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710 想像はあくまで想像であり、現実ではない

 

 難民と聞き、最初はどう言う人が来るかと想像していたが。


「総員に通達!!動ける人員をすべて使ってまずは安心して休める場所の確保!!医者と看護師を総動員しろ!!栄養失調を起こしている人物にいきなり固形物を与えるな!!重湯を用意し、それを配れ!!急げ!!時間との戦いだ!!」


 難民の姿を見た途端に、俺はそんなことを叫んでいた。

 想像を凌駕するほど、たどり着いてきた難民たちの体調は芳しくなかった。


 頬がこけるなんてまだマシだ。

 怪我を負っている人もいれば、意識がもうろうとしている人もいる。


 どうにか体力が残っている人たちが引っ張って来た荷車に乗っている人たちの顔色なんて土気色だ。


 医師たちが、走ってその荷馬車に近寄り診察をしているがここから見える範囲でも芳しくないのは手に取るようにわかる。


「そこのオーガ!!倉庫からありったけの毛布を運んで来い!!そっちのミノタウロスは荷馬車にいる病人たちを降ろしベッドに運べ!!オークたちはそこに煮炊き場を作れ!!」


 きっと現場でもそれなりの指示は出ていただろうが、権力がある者が正式に檄を飛ばせば下の者の動きはより活発になる。


 ここのトップは教官だけど、俺も権力はあるし、鬼族たちとはよく酒を飲み交している。

 だからスムーズに指示を聞き行動を起こしてくれる。


「こんなことまでして、勝ちたいのかよ」


 本当に嫌な感想だが、やせこけ、目を虚ろにし、わずかな希望に縋ってやってきた難民たちは、本当に死にかけという言葉が似合った。

 だからこそイスアルの連中にめがけて悪態がつい出てしまう。


 もう一歩も動けないとへたり込む人たちが邪魔にならないように、力自慢の鬼族たちが医療用テントの方に運んでいき、馬車で運び込まれてきた病人たちも用意していたテントの前から中に運び込まれていく。


 難民の数は約五千、このままいけば広場は瞬く間に人であふれる。


「人王様!!街道の方にも倒れている人がいます!」


 医者が走り、看護師がその補佐に回る。

 その中から伝令が俺の元に駆け寄ってくる。


「ゴブリンたちを集めろ!!彼らに荷馬車を引かせてここまで運ばせるんだ!!オーガチャンピオンたちを警備に回せ!!難民を襲うやつがいたら迎撃しろ!!俺が許可する!」


 とにもかくにも今は人手が必要だ。


 数の多いゴブリンたちを集めて、力のある種族たちは警戒網に加わってもらう。


「人王様、薬の使用は」

「許可する。第三薬庫を開放する。階級を優先するな、状態が悪い患者から治療していけ」

「ありがとうございます」


 医師が近寄ってきて、治療するために必要なものがあると目で語り掛けて来たので即座に許可を出す。


 トップダウンで動いた方が組織というのは動きやすい。

 失敗すれば勢いがある分損害も多くなるが、下手に横槍を入れられるよりはマシか。


 難民受け入れを想定して、できるだけのことをしてきたつもりだが、想定が甘かったと考えさせられるくらいに、難民たちの健康状態はひどかった。


 重湯すら口にして飲み込むに時間がかかる子供の姿を見て、母親が悲しんでいる。


「スエラ」

「はい」


 そしてそれ以上に問題なのは、男女比と老若男女の比率だ。


 情報をまとめてくれているスエラを呼びその部分を聞かねば。


「難民の中に男は」

「子供はいますが、大人は数えるほどです……」

「そうか」


 見渡す限り、逃げてきたのは女子供だけ、老人の姿はない。


 それが意味することを察せないほどスエラの表情が良いわけではない。


「代表者は?」

「それらしい人がいたようですが、道中で倒れたようです。ここに流れ着いてきた人たちは噂を頼りに来た人ばかりでまとめ役のような人は」

「となると、早々に代表者を決めた方が良いが……まずは回復することを優先した方が良いな。貴族たちのとの連携は?」

「受け入れ態勢は準備しているようですが、彼女たちが移動できる状態では」

「そうだな、引き続き受け入れ態勢の準備をするように言ってくれ。あと、男はほぼいないと通達。女性だけの受け入れは立場の問題もあるかもしれん。そこを配慮するようにとも言っておいてくれ」

「わかりました」


 命からがら、何とかたどり着いたとしかいえない人々。

 その彼女たちが立ち直るのに一体どれだけの時間がかかるか。


 怯えを見せながら、ゴブリンから食事を受け取るほど追い詰められている。


 皮肉なことに、この追い詰められた状況が魔王軍たちへの嫌悪感を薄れさせている。


 教官の善行行脚の効果がここで出て来たかと自嘲気味に思いつつ。


「ハーピー部隊に通達、国境線の警戒を厳となせ。おそらく来ているぞ」


 勘が囁く。


 危険が近づいてきていると。


「おい」

「教官」


 そしてその危険を嗅ぎ取っているのは俺だけじゃない。


「ちと出かけて来るぜ」


 大鬼が難民たちに気を配って静かに姿を現した。


「では、西の方をお願いします」

「お前は北か?」

「ええ、北の方は俺の方が良いでしょう。難民たちの誘導も必要ですし、西の方は数が多そうです」

「ま、それが妥当だ。こんな状況じゃ俺の姿を見ただけで心が折れちまう」

「意外と子供には人気なんですけどね」

「ふん、元気になったら遊んでやる。今は、ゆっくりとさせてやれ」


 弱った状態の難民では、教官の姿は刺激が強すぎる。


 苦笑一つ残して、難民の保護のために教官は動き出した。


 難民に引き寄せられて寄ってくるのは、難民たちにとってよろしくない連中ばかりだ。


 そして難民に出て行かれると国として困る輩というのはどこにでも存在する。


 国を維持するためには人は必須だ。


 故郷を捨てて、国外に脱出を図らないといけないほど切羽詰まっている国民を、無理矢理連れ帰ろうとしているのはその国の軍だろう。


 その動きは当然こちらの警戒網に引っかかり、情報は手元に入っていて、その情報は教官と共有している。


 さっき言った方角に大きな街道があり、そこを進行している。


「スエラ、現場の指揮を頼めるか」

「将軍であるあなた方が行く必要ないと思います。おそらく戦力的にオーガチャンピオンに部隊を任せれば十分かと」

「迎撃だけならそれで十分だ」

「だけ、と言うことはそれ以外に理由が?」


 そこを進んで軍を動かしているのなら待ち伏せはそこまで難しくはない。


 ネックなのはここで迎撃に動けば、流石にこっち方面で魔王軍が活動しているのもバレる。


 だったら、そのバレ方としてもこっちの都合のいい方法でバラした方が良い。


 背中を向けて戦う気満々の俺と教官をスエラは呼び止める。


「ここに難民たちを受け入れてくれる、平和な国があると言う証拠になってもらうさ。スエラ悪いがアンに連絡を取って一つ噂を流してもらえ」

「難民を攫おうとした兵たちを魔王軍たちは撃退し、難民を手厚く保護したと、なるほどそこに将軍が二人もいれば説得力も増すわけですね」

「そう言うこと、察しのいい奥さんをもらえて俺は幸せ者だよ」

「ですけど、これでは敵の注目を集めますね。それと難民に紛れ込んだスパイ対策もしないといけませんよ」

「ああ、それに関してはあまり心配していない」

「というと?」


 俺がスエラに迎撃に参加する理由を語ると、彼女は納得してくれた。

 それと同時に懸念点を指摘してくるが、そこら辺に関しても問題はない。


「警戒するのはある程度活力のあるグループだけでいい。先頭集団の難民がこの状況だ。この後の難民が危険な状況で来ることはあっても改善することはできはしないだろうな」

「!そうですね、いかに優秀なスパイと言えど、ここまで食料制限をすることは難しい、下手をしなくても死ぬ可能性があります」

「悲しいが、この現状が相手側のつけ入る隙を減らしてくれたってわけだな。いくらスパイでもこんな栄養失調染みた減量はできない。筋肉や魔力にも影響が出るからな」


 死相がでるほど飲まず食わずの状態を造り上げてこの陣地に侵入することは難しい。


「それにあんな偏った思想で固まった奴らが、生きるためとはいえ魔族から施しを受けることを良しとするかね?」


 仮に成功したとしても、思想的な分野で齟齬が出る。


 帝国のスパイならそこら辺は徹底しそうだけど、他の国、特にトライスのスパイはそこら辺の自制心がなさそうだ。


 ちらっと、炊き出しのエリアを見れば心底美味しいと薄味であるがしっかりと煮込んだ野菜のスープを涙を流しながら飲む難民たちの姿があった。


 あそこまで感情を擬装できるのならそのスパイを見つけるのは難しいだろう。


「油断大敵です。泥水をすすってでも神のためにことを成そうとするのが私たちの敵です。なので私の方で防諜対策を施しておきます」

「助かる」

「ええ、あなたのサポートは私の役割です。他の誰にも譲りません」


 その危険を犯してまで、こうやって難民を助けようとしているのは俺も教官も、きっと甘いのだろう。


 なんだかんだ言い訳しているだけで、こんなズタボロになった人を見捨てることができない。


 将軍という地位にいるなら、その甘さは隙になる。


 だけど、その甘さを持つからこそ。


 こうやってスエラは笑いながら、背中を押してくれる。


 だからこそ俺はその暖かさを守るために、修羅になる。


「さてと、じゃあ、ここからは仕事の時間だ」

「武運を」


 ニヤニヤと俺たちのやり取りを眺める教官の元に歩き出し、俺とスエラはそれぞれの仕事に移る。


「なんだ?もう少し惚気ててもいいんだぞ?」

「面倒な仕事は先に片づける性分で、さっさと終わらせましょうや」

「ちげぇねぇ、俺も酒がまずくなるのは勘弁だ」


 ゆっくりと歩いているのはこの敷地を出るまで。


「なんなら競争します?」

「ほう、自信があるようだな。乗った。負けた方は?」

「秘蔵の一本」

「ガハハハ!そりゃ、負けるわけにはいかんな!!」


 ダンジョンを隠蔽する結界は現在解除中だ。


 難民を受け入れるための緊急措置だから仕方ないとはいえ、ここを発見される危険があるから出来るだけ時間をかけたくはない。


「いいんですか?そっちは徒歩、こっちは転移しますが」

「それくらいのハンデでちょうどいいだろ」


 スエラに難民たちの受け入れを託した後はハーピーたちの偵察網に引っかかった敵の前まで転移するだけ。


「それなら、このコインが地面に落ちたのを合図にしますか」

「いいぜ?」


 俺と教官は、敷地の外で並んで立ち止まる。

 俺はポケットの中に入れておいた、指弾用の丸いコインを親指で宙に弾く。


 コインはそれなりの高さまで飛び、落ちてくる間、俺は肩を回し、教官は首を鳴らす。


 ゆっくりと落ちてくるコインが地面に接地する瞬間までその姿勢は変わらず、そしてコインが地面に接地した瞬間。


「転移」

「おっしゃい行くぜ!!」


 俺たちはそれぞれの手段で移動を始める。

 普通に魔法使いを呼んで転移すればいいのに、教官は自慢の足で全力疾走していく。


 慌てて偵察の報告に来たハーピーが追いかけるが、それを見届けつつ、こっちはこっちで報告の受けていた地点に転移魔法を使って移動する。


「おーおー、いるいる」


 流石に正面に堂々と転移などするわけもなく見渡せる丘の天辺に転移すれば、迅速に行軍する軍隊を見つけた。


「さてさて、どこの軍勢だ?」


 偵察の情報では国旗を掲げていなかったからどこの国かは把握できていない。


「難民を無理矢理連れて帰ろうっていうのだから出所がバレるのは好ましくないってか?」


 少なくとも周辺諸国の軍ではないのは確定した。


 では、仕事にかかろうか。



 今日の一言

 悪く予想しても、足りない場合がある。



毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ガチのスパイはギリギリ越えた栄養失調もやりそうなんだよなぁ。そもそも意識してないスパイも紛れ込ませてるかもだし。
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