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732 上層部は潮の流れの変わり目を見定めている

 

 Another side


 前線の苦労を知らずにして、上に立つ資格なしとどこかの誰かが言った。

 だが、その誰もがこうも言っている。


 下の苦労を知る上司が早々いてたまるかと。


 現実的にたたき上げで上に登れるような逸材というのは稀有な存在だ。


 職人界隈であればごく当たり前の社会構造かもしれないが、全体の社会構造であればそれは当たり前ではない。


 上に行くためのレールは限られ、そして上に行く人物に限って近道というのを用意されている。


「さて、膿諸君。断頭台に送られる覚悟はできたかい?」


 だが、もし仮に下の苦労を知り、そしてその苦労に報いようとしてくれる上司がいるのならそれはとても幸運なことなのではないだろうか。


 内乱という凄惨の一言では済まされない大損害を被った魔王は、冷静にそして冷徹に、貴族連合という名の無駄な出費を強いた愚者たちを玉座から見下ろしていた。


 普段であればそこで無駄口の一つや二つ出てくるのだろうが、誰もがうめき声をあげるだけで反論を口にすることはなかった。


 普段は華美な装飾を施した服を着ることこそステータスと言わんばかりにきらびやかな格好をしている貴族たちは今は猿轡をされ、ぼろきれのような囚人服を着せられている。


 戦場から直通で送り付けられたというわけではない、護送されている間にいろいろとされたことが明白とわかるような怪我もちらほらと。


 殺さなければ何をしてもいいというわけではないが、相応の恨みを込められた悪意が体に散見される貴族たちはそれでも憎しみを忘れず魔王を睨んだ。


 覚悟なんてくそくらえと言わんばかりの気概。


 この国を回してきたのは自分たちだという自負。


 その玉座はお前にふさわしくないという傲慢。


 その全てが重なった視線を浴びても、魔王は眉一つ動かさず。


「そうか、それが答えか。最後まで矜持を貫いたことだけは覚えておく」


 そこに並んでいた顔ぶれは、貴族連合の中でも上澄みの中の上澄み。

 すなわち、率先して反魔王軍を形成することを主導した大貴族たちだ。


 その首が飛べば、そこを治めていた領地は混乱し、魔王軍の弱体化を意味している。


 少なくとも不穏分子を残したままになるということになる。


 だからと言って、反乱という大罪を犯した者を無罪放免というわけにはいかない。


 よって、魔王は裁きを下す。


 無駄に歯向かった貴族の末路はこうなると、示すように。


 玉座から立ち上がる。


 そして、ゆっくりと歩み寄る。


 途中、近衛兵が武骨な処刑刀を差しだし、それを魔王は受け取った。


「私からの慈悲だ」


 そうして、魔王は自らの手で貴族たちの首を一人ずつ撥ねた。


 本来であれば王自らそんなことをする必要はない。

 いや、むしろしてはいけないと言ってもいい。


 だが、魔王は自ら手を下し、それに異を唱える部下もいない。


 殺した後の死体は部下たちが粛々と片づけをはじめ、そして唯一残された敗者に向けて魔王は目を向けた。


「さて、待たせたね」


 しかし、その敗者の格好はまともではない。


 さっきまでいた貴族たちは囚人服のような格好だと表現できるが、目の前にいる存在を服と表現することはできない。


 まるで鎖で作られたミノムシだ。


 四肢はもちろん。

 顔も覆うように鎖がまかれ、そして唯一空いているのは口元だけ。


 その口元も、声がかろうじて発せられるようなマスクで覆われている。


「蟲王」

『待っとりません。少し疲れていたのでうたたねをしてまして』


 それは元七将軍の一人であり、裏切者の蟲王であった。


「そうか、長話をしているつもりはなかったけど、私としたことが女性を待たせてしまったようだね」

『そうやなぁ、まぁ、こんな格好をさせるくらいや。端から期待はしてません』


 勝者と敗者、これほどわかりやすい構図はない。


 気負うことなく、そしてなおかつ余裕すら見せあう二人が殺しあってきた敵同士だなんて果たして誰が思うか。


「なら、私がこれからいう言葉もわかっているか?」

『お断りや』

「理由を聞いても?」

『それくらい察しがついているやろ?』


 かつては上司と部下、もっと前は殺し合い上下関係を叩き込みあった仲だ。

 部下に戻る気はないかと最後の慈悲をかけるつもりだった魔王に蟲王は口元に笑みを作る。


 それは微笑むような優しさじゃない。


 獰猛な肉食獣のような笑み。


『うちを侮るな!お前には負けた!!だが、頂点を諦めたわけやない。ここでうちを殺さなければ、また嚙みついたるわ!!今度はお前の喉を食いちぎってな!!』


 それは強者としての矜持だったのだろう。

 死を偽装するという屈辱に耐えて、万全の戦力を整えたにもかかわらず敗北した。


 その結果を受け入れた。


 全力で戦い、二度負けた。


 もう勝てない、そう諦めた。


 だが蟲王として最後の矜持を捨てたわけではない。


「そういう君の負けず嫌いなところは好感が持てていたよ」


 惜しむはその矜持に最後まで折り合いをつけられなかったことだろう。


 女王として君臨し続けたが故に、誰かの横にも、下にもつけなかった一人の挑戦的だった女性。


 そんな彼女のことを一人の存在として尊敬の念を持っていた魔王は、残念だと心の中でつぶやき。


『はっ、嫌味にしか聞こえんわ』

「そうか、数百年先の地獄でまた戦おうか」

『そのころには、うちが支配しきってお前の部下はおらんよ』


 最後の嫌味の応酬を最後に、処刑刀ではなく、魔王は自身の魔力で作った魔法の刃で優しく蟲王の首を刎ねた。


「これで、こっちの戦争は終わったかな」


 そしてその光景をずっと眺めていた悪魔の女性、エヴィアに魔王は振り返った。


「戦後処理は残っていますが、これで戦力を向こうに向けることができます」

「そうか、向こうもずいぶんと戦力を出してきたようだけど間に合うかな?」


 蟲王の亡骸は、さっきの貴族たちと違い、魔王がそっと魔法で転移させた。

 もとからそうするつもりだったのか、別室で丁寧に送るつもりなのだろうとエヴィアは思った。


「全軍の再編を急がせています。先発として不死王と竜王が出陣の許可を求めていますが」

「うん、竜王のダンジョンはほぼ使ってないからそのまま出陣させて問題ない。樹王の援護に回して、不死王と巨人王を鬼王の方に回して」

「戦力に偏りができますが」


 戦争の最中に起きた反乱、その火種はまだ大陸中に残っているが魔王の中ではもう歯向かう相手がいないと理解していた。


 ゆえに、もう一つの危機に対して最善の手を打つ。


「樹王なら竜王とうまく連携して光の門を封じることができる。その間にこちらも準備をする」

「準備ですか」


 相手の奇天烈な行動によって、こっちは思惑がわかっていない。

 その現状で一体何を準備をするというのか。


「魔王様は相手の思惑がわかるのですか?」


 エヴィアの中でも相手の行動原理を理解しようと努力はした。


 だが、だからと言って理解することができるかと言えば、完全には無理だとわかった。


 無駄ともいえる行動の数々、帝国と連携しているときはそこに規則性があり、相手と将棋を打っているような感覚にすら陥った。


 探り合いがまともにできるということに感謝したのは後にも先にもこれが最後だろうとエヴィアは考えている。


 イスアル、とりわけトライスの思惑がまったくわからない。


「神を召喚しようとしているのさ」

「神を?ですがあれは」


 心あたりがないわけではない。

 まるで命を消耗することが目的のように見え、その先に何があるかとエヴィアは考えた。

 その結果、神の召喚までたどり着き。


 しかし、それでも可能性は低いと断じた。


 理由はいくつかある。

 一つ、神の召喚をするためには十や百程度の人間の魂ではエネルギーが足りず、なおかつその召喚に使った魂は消費され輪廻転生の輪には入れなくなる。


 二つ、神を召喚したとしても制御できない。

 神という存在を操作する術式など存在せず、縛り付けることもできない神という暴力装置を生み出すことに果たして価値があるのか。


 三つ、神を召喚したとしても維持できるのはせいぜいが一時間。力としては絶大、なおかつ盤面をひっくり返すことができるほどのジョーカーだが、逆を返せばその一時間を耐えきれば、魔王軍の勝利が確定してしまう。


 国としての機能をすべて犠牲にして生み出した力としてはメリットが少なすぎる。


 果たしてそんな博打に国が加担するのか。

 ありえないと理性は考えつつも、可能性はわずかだがあると判断していた。


 そのエヴィアの思考とは違い、断定するかのように魔王は相手の思惑を指摘した。


「ああ、情報を吟味させてもらったけど、現状の盤面でこちらとの戦力差をひっくり返すにはそれしかない。相手は窮地になればなるほどその準備が進むのだから、神のためという魔法の言葉をここぞと使うだろうさ。前線に配置した光の門は足止め用の布石、本命はトライスの首都だろうね」

「首都の人口は多いですが、それでも十万に及ばない規模です。それで召喚はできません」


 理解はできる。

 しかし、納得はできないとエヴィアは反論する。


 理知的に、理論的に、それは時には無意味だが、例外が存在しない限りそれは有効なのだ。


「できるのさ、何のために奴らは聖剣を大量生産し続けて、破壊されたものまで回収してきたんだ?」

「……まさか」

「ああ、奴らにとって聖剣というのは武器であり、象徴であり、燃料なのさ」


 例外は常に存在する。


「魔王さまが常に聖剣を破壊してでも回収していたのは」

「そうさ、この可能性を封じるためだった。しかし、それも終わりだね」


 聖剣の作り方はエヴィアも知っている。

 ゆえに、その聖剣の中に魂が残っているのも知っている。


 その可能性を見落としていた。


 壊れた聖剣は戦いには役には立たない。


 だが、首都の地下で埋葬という形で常に保管し貯蓄していたのなら。


「すぐに軍の撤退準備を。生み出されるのは虚像の神。召喚された瞬間に撤退すれば相手の策略は徒労に終わります」

「代わりに、イスアルは焼け野原だね。生き物は何も存在せず、魂も燃え散らかされた世界だけが残る」


 神の召喚が可能になる。


「いったい、何のために奴らは」

「もう、人間に考える時間は与えられていないよ。相手は神に従うか、滅ぼされるかの二択だよ。そして相手の神はこう考えているよ。負けるくらいなら滅ぼしてしまえと」

「馬鹿な!信仰を無くしてしまった神は存在できません!!」


 荒唐無稽な話になってしまうが、それでも現実的にそれができる準備が整ってしまっている。

 そして準備が整っているのなら、神にとって人間の価値はゼロになる。


「存在はするさ。きっと、都合のいい人間だけを保管している施設がどこかに隠されている。世界を滅ぼした後、ゆっくりと再生するのだろうさ」

「その間に我々が支配することを考えていないんですか」

「考えているさ。だからこそ、盤面を壊して、イスアルと大陸のつながりを断とうとしているのさ」


 利用できる駒はすべて利用しきり、自分の勝利だけを目指している。


「長年戦ってわかったのさ。神は邪魔な存在を消せないのなら、関わりを作れないようにするってね」


 すべては勝利のため、自分が勝つためだけの身勝手な神の都合。


 それを理解している魔王は、冷めた目でエヴィアを見つめ。


「だからこそ、そこに勝機がある」


 神に勝つ方法を示すのであった。


 Another side 



 今日の一言

 待ちに待ったチャンスは見逃すな。




毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 神降臨…まじか、、、 クソ神と魔王様の戦い 楽しみです。 あー次回更新早く来ないかな。
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