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733 誰かのためという言葉は時に凶器になる

 

 Another side


 もし仮に地獄があるなら、ここが地獄なのかもしれない。


 誰かが言い始めたことではないけど、ここを見張り、関係者以外誰も通すなと指示された男はふとそんな言葉を思いついた。


 ここは首都の大聖堂の地下。


 関係者以外、たとえ高位の司祭であっても立ち入ることを許されない区画。


 ここに入ることが許されるのは、身も心も神に捧げ、信仰に厚く、さらに実力のある人物だけしかいない。


 だけど、そんなものはいくらでも偽装できる。


 帝国の諜報員、それも国のためになら死ぬことも厭わない、されど自分の命の価値を知っている男は、二十三年という長い月日を使って国から信用という何よりも得難い財産を得た。


 たった一つの情報を国のために持ち帰るために身命をとして潜入し、時には味方だった帝国の諜報員を拷問にかけ帝国の不利益となる情報を吐かせた。


 神の名を宣い、それを正しいと世間に言い聞かせるように、行動をし続けた。


 慈愛を持ちつつ、冷酷さも兼ね備えた。


 神を信じない者はすべて処し、神を信じる者だけ救い続けた。


 他者から見た自分は間違いなく、信心深く、神のためなら死ねる男だと言われ、さらに騎士団の中でも上から数えた方が早い実力者。


 さらに加えれば首都を警護する騎士団の副騎士団長を任されている。


 地位も名誉もすべて持つ男が、今真剣に、ここ数日に得た情報を頭の中にまとめている。


「きゃあああああ!?」


 今、か弱い町娘が暗闇の中に突き落とされた。


 誰がやったか、それは自分が管轄する部下の一人がやった。


 恐怖に染まり、神のためと必死に言い聞かせ、それでも死を恐れていた一人の女性の断末魔。


 それを聞けば、誰しもが間違いなく心がきしみ、頭が狂うような嫌悪感を感じる。


 男もそうだ。


 狂ってはいない。


 信心深く見せているが、それでも心の中は冷徹に理性を守っていた。


 だからこそ。


「おお、神よ。新たな贄です」


 こうやって、自分じゃない自分を見ているだけで死にたくなると男は思った。


 何が神だ。


 人一人救えない存在が神だと名乗るのか。


 部下は誰一人信じられない。


 男の言葉を賛美に聞き間違えたかのように、神に祈りを捧げ始めた。


「さて、次はだれだ?」

「はっ!」


 毎日、こうやって罪なき信心深い人間をこの闇の中に突き落とし続けた。


 なんのために?

 それを知らなければならなかったが、すべての理由が神のためというふざけた理由で完結してしまう。


 すべては神のため。


 これで指示に対する理由は完結してしまう。


 ここに落ちた人間は誰一人帰ってこない。


「放せ!?放せよ!?俺は、俺は死にたくない!?死んでたまるかぁ!!」


 そして、必死に抵抗するこの青年もきっと帰ってこない。


「神に身を捧げられる栄誉を賜りながらその体たらくはなんだ」

「ふざけるな!?何が神だ!!お前たちは俺の妹をどうした!!神に捧げると言いながら、汚ねぇおっさんに捧げたじゃねぇか!!あのおっさんが神なのかよ!!あのおっさんに見るも無残に殺されるのが神の意志なのかよ!!ふざけるな!!」


 この青年の叫びは至極真っ当の正論なのだろう。


 この国は狂っている。

 芯の芯まで間違いなく狂っている。


 それを叫べるこの青年は、きっと正義だ。


 だが、それを称賛することは許されない。


 男はちらっと部下を見ると、意図を察した部下は青年に猿轡をかませた。


 ふがふがと、くぐもる声に合わせ、聖歌が流れ始める。


 地獄を見たはずなのに、まるで神のいる場所に赴く彼を祝福するような少年少女の清らかな歌。


 場違いにもほどがあるだろうと男は内心思った。


 だが、それでも彼は表には出さない。

 心も出さない。


 ただただ深く、深い、心の奥底で舌打ちをするだけで留める。


「神のもとへ」

「「「「神のもとへ」」」」


 必死に抵抗する男を引きずるように、屈強な騎士たちが穴の淵に運び、そして勢いづけてそのまま一人の青年を闇の中に放り投げた。


「神よ、新たな贄を捧げます」


 そして祈る。


 果たして何のために祈ればいいのか男はわからなかった。


「副団長、招集がかかっています」

「そうか」


 いったい何人の人間をここに突き落とせば終わるのだろうか。

 そんな疑問は当の昔に枯れたと思ったが、さっきの青年のまともな言葉に触発され罪悪感が復活した。


「お前たちは続けろ、すべては神のために」

「神のために」


 この後も、いや、終わりが来るまでずっとこの儀式は続く。


 延々と人を闇に突き落とす作業。


 ここは聖剣の墓場。


 歴代の勇者が使い、破壊された聖剣を埋葬するための場所。


 だが、今では無垢な民を無為に散らすためだけの処刑場。


 男は嫌悪感を出すことも許されず、淡々と頭の中でこの国の目的を探る。


 神聖な雰囲気を出す、白と青を基調とした廊下を進み、道中、その道を行く信者たちとすれ違い。


 太陽の日差しの元に副騎士団長と呼ばれた男は、その光に何も感じず淡々と道を進む。


 そして進む先にあるのは大聖堂。


 大司教が集まるような円卓には一介の騎士は入ることは許されない。


「大司教、招集により参じました」


 よって招集と言われれば、大聖堂に集まることが多い。


 副騎士団長を呼び出せるのは大司教か騎士団長あるいはそれ以上の階級の存在。


 大聖堂に入って、その呼び出した本人がいれば誰が呼び出したかは明白。


 恰幅のいい男の前で跪き、用件を聞く。


「大司教が四名、天に召した」


 そして何があったかを聞き、ピクリと肩を揺らした。


「それは、神の城とともにでしょうか」

「ああ、卑劣な魔王の軍に神の城は落ちた」


 過剰ともいえるような戦力を送り出したのにも関わらず、負けたと遠まわしに大司教は言った。


「儀式を急がせますか?」


 敗戦は間違いなく、こちらにとっては悲報、それなのにもかかわらず大司教は悲観していない。

 それは間違いなく男がやっている儀式が関係している。


「ならん、闇雲に捧げればいいというわけではない。今のペースを維持して続けるのだ」

「ですが、神の城を退けた魔王軍はそのままこちらに攻めてくるのでは?」

「間違いなく来るだろう。だが、それこそが狙いだ。奴らは我らが敗戦し、首都に籠城すると踏むはず。そこを叩く」

「叩く、とおっしゃりますが、この首都には戦える兵士は少なく、同盟の王国も先日の戦いに導入しほぼ出し切ったと聞いております」


 上層部でしかわからない策略、聖戦だと言い、前線に出された兵士たち。

 無茶な戦いのつけは間違いなく、今きている。


 騎士団をまとめる身として、男は今この国に残っている兵力を正確に把握していた。

 もし仮に、このまま戦争をするという話になったら間違いなく負けると断言できる。


「もしや、神の新たな力を授けてもらえるのでしょうか?」


 薬で頭をおかしくして民衆を死兵にするという手段もあるが、現在進行形でその民衆を生贄に捧げているから刻一刻と戦力は落ちている。


「いや、それもない。なに、安心しろこちらの勝利は動かぬよ」


 何をすればいいか、頭の中で計算し続けていく男だが、ニヤリと大司教は笑い。

 そっと袖から一つの瓶を取り出した。


「もしや、それは」

「そう、神の炎だ。これを身に宿せば絶大な力を得ることができる」


 ほんのりと瓶の中で揺らめく眩い炎。


 それが何か直感的に悟った男は目を見開き、祈るような仕草をとる。

 これも演技、信心深い男は神の代物の前に跪く。


「もし万が一、儀式が間に合わなかった場合、これを使い魔王軍を殲滅せよ。それが神命である」

「神の御心のままに」


 何もかも神が基準になっている。

 神のために命を捧げるなんて日常茶飯事、この大司教の死んで来いという発言も気に留める必要はない。


 信じる者は救われる。

 それが当たり前なのだから。


 男は疑うことを封じてそれでも探る。


 言いたいことを言い終えた大司教は視線で退室を促し、男はそれを察してそのまま退室する。


 いや、退室しようとした。


 しかし、それよりも先に扉が開け放たれた。


 その姿を見た途端に、男は跪く。


 何度跪けばいいのか、それを考えたのはいつ頃だったか。


 扉を開けたのは、一人の女官。


 だが、その女官が偉いわけではない。


 その背後にいる存在が問題なのだ。


 神権国家トライスの頂点、教皇エールド。


 色白の肌を持ち、黄金のガラス球をそのまま瞳に添えたかのような虚空を見続ける無機質の目は一体何を見ているのか。


 本来であれば、自室に居続ける存在であり、こんな場所に出向くことはあり得ない。


「猊下!?」


 実際大司教も来ることを想定していいなかったのか、慌てて膝を折っている。


「神託です。心して聞くように」


 何用でと聞くことすら許されない存在からの一方的な宣言。

 神託、それが許されるのは教皇だからか。


 沈黙するほかない現状でこの場は静まり、そして教皇はそっと口を開いた。


「神の降臨の日は近い。その日に合わせ、世界の浄化を始める。選ばれし民を集めよ。純真無垢な魂を持つ子供を男女それぞれ百。それを神の棺に納めよ」


 それは男が待ち望んでいた情報であった。

 心が打ち震える。


 だが、表情を殺せ。


 そうやって男は心に言い聞かせ続けた。


 たったそれだけの言葉を得るために、いったいどれほどの犠牲を払ったのか。


 そして神託だけを告げた教皇は本当にそれだけが用事だったかのように、そのまま振り返って歩き始めてしまった。


 本当に人なのか、そう思わせるような何かを感じさせる存在。


 しかし、それでいい。


 もう、この国に用事はない。


 男はしばらくの間跪いていたが、遠くに気配が立ち去ったことを悟って、そっと立ち上がった。


「大司教様」

「うむ、言わずともわかっておる。わしはほかの大司教に伝える。おぬしは兵の支度をせよ勝利の日は近い」


 だが、ここで慌てて立ち去ってしまっては元の木阿弥。


 慎重に慎重を期す。


 心身に染み込んだ動作は、常に最善の行動を示した。


 男は冷静であった。


 ゆえに急がなければならない情報であっても、慌ててはいけないことを理解していた。


「かしこまりました」


 残った兵力の情報、そして神の降臨。


 その情報は値千金どころの情報ではない。


「では、兵の準備をしてまいります」

「うむ」


 その価値を前にしても男の表情は普段と変わらない。

 信心深い信者としての鉄仮面は分厚く、大司教ですらその素顔を見抜くことはできなくなっている。


 ここまで来るのに大勢の同胞が死んでいった。


 心をともにし、時には互いに殺し合い、信頼を得るための糧となった。


 すべてはこの情報を得るためだけに。


 神からの言葉で確証を得るためだけに、捧げた数十年。


 もしかしたら無意味になるかもしれない。


 だが、間違いなくこれで決定打となった。


 これで帝国は迷わず、神と〝戦える〟


 長い年月、現実実力主義の帝国と神を信仰するトライスは犬猿の仲であった。


 互いの主張は相いれることなく、敵の敵は味方という理論で一時は魔王を討伐するという意味だけで歩みを共にしたことがあった。


 しかし結局は不倶戴天の敵であったことを再確認にしたことに過ぎない。


 握手をしたが、その足元で互いの足を踏みあっている。


 笑顔で触れ合っていたが、その心は互いに冷め切っていた。


 それだけのことであった。


 男は、はやる気持ちを抑えて廊下を進む。


 それは普段の行動と何らそん色のない動き。


 それゆえに暗部も彼を監視しない。


 彼を見たのはそれが最後となったことに、翌朝になって部下が探してようやく気付くのであった。


 Another side


 今日の一言

 誰かのためではなく時には自分のために動くべきだ。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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[一言] やらせてる事が邪神崇拝宗教の邪悪な儀式にしか見えんわ。
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