726 残務処理はなかなか終わらない
二方向に分かれて駆け出す俺たちに、麒麟は即座に行動に移すのではなく、数瞬の悩みを挟んだ。
そしてその悩んだ後に、馬のような嘶きを響かせて、俺の方に炎を飛ばそうとした。
この門が相当大事だということ。
それを破壊しようとしている俺の方を優先的に燃やそうとするのか。
「よそ見とは余裕だなぁ!!」
それを気配で察知しているけど無視して突き進む。
何せ、今から麒麟はとんでもない客を相手にしないといけないのだから。
「ずいぶんと楽しそうで」
笑顔というには強面過ぎる。
だけど、楽しみという感情を前面に押し出した大鬼の顔。
楽の感情を前面に押し出しているというに、振りかぶった拳からはとんでもない量の魔力を感じる。
炎が噴き出る前に、その拳は麒麟の纏う炎に触れ。
ゴンと炎からは絶対に出ない打撃音が響いた。
「ガハハハハ!!硬えなぁ!!」
そして直後に天晴と言わんばかりにその耐久力を誉める教官の笑い声が響き、その笑い声の中に巨体が横にずれるような音が混じった。
おそらく、教官が麒麟の巨躯を横殴りして吹き飛ばしたのだろう。
そこからは打撃音の嵐だ。
触れたら即終了の炎を前にして、本当に躊躇いのない鬼だ。
殺られる前に殺れ。
その基本を叩き込まれた身としては、当然の流れだ。
しかし、この打撃音が響き続けるということは相当タフな装甲をお持ちのようで。
「麒麟さんの残業が確定したことは放っておいて。こっちの仕事に集中するか」
打撃音が響いている間は問題はない。
むしろ追い詰めて追い詰めるほど、あの大鬼は強くなる。
死ぬ間際までもっていくのに相当苦労するだろうよ。
並大抵の労力じゃ、あの大鬼は退けられない。
心の中でいやらしい笑みを浮かべつつ合掌をする。
そしてそれが終えたら俺の仕事にかかる。
「でけぇなぁ」
元がさっきの浮遊城を基礎としているのなら、このサイズも納得だ。
東京都心にありそうな高層ビルを何本もまとめたような感じの大きさと高さを誇る光の門を前にして、まずは大きいなと見上げながら感想を言う。
その間も、蠅のように群がる天使どもをバッタバッタと切り捨てていき、どこを切ればいいのかと切断個所を探す。
「映像を切れって言う感じか?」
見るからに質量がなく、どう見ても魔法だという風体の門。
魔法陣がどこかにあるのかとあたりを探してもそれらしいものもない。
「それじゃ、試しの一刀!!」
であれば適当に切り裂くしかない。
切る。
ただそのことを頭に満たし、踏み込み、そして魔力、ともに充実し満点花丸を上げられるような横振りをお見舞いするが。
「切れたが……消えずか」
一瞬、門の一か所を斬り割けた。
だけど、瞬く間に再生する光景を見せつけられた。
「ああ、そういう系なのね」
面倒。
その言葉で今度は頭を埋め尽くされた。
物理的に硬く再生する神の塔よりはマシかとは思うことにして。
「なら、数で押し切る」
削岩機のように、斬撃で面を生成。
端から順に、斬り割こうと思ったが。
「これもダメか」
斬撃が離れた瞬間に、その場所が再生してしまう。
「丸ごと横に切る……もダメと」
門を横一閃に両断してみるも、それでも崩れることなくすぐに再生してしまう。
「困った」
概念で斬り飛ばしているはずなのに、その切断面を即座に再生させている。
「何がダメなんだ?」
切って、再生、斬って、再生、また切って再生。
飛んでくる天使たちを迎撃しながら、その作業を何度も繰り返す。
「根本的に発生源を叩かないとダメか?」
子供が湖を棒で斬り割いても、湖が枯渇しないように。
俺の斬撃も、門を切っているという感覚は伝わってくるが、被害を与えているという感覚はない。
物理ダメージが通っていないというわけではないのは確信できた。
しかし、根本的に何かが間違っている…それも確信できた。
鬱陶しく、魔法や槍、弓矢に石礫、手段を選ばず天使たちの攻撃を潜り抜けながら光の門を観察する。
一見すれば地面から湧き出るように光の柱が出ているように見える。
そして光のベールのような壁の向こうでおぞましいほど強大な力を感じる。
「ふむ」
となると、このタイプの術式はさっきヴァルスさんが使っていた空間を繋げるタイプの術なのか。
下手をすれば世界のバランスを崩すというやつ。
そうなると、目の前の存在である門を壊そうというイメージでは弱いか。
「となると、もう少し深く潜らないとダメか」
さっきまでやっていたのは、あくまで物体を切るイメージ。
実際、それで門自体は切れた。
だけど門を繋げる何かを切ることはできなかった。
「あれやると、頭痛くなるからあんまりやりたくないんだよなぁ」
概念攻撃というのは、本当にイメージを凶器にするような攻撃だ。
簡単に切ると明言して実行しているが、その攻撃を具現化している俺の体に負担がないわけじゃない。
深く、より明確に、より濃い概念の具現化には魔力と脳に負担がかかる。
それこそ、相手の概念強度が高いものを切ろうとすれば相応の負担がかかる。
過去に、俺はその概念攻撃でヴァルスさんの空間を切り捨てたことがある。
「やらないという選択肢はないけど」
あれは本当にできたこと自体が奇跡、そしてその感覚を忘れなかったのは我ながらすごいと言える。
そして同時に、その危険性も把握した瞬間でもあった。
切るためには相手を認識しないといけない。
深く、より深く、その概念を認識すればするほど切れるというイメージにつながるからだ。
そのために脳に負担がかかる。
余計な情報を混ぜれば混ぜるほど、その分だけ脳に負荷がかかる。
「んー、少しずれた」
それは肉体的に考えれば、かなり危険な行為だと言える。
すっと、試し切りで飛んできた天使を胴付近で横に両断する。
相手は斬られたことも理解できず、痛みも感じず、そのまま反転して攻撃しようとしてきたが、信号を伝達するモノはすべて断ち切った。
下半身だけ、そのままの勢いで振り返らず、そのまま地面に着陸し、歩こうとしたが、数秒後倒れる。
そして上半身が残った天使は振り返った段階で、自分の下半身がずれていることに気づいた。
驚き、目を見開き、それでも攻撃しようとしてきた天使の首を斬り割く。
「もうちょいか」
今度も、痛みを感じさせず、けれど伝達機構をすべて断ち切ったから、上半身は動かず、顔だけが動く。
痛覚を感じさせず、さりとて相手の機能を十全に封じる斬撃。
そんな芸当をしながら、だんだんと感覚が深く沈んでいくことを心身で感じ取る。
雑音を最小限に、感覚を鋭敏に。
これからやるのは世界を切る行為。
極限の集中をもってして、そのことに当たる。
飛んでくる、天使を試し切りに使う。
切られたことに気づかない、うん、ここまではいい。
だけど、そのあとに反撃される。
うん、ずれている。
次に飛んできた天使を唐竹割で両断する。
これなら?
うん、ずれた。
それに切っ先にあの時の感触がない。
これじゃ切れない。
まだ、もっと深く、もっと深度を。
何度も、何度も、何度も、天使の数が多いのは助かる。
見的必殺で敵を屠り、天使の屍の山を築こうとするが、天使を斬り割けば切り裂くほど、門の方に吸収され、強化されていく。
でも、問題ない。
要は、強化された門を斬り割けばいいだけのこと。
新しい神獣が来るのが先か、それともこっちの斬撃への理解が深まるのが先か。
なんて、余計なことを考えている間に、また天使を切り捨ててしまった。
「いかんな、雑念が多い」
切ることに、専念しろ。
鉱樹に繋がれた腕に全神経を集中させろ。
ほんのわずかに感じる、切っ先の感触を感じ取れ。
天使を物体として捉えるな。
天使の概念を捉え、その先を掴む感触。
「できた」
それを意識して、攻撃を繰り返して、ようやく一人の天使を全くの無傷で切り捨てることができた。
体は一切傷つかず、そして門にも吸収されない全く無傷の天使の死体。
無傷なのに、切り捨てた。
それは矛盾を生じる表現だけど、俺が斬ったのは肉体ではなく、天使の魂。
物理的な存在ではない魂を物理的な物体である鉱樹で切った。
こんなファンタジーな世界にかかわるようになってから、魂という存在は明確に存在すると認識できている。
だから魂を切ること自体はさして疑問を挟まず、切り捨てることができる。
問題は、肉体を傷つけないように魂だけを切るという面倒なことをする理由だ。
切った後が凄惨すぎて嫌だ?
そんな甘い思考ははるか昔に捨てている。
相手がかわいそう?
だったら、戦うなという話だ。
俺が問題視しているのは、そんなセンチメンタルにとらわれるような精神的問題ではない。
概念攻撃の最も重要なのは、常識にとらわれないこと。
普通に考えて、物体である鉱樹が、物体として存在しないもの自体を切り捨てることは無理だ。
硬いから切れないのではなく、そもそもとしてそこに存在しないのだ。
普通に切るための物体をそこに認識できない。
だから切れない。
これが常識。
だが、概念攻撃はその常識を取り払えば取り払うほど凶悪になる。
できないと思うことでとんでもない効果減少を引き起こすが。
できると思い込み、それを具現化すれば。
「もう少しで、世界を切れる」
連続で、切れていないはずなのに、斬り殺されるという死体を量産することができる。
感覚が鋭くなり、無感情であるはずの天使たちから漏れ出す恐怖が手に取るようにわかり始めた。
代わりに、世界の輪郭がぼやけ始める。
すべてを俯瞰し、自分の存在すら第三者として認識し始めている証拠だ。
自分を他人として認識しつつ、自認識を残すという矛盾。
概念の超越。
ズキリと鋭い、頭痛が襲ってきたが、その程度で集中力は途切れたりしない。
天使という枠組みを、魂として捉え、世界という風景を概念として捉えていく。
自分の感覚を物理的な方面から魂の方面に順応させていく。
魂というのは非常にあやふやなものだ。
だけど結果的に言えばそこに存在する。
昔、ヒミクが俺の魂を大樹のような魂だと評したのがいい例だ。
ぼやけた輪郭が、一つの境を気に、一気に鮮明になる。
そこはまるで別世界。
物体的な空間ではなく、概念的な空間。
地面にも空にも、木々にも岩にも、空気にも、光にも、すべてに意味を可視化した世界。
ごちゃごちゃとして、情報として処理するには人間の脳は対応しきれない。
だけど、そこを認識し、その中で探さなければならない。
世界の概念情報を。
目まぐるしく、混濁した世界は輪郭を変化させ続ける。
普段は感覚で切り捨てている情報をより鮮明に認識しなければ、その先にある情報を切ることはできない。
そこに集中できれば、まだ楽なんだけど。
当然、何かしでかそうとしている俺を敵さんは放置してくれるわけがなく。
門の向こうからなにやら、情報過多の存在が湧き出てこようとしている。
あれはやばい。
正直切るのが面倒だと、感じるような存在だ。
このままいけば俺が概念を掴む前に、現れる。
天使たちもそれがわかっているのか、一斉に攻め立ててきている。
まぁ、攻め立てても屍の山が量産されるだけだけど。
どうするかなぁ。
面倒だ。
空気を切り裂いているような、感覚を指先で感じるけど、そのすべての斬撃は命を刈り取る凶器。
ズキンズキンと響く頭痛から考慮して、リミットはもう少し余裕がある。
屍の山が出来上がる前に、解決すればいいけどなぁ。
今日の一言
残務処理は終わりが見えないとしんどい
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




