728 他所の成長は、参考になる。
Another side
なんだあれはと、鬼王ライドウは目を見開いた。
目の前に太陽の炎を纏う麒麟という強敵がいるにもかかわらず、自分の弟子が放った斬撃から目を離せないでいた。
打撃でその炎を吹き飛ばすという、風圧を壁にした脳筋戦法のおかげで麒麟を吹き飛ばし、徐々に戦いの天秤を自分の方に引き寄せていた。
その天秤の傾きを一気に平行に戻すことを許すような愚行。
それを許容するほど、一人の人間モドキが放った斬撃が華麗すぎた。
不死を殺した、一刀。
あれを自分が受けたらどうなるかと大鬼は考え、思わず背筋に寒気が走った。
死ぬ。
防御も反撃も何も関係ない。
防御したらその防御ごと、反撃したらその攻撃ごと。
一刀両断される。
大鬼でも死を確信する斬撃で巨大な鳥が地面に叩き落とされ、轟音が響き、麒麟も同類が殺されたことに警戒心を抱いて、そっちを見ている。
不死鳥という名の通り、殺されても蘇る。
不死の象徴。
アンデッドとは違い、その体を再構築して蘇る存在の巨鳥は今は無機質な目をした男に背中から見下ろされている。
天使を焼き払った熱は、その斬撃によって冷まされたのか、誰かを焼くことはもうなかった。
「カハ、あいつ、あんなの隠していやがったのか」
必ず殺す技と書く、文字通りの現象を引き起こす刃。
それがいまだ未完成で存在している。
アレを昇華させられたらいったいどんな刃が完成するのか?
「俺も、うかうかしてられねぇ」
そんなことを想像した大鬼の背筋に再び走る寒気と、こんなところでくすぶってていいのかと思う負けず嫌いな心。
「だったら、馬っころに手間取ってる暇はねぇな。弟子が、一撃でカタを付けたんだ。だったら俺もそうするのが筋だよなぁ」
綺麗に一撃で仕留めた次郎。
当人からしたら余計な情報を脳で処理するのが嫌だから、速攻で魂ごと、再生不可能の必殺の一撃をくらわせただけのこと。
要は、グダグダと相手取るのが面倒だったということだ。
その結果が神獣を一撃で屠るという出来事につながったというだけのこと。
「おい、手ぇ出すなよ」
「はいはい、わかってますよ~」
近くにいた精霊に大鬼は釘を刺し。
拳を腰だめに構える。
それは空手の正拳突きのような構え。
あからさまにこれから攻撃しますという、一見すれば無防備な構え。
ふざけているのかと、麒麟は大鬼を睨みつけ、その体に纏う炎を増やした。
突破できるものならやってみろと言わんばかりの挑発。
もっとも、その炎を貫くことはできないだろうと嘲る余裕を麒麟は保持したままだった。
「舐めるな」
その驕りこそ鬼にとって最高のスパイスだった。
闘志の火に油を注ぐがごとく、その技を最大にまで昇華させ、音もなく、いや音も風もすべて置き去りにし、無音となった空間をその巨漢は麒麟の思考速度を上回り、気づけば大鬼は麒麟の真正面に立ち。
弟子に放つことを禁じていた一撃を放った。
あの時、試験の時、次郎もライドウも殺す気で戦った。
だけど、その気構えはあくまで殺す気、死んだら仕方ないけどというレベルの攻撃。
今回、次郎もライドウも放つ技は、確実に殺すと決めた概念を込めた技だ。
『命無』
これを放ち、受ければ命がなくなる。
大鬼が、確実に殺すことをイメージした概念攻撃を付与した必殺の拳。
正拳突きの構えから放たれた拳は、風を突き破り、音を突き破り、そして光を突き破った。
放った瞬間から、手元が消え、ありとあらゆる現象を置き去りにし、麒麟の顔を守る炎を貫き、それどころか鼻頭から拳は突き刺さり、その穴はまるで刃が突き刺さるかのようにきれいな穴を生み出し。
振りぬいた瞬間、突き刺さった拳の先端から、踏み込み加速、振りぬくという過程によって生み出された全エネルギーが集約され、爆発した。
結果、麒麟はその上半身を消し飛ばすという無残な死を迎えた。
肉という肉が細かな肉片と化し、血の雨をライドウはその場に降らした。
確実に殺すための技。
大鬼はこの技が好きじゃなかった。
この技は自分を弱くする業だ。
どんな相手でも確実に仕留めるがゆえに、ほかの技が必要なくなる。
必殺ゆえに、これ以外で倒すことが非効率になってしまう。
自分で生み出し、身に着けた瞬間は嬉し喜びはしゃいだが、この事実に気づいた瞬間スンと心が冷静になり、必要なのかと葛藤した。
その時に感情を抱くと思ったが。
「かははは、足りねぇ」
大鬼の口元に浮かんだのは笑み。
なんて様だと、自重するかのような笑み。
自分が放った技は確かに、自分が作り上げた技であった。
だけど、大鬼からしたら錆びつきかろうじて形を成しただけの無様な必殺だった。
自分の弟子に魅せられ、それに感化されたと口にはしないが自覚がないわけではない。
「こんなのノーライフの野郎に見せたら、無様って言われそうだな、おい」
「神獣を一撃で屠っておいて、どんな基準よ」
納得できないと、拳を握って開いてを繰り返す大鬼に精霊は語り掛けるが。
「はん、お前の契約者の技を見てもそんな口が利けるとはな。とんだ節穴だな」
その呆れに苛立ちを織り交ぜた声色で大鬼は言い返した。
「そうね……今のは私が悪かったわ。あんなの見せられたらそれくらいの反応はするわよね」
その苛立ちを真っ当と受け取った精霊は素直に謝罪した。
そして今だ門の前で戦っている自分の契約者を見る。
「いいのか、手伝わなくて」
「冗談でしょ?あなたはいつ自分の体が使い物になるかわからなくなるような斬撃を振りまく人の隣に立ちたい?」
そこに立つのは最早災害とも言いづらいような、何かが存在していた。
首を切ったはずなのに、血を一滴たりとも流さない、綺麗な神獣の死体の上でいまだ天使を迎撃している一人の男。
自分と契約しているのにも関わらず、精霊からしたら近づくのすら危険だと言っている。
「面白いじゃないか」
ニヤニヤと、好奇心で回答する大鬼に精霊はだめだこいつと頭を振って刀を振り回す男を指さす。
「男って本当にバカよね。今、私の契約者さんが振り回しているのは物理現象じゃないのよ。わかる?今の彼、魂を物理的な物体で斬り裂いているのよ?」
できなくはないと言い含めていても、そこまでたどり着けることはほぼ不可能だと精霊は言うが、そんな精霊に大鬼は馬鹿かと言い返した。
「元からそっち側の才能があったんだろうよ。そんでそれに気づけなかった俺もお前も節穴だったってだけだ。俺もノーライフも最初は武骨なだけの男だと才能を判断した。だが、ふたを開けてみれば、俺たちの力を上回ろうと駆け上がる男が一人生まれやがった。そんな男が今さら偉業を成し遂げようともすげぇって思うことはあってもおかしいとは思わないぜ?」
「……そうね、冷静に考えれば素振りで異空間の壁に切り込みを入れられるような男だったわね」
異常というのは良くも悪くも目立つ。
それを良いことと受け入れるか悪いものだと受け入れるかは他者次第。
精霊はその攻撃が自分に向けられるものではないのは理解しつつも、次元という概念を切り捨てられるようになりつつある契約者に若干の恐怖を覚え、そして人となりを思い出して杞憂だと再認識。
大鬼は、空間の歪みすら生み出さず、ただ斬りたいものを必要最小限の労力で綺麗に切り裂く男の技に頂の片鱗を見つけ、その領域に足を踏み入れようとしている男の強さを評価した。
「このままいけば、あの門も切れそうね。まぁ、そうなれば彼、面白いことができるようになるかもしれないわよ」
「…神殺しか」
その片鱗がなす先に何があるか。
殺人術でしかない剣術の先にあるモノ。
それに気づいた大鬼は、さらに面白いと言わんばかりに口元に笑みを浮かべる。
その言葉はイスアルであれば、荒唐無稽、いや考えることも烏滸がましいと言わんばかりの現実。
できるはずがない、そもそも神を殺すことは不可能と考え、体に傷をつけることすら不可能だと考えていた。
それが常識、いや、人にとっての真理だ。
だが、魔王軍は神を倒すことを目標に掲げてきた。
世界を取り戻すということはいずれ、神と戦うことも想定していた。
そもそもの話、神同士の争いがきっかけで袂を分けているのだから、その神と決戦がいずれ来ると考えるのも自然な話だ。
そして次郎にとっては神は殺せない存在ではない。
様々な神話で神は死んでいる。
絶対であり、圧倒的であり、けれども完全ではない存在。
そんな認識を持っていて、様々な解釈を持たれている神だからこそ不完全なのではと考えたのだ。
「ええ、あの光の門は神の力を具現化した物よ。神の塔、神の城、この二つはあくまでこっちの世界の物質に神の力を適合されたいわば不純物を混ぜた存在ね。だけど、あの門は違う。天使と勇者、神に加工されて神の力で染め上げられた魂を素材にした正真正銘神の力で作られた力よ。うちの契約者さんは今あれを切ろうとしている」
ゆえにできないと考えない。
できる可能性は糸よりも細い何かを、さらに針の穴よりもさらにか細いところに千本単位で連続で通さないといけないような確率であってもゼロではないと考える。
それを異常と評せずなんと評するか。
「そんなバカげたことを考えるあの人だから成し遂げられそうなのよね」
異常と評して、すごいと言う。
長い年月、様々な人種を見続けていた中で、できないをできるという人間は数多くいた。
しかし、ここまで愚直にできると信じ込み、現実にしてきた男がいただろうかと精霊は記憶をさかのぼるが、初めてという言葉以外思いつかない。
これは本当にできるのではと思わされる何か。
「ちなみにあれをあなたは壊せる?」
その高揚する何かを感じ取り、精霊はついいじわる気味に大鬼にそんな質問を投げかけた。
「できるできないの話じゃねぇよ。次郎がやったんだ。俺もやるんだよ」
まだできていない。
きっと、過去もできていない。
しかし、今できようとしている。
その確信をもって、大鬼は精霊とともに、一人の男の背中を見続けた。
神獣を足場に、跳びあがり、そして真正面から切ろうとする一人の男。
光の門に対して、その刀は短く小さい。
人一人の大きさでは到底その光の門を一刀両断することなど叶わない。
実際そうであるはずなのに、大鬼と精霊という異なる種族の二人にとっては、今この瞬間歴史が変わるであろう出来事を目の当たりにする。
スッと、無造作に振られたかと思うような横振り。
実力のない者から見れば、何をしたと首をかしげるような行為。
だが、実力がある者からすれば。
「切ったな」
「ええ、切れたわね」
その偉業を目の当たりにすることになった。
次郎の持つ刀の範囲からすれば横に振ったとしてもせいぜいが五メートル。
だけど、ほんの数秒、わずかな時間遅れてきた瞬間。
その数十倍の大きさを誇る光の門に斜めに切り裂かれるような跡が生み出され、横にずれた。
物理を超越し、ありえないを現実に。
「本当に見ていて飽きない契約者さんだこと」
「ちげぇねぇ、あいつが来てからこっちの常識が何だったんだって話だ」
呆れを称賛に。
驚きを畏敬に。
そして。
「あったま、いってぇええええええ」
不可能を可能に。
できないという言い訳を、根性でねじ伏せた男の言葉に大鬼と精霊は苦笑し。
成果を成し遂げたことを称賛するため一歩踏み出し。
「お疲れ様」
「よくやったな」
希望を見出した男を労わるのであった。
Another side End
今日の一言
できないことは、できるようにすることもできる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




