708 戦場に立った感想は最悪の一言
俺は、多分、今、少しだけ、機嫌が悪いんだろう。
「それで?決断は出来そうか?」
だからこそ、少し威圧的な口調で目の前のメンツに語り掛けている。
これで五回目の会合。
最早顔を覚えるという段階は通り過ぎて、すり合わせるという過程も限界に来ている。
譲歩できる部分が無くなってきたというタイミングで切り出す。
ダンジョンを中心とした友好的な連合国家を作るにあたって周辺国家の協力は重要だが、それに対しての返答に時間をかけすぎだ。
俺たちは十分に猶予を与えた。
言葉を放ち、魔力を少し溢れさせこちらが本気であることを主張しながら決断を迫った。
「……」
顔を見合わせ、若干の迷いをまだ見せる面々に大きくため息を吐いて見せる。
これでも決断できないのか。
こちらがしびれを切らせているというのを匂わせても、まだ決断ができない。
優柔不断と断じるのは容易だが、最後まで迷っている理由に関しても把握しているから理解出来なくもない。
「連合国との戦闘で、我が軍は未だ連戦連勝。これは防衛戦の戦績としては異常だ。本来であれば、とっくに撤退して軍の再編成をしないといけないレベルで損害を出しているのにもかかわらず連合軍は継戦している」
だからこそ、こいつらは理解していないのかと苛立ちも覚えている。
「お前らはこんな戦い方で勝てると思ってるのか?」
イスアルの行く末は、歴史に刻まれるレベルで最悪の時代を迎えるだろうと、日本人の俺でさえ予想ができるのに何でこいつらはいまだに決断出来てないのか。
人材の消耗戦。
人海戦術と言えば聞こえはいいが、戦うための人材を必要以上に投入するのは愚策中の愚策だ。
人というのは宝だ。
人がいれば様々なことができるが、人を育てるには時間がかかる。
子供から大人になるには十数年の時が必要だ。
大人になってから立派に働けるまでにさらに時間が必要だ。
イスアルの連中は、その育ってきた人材を湯水のように湧き出てくると考えているかごとくダンジョンに神風特攻させてくる。
それをやって残るのは力のない老人や幼子、そして必死に家を守る女たち。
襲い掛かってきているから迎撃している俺たちが言うのもなんだが、あそこは地獄だ。
俺も教官に経験だと、現場に派遣されて一週間ほど迎撃の任に着いたが、反吐が出るほどクソな場所だった。
何が神だ。
祈りすら聞かない神が、神などと名乗るなと心底思った。
狂気に染まった瞳で、俺を見て来た兵士たちは、俺が人間なのに魔王軍に所属している存在だと認識した途端、怒りに染まった顔で武器を振り上げ襲い掛かって来た。
薬でまともに思考ができない奴らは、奇声を発して問答無用で俺を殺しに来た。
その行動に恐怖は覚えなかった。
抱いたのは哀れみだ。
敵である相手を生かす理由がない。
助けることも、助ける価値も無くしてしまった兵士たちは、切り捨てるしかない未来に定められてしまった。
そのことに対して憐れみを持って、せめて痛みなく、一瞬で命を刈り取って来た。
戦いじゃない。
あれは蹂躙だ。
『これが戦争だ。俺たちが終わらせないといけない戦いだ』
一方的に屠り続けたのにも関わらず、怯えもせず撤退もせず、狂気に任せて攻め続ける兵士を倒しきって、語り掛けられた教官の言葉が重くのしかかったのがわかった。
だからこそ、こうやって優柔不断に迷っているこいつらを見て、余計に苛立ってしまう。
地獄を知ってしまった身として、その迷っている時間の希少性を知ってしまった身として、迷う時間はもうないのだと理解してほしい。
「それとも」
いやこいつらも理解している。
時間はほぼないことを、そしてこんな愚策をしてまで、この貴族たちが俺たち魔王軍からの返答を引き延ばしている理由があるのだ。
「勇者に期待でもしているのか?」
それを指摘してやる。
人類の希望とも言える存在の名を上げると俺の視界に入る面々は、余計に気まずそうに目線を逸らす。
その態度を見て俺は再び大きくため息を吐く。
勇者、イスアルに於いて最強戦力の一角に数えられる存在だ。
下手をすれば社長ですら討ち取られる可能性を秘めている存在だと言われている。
それだけの歴史と実力があるのが勇者だ。
勇者の実力は歴史が裏打ちしている。いかに魔王が誕生しようとも最終的には勇者が打倒し、イスアルに一時の平和が訪れる。
王道のファンタジーストーリーのような展開がイスアルでは繰り広げられた。
だからこそ、この世界の民には最後は勇者が勝つと信じ込む認識が刷り込まれている。
いかにこっちが優勢で、相手がヤバいと理路整然と証拠とともに説明しても、でもと言い訳のように話を拒む。
この貴族たちは頭が良く、善良でもある。
しかし、常識に縛られているとも言える。
このままいけば魔王軍の機嫌を損ね、自分たちの立場が不利になることも承知している。
だが、最後は勇者が勝つと認識している。
だから現実と常識に板挟みになり、遅滞戦術のように話し合いを長引かせるように立ち振る舞って来た。
だけど、結局、その遅滞戦術は意味をなさなかった。
勇者が現れたとの噂が流れても、この場所に勇者が現れ救済していなければいないも同然。
「あんたたちが決断しないならいい。俺はこの国の説得役ではあるが、こういう脅し方もできる」
そしてこちらも時間も有限だ。
譲歩できるラインで納得できないなら、これ以上甘やかす必要はない。
必要ではない手間はかける必要はないのだ。
「例の薬の流入を止めていた部隊を撤退させる」
暴力による支配かと警戒していた貴族たちの顔色が一変するのがわかった。
険しい表情が、一気に青白くなる。
そりゃ当然だ。
一つの噂話の真偽を確認したら、真実だと知り、それがかなりヤバい代物だと理解しているのだから。
「それは!?」
ガタンと椅子を倒し、立ち上がる男に俺は何か?と視線で問いかける。
「いいだろ?お前たちが求めている勇者による救済だ。俺たち魔王軍はそれを妨害し続けた。いわば利害が合わない敵同士だ。敵にこれ以上の塩を送る必要はない。だが、俺たちは暴力による支配をする気はない。だったら、もう援助することはない」
勇者が助けに来る、そう願っている気持ちは重々承知しているが、現実を突きつけるとこれだ。
勇者という存在は、最早御伽噺のように綺麗なものじゃなくなっている。
勇者を造り上げることに、手段も醜聞も気にしなくなっている世界に存在する勇者が完璧なはずがない。
優しい心も、気高い心も、真っすぐな正義心もない、ただ魔王を討ち取るための殺戮兵器と化しているのが今の勇者だ。
この国をそんな勇者を作ろうとしている教会の浸食から魔王軍は防いできた。
それを撤退させるとなれば、この土地にはもう防ぐ手段はない。
神の命令に逆らえる人間はこの地にはいない。
逆らえば神敵として認定され、世界から迫害される。
かと言って従ってもロクなことにはならない。
なけなしの兵力は全て取り上げられ、生産力は激減、さらに物資や労働力も取り上げ国家としての力は底をつく。
魔王軍が立ち去れば、そんな未来が来る。
それを彼らはわかっている。
聖剣の作り方も、勇者の生み出し方も、すべて犠牲の上で成り立っている。
勇者の闇を彼らは知っているのだ。
「今後はそちらで教会の対応をしてくれ、ああ、情報操作の引継ぎは行う。こちらがやった隠蔽工作を引き続きやるのも暴露するのも好きにしろ。それを踏まえて今後の国の方針とやらを決めろ」
裏でまだこの話が潜んでいる間は気軽でいられた。
だけど、今回の魔王軍は強すぎた。
汚い部分に蓋をして、綺麗な部分を抽出し続ける作業が手間と感じるくらいに戦いが激化しているのだ。
制作過程を取り繕うことができなくなり、なりふり構っていられなくなったのだ。
「俺たちは、この国から手を引く」
そんな奴らがまともに経営できている国を見つけたらどんな行動をとるか、火を見るよりも明らかだ。
俺が考えたのはまだ、可愛い想像だ。
人を取り上げるだけで済んでいる。
国という名を奪われていない。
「ま、待ってください!!」
破滅への一歩を踏み出すそんな選択肢を俺が選ぶために席を立つと、それに倣って護衛のオーガチャンピオンたちが扉を開けようとする。
それを制止する声が響く。
「俺たちは十分に待った。答えを出さなかったのはお前たちだ。それとも何か?今この場で答えを聞けるのか?」
それがわずかな時間を稼ぐための手段であることなんて重々承知。
そして、次に出てくる言葉が最後のチャンスだというのもわかっているのだろうか。
「……我らは、あなた方とともに戦いましょう」
一瞬の葛藤。
「イスマル卿!?」
しかし最後には代表者は、覚悟を決めてその言葉を口から紡いだ。
「反対意見があるようだが?これから説得するから待ってくれと言うつもりか?」
「では、我がイスマル家はあなた方とともに歩むと言い変えましょう。我が領地、我が配下、我が領民、全てをもってしてあなたが提示した魔族との融和のために尽力しましょうぞ」
その言葉に対して止めようとしていた貴族がいて、それを俺が一瞥したあとに、彼は大きくため息を吐いて、自分だけでも協力すると言い変えた。
それはある意味で裏切りに近い。
今まで仲間だと思っていた一人、それも代表格が抜け駆けをしたのだ。
「ふむ、なら、そのエリアは支援することを約束しよう。もっとも、それが口だけでないと証明できればの話だが」
「もちろん、すぐにでも書類を用意し調印する」
その代表格が治める土地は記憶する限り、ダンジョンが存在する土地と隣接し、かなり広大な土地があったはず。
さらにこの国の中でも有数の軍備を誇っていた。
彼が歩調を乱したのは貴族面々からしたらかなりの痛手だ。
だからこそ、裏切られたという印象はなお強く残る。
恨みがましいと言う感情が部屋を満たす。
「よろしい、だったら部屋を移動しよう。ここから先は俺とあなただけの話だ」
ここで、周りはどうすると問いかけることも視線を投げかけることもしない。
味方となった貴族だけを守るようにオーガチャンピオンが移動し、それが境界線だと言わんばかりに俺たちはそのまま部屋を後にしようとする。
「わ、私も協力いたしますぞ!!」
「俺もだ!」
「自分もです!!」
そこに遅れてはならないと、挙手したり、大声を張り上げたりしてアピールする貴族たち。
風見鶏の時間は終った、決断したのなら最後まで走り抜くその覚悟をその瞳に見た。
だからこそ、俺はオーガチャンピオンたちに目線で通すように指示を出し、境界線を跨ぐことを許した。
残ったのは未だ迷い、どうすればいいかわからないと言った感情を隠せていない面々ばかり。
半数、いや、六割は残ったか。
成果としては十分だ。
国土の四割を協調姿勢に持ち込めた。
成果としては十分、そして迎撃態勢を整えるにはちょうどいい領土だ。
難民の受け入れのこともある。
アンからの報告の件もある。
ここいらが潮時だ。
これ以上誰も声をあげないことを確認して、俺は踵を返して、部屋を出る。
最後の最後まで希望に縋る、それも未来への選択としては否定しない。
ただ言えるのは、これで俺たちの道は分かたれた…それだけのこと。
オーガチャンピオンによって閉じられた扉の先で、彼らがどんな会話しているかは聞かなかったことにしよう。
今日の一言
最悪を終わらせよう。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




