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724 これで終わりだと思ったときは終わりではないときがある

 

 決死の覚悟の敗残兵。


 それを相手にするのは正直に、精神的にも物理的にも面倒だ。


 どうあがいても、殺す事でしか彼らを止める方法がない。


 捕虜にしても碌な情報を持っていない。


 天使なんて、そもそも魔族に捕まることさえ嫌悪を抱くだろう。


 ヒミクは完全な例外だ。


 普通の天使とは、今目の前で鬼気迫る顔で車輪を振り下ろしてくる大天使の様な者のことを指すのだろうさ。


「魔族、滅ぶべし!!」

「素直に滅ぶわけないだろ」


 ヴァルスさんの空間固定を潜り抜けて、俺に迫ってこれたのはさすがの力量だ。


 だけど、力も技術もヒミク以下の天使に俺が負けるわけがない。


 叩きつけられた車輪を思いっきり踏みつける。


 神から与えられた、きっと大切な武器なんだろうさ。


 カッと目を見開き、嫌悪感を抱き、怒気を放ち、全力で俺をどかそうと車輪を振り上げようとした。


 だけど、あいにくとその動作を認める隙を俺は用意していない。


 踏みつけると言う行動は、すなわち踏み込むということだ。


 お前が怒気を感じている隙に、お前の首筋にはもう刃が迫っている。


 お前が車輪を振り上げようと肩の筋肉に伝達したころにはお前の頭は宙を舞っている。


 お前が俺を殺している妄想をしている頃には、その頭は地面を転がって、体は地面に横たわっているだろうさ。


「さてと、残務処理に移るかね」


 相手の切り札が墜落したのならもう増援はない。


 対してこっちは、援軍要請をしているために増援の見込みがある。


 ゆっくりと余裕を気取ることはできないけど、心の余裕は作ることはできた。


「教官の方も、そろそろ終わりそうだな」


 味方が次々に死に、最後に残るのはやはり実力者か。


 勇者と呼ばれた部隊はさすがに健在。


 だけど、ところどころにけがをして、綺麗だった鎧も砂まみれ泥まみれ、額には大粒の汗を流し、治療した痕がわかるくらいに血まみれだ。


 それに対して大鬼はどうだ。


 あちらこちらを切りつけられたのだろうけど、その体に傷は残っていない。


 むしろまだ嬉々として、肩を回している余力がある。


 ようやくウォーミングアップが終わったといったところだろうか。


「もって、十分というところかね」


 支援をしていた、ペガサス騎士たちの残りは両手の指で数えられる程度。


 支援が減るということは、当然勇者たちの負担も増えるということ。


 となれば、必然と勝敗の天秤はこっちに傾くわけで。


「うーん、余計な真似をされる前に仕留めるか?」


 だけど、ここで手を抜いたら負けフラグが立ちそうな予感。


「教官、楽しんでいるところ申し訳ありませんが、時間切れです。余計なことをされる前に仕留めますよ」

「ああ?まぁ、仕方ねぇか。ちっ、遊びすぎたか」


 俺が鉱樹を肩に担いで、教官の方に歩み寄ると一瞬眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をしたが、戦場の状況を見れば俺の行動が正解なのは明白。


「だったら、さっさと片づけて酒飲みに行くぞ」

「戦後処理があるので、飲めるのは早くても三日後ですけどね」

「馬鹿野郎、祝勝会しないでどうする」


 勝ったも同然と、余裕の言葉を吐く鬼の様子に、勇者たちから怒気を感じるが、生憎とこれ事実なのよね。


 口ではこういいつつも、俺も教官も全く油断していない。


 少しでも相手の気が緩めば儲けもの程度の軽口。


「それは勝ってからのお楽しみですよ」

「馬鹿野郎、この程度の奴らに俺らが負けるかよ」


 その儲けは出なかった。

 さすがに、ここで気を抜いて怒るような阿保ではないか。


 それでも。


「それもそうですね」


 俺がふっと、脱力し、一気に足に力を込めてゼロ距離まで距離を詰めるのに完全に反応はできないか。


 驚き目を見開き、そして防御のために槍を体に滑り込ませたのはさすがだけど。


「聖剣いや、聖槍を過信しすぎ」


 物体は俺にとっては防御にならないんだよ。


 まだ年端もいかないだろう少年を切り捨てるのはさすがに罪悪感がある。


 だけど、かといって手心を加えるかと言えばそういうわけではない。


 誰かに指示されたから、そういう育て方をされてしまったから、この子供に選択肢がなかったから、生きるために勇者になるしかなかったから。


 剣を緩める理由はいくらでも湧き出てくる。


 だが、だからと言ってこっちを殺しに来た相手を許容できるほど、彼らは弱くなかった。


 ここで見逃せば間違いなく別の戦場で魔王軍のだれかを殺す。


 せめての情けとして、俺は斬られたことにも気づかれないように、その命を散らした。


 聖槍ごと体を両断され、目を動かすが、体がついていかない。


 なにせ、もう体は二つに分かれているのだから。


「おら、よそ見すんな」


 仲間が一瞬で倒され、一瞬の動揺が生まれる、その隙を教官が見逃すはずない。


 コンパクトにまとめた、きれいな拳は一切の遊び心を含まず、まだ少女であろう勇者の胸を貫く。


 あっという間に二人。


 圧倒的な戦力差に貴重な戦力は失われ、かろうじて均衡を保っていた陣形は瓦解、勝機は限りなくゼロに近くなった。


 血潮を振り払うように、鉱樹を動かし、一瞬の間を与える。


 教官も少女の体から、丁寧に拳を抜いて、一時の間を与えた。


 幼き心に与える、戦場の大人の唯一の情け、これで逃げれば見逃す程度の情けは俺たちにあった。


「そうか」


 だけど、その間を彼らは呼吸を整える時間に使い、陣形を再編成、その時にできる必殺の心構えで俺たちを殺そうとその刃を振るってきた。


 俺は落胆の意味を込めて、たった一言つぶやき、聖剣と切り結んだ。


 教官の方に大剣を振るう勇者が向かった。


 技術はある、だけど、経験が足りない。


 剣で戦うことに固執しすぎて、それ以外の攻撃手段が魔法だけとずいぶんと素直な戦い方だ。


 そういう相手は泥臭い戦い方に慣れていない。


 横一閃の攻撃に合わせて、俺が思いっきり踏み込んで足を上から踏み抜き、足首をへし折り、その痛みで動きが止まった隙に、肘当てで顎を打ち抜き、脳震盪を起こす。


 意識がもうろうとしても、反射で反撃をしようとしているが、軸足が使えなくなっていては鋭い一撃は出せない。


 そうなれば、俺が鉱樹を握り直し、振るう速度の方が圧倒的に早い。


 冷静に間合いを測り直し、鉱樹を振るえば、半分以上意識のない勇者には躱す術などない。


 これで二人。すぐそばで教官が大剣使いに回し蹴りをかまして大きくのけ反らせ、体勢が崩れたところに脳天にかかと落とし。


 俺も教官も、戦うと決めた相手には手加減などという戦士を侮辱するようなことはしない。


 俺は首をはね、教官は脳天を砕く。


 互いに必殺の一撃、援護で飛んできた矢など当たるわけがなく、首をかしげて躱し、そのまま突き進む。


 魔法も飛んできたが、そっちは教官の拳圧で吹き飛んだ。


 距離を取ろうとするなんて、無駄なこと。


 斬撃の間合いの外なら安全だと思ったか?


 言っとくが、俺の踏み込みの間合いはな、並みじゃねぇぞ?


 一歩で進める距離は散々鍛え上げているんだよ。


 地面を踏み抜き、そのまま砕いて跳びかかった。

 その踏み込んだ力がそのまま加速力に代わるというのなら、俺の突進力は音速を生身で突破する。


 弓矢を躱す気など毛頭ない。


 躱す暇があるなら、そのまま切り捨てて最短距離を進んだ方が早い。


 飛んで来た矢の数は五。


 一瞬で射った数としては多く、そして正確。


 だけど、それだけ。


 魔法を込めて、何やら早くなっていたり、追尾性があるかもしれないが。


 その魔法ごと切り捨ててしまえば、ただのゴミになる。


 足を止めるどころか進路変更もせず、そのまま弓を持っている勇者に肉薄し、必死に逃げようとする勇者を背後から切り捨てる。


「はぁ、逃げるなら。最初から逃げろよ」


 背後から切り捨てるのは、どうも後味が悪い。


 真っ向から勝負して勝ち切るなら楽しめるのだけど、それ以外だとどうも楽しめない。


 中途半端な態度を見せられるのが一番萎える。


 大きくため息を吐いて、鉱樹を肩に背負いなおす。


「さて、これで、終わりか?」

「おう、こっちも終わったぜ」

「教官」

「なんだかんだ言って、援軍が来る前に終わってたな」


 最後に、杖を使っていた勇者を教官が倒し終わり、この戦場での決着がついた。


 あとは残っている天使たちを処理すれば、ひとまずは戦闘を終わらせることができる。


「…」

「どうした?何か気になることがあるのか?」

「なんで、天使は引かないんですか?」


 処理と、冷静に判断したが、よくよく考えてみろ。

 ここで指揮していた指揮官は悉く、屠った。


 となれば、戦場でこれ以上被害を出さないために撤退するか、兵士が逃げ出してもおかしくはない。


「あ、そりゃ」


 天使という幾分か機械的な思考を持っている生物であっても、最下級の使い捨ての兵士であっても、この状況が負けが確定している戦場であるのは明白だ。


 となれば冷静に考え、撤退するのが筋。


 それなのにも関わらず、天使はこの場に居座っている。


「!まさか!」


 何かが終わってない。


 その条件を満たす物体は。


「くそ!」


 天から落ちた物体だ。


 地面に叩き落としたから、壊れたかと思ったが、それでも何か機能する物体が残っていたということ。


 そして、狂信者というのは何をするかわからない。


「こいつは、嫌な予感がするな。おい」


 突如として、倒した勇者たちが光って、俺の嫌な予感は的中し、慌てて焼き払おうと魔力を込めたがそれでは遅かった。


 武器ごと、光の球体になって、山の向こう、そう、浮遊要塞を叩き落とした方向まで飛んで行ってしまった。


 それは、戦場のあちこちで起きている。


 まるで戦場で逝ってしまった魂を回収するかのような光景。


 光が線状で天に上り、山なりで山の向こうに消えていく。


 教官も苦虫を嚙み締めたかのように、渋い顔になる。


 戦うことを楽しむ、その教官が嫌な予感といった。


 そしてその嫌な予感は、あっさりと肯定されてしまった。


「天使たちが、撤退していく?」

「負けることが確定したって悟って引いていくような姿じゃない。あれは、どっかのだれかが命令をしているな。逃げ方が綺麗すぎる」


 天使が突如として戦いをやめて、翼で空に舞い上がり戦場を離脱し始めた。


 本当だったら戦いに勝ったと勝鬨を上げたいのだけど、戦場の鬼たちもそのいきなりの行動に警戒心を感じているようだ。


「となると、ここからが本番って感じですかね」

「そうだな、あいつらが負けをあっさりと認めるとは思えねぇ」


 ここから何が起こる?


 必死に頭の中に叩きこんだ過去の資料を思い起こして、この状況と類似しているものを思い出すが該当するデータがない。


「ヴァルスさん」

「はいはい」

「何が起きている?」


 であるなら、知識面において俺よりもはるかにため込んでいる精霊に聞くしかない。


 戦う必要がなくなって、手持ち無沙汰になっているヴァルスさんを呼ぶと蛇の頭に乗ったヴァルスさんが現れる。


「そうねぇ、心当たりはいくつかあるけど」

「最悪のパターンを早急に」

「そうねぇ、この戦場であれだけの魂を確保できたんだから」


 困ったように顎に手を当てて考え込む彼女は。


「現世と天界を繋げる門くらいは呼び出せるかもね」

「天界の門?」

「ええ、そうなったら大変よ。特大の天界門ならこの世界のバランス、物理的じゃなくて概念的なバランスね。それを崩して世界統合が始まっちゃうの。でも、この程度の魂の量ならそこまで大きな門はできないと思うわ」


 自分の記憶から、起こりえる可能性をだして。


「それでも天界にいる神獣くらいが通れる門なら、いくらでも呼び出せるでしょうね」


 まだ戦いは終わっていないことを教えてくれた。



 今日の一言

 終わりはしっかりと確認すべき。





毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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[良い点] この展開胸熱 神獣って フェリは幼獣だったが どれぐらい強い?
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