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713 不意の再会は…

 

 おいおい、なんで火澄がここにいると一瞬動揺しかけたが、その動揺を狙って白刃がのど元に突き出された瞬間脳が冷めて、冷静に首から脅威を引きはがす行動に移っていた。


 不安定な姿勢だから相手の剣を切り落とすなんてことはできないが、しっかりと弾くことはできる。


 しかし、火澄の奴どうしたんだ?


 昔のあいつなら綺麗ごとをやたらめったら叫んで、こっちのメンタルを削りに来るんだけど、容赦が一切なくなっている。


 俺の顔を見て全く反応しないって言うのもおかしい。


 あいつのことだから仮に俺の行動が間違っているのならそれを理由に非難しながら攻撃してくるんだけど。


「……なんかされてるな、おい」


 それをしないで黙々と俺を殺そうとしてくる。

 なんだかんだ日本の常識を捨てきれない、典型的な勇者思考の火澄がこうも機械的に動くことになるとなると何かきっかけがあると思う。


 とりあえず、殺すのは一旦なしの方向で。


 建御雷のおかげで援護は無くなったから十分に余裕を持って戦うことができる。


「腕の一本や二本は覚悟してくれよ。大丈夫、あとでくっつけるから」


 やることは火澄の無力化とわかりやすい行動指針に、脳は瞬時にやるべきことを指示してくれる。


 この際人質が殺されても問題ない。


 むしろその人質を殺す瞬間を狙って無力化する。


 ヴァルスさんを呼べばもっと簡単に無力化できるかもしれないが、俺の勘が今は召喚しない方が良いと言っている。


 何かある。


 それの正体がわかるまでは切り札は使わない。


 魔力も温存していかないとな。


「随分と腕を上げたな!!行方不明は実は修行の旅とかだったか!?」


 軽口を叩きながら鉱樹を振るって相手の無力化を謀るが、こいつ、俺の斬撃が危険だって言うのをわかっていやがる。


 全ての斬撃に、斬るという概念が付与されている俺の攻撃に防御は基本的に無力だ。


 例外はあるけど、それでも強力無比なのは違いない能力だ。


 だけど、火澄はこの能力は知らないはず。


 あいつが連れ去られる前にもその能力っぽいことは使えていたが、教えるようなことはしてない。


 いや、もしかしたら人伝で知ったか?


 攻防の中で防ぐという行動を制限されて、火澄は動きづらそうにしている。


 その動きが俺の能力を知っていることを示している。


 となれば特級精霊のヴァルスさんの能力も知っていて、それを防ぐ術を知っている可能性もあるのか?


 だから嫌な予感がするのか。


 それを確信するためには召喚をしないといけない。


 そのリスクと現状打破のメリットを天秤にかければ、自然と後者の方が優先度が低いことはわかる。


 なら、シンプルな戦闘で決着をつける方が良いか。


 それと念のため、スエラに緊急連絡信号送っておくか。


 この戦いに正々堂々と戦う意義を見出せないから、実利優先で隠し持っていた腕輪型の魔道具を起動。


 これは救援要請を送るための魔道具で、対になっている魔道具が三パターンの信号をキャッチしてそれを相手側に伝えてくれる。


 シンプルな構造をより洗練されたジャイアントたちが作ってくれているおかげで、ダンジョンの奥深くでもその信号を転移させてくれるという優れ物。


 欠点として単純な信号を送ることしかできないけど、あらかじめ信号のパターンを決めておけば問題ない。


 青、黄、赤と三パターンが選べて、俺は迷わず赤を選択した。


 これでスエラが行動を起こしてくれる。


 後顧の憂いはこれでなくなった。


「おいおい、無視とは寂しいじゃないか!!これでも一時は師弟関係だったじゃないか!!」


 後は集中して戦うだけだ。


 こっちの世界で戦闘技術を学ぶようになって、つくづく思うことはどんなに弱い存在でも番狂わせを起こすことができるという事実だ。


 俺のように魔力適正を死にかけることで突破する方法があったり、魂を燃やして一時的であるが社長を足止めできるほどの力を得たりと犠牲を前提にすればなんでもできてしまう。


 今のところ火澄の力は、異常にまで成長し俺とまともに斬り合うことができる程度には身体能力が上がっている。


 技術はまだ拙い部分がある。


 だけど、体を制御できる程度の技術はある。


 これだけでも十分に異常だ。


 仮にも魔王軍最強格に数えられる俺と正面から戦える。


 これが異常事態と言わんで何という。


 たった数ヶ月で追いついた原因が何かあるはず。


 勇者を作るような技術を転用したか?


 まったく口を開かないから情報収集もできやしない。


 こっちからの挑発に表情筋が死んでいるのではと思うくらいに無表情を火澄は貫いている。


 そんなことをしている間に鎧はどんどん再生していく。


 切り取った兜も再生し始めている。


 徐々に顔も覆われる。

 そうなってしまえば表情から相手の情報を得ることはできなくなる。


 他に何かないか?


 相手の動きを捉えるために視覚を頼ることはできない。

 嗅覚は血の匂いをかぎ取ることはできても他の繊細な情報を取ることはできない。

 聴覚は攻撃音を拾うことはしても、それ以外の動きは感知していない。

 触覚は高速で動き回る体の負荷を伝え続ける。


 五感で感じ取れる情報は確信に至る情報を提示しない。


 援護が無くなってから火澄は防戦に徹している。


 こっちに押し切られない程度の反撃を除けば、攻撃はほぼなくなったと言っていい。


 それに対して俺は時折飛んでくる斬撃や魔法に警戒して、鉱樹の攻撃を繰り出している。


「覚えているか!こんな技をな!!」

『……』


 時々、訓練で使った技を披露すれば、やはり火澄はその動きに対応してくる。

 体が覚えているのか?

 それとも本当に俺のことを理解していてこんな態度を取っているのか。


 少し、揺さぶってみるか。


「随分と無口になったな!!『北宮』が今のお前を見たらなんて思うかね!?」

「!」


 叫びながらの攻撃、そして北宮という言葉にわずかに火澄が反応した。


 すでに左目の付近まで再生が終わり、もうすぐ顔全体が覆われるかもしれないと言う瞬間に目を見開かせたのだ。


「か、れん」


 そして、北宮の名前を口ずさんだ。


 この反応、もしや。


「お前、記憶がないのか」


 可能性の一つとして考えていたが、北宮の名前をふとした拍子で思い出したかのように口ずさんだ行動……もしかして。


 自分がだれかわかっていない。

 そこをつけこまれた?


 いや、そう確信するには早計か。


「……」

「また、無言か」


 だけど、色々と騙されやすい火澄が何かに利用されている可能性は非常に高い。


 思い込みが激しい奴だからな、最初に都合のいい話を聞いたらそうだと信じ込むことはあり得そうだ。


「だったら、口が利けるようにしてやるよ」


 その上頭が固い。

 自分がそうだと思い込んだら決定的な証拠を見せつけるまで頑なに信じようとはしない。


 そうなったこいつをどうにかするには物理的に頭を冷やしてやる必要がある。


 基本的に様子見で戦ってきたが、攻め込んでいるうちにわかった。

 こいつの剣技は色々とアレンジが入っているが、当然基礎的な部分が存在する。


 それは間違いなく火澄が磨き続けていた会社で身に着けた基礎的な分野だ。


 色々と矯正が入っているようだけど、そこは変わらん。


 切り結べば切り結ぶほど、根底の部分が見えてくる。


 その根底の部分が見えれば。


「!」

「手元がお留守だ」


 まだ底を見せていない俺の方が上回ることができる。


 一瞬の剣技の選択への躊躇いを、こっちは躊躇わず突いて、左手の籠手の部分を深く切り裂いた。


 血が滴り、片手の握力が喪失するのがわかった。


 斬撃の速度は変えないようにしているようだが、切り結んだ時の力が少なくなった。


 これなら。


「崩せる」


 魔法を使って体勢を立て直そうとしているが、即興で生み出した魔法で俺の障壁が突破できるか。


 距離を取ろうとしている火澄に踏み込みで距離を潰して、俺の間合いに押し込み。


 無事だった右手も籠手切り。


 これで両手が潰れた。


 剣が零れ落ち、地面に落ちるのを確認しつつ返しの刃で左足を切りにかかる。


 それを回避しようと思っているようだけど、俺の攻撃はもう一段階伸びるんだよ。


 引き足で回避しようとしている火澄の足を魔力の刃で切りつけ機動力も奪う。


 これで。


「終わりだ、大人しくしておけ」


 膝をつき、地面に崩れ落ちる火澄の眼前に鉱樹の切っ先を突きつける。


 何かあるかと考えていたが、杞憂だったくらいあっさりと戦いは終わった。


 身体能力の差的にはまだまだ余力を残せるくらいの相手だった。


 だからこそ、この違和感が残る戦いはある意味で胸になにかしこりが残ったような感覚を残した。


 完全に修復が終わった兜越しに火澄が俺を見上げてくる。


 昔の火澄ならここで罵詈雑言の一つや二つ飛んできそうなイメージなのだが、静かに見上げるだけ。


 違和感が酷い。


 自信満々で、何もかも自分の正義を疑わないのが火澄だったからこうも無機質な態度を取られると別人のような気もしてくる。


 もしかして、本当に赤の他人だったりする?


 もしそうなら、俺はずっと赤の他人に向けて知り合いに向けて話しかけていた痛い人になる。


 そう考えると、途端に胃の当たりが痛みだしてくる。


「……とりあえず兜を脱がしてもう一度面を伺っておくか」


 考えれば考えるほど、不安になる。

 そこでふと世界には似た顔の奴が三人いるという言葉を思い出した。


 この理論で言えば世界ごとにそれっぽい顔がした奴が三人いることになる、すわち異世界ごとに三人いると仮定できる。


 そうしたらこいつが異世界の火澄のような存在なのかもしれないという仮説が立つ。


 だめだ、完全に不安になってあほなことを考えている、だけど気になったことを放置するのはよろしくはない。


 戦いの最中に見ただけだから、この際にしっかりと確認しておいた方が良いよな。


 基本的な魔法は一通り習っているから、浮遊魔法の応用で兜の留め具を外すことはできる。


 だが。


「?自力じゃ外せないようになってる?」


 その留め具がおかしな構造になっている。


 封印術式と物理的な施錠。


 首の裏側に兜と、胴鎧を繋げる部分があった。

 繋がっているというのは首の可動範囲を狭めてあまりよろしくない。


 だから顎紐とかで固定するのが一般的なんだけど、この兜は背中の襟の部分を加工して兜の稼働領域を確保している。


 いや、もしかしたら兜の中からは外を自由に見れるようになっているのかもしれない。


 とにかく簡単に兜を外せないようになっているのは確かだ。


「……仕方ない。無理矢理外すか」


 魔法の知識はあるが、流石に封印術式を正規の手順で外すことはできない。


 無理矢理外す手段は心得ているが、完全に拘束していない状況でそれをやれば隙を晒すことになって流石に危険だ。


 だったら、首が切れないギリギリのラインでつなぎ目の部分を鉱樹で切り裂いた方が効率的と言える。


 ならやるか。


 鉱樹を振り上げ、振り下ろす瞬間。


「流石にそれは勘弁してもらえませんかね」


 背筋を走る嫌な予感、咄嗟に横に跳び、そこに突き刺さる禍々しい槍。


「混沌魔法!?」


 その性質を見抜き、その槍はフシオ教官が得意とする切り札の魔法と同じ性質を持っている。


 その証拠に俺がついさっきまで立っていた場所が、どろりと黒い何かに変質した。


 流石にそれを生身で受けるのは危険を通り越して、致命的だ。


 そして火澄の隣にさっきまでいなかったローブの男が立っていて。


「それじゃ、目的は達したので失礼します。自分、残業とか大嫌いなので」


 妙に親近感を感じさせる言葉を残して転移魔法で去っていった。







毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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