716 忙しい最中で、変化が起きると対応が面倒になる
難民受け入れ、そしてイスアル側の勢力の動向。
この二つを主にやりながら通常業務を行うのはなかなか大変だった。
俺たちがこの地域で活動し始めているのはバレているので、余計にこっちにちょっかいをかけてくる。
向こう側も前線に兵士を配置し、砦の増築、さらに密偵の数も増えて難民の流入が止まった。
それはあくまで主要道を通ってくる難民が減っただけで、命がけで山越えをしたりと抜け道を使って難民はまだ流入してくる。
「第八部隊の巡回結果、山の中で難民を保護、そのうち三割がスパイでしたが」
「最近増えたな。前線の方は?」
「一度大きなぶつかり合いが起きましたが、鬼王様が前線に出て砦を破壊してから大人しくなっています」
「まぁ、普通は総大将クラスの存在がいきなり先鋒になって突撃してくるとは思わんよな」
その対処を行う日々が日常になり、その忙しさにも慣れてきた。
現在、魔大陸では貴族連合に味方した蟲王勢力に対してフシオ教官と巨人王の二組が対応に当たっている。
ここに竜王も投入すると聞いている。
防衛は機王が対応に当たり、万全の盤面を作っている最中。
イスアル方面は樹王が最初は暴れまわってそっちに注目を集めることに成功、その間に俺とキオ教官のコンビである程度の地盤造り。
小国をまとめた対イスアル戦線を構築。
大陸経由と地球経由で補給路も確保したおかげで、急ごしらえにしては及第点の流れが作れている。
「ケイリィたちからの報告は?」
「地球、主に日本企業ですがそこから定期的に食料や鉱物を仕入れていることでだんだんと物価が値上がり傾向にあるそうです。なので日本政府の方からそこら辺を指摘されており、これ以上の物資の買い占めは相手の心境的にはよろしくないです。なので、日本国内からは少し抑え、海外企業からの仕入れに転換するといってきています」
「日本政府の心証を悪くしないようにしてくれ、もともと地盤が日本だからな、そこと関係を悪化させてしまったら元も子もない。それと、物資の受け取りは本社の方じゃなくて俺のダンジョンの方で受け取ってくれ。そのために港を整備したからな。今なら大型タンカー三隻分は収容できるだろ?」
「はい、ではそのように対応します。あと、技術部から報告です。原油加工の技術供与を受けたので、大陸の方で来年度から産油事業をできるめどが立ったと」
「早いな」
「魔法を使った突貫工事ですので、まだ安全面で確認が必要ですが、うちにはその手の作業が得意な種族が多いので」
「アンデッド、それもゴーストの強みだよな。物理的に呼吸とかがいらないから」
戦線を維持することが俺たち将軍の必要業務だけど、それだけで戦争はできない。
後顧の憂いをしっかりと排除しないと、安心して戦争はできない。
もし万が一、ここで補給路を断たれてしまったら本気でこの国の貴族たちの懸念通りの結果になってしまう。
それだけは何としても避けないといけないのだ。
だからこそ、物資補給の念入りな確認と、その補給物資を確保するための経済活動は戦時だからこそ重要になってくる。
「そのまま安定供給できるようになれば、一層こっちの軍の安定性が増す。地球の方に輸出できるようになれば一方的に買いつけをする環境も緩和することもできるようになっていく。まさに好循環の出来上がりだな」
現在産油できる地域は魔王軍によって直轄領地になっている。さらに、魔大陸には原油加工技術がほぼない。せいぜいが燃やして使う程度の技術しかない。それに比べて地球では、油田というのは国が喉から手が出るほど欲しがる戦略級の資源だ。
それを安定的に、市場価格を崩壊させないレベルでなおかつ日本が他国からひがまれないレベルで安く輸出できるようになれば日本も魔王軍を軽視しなくなる。
そこの交渉部分のバランスはうちの長寿で交渉事ばかりしていた腹黒狸がいくらでもいるから丸投げで問題ない。
ムイルさんに言わせれば、たかが齢数十年の若造を相手取ることに何を臆することがあるかとのこと。
うん、シンプルに経験値の差がえぐい。
「あとは、問題なく終戦までもっていければいいんだけど」
「最悪長期化することも考えられますから、それはあまり期待できませんね。問題を解決するために戦争をしているのに、その戦争が問題だらけなので」
「違いない」
後顧の憂いを断てるように立ち回れば、こっちは二つの世界を使いこなしていることになる。
第二次世界大戦で物量でアメリカが日本を圧倒したように、こっちも物量でイスアルを圧倒することができる。
それをやるためのやり取りであるのだが。
「人王様!?」
「何事です?」
問題というのはなんでこうも大人しくしてくれないのだろう。
伝令兵が慌てて駆け込んでくる。
その顔は焦りに染まっており、これだけでかなりの厄介ごとが来たことを察することができる。
スエラが冷静に対応してくれているけど、あれかなり嫌な予感がしているときの対応だな。
気持ちはわかるけど。
「はい!件の組織から暗号文が送られ、解読した結果、敵連合軍が分裂。帝国軍と開戦した模様」
「なぜに?」
そしてこっちにとって嫌なことが起きるかと思ったが、追い風ってレベルじゃない暴風が背中から押し寄せてきた。
だから、つい、そんな間抜けな声が漏れてしまった。
内部分裂?
え?
割と魔王軍が押している状況だよ今。
このまま様子見して地盤を固めようとはしているけど、時々教官の気を紛らわせるために相手の砦にちょっかいってレベルじゃすまない攻勢を仕掛けているからダメージは与えている。
その割にはこっちの被害は少ない。
このままいけば前線砦を抑えて、主要道の封鎖をいくつか行えるなって目算もたってきていた段階で内部分裂?
「罠か?」
「いえ、間違いなくこちらが指定している伝手での伝達なので…おそらく間違いないかと」
あまりにも都合のいい展開。
薬を使用している段階で、阿保だとは思っていたが…ここまで阿保だったのか?
戦力の分散って、これ以上にないくらいの愚策だろ。
件の組織、アンのいる組織からの情報でなければ裏を取らせるんだけど、彼女からの情報であるなら状況が激変する事態だ。
伝令兵も困惑している。
そりゃそうだ。
こんな簡単に致命的な情報を伝えるような情報網を構築しているのが信じられないのだろう。
「アンと連絡を取れ。至急確認したいといえばすぐに現れる。こちらの密偵も動かせ。難民キャンプの監視を強化。前線にも伝達相手が動く可能性も考慮して兵を増員。鬼王にもその旨伝達しろ」
「ハッ!」
だけど、これが事実。
嘘だろと戸惑っていると相手の混乱が収まってしまう。
おそらくここで何らかの行動が起きてくる。
すぐにできる指示を出して、今やっている仕事はいったん中断。
「どう見る?」
「正直、信じられないとしか。本来でしたらこのタイミングでこんな行動に出るのはあり得ません。真実でしたらチャンスです。即時部隊を展開して有利な環境を整えるべき、いえ、こちらの混乱を誘っている作戦として実は秘密裏に繋がっていて、こちらの突出した部隊を叩く作戦でしょうか」
戦況が変わった。
それも劇的に。
だから軍の動きをこっちも検討する必要があるんだけど、ありえないという頭の認識がはがれることがない。
どうすると頭を悩ませたが即座に決断することは当然できない。
だったらどうしろとと悩むが、答えが出ることもない。
スエラに聞いても彼女も半信半疑、いや、どちらかと言えば疑いの気持ちの方が強いか。
真実だったら絶好の機会と思っているのは俺と同じ。だけど、それが相手のウソの情報で部隊をダンジョンから誘き寄せることを目的にしていたら犠牲が出る可能性が高い。
「とりあえず、教官には情報の確認ができるまで大人しくしてもらうように頼むか。確定情報が出たら真っ先に飛び出してもらうことを条件にすれば大人しくしてもらえるはず」
「そうですね、今動くにはリスクがありすぎますね」
慎重に行動すれば、臆病者のレッテルを張られるかもしれないのが魔王軍だが、大事な局面を迎えていると感じた俺はここは待つことを選んだ。
いけそうな予感と、嫌な予感が半々というのもある。
「即応部隊も編成しておくか。必要になるかもしれないからな」
何がどうして、こうなったかがわかればまだ動きようはある。
「本国の方にも指示を仰ぎますか?」
「そうだな、報告と対応方針を聞いておく。現場対応するっていうレベルの話じゃなくなってきた」
そのための情報交換をしよう。
「ん?」
「これは」
とりあえずの行動方針を決めた。
だけど、それはもう少し待つ必要が出てきたようだ。
全力でこっちに走ってくる足音。
念話で伝えるのは傍受の心配があるからなんだろうけど、この慌てよう。
また何かあったか。
「伝令!伝令!!人王様に火急の要件あり!!大至急お伝えしないといけない事案が!!」
遠くから聞いてるだけで、かなりやばいことが起きているのがわかるくらいに焦っている叫び声。
おいおい、これ以上厄介ごとは勘弁してくれ。
嫌なことはよく重なるが、さっきの伝令よりも慌てている。
言っちゃなんだが、キオ教官の部下たちの性格はかなり図太い。
並大抵のことでは動じない、猛者ばかり。
しかも伝令という正確な情報を記憶しないといけない人員は余計に冷静さを求められ、そこら辺をしっかりと選定基準に考慮している。
そんな伝令が慌てている?
この状況だけで嫌な予感が止まらない。
「落ち着きなさい!!」
「はっ、はい!」
扉を開け、入ってくる鬼族の伝令にスエラが鋭い言葉を飛ばして冷静さを取り戻す。
直立不動で、息を整えた伝令。
「伝令!!巡回中の偵察部隊より報告!東の空に天使の大部隊を発見!まっすぐにこちらの方に向かっているとのこと!!天使の大部隊の後方には、巨大空中要塞も航行しているとの目撃情報もあり!!至急迎撃の準備を!!」
大声で叫ばなくても聞こえるが、これは叫ばざるを得ない情報だ。
「スエラ、至急鬼王を会議室に、君はハーピー部隊にスクランブルを。攻撃範囲に入らない程度で強行偵察をさせろ。接敵までの時間を知りたい」
「わかりました」
「はっ!」
連合軍の分裂、そして天使の軍勢による強襲。
この二つがいっぺんに起きたこと、これは何かある。
嫌な予感なんて関係ない、こっちがゆっくりと準備をしている間に相手は事態を間違いなく動かし始めた。
神が待ちきれなくなったか?
勇者という人類の切り札を無視して何か行動を起こしている。
念話で呼び出しを行うスエラを伴って、俺は執務室を出る。
空中を移動していることを考慮すれば、そこまで時間がない。
執務室にいる護衛は話を聞いていたのか、俺の指示を待ってくれている。
「緊急発令!!対天使戦闘用意!!本拠地にいない部隊を呼び戻せ!!難民を避難施設に誘導しろ!時間の猶予はない、急げ!!」
「「了解!!」」
鬼たちが走り出すのを見送っている時間もない。
「人王様、鬼王様も一分で向かうと」
「わかった。本部との連絡ラインを作ってくれ、魔王様にもお伝えする」
「緊急回線を使います。大至急の増援を依頼します」
「…いや、増援は保留だ」
そんな中でも冷静に考えろ。
考えろ、敵の目的を。
今日の一言
忙しくても、頭は冷静さを保て。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




