717 返答を待っている暇はない
「本部からの返答は…間に合わないか」
「仕方ねぇ、向こうも情報を把握しきれてねぇ」
緊急の伝令がもたらした情報は一転して、俺たちを窮地に陥らせた。
空中要塞の出現、それを守る天使の大群。
いったいどこからそんなものを持ってきたというのか。
おおよそ予想はつく、あれも神の持ち物ということか。
俺とキオ教官はたがいに装備を万全にした状態で、小高い丘の上に陣を敷いた。
本部、魔王軍の統括をしている社長に現状集められるだけの情報は送ったが、過去の歴史をさかのぼってもあの空中要塞の情報は出てこなかった。
ということは追い詰めたから出てきたのか、それとも新規製造していて最近になって完成したのか。
「連合軍が内部分裂を起こして、宗教派の勢力が独自で活動を始めた理由はやはりあれがあるからですかね」
「それだけじゃねぇだろうな。ほかにもきな臭いことはしてるだろうよ。本格的にむこうの神はこの世界を自分の物にしようとしているんだろうよ。まったく、むかつくぜ」
俺と教官の目には、豆粒程度の大きさの空中に浮かぶ存在をとらえている。
さらにその豆粒の周りに浮かぶ黒い靄のような物。
それすべてが天使の大群だというのが恐ろしい話だ。
「こっちの軍勢はおおよそ、三万。向こうは当然それ以上っていう状況ですね」
「ダンジョンにこもればもっと出せるが、ここで難民や周辺国を見捨てるわけにはいかねぇ」
「ええ、もし見捨てれば俺たちのやってきたことはすべて無駄になります。仮にこっちが無事でも、今まで流布していた心象というのは崩壊して講和することも難しくなります」
「俺たちの行動が裏目に出るとはな」
「あんなもの誰も予想していませんよ」
小高い丘を簡易要塞にして、急ごしらえであるが迎撃できるように準備はした。
ここいるのはキオ教官が用意した精鋭三万。
どの兵士たちも、死を覚悟してここを死守する覚悟を顔にともしている。
「今俺のところの戦艦とアミリさんのところから空中戦力を借りれるように要請出してます。それまで時間を稼げれば防衛しつつ俺たちが要塞に乗り込む算段がたちます」
「時間は?」
「俺の戦艦だけなら今日の午後には、アミリさんの方は防衛の再編もありますのでは早くとも二日、いえ、三日は見るべきです」
「戦艦一隻じゃどうしようもねぇな。三日持たせるか」
それは俺も教官も一緒だ。
兵士を残して俺たちが撤退するということはあり得ない。
それが魔王軍、覚悟を決めて戦うのが将軍だ。
「幸い、ここに将軍が二人もいます。まず負けることはありません」
「…いいのか?」
それがわかっていて、俺はあえて笑って見せたというのに、教官らしからぬ少し悩む声が俺の耳に入った。
正面から隣に立つ教官の方に顔を向けると、身長差から見下ろす形になっている教官が覇気を欠いた顔をしていた。
「スエラのことですか?」
「ああ、お前の権力を使えばもっと後方に退けることができる」
懸念しているのは俺のことか。
スエラはこの窮地になった際に、真っ先に後方指揮を執ることを志願した。
最初、俺はそれにすぐに反対したが、それはあくまで俺の個人的な感情だ。
それをすぐに見抜いた彼女は理詰めで自分がいた方がいいメリットとデメリットを天秤にかけ、いかに魔王軍の利益になるかどうかを語ってくれた。
その席に教官もいて、そして教官はそのメリットに賛同した。
二対一、反対も感情論という社会人からしたらダメな反対理由ということで俺はそれに承諾するしかなかった。
「気にしていないといえば、嘘になりますが。必要だというのも理解しています」
「次郎」
俺は職業軍人だ。
それも命令を下す側の人間だ。
だったら、その環境でやれる最善の行動をするしかない。
互いに心配しあうのは当然だが、それでも一度ぶつかり、互いの実力を理解し気持ちも伝え合った。
だから。
「問題ないです。俺が、ここであいつらを止めて倒せばいい。それだけのことです」
彼女の気持ちは、一層守らなければという俺の気持ちを強めるだけの好意だ。
「違いますか?」
強がりでも虚勢でもない。
堂々と、獲物を食い破る獣のような獰猛な笑みを教官に向けてやれば、一瞬呆けた後。
「違いねぇ」
同じような笑みを教官は浮かべた。
「でもどうするよ?俺の種族は飛べるやつもいるが、飛べねぇ奴が大半だ」
これで悩みの種はなくなった。
だったら、ここから先は現実で問題が芽生え、生えそろった草木を刈る時間だ。
鬼族というのは見た目通り、体格がよく、近接戦に特化した種族だ。
中には術師や諜報員といった少し特殊な個体もいるが、全体的に言えばその割合は少ない。
正面から行ってぶっ飛ばす。
それが彼らのポリシーと言えばいいのだろうか。
その誇りを体現しているように、鬼族は飛べる種族がほぼいない。
「空気を蹴り上げながら、沈む前に前に進むなんてことできませんかね?」
「それができるやつもいないことはないが、戦いで使えるってなると余計に数が少ねぇな」
「いないことはないんですね」
相手は空中にいる。
これだけでアドバンテージは相手にある。
こっちの攻撃が届かない状況で、相手は重力加速という凶器を味方につけて一方的に攻撃ができるのだ。
泣けてくるぜ。
こっちがそれと同じ土俵に立つには、空を飛ぶしかない。
だけど、空を飛べるような空中戦力がこちらは用意できていない。
「となると、超長距離魔法で迎撃して数を減らしますか」
「それが妥当だな。効くかどうかはわからんけどな」
「効果があればいい程度で考えますよ。幸い」
であるなら基本戦術は、対空迎撃による遅滞戦術ということになる。
「今の俺の魔力は、ほぼ無尽蔵です」
これはスエラが後方にいるという守りたい気持ちで吐き出している虚勢ではない。
だいたい、気持ちで魔力が無尽蔵になるのなら、戦闘狂揃いの教官の軍団は魔力無限軍団に早変わりだ。
仕掛けは単純。
「来ました」
「へぇ、こりゃ、殴りがいがありそうなやつが来たな」
後方、この迎撃拠点からだいぶ離れているのにもかかわらずその膨大な魔力を湧き出させる大精霊が召喚された。
大精霊トファム。
本来であれば農業の精霊であるが、今は別の役割として力を貸してくれるスエラの切り札だ。
それは拠点の守護というのもあるが、それ以上にスエラと俺のつながりを利用した魔力供給。
距離に限界はあるが、これくらいの距離なら十分に魔力供給を可能にしている。
「最高の誉め言葉ですね」
「だろ?」
後方の警戒をしなくてよくなり、さらには将軍一人に無尽蔵の魔力を供給できる。
これだけでチートを通り越して、バグレベルの戦力になっている。
「さてと、相手がどういう意図でこっちに来ているかは知りませんが、侵略の意志だけは理解しています。ヤリますか」
「おう、派手なのぶちかましてやれ」
ここから先は魔力を気にしない一方的な攻撃になる。
警告はした。
さきにハーピー部隊に警告を飛ばさせたが、それに対しての返礼はハーピー部隊への攻撃。
これによって、敵は侵略に来たと判断した。
もともと空中要塞を持ち出してきた時点で、侵略の意志は明確だったが、最終確認は必要だ。
だが、教官の同意もあったことで俺はここで新技を披露するとしよう。
最強の護衛がそばにいることもあって、ここで奇襲を受ける心配もない。
鉱樹を背中から抜き去り、根を接続、そして魔力循環を開始。
戦闘中であれば間違いなくできないであろう、砲撃魔法に全神経を集中させるという行動。
ただ目の前の敵にめがけて打ち出す、それに全神経を集中すれば普段なら放てない一撃を見舞うことができる。
潤沢に用意された魔力を術式に流し込み、鉱樹の循環によってより高純度の魔力に変換していく。
それによって、質の良い魔力で魔法が構成され、そこに概念を上乗せすることができる。
「えげつねぇ、さすがの俺もこれは防御したくねぇよ」
結果出来上がったのは教官ですら笑って、避ける宣言をするほどのえげつない攻撃だ。
「敵さんも流石に気づいて防御しだしたぞ。おい、次郎届くか?」
「届かせます」
その魔力量に、遥か彼方だというのに天使を丸ごと覆えるほどの巨大な結界を空中要塞は起動した。
こっちに脅威を感じた証拠。
その警戒心は正常だ。
これで普通に防御できると慢心されたら俺の攻撃を舐めているということだ。
その時はその慢心ごと切り捨てるつもりだった。
「幸い、こっちに近づくのは止めないようですし、よっぽどその結界に自信があるようで」
「そうか、だったらその自信で高く伸びた鼻はへし折ってやらないとな」
「ええ」
代わりに、その耐久力に自信のある結界を相手の自信ごと切り捨てるとしよう。
魔力装填完了、術式形成完了、概念付与、完了。
迸る雷、雷属性は俺の十八番ともいえる属性だが、今回の建御雷はちょっと違うぞ。
俺はスキルで刃を空中に打ち出すことができる。
それを装衣魔法で加工し、さらに斬るという概念を付与する。
大きく振りかぶって、限界まで引き絞った俺の肉体は血管が浮き出て、発射されるタイミングを今か今かと待っている。
そして、完成した魔法。
「建御雷、斬波!!」
対砦用、という名のとにかく巨大な物体を切り裂くことを想定した俺の魔法は発射された。
鉱樹を背中から正面にめがけて偃月の形で振り出された刃は、その空圧を可視化するかのように紫電を纏い一瞬で巨大な刃と化して空中に打ち出された。
雷を纏っているといっても、さすがに雷の速度は出せない。
だけど、音速を超え、光速に迫る速度で振り切った俺の斬撃と同等の速度で斬波は空中要塞に向けて飛んでいく。
さて、ここで問題だ。
概念攻撃というチート染みた能力であるが、これは遠距離攻撃にも有効であるか。
もし仮に、有効であるなら遠距離攻撃で斬りまくれば相手は簡単に輪切りになってしまう。
その仮説が成り立つ。
しかし、これはそう簡単にはいかない。
概念攻撃は感覚的な分野が多数を占める技術である。
なので割とデリケートな技でもある。
思念が相手の物理的な防御を上回らないといけないのだから、当然その力を発生源が近ければ近いほど思念は強化され効果は増す。
当然、距離が離れれば離れるほど、効果は減衰する。
斬波もそうだ。
たぶん、結界に接触するときは斬るという概念効果は込めた力の三割にも満たないだろう。
「次の準備に入ります」
相手の防御の性能がわからないから、油断も慢心もせず、次の攻撃に移る。
攻撃の行く末を見つつ、もう一度同じ技を準備する。
もし仮に、俺の概念攻撃を上回る防御手段を持っていれば、あの攻撃はあっさりと防がれる。
接触まで残り十秒ってところか、その間に次弾の準備を済ませる。
供給されてきた魔力を再び練りこみ、そして同じ術式にあてはめ、概念を付与する。
そしてちょうど、準備が終わったころに。
「当たるぜ」
教官の目でも俺の目でも見えていた攻撃の結果、当然兵士たちも固唾を飲んで行く末を見守っている。
魔王軍最強格の攻撃が通用するかどうかで、この後の戦いの士気が大きく変わる。
その結果が今出る。
斬波が結界に当たる、その瞬間。
「ふん!」
俺は第二波を放っていた。
「結界は切り裂けたぞ!!そのまま城も切り裂け!!」
結界を霧散させる俺の攻撃は、教官の大声と兵士たちの歓声の後押しを受けるのであった。
今日の一言
現場判断が必要な時はある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




