714 増員を頼んだ後に仕事が終わっていることってよくある。
「それで、俺が来るまで足止めできなかったっていうわけか?ああ?」
「申し訳ありません」
派手にやらかした戦場後で、俺は教官に睨みつけられていた。
かの鬼の機嫌を一言で表せば不機嫌、それも超がつくほどの不機嫌だ。
腕を組んでいるのにもかかわらず、二の腕には血管が浮き出ていて、どれだけ力が込められているかうかがえる。
ただでさえ、迫力のある顔なのに不機嫌という要素が絡まるだけで、応援で現場処理をしてくれている部下たちが触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに全力で我関せずを貫いている。
おまけに魔力もじわりじわりとこぼれているからより一層人を寄せ付けない。
スエラに頼んだ救援要請の信号、赤は緊急を意味して、俺と同等の戦力を即座に派遣してくれという信号だった。
それに従って、難民を回収しようとしていた部隊を始末していた教官の元にスエラが伝令に走り、そのまま伝えて、速攻で片付けてここに駆けつけてくれたタイミングで俺は火澄を取り逃してしまったのだからこれも仕方ない。
自分の失態を隠すことせず、素直に頭を下げる。
「相手の方が逃げることに専念してしまって、油断しました」
相手が一枚上手だった。
逃げれるタイミングの分水嶺をしっかりと見極めていて選択肢を確保し続けて、逃走経路もしっかりと確保していた。
この点で、俺は相手の実力を見誤ったと言うことだろう。
「ちっ、こっちに歯ごたえのあるやつがいるから来てやったのに」
説教というのは自分の間違いを理解していない奴に教える動作で、俺が怠った点を理解しているとわかった教官は舌打ち一つのこして、その怒りを抑え込んだ。
理不尽に怒っているように見えて、その実理不尽に怒ったケースは少ない御仁の対応。
それで次の話に進むことができる。
「そもそも何で救援要請なんて出したんだ?取り逃がしたってことは相手の実力はお前よりも下だったってことだろう?勝てる戦に何で俺の力がいる」
それは教官も一緒のようで、不機嫌さは無くならないものの、俺の行動の不可解さを聞いてくれる態度は見せてくれる。
「有体に言えば、勘ですね」
「あ?」
普通ならここで根拠を示さないといけない場面なのだが、俺の根拠は証拠性の欠片もない本能的な部分だった。
普通ならふざけるなと怒られるような場面だけど、教官の場合は逆にさっきの不機嫌さを消し去り真顔になるくらいに重要な要素だった。
「俺たち二人が揃わないとヤバいと思ったのか?」
「ええ」
この世界で勘はバカにできない要素だ。
何か本能的な部分が危機的要素を察知して、それを回避する。
それがこの世界での勘の役割。
それはステータスが上がれば上がるほど、未来予知めいた何かを探り当てれるほどの要素を引き出す。
直感タイプではないフシオ教官ですら、その要素をないがしろにすることはない。
ましてや直感と本能で動くキオ教官がその要素をないがしろにするわけがない。
「確かに実力を客観的に言えば、火澄と俺の実力は隔絶とまではいきませんが、だいぶ差がありました。剣技、魔力量、経験、どれをとっても負ける要素はありません」
「その要素を上回る何かがあったってことか?」
「はい、具体的になにかと聞かれれば、わかりません。追い詰めてもう相手に抵抗できる力もないと確信しても、何かその確信に待ったをかける気持ちがありました」
待てと言う暇もなく、速攻で消え去ってしまった火澄と魔法使い。
今思えば、その魔法使いはその何かを発動させないように火澄を連れ去ったと見ることもできる。
「……そんな戦力を向こうは持ってるってことか。益々取り逃がしたことが悔しいな。最近本気でぶつかれる機会が少なかったからよ。お前から逃げおおせた魔法使いも随分と手癖が悪かったみたいだしな。こりゃ楽しみが増えたぜ」
「こっちからしたらマイナス要素ですけどね。相手の切り札は少なければ少ないほどいいですから」
おまけに魔法使いの方は教官の言うように手癖が悪い。
「人王様の言う通りですよ、敵が勝てる要素は最小限にすることに越したことはありません」
「スエラ」
その手癖が悪い理由を持ったスエラが姿を現す。
周りに部下がいるから、スエラは俺のことを名前ではなく役職で呼ぶ。
ローブを着込んで、魔法使いのような恰好の片手には少しミスマッチなタブレット端末が握られていて、そこには現場からあげられた報告がまとめてあるのだろう。
その情報を俺たちに伝えに来てくれたのだろう。
「んだよ、そんなこと言ってて本当は次郎の野郎が危険なことをしてほしくないだけだろうが」
そんな毅然と真面目な姿をしているスエラを面白くなさそうに見つつ、ちょっと揶揄う教官。
「当たり前です。人王様が危険だと聞いて気が気でなかったんですから」
「可愛くねぇ反応だな。前までは揶揄うだけで顔を赤くしていたのによ」
それに反応することを面白がっていた教官であったが、何度もからかわれていては反応も薄れるという物。
スエラはニッコリと微笑みつつ、しっかりと返せるようになっていた。
その反応は教官の求めていないモノではあるが、それはそれと、仕事の報告を続けるためにスエラがタブレットを操作している。
「私も成長しているのですよ。それで、今回の人王様の行動は間違っていないと思うと言うことで話を進めます。現場検証の報告をしてもよろしいですか?」
「すまん。そっちの様子はどうだ?」
「結果だけを先に言えばだめです、次郎さんが確保した人質ですが綺麗に死体が処理されていました。あれでは不死者として蘇させるのも無理です」
さっきの魔法使いの手癖の悪さを証明するように、スエラは困ったように眉を垂らして頭を横に振った。
せっかく情報源として確保した人質が全員死亡していたのだ。
それもしっかりと処理しているから、アンデッドにして情報を抜き取ることもできない。
「戦果として、鬼王様と人王様で合わせて一万近くの被害を与えられたのは良いことですが、そこまでして情報を隠匿する理由が気になるところです」
結果的に俺がやった戦果としては一個の軍隊を殲滅したというもので終わってしまった。
心配して本拠地の指揮を別の人に任せてこちらに駆けつけてくれたスエラは、その結果に対して満足はしていなかった。
一万人規模の軍団を蹴散らしたというのは普通に考えれば大戦果だけど、それよりも優先して処理された情報の方が気になるようだ。
「だけど、それを追うことはできなくなったわけだ」
「そうですね、気になりますが気にし過ぎなのもよくありませんね。幸い、人王様が最初に指示していた難民の受け入れへの噂話の流布は出来ました。後はしっかりと防諜の基盤を作れば問題はないかと」
少し眉間に皺をよせていたが、すぐに肩の力を抜いて、気持ちを切り替えたようだ。
今後の方針としては樹王と鬼王の二つのダンジョンがイスアルに来ることが確認されてしまった結果となる。
地盤を固めきるには至らないが、それでも国家基盤として運用できるレベルまでには持っていけた。
しばらくは専守防衛に努めて地均し作業に邁進するだろうけど、それでもイスアル側からしたらだいぶ嫌な展開のはずだ。
「そうか」
「ふん、しばらくは詰まらん戦になりそうだな」
「定期的に打って出た方が牽制になりやすいと思いますよ。復興程手間がかかる物はありませんから」
教官にとってもあまり面白くない展開ではあるが。
それにしても、スエラが気にしないと言いつつ、やはり魔法使いがした処理の仕方は気になる。
気にし過ぎなのかもしれないけど、気にしないとマズイ予感もしている。
本来、不死者を作ることはそう難しいことではない。
だが、それはあくまで知性を消失させて命令に従うだけの低級アンデッドに限る。
知性と記憶を保持するには、最低でも中級、理想を言えば上級アンデッドが理想だ。
だけど、上級を作るとなるとその肉体、特に魂の部分が重要になってくる。
下地が悪いと良質なアンデッドは作れないのだ。
それを相手は良く熟知し、頭部と魂を徹底的に壊していった。
頭部を壊しても、最悪魂が残っていればゴーストとして蘇させることができた。
だが、それもできなかった。
魂を壊せる。
あるいは昇天させることができるほどの実力者。
それをするためには相応の手間と時間が必要。
そんなことをする必要があった。
そんなことをしてまで秘匿するべき情報があったと言うことだ。
「人王様?」
「何考えている?」
「あ、いえ」
それを理解したからこそ、逃がした獲物の大きさに嫌な感じが残っているというわけだ。
それが顔に出ていたのか、気づけばスエラと教官は俺の方を見ていた。
「どうも気になることが多すぎて、どこから片づけるべきかって悩んでいただけです。まずはエヴィアに報告を上げるための報告書作成からですね」
それが何かわからない。
だから、それを言葉にするために整理する時間を求めた。
「ああ、うちのテスターが敵に寝返ってたって言う話だろ?」
不完全燃焼という状況で、さらに機嫌を損ねるような事実を言うのはできれば避けたいところだが、ここで避けれる話題でもないのでそのまま話を進める。
スエラとしてもあまり聞きたい話題ではないだろう。
川崎翠という実例がいる分、テスターの裏切りという言葉は魔王軍にとって過敏にならざるを得ない話題なのだから。
「確定ではありません」
「だが、お前の見立てじゃそいつは火澄の野郎だったんだろ?」
「ええ」
言葉を濁すことは本来この鬼の前では使いたくないのだが、場合が場合だ。
何か事情があるのは間違いない。
それを加味しての返答に、一定の理解を示してくれるからこそ、教官は嫌悪感こそ隠さないものの会話はしてくれる。
「お前の命を狙った。だったらそれは裏切りって言うんだよ。どんな理由もその事実の前じゃ意味がねぇ。それがうちの流儀だ」
「……理解はしています」
「納得させとけ。そうじゃないと死ぬぞ」
そしてこうやって厳しいけど、教えてくれる。
戦場で知り合いだからと、手を抜いてしまえば死ぬのは己。
それは俺も理解していた。
だけど、納得はしていなかった部分がある。
仲がいいわけじゃないが、北宮にとっては幼馴染、その部分が戦う俺の意志の足を引っ張ったのは事実だ。
そこをどう処理するか、それを考えなければならない立場。
魔王軍は決して裏切者を許すことはない。
何か事情があるなら情緒酌量の余地も出てくるが、逆に言えばそれを調べて擁護するような行動は日本ほど充実していない。
俺に襲い掛かったという事実はどうあがいても消すことはできない。
その事実を覆すための判断材料を率先して用意しなければ火澄の明日は俺たち魔王軍が刈り取ってしまう。
俺が相手なら手加減の余地はあるが、他の将軍とぶつかったのなら間違いなく命はない。
「了解しました」
だけど、その俺でも手加減をするという余裕は次はないと思っている。
恐らく、今日の戦いである程度の実力を測られ、対策も講じてくるはず。
それを鑑みると俺自身も次は全力で殺しに行く必要がある。
次に会ったときが火澄の最期の日にならないことを切に願うのであった。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




