720 決めれるときは決める
黒い波が巨大な浮遊要塞に向けて迫る光景って、なんだか悪役っぽいとふと思った。
向こうはきらびやかな城を携えての進軍。
うん、ダンジョンに挑む軍隊ってところも踏まえて、完全に物語だと主人公っぽいポジションだよな。
こっちは俺も含めて悪役面が勢ぞろい。
客観的にどっちが正義っぽいですかと街頭アンケート取ったらよほどひねくれている人がいない限り、向こうが正義になる。
「しかし、その正義も敗れ去るのであったと」
「なんだいきなり、向こうが正義だと思ってたのか?」
「いえ、ただ何となく。吟遊詩人が好みそうな歌だと俺たちって悪役っぽいなぁと思っただけのことですよ」
黒い波は相手の結界を侵食し、その結界を食い破る。
しかし、その結界を食い破ることで黒河波走は役目終える。
霧が晴れるように、そっと黒い靄は空気に霧散する。
結界を解除する。
それだけがあの魔法の役割、それで終わったと一瞬、敵は安堵する。
だが、すぐに異変に気付き体制を整えた。
うーん、やっぱり今まで戦ってきた相手と比べて天使はやはり実戦経験を積んでいる。
どうやってそんなベテランの兵士を生み出しているかはわからんが、今まで戦ってきた兵士と比べ物にならないくらいの反応速度だ。
それは砦を操る存在も一緒のようで、俺の攻撃が黒河波走だけで終わらないのがわかっていたかのように、結界で受け止めながらも砦を動かし、攻撃を避けようとしていた上に。
俺の隠し玉にも反応した。
「ま、それでも当たるようにするのが基本ってね」
黒い波が消え去った瞬間、魔法陣が展開、そこから突如として現れる氷の刃。
黒河波走の中に空間魔法で隠していた氷属性の刃。
物理的なダメージを考えるならほかにもあったが、今回は空中要塞ということでこっちを選択。
これもフシオ教官に教えられた魔法の一つだから当然、生易しい物理的な氷の刃というわけではない。
その氷の刃の効果は触れた存在を。
「そうするためには工夫も大事、その攻撃、普通に防御したら大変なことになるぞ?」
凍結させる。
一見すれば、長さ五メートル程度の氷の刃だ。
氷という質量、そして鋭利に磨かれた鏡面のような刃が砦を切り裂くと思われる物理的な攻撃だと思われる。
冷気という効果も想像はできる。
だから砦の直衛に回っていた天使たちが再び結界で防御しようとした。
だが、空間魔法で固定していたのは魔法という存在だけではなく俺の振り下ろした速度も封印している。
射出速度に加えて、俺の振るった速度が加わりすさまじい速度で氷の刃は振り下ろされた。
それを結界一枚で防げるものか。
減少しているが俺の斬るという概念も残っている。
たかが数人の天使で張った結界など、紙切れと強度の差はほぼない。
するりと結界は切り裂かれ勢いはそのままで、氷の刃は天使を凍結させ切り裂き、その役目を終わらせる。
そして大して勢いを殺せないまま攻撃はそのまま砦に迫り。
城壁にその刃を突き立てた。
周囲を凍結させて、深々と城壁に突き刺さり、一瞬静まり返る。
斬るという概念はそこまで付与できなかったが、しっかりと城壁に突き刺さってくれたのなら上等。
「凍り付け」
攻撃を城壁で受け止められたのなら相手からすれば最悪は避けれたと思うかもしれない。
だけどそうは問屋が卸さないってね。
俺がわざわざ氷なんて術式を使っていてただ突き刺すだけで終わらせるわけがない。
かなり離れている距離だけど、目視できるなら術式を開放することはできる。
キーワードをつぶやくだけで、氷の刃は瞬く間に爆発し、魔力を込めた冷気をあたりに撒き散らす。
「おい次郎、落ちてこねぇぞ」
「なかなか粘りますねぇ」
一瞬霧が立ち込めるが、上空にいればその霧などあっという間に吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた場所から現れたのは、三分の二ほど凍り付いた砦だった。
「おかしいですね、あの魔法、魔力を凍り付かせることもできるから浮遊魔法ごと凍らせることができるはず。そうしたらあの砦でも真っ逆さまに落ちると思ったんですけど」
「周りにいた天使どもは面白いくらいに落ちてるがな」
「浮遊させている重要機関をそう簡単に狙わせてはくれませんか。もう少し深い場所に打ち込まないとダメでしたか」
結果として白亜の城に、青い氷の化粧が施されてより一層幻想的になったという景観変化が戦果か。
効果がなかったか?と思ったが、少なくとも正面の砲門は凍り付いてしばらくは使い物にならないだろうし直衛の天使たちは殺虫剤を振りまいた時の羽虫のように地面に真っ逆さま状態。
程よく冷凍されているから地面に激突した瞬間、あの高さなら粉々になるだろうな。
「成果としては、しばらくはこっちの戦いに集中できそうですのでそれで良しとしましょう」
「あ?撃ち落とせねぇのか?」
「魔力はありますが…相棒の方が」
〝修行不足、不甲斐なし〟
ここでもう一つ追撃をしたいところだったけど、多重巨大魔法を展開したことで鉱樹に負荷をかけすぎた。
さっきから大魔法の連発をし続けてきたから、少し魔力の流れが乱れ始めている。
早々に折れたりすることはないし、何なら教官と全力を出して戦うことはできる。
しかし、その代償として相棒が今後一生治らないような壊れ方をする可能性もある。
「けっ、気合で何とかしろよ」
「数分で元に戻りますから、そこは考慮してください。効率的に無理に攻め立てても意味ないですし」
「それもそうか」
「はい、見た感じ今厄介なのは天使くらいですから。砦の方は、見ての通り凍りついてますからいったん放置でいいかと」
それを回避するための数分間のインターバルだ。
さっき放った氷魔法のおかげでこっちへの攻撃はしばらく収まるだろうからいったん小休止だ。
「ですのでここからは天使たちを迎撃しますか」
「雑魚ばっかりじゃねぇか」
遠距離の攻防にも一区切り、ここからは接近してきた天使たちの迎撃になる。
槍を構え、突撃してくる天使たちは鬼王の軍勢が弓矢で迎撃する。
その剛力で引かれた強弓は放物線を描くことなく、直線で天使たちの体を貫きにかかる。
魔法で防御を纏い、弓矢を防ぎながらも直進してくるが、何本も射かければさすがに貫き撃ち落とされる。
上空から魔法で攻撃しようとしても、対空射撃と射程が同じでは高低差の利を生かし切れていない様子。
「そうとも限りませんよ?奥の方に指揮官がいます」
前線で鬼たちと戦いを始めて、空にいる天使と地を走る鬼、これが天国と地獄の戦いかと言わんばかりの景色に俺は苦笑せざるを得ない。
しかし、こっちに襲い掛かってきている天使たちの質は部下たちに任せられるレベル。
鬼王の精鋭を集めただけに、統率をもってして天使たちを迎撃しているから俺たち将軍が出張るほどではない。
そのことに教官は不満そうだけど、俺はその中でも俺たちみたいに全体を指揮しているような天使を一人見つける。
「高みの見物とは趣味がいいな」
「熾天使、ではないようですね。翼が少ないですし」
「熾天使なんて早々生み出せねぇよ、あれなら少しは手ごたえありそうだが、物足りねぇな」
二対の翼を携えた天使は、ほかの天使よりも武装が豪華な天使を引き連れて戦場を見据えているかと思えばじっとこっちを見ている。
「攻めてこないということは、こっちが動くのを待っているんでしょうかね?」
「知るか。どっちにしろ、引きずり落とす」
実力差を理解して手出しできないのか、それとも、何か策があるのか。
「早めにするのをお勧めしますよ、砦が使えないことを理解して敵は数にものを言わせる戦法を選んだようですし」
「追加で戦力を派遣してきたか」
その策の一つが、砦から派兵された軍団というわけか。
凍った砦はそこで沈黙するかと思ったが、上空で別の魔法陣を展開してそこから天使を生み出す装置になった。
こっちの方が質はいいが、さすがに数は劣る。
今は一方的に天使を屠っているが、そのうちこっちの体力がそこをついたら被害が出始める。
タフネスに自信がある鬼たちだったら、一時間どころか、二、三日くらいなら平気で戦い続けそうだけど。
「こっちが動くことを誘ってますね」
「罠か?」
「あり得るのは、封印系ですね。陣地に設置するタイプは無理にしても、天使を媒介にした封印術式は使えそうです。数秒でも動きを封じて無防備になったところに神風特攻ってパターンが現実的に俺たちを攻略できる戦法です」
そのタフネスぶりも俺や教官が控えているという現実があるから冷静に機能している。
俺か教官、どちらかが倒れればそれも陰りが見えるだろう。
となれば、こっちの将軍が倒れないように立ち回らなければならない。
「力づくで突破するにしても、冷静に排除するにしても待たれたら面倒です」
「回りくどいのはいい、お前ならどうする?」
「面倒なので、封印術式ごと斬り飛ばします。発動しようが覆いかぶさってくる封印を後の先で切り捨てるまでのこと。教官でしたら、そうですね、空間ごと吹き飛ばすのはどうです?空気の壁を殴りつけるイメージでそこいら一帯を吹き飛ばせば封印もくそもないと思いますけど」
直感で動く教官は、俺の回りくどい説明に嫌気が差したようで、さっさとしろと先を促してくる。
それに頷き、この場で早々にできる解決策を提示する。
俺のやり方もそうだけど、教官の方法もなかなかの脳筋戦法。
普通に考えればありえないと一笑されるような代物だけど。
「なるほどな、それはわかりやすい」
それができてしまうのが将軍という存在だ。
肩をぐるぐると回して、歩き出す。
そのことに警戒し始める天使たち。
だけど、その反応はだめだ。
もし仮に、この鬼に対して戦うことを選ぶのであれば常に先手を取り続けて、自分のペースを維持しないといけない。
そうでなければ。
「いくぜ!!オラァ!!」
拳一つで、嵐を作れるような御仁とまともに戦うことはできない。
そこには本当に呼吸をするために必要な空気があるだけで、物理学的に言えば確かに物質は存在する。
だけど、決して拳を振るっても爆発した時のような音を響かせるような物質は存在しないはず。
ましてや、それが衝撃波を生み出して、破壊の波となって天使を吹き飛ばすようなことはない。
「ガハハハハ!!少しだけすっきりしたぜ」
その破壊の波が、天使を巻き込んで翼をへし折って地面に叩き落として、その近くにいた鬼たちにぼこぼこにされている。
「後続がいるので、教官はそのまま対空迎撃を続けてください。俺はあの砦を落としにかかります」
「おう!」
直接殴らず、間接的な衝撃波ですらこの威力。
こういう形で暴れるのも、悪くはないのか教官は上機嫌のまま拳を連続で振るって、空を飛ぶ天使たちを撃ち落していく。
弓矢と違って、教官の体力さえ続けば延々と天使を打ち落とせる対空砲撃が生まれた。
本当だったら教官が空に飛び出して、空中を蹴り上げながら進んでいった方が早いんだけど、後方に守るべき陣地があるからうかつに俺たちが動くことはかなわない。
妥当な判断と割り切る。
「相棒、そろそろ大丈夫か?」
〝応!〟
魔力を送り続けて、回復した相棒とまたもや大魔法の連射体制に入る。
さてさて、相手の思惑をそろそろ上回らないとな。
相手は相当の手練れ、油断も慢心もしない、全力で叩き潰すとしよう。
今日の一言
決断は難しいが、早めにするべき
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




