730 わずかな時間にいったい何があったんだと思う時がある。
「悲報と朗報、どちらから聞きたいですか?」
戦場から舞い戻り、頭痛を堪えながら拠点を指揮していたスエラに会いに行けば、いつもの笑顔で出迎えてくれず、真剣なまなざしであまりいい予感がしない二択を突きつけてきた。
不機嫌というわけではない。
不機嫌なら、間違いなく俺に改善してほしいことを直球で言う彼女だ。
緊急性が高いわけでもないだろう。
緊急性が高いなら、こんなふざけている暇はないはず。
「……少し覚悟が欲しいから、朗報の方から」
執務室に入って、座る暇もなく、立ったままの報告。
俺は鎧を着て、彼女はローブを身にまとっている。
互いに戦装束のままでの会話であるが、空気自体はひりついているというわけではない。
「わかりました。大陸の方での戦線が押し上げられ、不死王様が元将軍である蟲王を捕縛。そのため相手側の戦力が激減、投降する元貴族も増え貴族連合の本拠地の包囲が完了しました。よほどのことがない限り、このまま制圧ができると見通しが立ちました」
「おお、確かに朗報だ。それなら、後顧の憂いがなくなるということだな」
「はい、おそらく帝国側からの支援がなくなったからでしょうね。あちらも王国やトライスから一方的に宣戦布告を受けたようなものですから国としてバランスを取ろうとしているのでしょう」
しかし、準警戒態勢は維持している様子で、街の様子は物々しいままだ。
おそらくは数日はこのままだ。
実際戦場ではまだ戦っている兵士がいる。
おおよその決着はついているからここからどんでん返しでも起こらない限りは安泰だ。
「全体的に向こうの不手際で、こっちに追い風が吹いている感じか。良いことじゃないか」
「そうですね。こちらの被害も軽微ですからいいことです。ええ、こちらの情報がなければ……」
しかし、一部だけ良くても戦争は勝てない。
全体を見通して、そこで悪い部分があれば戦況はいいとは言えないのだ。
「悲報の方を聞こうか」
悪い話を後回しにし続けても良くはない。
覚悟を決めて、話を聞けば。
「樹王様の戦線が芳しくありません」
「なんだと?」
とんでもない情報が出てきた。
あの樹王がてこずっているだと?
なんの冗談だと思ったが、スエラは冗談ではないと言わんばかりに報告書を俺に渡してきた。
俺はそれに目を通すために受け取る。
「敵の攻勢が激しいようで、向こうで神の兵器を複数確認、そのうちのいくつかの破壊には成功しましたが、その兵器を起点に天界への門が作られ、そこから神獣が複数出現。現在はダンジョンを駆使して戦っておりますが、予想よりも多い敵の戦力と勇者の複数の参戦により損耗は推定よりも増えていると聞いています」
ダンジョンの浅層部分は七割がた占拠され、最前線は激戦区認定。
「俺のダンジョンからの支援物資は」
「届いています。そのおかげがあってか、ダークエルフの戦士たちを中心に前線を構築し、それ以上の侵入を防げていると言えます」
こっちがあっさりと撃退できたのは敵の戦力が樹王の方に集中していたからか。
それともこっちはこの程度の戦力で十分だと思われているのか……
「本部からの通達はあるか?」
「こちら側の援軍は送ると通達はありますが、規模は縮小するとのこと。おそらくですが樹王様の方に戦力を集中させるのでは」
敵の動きは開戦してから本当に意味が分からない。
捨て駒のように、戦力を消費しているのに、今度は決戦のときのような大戦力の投入。
いったいどこにそんな戦力があるというのだ。
「妥当だな。こっちの戦線はそこまで荒れているわけじゃないからな。むしろ戦線を押し上げて、向こう側にプレッシャーを与えた方がいいかもしれないな」
これで終わりならいいのだけど、どうもそういう予感はしない。
何かあると思わせるのが向こうの怖いところだ。
その怖さに対してではないが、気苦労がここからさらに続くと考えるとため息を吐きたくなってくる。
「それも待ってほしいとのことです。少々妙な情報が入ってきてそちらの精査が終わってから動いてほしいとエヴィア様が」
案の定その懸念は当たっていたようで、スエラが困り顔で報告書を読み進めるように促した。
「トライスの首都で人の流れが無くなった?」
報告書は戦況についてだけ書かれているかと思ったが、密偵の報告書も入っていたようで、ページをめくるとたぶんだけどアンが持ってきた情報をスエラがまとめた情報が入っていた。
「おかしいですよね。本来であれば都市部というのは人の流れが途絶えることのない最重要拠点です。ですが、ここ最近は商人どころか、兵士や冒険者の出入りも途絶えているんです」
「密偵のシャットアウト?いや、それにしてもやり方が……」
情報遮断をしているともとらえられる情報に困惑しかなかった。
相手に情報を渡さないという手段にしては悪手すぎるし、軍を展開する方法としては最悪の部類の選択だ。
「アンさんたちもこの状況では都市部に入ることを躊躇っているようで、強引に入らず、むしろ脱出の方をメインに行っているみたいです」
「それが妥当か……下手に情報を集められる人材を失う方が今後の痛手になるか。こっちの方でも支援ができそうなら支援してくれ」
「そういうと思いまして、足の手配をしてあります」
「さすがだな」
なにをしている?
頭を捻り、何をするかと相手の立場になって考えつつ、スエラの行動力に感謝する。
「……スエラ、もし、もしだ。俺たちが手段を選ばず、犠牲をいとわず、今後のことを一切考えず、ただただ敵を倒すことだけを考えたらどんな手段を思いつく?」
そして今までの相手の行動を考えると命の軽視、人道の軽視、宗教思想が強いという点を考慮して気づけばとんでもない質問をしていた。
「相手はそこまで追い詰められていると?」
「いや、追い詰められていると考えているわけじゃない。なんていうか、そんなことをしても無駄だと常識的に考えればわかるんだろうけど、すでに正解を見せられそうするのが正しいということが決めつけられていたら、なにをしてもおかしくはないと思っただけだ」
口にして我ながら何を考えているのだと思うかもしれないが、過去の相手の実績を考慮すると何かとんでもないことをしようとしているのではと思えて仕方ない。
考えろ。
今は戦っている場合じゃない、考える場合だ。
立ったまま考える。
「……もし先ほどの条件で勝利を考えるとしたら、私は神降ろしを考えます」
「神降ろし?それは体に神を入れることを指す技のことか?」
悩んでも情報が少ない今では答えが簡単に出るはずがない。
他にも何かいい情報があればひらめきそうな気がするんだけど。
「いいえ、神そのものを召喚する方法です」
「神を?できるのか?」
そのいい情報が入ってくるかもしれない。
やりたくはない、だけど可能か不可能かの判断では可能と判断したスエラの表情は微妙に納得しがたいという感じの嫌悪感がにじみ出ている。
「はい、できます」
肯定する言葉自体も、少しためらい、しかし、ここまで言ったのなら最後まで言った方がいいと判断したのか、数秒目を閉じて心の整理をしてから彼女は話し始めた。
「もともとこの世界とは別の世界に神はいます。それは太陽神も、我らが崇める月神様も一緒です。ですが、強大な力を持っている神がなぜこちらの世界に干渉する程度で収まっていると思いますか?その力を自由に振るうことができ、自由に行き来できるのなら私たちのような存在は簡単に倒せるはずなのに」
その考えの参考になるかはわからないが、スエラは俺の提示した条件で一番確実に勝利する手段を提示した。
確かに、人同士の戦いに神という盤外の存在が介入できるのならこれ以上にない最強の戦力だろうさ。
人知を超える力というのは文字通り、俺たちの想像を超えるような力を持っているはずだ。
その力を自由自在に使えない理由か。
「単純に考えるなら、何かの制約を受けている。神以上の存在、あるいは神同士、はたまた神自身の問題か。そこら辺はわからないが、世界に直接介入できない条件があるんじゃないか?」
「大筋はその通りです。これは神殿関係者から教えられている情報ですが、確定しているのは一つの情報だけ。神自体がその体を維持するのに膨大なエネルギーが必要です」
「エネルギーか……膨大な力を使うにはそれ相応のエネルギーが必要。理にかなった話ではある」
神は燃費が悪い。
そう考えると確かにおいそれと介入するわけにはいかないか。
「天界という世界は神の肉体を維持するためのエネルギーが豊富に満たされた世界だとされています。実際にヒミクから天界の話を聞く機会がありましたが、基本的に何もない世界だと言っていました。風景も、動植物も、何もない世界。そこにあるのは膨大なエネルギーだけだと。そんな膨大なエネルギーの中で生きられるのは神に作られた天使と神獣だけ」
「……すなわち、天界っていうのはその神を維持するためだけの専用の世界ということか?」
「そうです。そのことから考えると、神という存在は膨大な力を得るためにそれ専用の世界でしか生きられない存在ということになります。そんな存在にとって私たちの世界は酸素が極端に薄い世界のような物です。仮に呼び出しを可能にしたとしても無呼吸で生存できるのは肺の中に入っている酸素が尽きるまで、しかしそのわずかな時間ではできることは限られる」
「呼び出すにしても相応の対価が必要だよな」
「ええ、実際にやるとしても生半可な対価では呼び出すこともできませんですが……」
「不可能ではない」
しかし、その条件だけだと弱い。
「だけど、解せないな」
その理屈で言うなら燃費だけを気にしなければ、神はこの世界に降臨することが可能であるということだ。
膨大なエネルギーがあるなら、多少の出費は仕方ないとあきらめることができれば、容赦なく地上に介入できるということだ。
「こっちがエネルギーを用意しないと神を召喚できないのはわかったが、それだと向こうから介入できないという理由にならない。燃費の問題を無視すればどうとでもなる」
「はい、その通りです」
「だけど、この数千年の間で神が地上に介入したのはほとんどない?」
「ほとんどというよりはほぼないと言っていいでしょうね」
しかしそれをやらない。
いや、できない理由があるのか。
「なぜだ?」
「生憎と、月神様もその点に関してだけは一切お答えにならないんですよ」
「……沈黙は弱点がそこにあると言っているようなものだけど、それを知る術はないんだよなぁ」
致命的な弱点なのか、それとも地上に降りたら不都合な部分があるのかはわからない。
だけど、間違いなく、そこに何かがある。
そう思えて仕方がない。
「考えてもわからないことは仕方ない。今は、トライスの動きに集中しよう。帝国の方の動きも知りたいところだし。アンたちの撤退が完了したらそっちの方に集中するように伝えてくれ」
「わかりました」
不穏な空気が漂っているのはわかるが、それを知る術はない。
何かをしているそれだけ把握できたのを良しとするべきか。
「嫌な予感はするんだよなぁ」
「次郎さんの予感は当たりますからね。放置はしない方がいいかもしれません」
「そうだよなぁ」
この悪い予感を信じた方がいいのか。
暗雲たちこめるとはこのことだろうと思うのであった。
今日の一言
変化した一瞬、何が起きたか理由を知りたいと思う時がある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




