に感じますね」


 その兵士は、本来であれば魔王軍と戦うためにあるはずだった。

 だが、それはあくまで常識人からの視点。


 味方であるという事実が前提になる常識。


 それが覆された。


 アンリ姫の脳裏に思い浮かぶのは、視点がおぼつかず、理性など欠片もない兵士が帝国の陣地になだれ込んでくることだった。


 神の敵だと罵り、剣を掲げ、味方だと言い張るこっちを敵だと言い張り、神のためと言い訳を叫び、人間が人間を殺す戦場。


 現場は大混乱。


 指揮する者が優先して襲撃されたために指揮系統が断たれ、アンリ姫が直接指揮をしても体制を整えるには時間が必要だった。


 その間に失った将兵たちの命の数は少ないとは口が裂けても決して言えなかった。


 だから、彼女は将兵たちの命を失わせた責を感じ、喪に服し、黒のドレスに身を包み、顔を黒いベールで覆っていた。


「それだけ忙しかったって言うことですよ」


 ダズロの言葉は慰めではなく、ただの事実を言った。


 味方からの急襲、そしてろくに物資を確保できない状況での撤退戦。


 帝国の陣地までの距離は、果てしないと感じるほどあった。


 姫一人だけなら騎馬に護衛させて早馬で逃げることはできた。


 だが、多くの指揮官を失った現状で、最高責任者が逃げるということは軍の瓦解を意味した。


 兵は多く残り、代わりに食料がない。


 こんな最悪の状況を放置することはアンリ姫にはできなかった。


 頼りになるダズロと黒騎士は側にいない。


 護衛の騎士だけでは、最悪暴徒と化した兵士たちを止めることなど叶わないだろう。


 安全を考えれば撤退が最良、事実配下たちは無理やりにでもアンリ姫を逃がそうとした。


 それは忠義であり、そして彼女を失ってはいけないという使命感が混じった善意であった。


 しかし、その善意を振り払って、アンリ姫は現場に残った。


 むしろ信じる護衛の騎士にその時アンリ姫が預かった騎馬の中で最良の馬を与え、そして走って救援を呼ぶように指示を出した。


 アンリ姫はここで兵士を見捨てれば帝国に明日はないと、わかっていた。


 純粋な数の問題ではない。


 信頼という心でしか感じられない、兵士と国との絆が壊れる。


 それを立て直す時間の猶予はない。


 アンリ姫は、そう下した。


「あの時の戦いは悪い結果でしたが、私として得難い経験でした。雑草でも食めば多少の空腹感は紛らわせることができるんですね」


 思い返すだけでも大変の一言では済ませてはいけないほど過酷な撤退戦。


 狂気に取りつかれた王国とトライスの難民兵。


 それを退けるには相手を殺し切るしかなかった。


 アンリ姫は絶対にありえない行動をとった。


 彼女は殿の旗頭になったのだ。


 狂気に染まっても、相手は敵が誰かまでは判断することができた。


 神の意に背く王族の娘。


 それは、間違いなく、狂った兵士たちからしたら最高の生餌。


 傷つき、戦えない兵士に護衛をつけ、アンリ姫の考える最小限の人員だけ引き連れての遅滞戦。


 じわじわと自領に戻るように動いているが、基本的に迎撃戦。


 下手をしなくても、アンリ姫の灯はここで潰える。


 それは兵士のだれもが思った。


 だが、アンリ姫は賢かった。

 賢すぎた。


 自分の命の価値を理解しすぎていた。


 ここで自分が後退し助かった場合と自分がその場に残り兵士を鼓舞し戦って戦場で散った場合の後の影響力を天秤にかけただけの話。


「冗談でも笑えませんでしたよ。僕が到着したときのお嬢の顔わかります?泥まみれで、頬がこけて、そこらの草花を食んで蜜で糖分を確保してましたよ?」


 ダズロはその判断をするお人だとは理解していたが、まさか、自分は指揮するだけだから戦うためのエネルギーを確保するためにと、姫のために用意した食事すら屈強な兵士に与え、戦線を維持する方向に振り切るとは思いもしていなかった。


「勝算はあなたと黒騎士が戻ってくるかどうかでした。あと一日、いえ、おそらく八時間ほど来るのが遅かったら体中を針山のように剣で刺された私の骸があったでしょうね」


 兵士たちを安全圏まで逃がすために残った殿の部隊に自分の仕える主がズタボロな状況でいるとは考えていなかった。


 その姿を見てわき目も振らずに唖然とした顔を披露したダズロ。


「いや、まぁ、頼られるのは嬉しかったんですけどね。そのおかげで僕の寿命は簡単に見積もっても三年は縮みましたよ」


 顎が外れるのではと後に語るほどショックを受けた彼は疲れなど気にしてられないと、予備の魔法薬も全投入して、攻め込んできている狂気の兵士を殲滅して見せた。


 そこには孤軍奮闘する黒騎士の活躍もあった。


「その甲斐ありまして、多くの兵士たちを国に返すことができました」


 ダズロの寿命を削ったことにクスクスといつもの笑みを見せる姫にダズロは何とも言えず、頭を掻き。


「その結果が……この沙汰ですか。いやぁ、生き残った兵士たちが暴動を起こさなければいいんですがね」


 後の心配を語るのであった。


 Another side End



 今日の一言

 苦労は後回しにしない方がいい。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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