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709 仕事の記憶を夢で呼び起こすことはよくある

 

 ああ、これは夢だ。


 ぼやッとした感覚、そして同時に感じる宙に浮いているようなフワッとした浮遊感。

 その条件が揃えばなんとなく今の自分が現実を見ていないのは察しがついた。


 だから、ぼーっとただただ記憶を呼び起こすような映像を、夢だというのがよくわかった。


『神のために!!』

『神よご覧あれ!!』


 しかし、夢に見るのがこんなくそっタレな光景だったのは最悪だ。

 どうせなら家族と楽しく過ごしているような夢が見たかった。


 父親として子供に会えなくなっているから、夢の中くらい子供と触れ合えさせてほしいものだ。


 見たくもない、醜悪な顔を見せるなよ。


 それだけ、鮮明に残る出来事だったのは認めるが、だからと言ってこれはない。


 夢の中の俺の腕がぶれたかと思うと敵の兵士たちが寸断される。


 ここから先の光景を知っているからこそ、余計に見たいとは思わない。


 だけど夢だから、途中停止なんて便利機能はない。


 唯々見せつけられるのが夢だ。


 夢の中の俺は敵の炎魔法で燃え盛る森の中を歩いている。

 樹王のダンジョンだ。


 所々に倒されたモンスターと、それ以上に倒れた兵士たちの亡骸が美しかった森を汚している。


 元から戦うための場所であって、それは仕方ないことなのだが、少し残念に思う。


 しかし、この時の俺はそんなことは思ってなかっただろうな。


 ここは戦場。

 一歩進めば敵と当たるような場所だ。


 鉱樹を片手にして、鎧を着こんだ俺は樹王からの支援で大まかな敵の位置がわかり、魔力探知で相手の位置を把握しているから歩くだけで敵と接敵できた。


 そして顔を隠していないから、種族がすぐにバレる。


『人でありながら魔族の味方をするかぁ!!!』

『裏切者ガァ!!』

『神の敵が!!』


 会う敵すべてが憎しみの籠った声で叫び、切りかかってくるからな。

 そもそも、イスアルの住人じゃないってのに理不尽な怒りだ。

 夢の中に出てくるくらい、記憶に残ったその叫び。


 それのすべてを切り裂いていく。


『……命を無駄にしやがって』


 ああ、こんなことも言ったな。

 これも記憶にある、なぜか満足気に死んでいく兵士たちの顔を見て俺が吐き出した言葉だ。


 次から次へと、戦い続け、少しも高揚しない戦場に冷めた気持ちを抱き。

 相手の戦う理由を否定する気力も湧かず、ただ、指示されたエリアに向かい。


『し、死にたくない』


 大部隊と言えるような、集団と出くわした。


 そいつらの顔はまだ正気で、俺の気迫に押されガタガタと震えあがる程度にまともな反応だった。


『失せろ、そうすれば見逃してやる』


 そんな奴を殺すのは、性に合わないと夢の中の俺はそんなことを口にしていた。


 止めろ、そんな情けをかけるな。


 咄嗟に、聞こえないのは承知で夢の俺に向けてそんな言葉を投げかけている。


 だけど、かけられずにはいられなかった。

 そんな俺の言葉など意味がないと言わんばかりに情景は進む。


 敵兵士たちは信じられないと言わんばかりに目を見開いたが、俺が攻撃するそぶりを見せなかったからだろう、剣を持って背を向けて走り出そうとした。


『敵に背を向けるな!!神のために戦え!!』


 だが、その中の兵士の一人が味方に切り捨てられた。


 眼を見開く。

 仲間を切る。


 そんなことをする奴がいるのかと一瞬信じられなくて、思考が止まった。


『奴は魔族に与する神の敵だ!!神の敵は殺せ!!殺せぬのならここで死ね!!』


 その一瞬の思考停止の間に、指揮官と思われる男は逃げようとした兵士を三人殺した。


 敵を助ける理由はない、だけど。


『お前、死ねよ』


 この戦場で始めて、殺したいと思って俺は鉱樹を振るって馬鹿な奴の首をはねた。


 宙を舞うその男の顔は、今まで殺してきた頭のおかしい連中の中でひときわ醜悪な顔だと思った。


 嫌な意味で一番鮮明に記憶に残る男の顔。


 そしてその男の顔が地面に落ちる瞬間、ゆすられるような感覚を味わい。


『次郎さん』


 この戦場にいないはずの女性の声で、俺は目覚めた。


「すえ、ら?」

「はい、うなされているようでしたけど、大丈夫ですか?」

「ああ、少し嫌な夢を見ていただけだ」


 目覚めた先で薄暗い部屋の中で、シーツで自分の肌を軽く隠したスエラが見え、ふっと頬の力が抜け笑顔を浮かべられた。


「……戦場のですか?」

「ああ、まぁ、そこまで辛いわけじゃない。ありがとう、心配してくれて」


 昨夜も肌を重ね、心地よい疲労とともに眠ったはずなのに見た夢は最悪。


 どんな夢か聞かれたので、少し言葉を濁したけど、彼女はすぐに察してしまう。


 少し顔が悲し気になったのに苦笑しつつ、その悪夢を払拭するようにスエラの頬に手を添えると彼女は俺の意図を悟ってくれて、そっと体を寄せてくる。


 その温もりを体全体で味わいながら口づけを交わせば、もやもやとした気分は拭い去れる。


 まったく、こういう時は本当に男に生まれて良かったと思う。


 男は単純だ。

 こんな優しさ一つでシンプルに思考を切り替えることができる。


「いま、何時だ?」

「朝の五時くらいですね」

「少し早いな」

「いつもならもう少し眠ってますから、寝ますか?」

「いや、目が覚めたな。このまま起きようか」


 仕事を始めるのはだいたい七時。

 早すぎる?


 社畜時代はもっと早かったぞ。


 普段は六時前には目覚めているから、今日は少し早めに目覚めた感覚で特段眠いとも思わない。


 魔紋で肉体強化をして、さらに限界を突破して魔力適正が上がってからは遅寝早起きがデフォだ。


 睡眠不足を、肉体強化で克服しているからこその荒業。


 そのおかげで早起きして時間を有効に使えるようになったわけだが。


「コーヒーを飲もう、久しぶりにゆっくりとな」

「ええ、では、隠していた物を出しますね」


 早起きは三文の徳とは言うが、流石に昨夜の続きをする時間はない。


 俺はどちらかというとじっくりと楽しむタイプなんだ。


 シーツからこぼれた彼女の肢体で目の保養に勤めながら、そんなことを思いつつ。

 俺も服を着るためにベッドから出る。


「ふぅ、久しぶりの挽きたてのコーヒーは上手い」


 そしてリビングに移動して、ソファーでスエラに淹れてもらったコーヒーをじっくりと味わう。


「そうですね、香りが違います。私としてはもう少し匂いが強い方が好みなんですが」

「持ち込める量に限りがあるからな、それに匂いが強いとそれに気付いて寄ってくる奴が居ないとも限らない」

「将軍の執務室にコーヒーを集りにくる人もいないと思いますが」


 貴族連中を脅してから幾日か、慌ただしい日の中で訪れる久しぶりの憩いの日。


 ほっと一息つけるのはいつ振りだろうか。


 今日も今日とて仕事が入ってはいるが、こうやって仕事のことを忘れてコーヒーをすすれる時間を得られた。


「それもそうか。教官は酒だしな、鬼族の中でもコーヒーを嗜む奴もいるが貰いに来るほどではないか。それなら隠す必要もないか」

「そうですね、普段の私たちの職場を基準にしてました」

「どれだけコーヒー信者がいるんだよ俺たちの職場は」


 世間では、戦争のごたごたで休まる日がないのだろうが、戦火がまだ遠いこの土地はそう言った手合いは少ない。


 兵士たちも訓練する余裕があるし、休み食事をとる余裕もある。


「少なくとも、淹れたてのコーヒーを用意したら飲みに来るくらいですかね?」

「違いない」


 貴族たちとのやり取りが終えたのもこういった心の余裕に繋がっているのかもしれん。


「うん、美味い」

「普通に淹れただけですよ?」

「いや、スエラが淹れてくれたから余計に美味しく感じるんだよ」


 普段が殺伐としているからか、こういう日常みたいな会話が本当にうれしく感じる。

 どれだけ、俺の心がすさんでいるかがよくわかるくらいに、スエラの穏やかな声が心地よい。


「もう、ヒミクやメモリアが淹れても同じことを言うじゃないですか」


 少し拗ねたように頬を膨らませる彼女の顔が愛おしくて、つい肩を抱き寄せてしまう。


「そりゃ、メモリアたちが淹れたコーヒーも美味いからな」


 俺が言っている言葉がクソ男のそれのような気もするが、平等に愛すると誓ったのだからここで誰かが一番とかは言わない。


「女性は特別扱いしてほしいんですよ?それも、好きな人ならなおのことです」

「努力します」


 言葉を濁すのは勘弁してほしいと、願ってスエラの額にキスを落とし。


「はい、要努力です」


 返礼と言う風にスエラから唇にキスが返ってくる。


 こうやって、男女の会話をほのぼのとする時間が本当に愛おしい。


 執務室ではなく、個人で用意された客室でソファーに隣り合って座りつつ、コーヒーをゆっくりと飲む。

 戦いに明け暮れたり、殺伐とした会話をしたりしているとこの時間がどれだけ贅沢かが実感できる。


 本当にこの時間を大事にしたい。


「って、思ってたんだけどなぁ」


 その矢先に不穏な気配を感じてしまった。

 つくづく自分の言葉が何かのフラグになっているのではと思ってしまう。


 いや、楽しい時間ほどあっという間に過ぎると言うことか。


 時計を見れば、いつも仕事の準備を始めている時間に近づいていた。


 であれば、この流れも必然か。


「……どうやら休憩時間は終わりのようですね」


 心の中の言葉をぼそっとこぼしただけなのに、なんとなく俺の言葉を察したスエラが苦笑する理由。


 それは俺がいるこの館の管理をしているメイドたちの様子が騒がしいのだ。


 そして俺たちの世話係の人が全力でこちらに駆けてきているのが気配でわかる。


「入っていいぞ」


 廊下をかなりの速度で走ってきたはずなのに、扉の前で急停止を披露しているのを気配で理解しつつ、ノックをする前に入室の許可を出す。


 相当急いでいるのがわかったからこその配慮で、普段からそんなことをすることはない。

 だが、緊急事態なのだろう。


「失礼します」

「おう、朝から何があった?」


 プロだからか、息を荒げることもなく入って来たメイドは一礼してから俺を見て。


「国境線上の監視員から緊急伝達です。難民を確認その数推定五千、後続の可能性あり、推定人数は鋭意調査中とのことです」


 来るべき難関が来たことを伝えて来た。


「五千……もともと想定していた数として少ないですが」

「強制徴兵に加えて、変な薬がばらまかれているからな、そのせいかもしれんな……すまんがそのまま関係各所に伝達してくれ。準備そのまま、受け入れ態勢に入ると。あと、このリストの貴族たちに早馬を同じような内容を伝えてくれ」

「かしこまりました」


 やれるだけの準備はしてきたから慌てることはない。


「さて、スエラ。悪いが、仕事の時間だ」

「そうですね。では、人王様。よろしくお願いします」

「スエラにそう呼ばれると、背中が痒くなるな」

「そうですか?」

「ああ」


 用意していた上着を手に取ったスエラから、それを受け取って袖を通す。


 ネクタイも締めれば、意識が変わり、さっきまでのんびりモードから社畜時代に培った仕事モードへの切り替えが完了する。


「そう呼ばれる時間を減らすために、まずは難民の受け入れを始めようか」

「はい、では手始めに補給物資の分配から始めましょう」

「了解」


 ついさっきまでの優雅な時間は終了。


 ここから先は、人王としての仕事の時間。


 難民受け入れなんてやったことはないが、出来るだけのことをするだけだ。


 大丈夫、俺ならできると信じて行動に移る。



 今日の一言

 嫌な記憶は、中々忘れられない。



毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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[良い点] もしかして681を後から挿入してますか? なんか既読がずれていたので。
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