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707 百害あって一利なし、それが戦争だ

 

 Another side


 上層部の人間っていうのはただ指示を出して後ろでふんぞり返っているだけで満足できて気楽だと、とある王国兵士は思った。


 それは彼が毎日勤勉に働き続けているからだろう。


 戦争の火は目の前に迫っているが、盗賊討伐しか経験していない彼はその戦争を早く終わらせたいと切に望める程度に正義感を持っているのもあるかもしれない。


 今日も彼は薄暗い曇天空の下で、道の先を見続けた。


「はぁ」


 しかし、そんな生真面目な性格な彼でも不安と不満が入り乱れ、大きくため息を吐いてしまう。


 見張りをしている兵士の大半はそんな気持ちで満たされていた。


「なぁ、腹減ったな」

「補給物資が今日来るから、そうしたら腹いっぱい食えるさ」


 ここは魔王軍の監視の任を任されたとある砦。

 そこの見張り台で、兵士たちはそんなことをぼやいていた。


「チクショウ、俺たちはこんな寒空の下で凍えているって言うのに、お偉いさんたちは暖かい部屋で今頃ぐーすか寝てるんだぜ?しかも、俺たちじゃ喰えないような肉の塊をたらふく食って、ワインもがぶ飲みして、すっげぇいい気分で柔らかいベッドに包まれてよ」


 ひゅーっと通り抜ける風は、太陽によって温められていた大地を冷やすように冷たく、兵士たちの体温を容赦なく削る。


 分厚いマフラーをしているが、それでも金属鎧を着ている彼らにはその冷えた鎧は身に染みる。


 だからこそ、余計に上司たち、それも砦の長と言えるような役職連中が見張りを簡単な仕事と割り切り、誰でもできる仕事だと言い切って、兵士たちの働きを評価しないことに対して不満を貯める。


「俺たちは芋一つに、野菜の切れ端が入ったスープが一杯。いくら補給が遅れているからって切り詰めすぎだろ」


 同僚の愚痴に、兵士はこの話声が中隊長あたりに聞こえたら怒られるだろうなと思いつつも、その中隊長も夢の中だからたしなめず、むしろ大きく頷いた。


 こんな愚痴を吐き出すようになったのはここ最近だ。


 戦争が始まった当初は、この兵士たちも意気揚々と魔族たちをぶっ殺すと息巻いていたが、今では空腹を水でごまかす日々を不満を垂らしながら過ごしている。


「俺たち兵士はまだマシだぜ?村に残った連中なんて飯すら食えない日があるみたいだしな。その点言えば、俺たちは飯にありつけるだけでまだいい方だ」

「……」

「なんだ、故郷の奴らが心配か?」

「そうだよ、悪いか」


 こんなのでは力が出ないと思いつつ兵士たちは、地平線の彼方。

 ここからじゃ視認できない遠く彼方にあるダンジョンの方向を見続ける。


 どこぞの悪徳領主の収める街とは違い、ここの兵士はよく訓練され口では愚痴をこぼしつつも集中力は乱さない。


「いや、俺も故郷に家族を残して出た口だからな。俺の給料でうまいもんでも食えてればいいが」

「俺もだ、妹がいるんだ。体は丈夫だが、気が強くてな嫁の貰い手が困りそうでな」

「なんなら、俺がもらってやろうか?」

「ふざけんな、誰が酒癖の悪いお前なんかにくれてやるか」


 こうやって気分を紛らわせるように話していないと、空腹が襲ってくる。


 ニヤニヤと笑いつつ場の雰囲気を誤魔化している。


「……なぁ、あの噂本当だと思うか?」

「どっちの噂だ?」


 そんな誤魔化しで空腹が収まればいいが、肉体労働を基本としている兵士の体は栄養を求めて鳴りやむことはない。


 ぐぅという腹の虫を抑えるように腹を抑えつつ、兵士の一人は相方に気を紛らわせる話題を探す。


 どっちと言われるあたり、どちらの話しでも知っているのだと確信しつつ、兵士はどっちを選ぶか一瞬迷う。


「じゃぁ、薬の方」

「じゃぁで選ぶ気軽な話じゃねぇな。俺たちの部隊は何とか回避できたけど、知り合いの部隊はキメちまって頭がおかしくなったって話だぜ?」

「明日は我が身ってことで、大隊長がどうにか拒否しているけど上層部の奴らは導入を検討してるって話じゃねぇか。嫌だぜ?噂だけでもあれ飲んだらまともじゃいられねぇって話だし」


 もう一つの方は話し出すと、感情的になりそうだから消去法で選んだ方もろくな話じゃない。


 兵士たちの中でも噂になっている秘薬。

 トライスの司祭が配っている薬は、身体能力を大幅に上げてくれるという神薬らしい。


 代償として頭が馬鹿になるとか噂で聞いている。


「なんか、神様のためにとかひたすら言い続けて魔族と戦うんだろ?」

「ああ。他にヤバい話だと、飲んでないやつが心配したら、その話の流れで神の敵だとか言いながら殴りかかってきたって話も聞いたぜ」

「うへ、そういうやつに背中は任せたくないぜ」

「安心しろ、そういうやつらはだいたい最前線に送られて帰ってこない」

「全然、安心できない話だ」


 怖気が背筋に走って、ゾワゾワと寒気を伝え、空腹感から意識を逸らすことには成功したが、その代償としてしかめっ面を披露した。


「ほんと、嫌な話だ」

「それが戦争ってやつだって言えればいいんだけどよ、これはないぜ。それを気楽に使おうって言うお偉いさんたちの頭の中はどうなってんだ。自分たちが良ければいいってか?」

「苦労するのは俺たち末端だってのにな」


 戦況が悪化する前までは、武勲だ、褒賞だと夢を語っていた日が懐かしいと思いつつも吐き出される言葉は暗い言葉ばかり。


「やめやめ、こんな暗い話ばかりしてたら腹が減らなくても気分が悪くなっちまう」


 それを察した相方の兵士が手を振り、話題を変えようとする。


「じゃぁ、何か明るい話をしてくれよ」

「師団長が連れ込んだ娼婦のケツが良いケツだった」

「それ、俺たちが悲しくなるやつじゃねぇか」

「ちげぇねぇ、じゃぁ、平和になったら何がしたい?」

「平和って、いつになるかわからないじゃないか」


 少し滑った後に、出された無難な言葉が現実的だとその時の兵士は思えなかった。


「戦争だってずっとしているわけじゃなぇだろ。いずれは勇者様が、魔王を討ち取って平和をもたらしてくれるってな。それは歴史が証明している。なんだかんだ言って、うちらは最後は勝ってるんだ。そこまで生き延びれば俺たちは英雄の仲間入りってな。だったら、将来得る金の使い道くらい考えてもいいんじゃないか?」


 その兵士の思考がリアリストなのか、それとも相方の兵士の思考が夢見がちなのか。

 それを追求する必要はない。


 そうさ、これはただの雑談。


 深い意味も、高尚な願いもない。


「……そうだな、まずはエールを飲みたい。それも安い酒場の薄めたエールじゃなくて、少し高めの濃い味の奴だ」

「お、良いな。俺はそこに腸詰を追加したいな」

「俺は鳥の丸焼きだな。香草焼きだと最高だ」


 ただ、漠然とやりたいことを考え、空腹が訴えることなど気にせず。


「おいおい、そんなことを話したら余計に腹が減るじゃねぇか」

「うるさい、お前から振った話だろ」


 その時やりたいことを兵士たちは考えていた。


 あの時、あんなことを話したと未来での雑談の種にするために今、この時交わした言葉を大事にする。


「じゃぁ、俺は女だ。それも高級な店の女だな。こう、胸がボンと出ててな、腰もこうキュッと締まったいい女」

「そんな女、お前じゃ捕まえられんよ」

「良いじゃねぇか、その時の俺はきっと金持ちになってるんだよ」


 男同士のバカバカしい会話。

 楽しいという思い出を心に刻める。


 兵士は、思える。

 ああ、あの時は楽しかったと。


 そしてあれは、過去の思い出だと、漠然と理解している。


 だって、肩を寄せ合い、楽し気に女の話をしていた兵士の相方は。


「死ねぇ!!神の敵は、皆死ねぇ!!」


 狂気に染まった顔で槍を振るって、今では頬に返り血を浴びながらモンスターを屠っている。

 普通だったら、逃げるような巨大なクマのモンスターに怯むどころか、恐れもせず槍を突き立てる相方を、兵士は地面に横たわりながら腹から垂れ流す血を少しでも抑えようと手で押さえながら見ていた。


「死ね!死ね!死ね!死ね!しねぇえええ!!!」


 ああ、もう、俺の友人はいないのかと兵士は思った。

 あいつはあんなに勇敢じゃない。


 怖いことには全力で抗って、必死に生き残ることに専念する臆病なやつだ。


「ハハハハ!!ああ!神よ!!どうかご覧あれ!!俺は、あなたのために敵を屠りましょう!!」


 良く笑うやつだったが、あんなふうに狂ったように笑うやつじゃない。

 右手が折れているだろうに、痛みを感じないかのようにふるまうやつじゃない。


 少しでも怪我をしたらぎゃあぎゃあと騒がしかった。


 だけど、どこか憎めない兵士の相方。


 そんな相方はモンスターを倒したら、ズタボロの体を動かして、次のモンスターに襲い掛かって傷ついた兵士を放置して走り去っていく。


「あ」


 体が段々と冷たくなり、それが正気を取り戻すきっかけとなった。


 咄嗟に助けてくれと、声をかけようとしたが、声がうまく出ない。

 か細く、蚊が鳴くような音しか出なく、何とか言葉を捻りだそうと腹に力を入れれば血が噴き出そうになる。


 そんな死にかけの相方を気にかける事もなく。

 周りにいる生存者を放置して、相方はダンジョンの奥に敵を探して走り去った。


 どんどん変わりゆく友人と一緒についさっきまで、狂気に染まっていた兵士の思考は、客観的に自分の死期を悟って、諦めて、上げていた手を横たえる。


 何でこうなったと、ぼんやりとする頭で兵士は考えたが、記憶がとぎれとぎれになり、断片的な記憶しか呼び起せない。


 ただ、一つだけ確信できたのは、あの薬を飲んでから狂った。


 それだけは確信できた。


「嫌だ、死にたくない」


 だからこそ、心残りが多すぎて、兵士は涙を流す。


 上司の命令で無理矢理飲まされ、吐き出すことも許されず、相方と一緒にこっそり飲んだふりをしたがそれもいつまでも持たなかった。


 同僚がどんどんおかしくなる中で、俺たちが正気で居続けられる時間は短かった。


 飲んでいないことがバレて、手足を拘束されて無理矢理飲まされ、気づいたらこうやって横たわって死の間際。


「生きて、妹の、結婚……」


 もう指先にも力が入らない。

 思い残しを少しでも達成しようと生き抗おうとも、兵士には特別な力はない。


 徐々に目の前が真っ暗になる。


 ああ、太陽神よ。


 なぜ世界はこんなにも暗いのですか。


 いつもの青空は何処に消えたのですか。


 寒いです。


 あなたの暖かな日差しは何処に消えたのですか。


 苦しいです。


 あなたのために戦ったのに、なぜ私は死ぬのでしょうか。


 悔しいです。


 何で、私は死なないといけないのでしょうか。


 ああ、神よ。


 なぜ、なぜ、なぜ。


「くそったれ」


 死ぬことに対して、疑問に満ちた兵士の最後は何も救わない神への悪態で終わった。


 魂が抜けたような空虚な瞳はもう何も写すことはない。


 ダンジョンに横たわった死体は、いずれ、そのダンジョンに吸収される。

 死体すら残さない。


 何とも無残な死に際をみとる者もいない戦場は果たして意義があるのだろうか。


 横たわる戦友を労わることもせず、神のためと脳を焼いた兵士たちはただひたすら行軍を続ける。


 だけど、死兵となった軍団であっても、その侵攻は遅々として進まない。


 なんの皮肉か、勇者に攻略させないために改造されたダンジョンはその猛威を兵士に振るい、その性能を存分に見せつけた。


 彼らは思った、どうにか中層にはたどり着いたと、あとは仲間が何とかしてくれると。


 しかし現実は厳しい。


 彼ら兵士がたどり着いたエリアは、樹王にとって序盤である。

 そのことを知らぬがゆえに悪夢はここからだと兵士たちは知らない。


 Another side End



 今日の一言

 害から何かを生み出さねば報われない。



毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] ふと、この光景を録画して、地球側に見せてやりたいな。 「こんな非道をする連中が日本の若者をさらって使い捨てを計画してます」って それでも目が覚めない層が一定数いそうで怖いけど
[良い点] 魔王様、悲願の神殺しを よろしくお願いします。
[一言] 魔薬を飲まされ未来を無くした一兵卒達の嘆きと苦しみと恨みが、摩耗とも考えていない太陽神に突き刺さりますように。
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