715 命からがら生き残った奴は、笑うしかなかった
Another side
「いやぁ、本当に何あれ。死ぬかと思ったんですけど」
冷や汗を額に垂らしながらダズロは顔を隠すために用意したローブを脱ぎ去り、そっと木の幹に背中を預けた。
「君もさぁ、なんで本領を発揮しようとしちゃうわけ?もし君が本気を出したらあそこら一帯焼野原だよ」
彼の役目は難民を襲おうとした部隊の撤退命令を伝えることだった。
本来だったらそんな役目は下っ端がやればいいことだったのだが、その部隊の指揮官がトライスの中でも権力を持つ大司教の直属の騎士だったのが始末に負えない。
並みの貴族では門前払い、かといって王族経由では間に合わないということでアンリ姫の命令でダズロは部隊の説得に赴いていたが、それは間に合わなかった。
魔王軍の中でも最大戦力に数えられる将軍と戦っていると誰が考える。
それも一方的な蹂躙で、全滅一歩手前、おまけに指揮官は捕縛されている。
このままだとこちら側の情報が抜かれて不利益が生じる。
それを理解したダズロは大きなため息とともに、戦場に介入してどうにかしようとしたが、最初に考えていた予定は大きく崩れる。
「…」
「ああ、はいはい、君が無口なのは知っているよ。答えを求めていたわけじゃない。おじさんが愚痴りたいだけだよ。いいじゃないか、最低限の目的しか達成できていない事でお嬢のお説教は確定したわけだし、少しくらい弱音を吐かせてよ」
まず最初に奇襲を仕掛けて魔王軍の将軍を捕虜から引き離そうとしたけど、それはあえなく失敗。
本当だったら自分でどうにかしたいところだけど、実力的に無理だと即座に悟った。
だから仕方なく、姫様から預かった黒騎士を投入した。
その隙を使って捕虜に転移で近づこうと思ったけど、ダズロが知っている黒騎士の実力を大きく上回る将軍に顔が引きつって援護を開始。
それでも押し切れない。
さっきまで苛烈に戦っていた黒騎士は、その戦いの面影を一切残さず、ぼーっと木の脇に立っている。
「はぁ、自信無くすよね。これでもさ、帝国ではそれなりの実力者で通っているわけで。だけど逃げるのが手一杯って笑わなきゃやってられないよ。あんな化け物があと六人もいるわけ?冗談でしょ?魔王を倒せれば何とかなるっていう目算が崩れちゃうよ」
おまけに反撃を受けて命からがら逃げる羽目になり、どうにか隙をついて捕虜を救助しようと思ったがそいつらは所謂、無能な上司という部類な奴ら。
信心深いのはいいことだが、魔王軍から逃げることは恥と言って、戦えていることがイコール互角と映っているくらいの節穴とお花畑の頭を説得している暇はダズロにはなかった。
この後も邪魔になる。
そう確信したダズロは、早々に捕虜を無力化してその場で処理を施した。
あとは撤退するだけだったけど、その援護ができていないわずかな時間で黒騎士が窮地に陥ると誰が考えた。
黒騎士の正体を知るダズロは世の無常を嘆いた。
姫の目算の甘さを理解していたが、それでも修正ができるレベルだと思っていた。
だけど現実はどうだ。
ダズロは自分の実力を冷静に分析した。
相手にダメージを通せる術式はいくつもある。
当てさえすれば、殺しきれるとも思っている。
だけどあれはだめだ。
魔法使いと決定的に相性が悪い。
万物を構成し、魔力によって操ることが魔法の真理だとするのなら、あの魔王軍の男がやっていたのはその真理の破壊だ。
万物の結合を切り裂く破壊の刃。
ありとあらゆる魔法があの剣術の前では無力と化す。
それも相手に通用するための魔法を生み出した魔法に対するリスクに対して、相手は斬撃を一つふるうだけで消し去れるというローリスクという割の合わなさ。
即座に勝つということをあきらめ、戦わないように立ち回るか相性のいい相手を見繕った方がいいと思ったが。
「はぁ、本国にいる頭の固い連中を全員ぶつけて、一個旅団規模の騎士を用意して…だめだ。それで勝てるかもしれないっていう目算しかたたない。罠に嵌めようにもああいうタイプって妙に勘が鋭いんだよなぁ。それに、こっちの黒騎士の本領をなんか勘づいて向こうも本気を出していなかったし。ああ、もうヤダ。どこか田舎に引きこもって研究に明け暮れたい」
その勝つための目算が立たない。
策略を仕掛け必要最低限の戦力で倒そうにも、その必要最低限の戦力ですら今の連合軍にはひねり出すこともできないような戦力が必要だと理解して大きくダズロは溜息を吐く。
「…」
「ああ、はいはい。わかってますよ。さっさとお嬢のとこ戻りますかね。まったく、この黒騎士の元の人格はどういう人間だったのか」
そして今ダズロがもたれかかり、簡易的な結界を備えているこの木もいつまでも安全というわけではない。
静かな黒騎士の無言の圧力に負けたダズロは、そっと木から背を離す。
さっきの戦場から数十キロ単位で離れているが、相手の直感を考えると次の場所へ転移するための魔力を回復したのなら早々に離脱するのが吉。
転移陣を展開し、ダズロは撤退をする。
「おっと、来客ですか」
はずだった。
とっさに展開した魔法陣。
それが防御術式で、その防御によって防がれたのは光の槍。
「へぇ、まさかあなたたちが私に用があるとは思っていませんでしたよ。仮にも今は味方ですよ?」
その槍を放ったのは、白色のローブを着込んだ一人の少女。
黒騎士が前に出て、ダズロを庇う。
白いローブに描かれた紋章はトライスが掲げる紋章。
そしてそのローブを着ることを許されているのは。
「勇者がひのふのみのよの、おやおや、私ごときに五人も出してきますか」
勇者だ。
「量産に成功したとは聞いていましたが…このタイミングでこっちを狙ってくるということは。本当にお嬢の懸念が当たりましたか。一応聞いておきますが、帝国抜きで魔王軍とやりあえるって本当に思ってますかね?」
最近のトライスの行動はおかしくなる一方。
連合の足並みを崩すようなやり方、帝国の消耗を狙ったような行軍。
そして決定的になったのがダズロを狙った襲撃。
「…」
「ははは、これじゃまるでうちの黒騎士みたいですね。勇者っていうのはもう少しまともな奴だって思ってましたけど」
軽口で時間を稼ごうにも、向こうは会話すらしてくれない。
各々別の形の聖剣という名の兵器を取り出し、ダズロに襲い掛かってくる。
「本当に面倒なことをしてくれますね!?」
黒騎士を抑えるのに三人、残りの二人がダズロに襲い掛かってくる。
さっきの将軍との戦いと比べれば圧倒的に楽であるとダズロは感じるけど、面倒なことはしないに越したことはない。
「さっさと逃げたいですけど…はぁ」
こんな無駄なことをしている暇はない。
であれば、尻尾を巻いて逃げるのが利口だとわかっている。
ダズロはさっき不発に終わった転移魔法を展開しようとしたが、転移陣を形成しようとするとその魔方陣が分解される。
「どこかから干渉を受けますか。相当私をいえ、私たちをこの場で殺したい様子ですね」
見えていない場所で結界を張られ、そこに閉じ込められた。
下手をすれば近くにいるであろう魔王軍に気づかれかねない愚行。
いや、むしろ気づかせて魔王軍と激突し消耗を狙っているのかとダズロは推察する。
どこまで独善を貫いたら気が済むのだと、ダズロは溜息をこらえて勇者という名の奴隷たちの相手を決意する。
「量産型の中でも質のいいのを揃えてきたようですね!しっかりと連携を仕込まれていますね!!」
魔法使いにとって、前衛を懐に入れさせないことが一番の理想の戦い方。
そもそも、ダズロは戦闘系の魔法使いではなくどちらかと言えば研究肌のタイプだ。
戦うこともできるというだけで、実力は持っているけど本気で戦うことは好まない。
けれど命の危機と言う事なら話は別。
素早く魔法を展開して、勇者と渡り合うのはさすが宮廷魔導士と言えばいいのか。
いや、それとも宮廷魔導士だから勇者と渡り合えるのか。
勇者とは本来であれば、最強格の存在。
常人の天才では渡り合えない存在なのだ。
それを愚痴交じりに相手取ることによってダズロの実力の高さを物語る。
間断なく、きれいに連携を見せる量産型勇者の攻撃を避けつつ、さりげなく魔法を駆使して距離を離したダズロがまずやったことは。
「はぁ、おじさんに若い子の相手をさせるってどんだけ鬼畜なんですか。おじさん、こんなに全力で動き回ったら筋肉痛になってしまいますよ。それも三日後に来るやつです」
身体強化、そして持続回復魔法を重ね掛けした。
ほのかに光るダズロの体。
これで年齢の割に無茶ができると安心した彼はそのまま攻撃を避け続ける。
そもそも相手の攻撃を避け続けている彼は、余裕の態度を崩さない。
魔王軍が来るまでのタイムリミットが存在するのにも関わらず、焦りというのを見せない。
それはすなわち彼の方が勇者よりも実力が上だという証拠だ。
質が良いと口にしていたが、それはすなわちある程度相手の実力を測れている証拠だ。
「うーん、でも聖剣はいまいちって感じですねぇ。聖剣の量産体制はうまくいっていない様子ですねぇ」
じっくりと観察するように、目線を動かしながら、攻撃できるタイミングをあえて見逃し、相手の実力をダズロは測る。
「これなら、できますかね?黒騎士さん、そっちの三人は殺していいですよ」
そしてある程度測り終えたダズロは、そっとわざと手加減させていた黒騎士に指示を出した。
その瞬間、黒騎士の動きが変わり、瞬く間に勇者の体に白刃を走らせ鮮血を散らす。
中には首を切り裂かれ、致命傷になった勇者もいた。
「うーん、やはり黒騎士さんは普通に強いんですよねぇ。やっぱり今回の魔王軍がおかしいんですよね。下手したら魔王級が勢ぞろいなんてことが起きているのかも」
黒騎士が苦戦していたという先入観を払しょくするために、あえて様子見をしていたが、しっかりと勇者を撃退することができた。
戸惑うような動きを見せなかった勇者たちの瞳はどんよりと鈍く。
感情というのを抑制しているのが見て取れる。
「機械的に動いていいのは一般兵だけですよね。ここまで主戦力級になると感情も立派な武器になる。それがわかってないんですよね」
勇者の質、そして装備の質、さらには運用の仕方にもダメ出しをしたダズロはもういいと判断し、あっさりと勇者を魔法の鎖で拘束し。
「ま、私としては研究材料が手に入って万々歳ですけどね」
心臓にめがけて、掌底を叩き込む。
魔法を伴ったその一撃は、雷鳴がほとばしり、勇者の体を痙攣させ、意識を刈り取る。
「はい、確保完了っと。これでお嬢の機嫌も少しはましになるでしょ。もう一人も連れていきたいところですけど、封印施設のことを考えるとこれで十分でしょう」
実力を隠し、そしてその情報秘匿によって相手を圧倒する。
それがダズロの戦い方。
そしてその秘匿によって過剰とも思われた勇者一行は血の海に沈む。
「さてと、そろそろこっちを監視している方には魔王軍が食いつくでしょうし、おじさんたちはお暇しましょうか。やっばい気配が近づいてきておじさん背筋が寒くなってきたよ」
さらに、自分たちの脱出ルートをほかの勢力を利用して確保する。
魔王軍を呼び寄せるために、わざと戦闘を起こして、そして最初に別動隊に気づかせるために使い魔を利用して迎撃をさせた。
先ほどの戦いと一緒で、ダズロは疲れたと一言残して黒騎士を引き連れて再び転移魔法で去っていくのであった。
この世界の戦いの趨勢はこの一戦で別方向に傾くのであった。
Another side End
今日の一言
本心をひた隠しにする奴は危険だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




