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705 有能な敵よりも時には無能な味方の方が厄介な時がある

 

 Another side


「……お嬢、切実なお願いをしてもいいですかい?」

「半ば予想はできますが、いいですよ」


 太陽光が差し込み、明るく照らされている一室の風景と打って変わって、その部屋で会話する二人の声は非常に暗い。


 声をかけた男性、ダズロは顔真っ青にし、それを受けた女性、アンリ姫の顔色も良いとは言い難い。


「胃がヤバいんで少し辺境のド田舎で十年くらい療養してきます。できればそのまま探さないでくれると非常に助かります」

「許すと思いますか?」


 お腹を押さえながらそっと休暇申請の用紙をダズロは差し出すが、日本とは違い、社員に有給の権利があるという法が整備されていないイスアルでは、そっと放たれた魔法によって書類と共に有給という名の夢は焼失する。


「思う思わないかの問題じゃないと思うんですがねぇ。トライスの方々って脳みそに経典が詰まってるんですかね?おっさんの思考じゃこの展開についていけないんですけど。というか国を残す気あるんですかあの国は、周辺国巻き込んでとんでもない自爆をしそうな勢いなんですけど」


 対魔王軍総本部のとある一室で、胃の上付近を抑えて顔を真っ青にする中年と、頭を抑えて頭痛を堪えているエルフの少女という組み合わせ。


 すでに連合本部では見慣れた組み合わせではあるが、当人同士が求めているかと言われればそうではない。


 この会話の内容も、したくてしているわけではないので互いのストレスの種になっている現状。


「言わないでください。私もこんなバカなことをする国に苦戦していたと考えると祖国が不甲斐ないと思ってしまいそうです。いえ、狂気に染まれるという点で苦戦を強いられていたのは理解できますが、それでもお粗末すぎます」


 問題としているのは軍内部でも流通し始めているとある薬に関してだ。

 出所なんて調べる必要もない。


 なにせ向こうの司祭が嬉々として勧めてきた物体なのだ。


 最早隠す気もない。


 下手をしなくても軍が分裂しかねない代物を差し出してくるのは何事かと、ダズロとアンリ姫はついに相手の思考が理解できなくなった。


 まだ、物資の横流しで私腹を肥やしたり、略奪で私腹を肥やしたりとその範疇の犯罪は欲で動いているのだと理解できるが、薬を飲んで頭を馬鹿にして世界を救いましょうと言われるとは流石に予想していなかった。


 理解が及ばないことがあるのだと、アンリ姫が嫌な学び方をしたのは記憶に新しい。


「幸い、帝国と周辺国の軍は問題ないです。ですが、王国とトライスの軍は怪しい部隊がいくつか発見できました。最早、あそこの国は連携する気というのがないのは痛いほど理解できました」

「ですねぇ。前から頭がおかしいとは思ってましたし、我こそは選ばれた人間だと随分と宣ってましたけど、ここまで頭がおかしいとは思っていませんでしたよ」


 何がどうしてそうなったと過程を説明してほしいが、全ては神のご意志と宣われて後はエンドレス。

 話し合いにすらならない。


 相手の意見はシャットアウト、全て神の意志が正しいの一点張り。


 歩調は乱れ、好き勝手にし、何かの失敗は自分以外の意見を言う輩に押し付ける。


「ダズロ、魔王軍の動きは?」

「逆撃って言う感じで、結構派手に暴れてますねぇ。何を考えているのか、帝国と王国の国境線に出て来ましたよ。おかげでこっちは防衛ラインを再形成しないとヤバかったですよ。血の気の多い王国の連中がわれ先にと襲い掛かってくれたおかげでこちらの被害は最小限に抑えられましたが」

「代わりに、王国の軍勢は大打撃を受けましたか」

「ええ、いきなり大森林が生まれて相手のテリトリーに誘い込まれたと言う感じで少なくとも四桁の人的被害が出ているとのことで」


 さらに悪いことは重なる。

 どうにか策を講じて、魔王軍を防戦に専念させるように立ち回ったが、反撃が想定していた時間よりも早く行われたのだ。


 たった一つであるが、ダンジョンがイスアルに誕生したのだ。


 過去の歴史を掘り返すのであればダンジョンは一気に複数現れるのが常識。

 しかし、確認できたダンジョンは一つ。


 逆に不気味に感じる現れかた。


「ただでさえ足並みが揃わなくなっている状態で、その補填。さらに連合軍の足並みは遅れてますねぇ。終いにはほら、神の意志に殉じた者たちの弔い合戦のために援助してくれと催促の言葉がこんなにも」

「勝手に動いて、勝手に自滅して、勝手な意見を通すのですか。はぁ、子供でももう少しまともな発言をすると思うんですが……こちらは他のダンジョンの捜索に忙しいというのに、相手側は食事の催促ですか。はぁ、本当に……」


 逆に疑うなと言うのが無理難題と、アンリ姫は何日寝ていないのだと考えるのを放棄した思考で自分の行いを振り返る。


「よく言うじゃないですか真の敵は、身内だったりするかもしれませんよ」

「笑えない冗談ですね。最近よく考えるのです。魔王軍と友好条約を結んで、一緒にトライスを滅ぼした方が楽なのではと」


 優雅に余裕を持って立ち振る舞えたのはいつまでだったか。

 少なくとも侵攻する前までは、余裕を持って立ち振る舞えたと思うが、開戦してから一気に余裕がなくなったような気がする。


「あ、それ、自分も考えましたよ。存外向こうのほうが話を聞いてくれるんじゃないかって。いやぁ、熾天使を目の敵にするくらいに滅茶苦茶怖いお方たちなので交渉役は死んでもしたくありませんが」


 うら若き乙女が、必要最低限の生活習慣だけこなし、あとは軍の維持のために書類と格闘し続ける。

 何のためにこんなことをしているのかと無理矢理目的を忘れてこの現場から逃走したいと考えるほどの周囲の無能っぷり。


 足を引っ張ることに関して言えば天才を通り越して天災レベルの動きができる身内を抱え込むことの苦労をアンリ姫は知った。


「させませんよ。あなたのような胡散臭い中年男性を向かわせても初手で捕縛され、その後に拷問され情報をすべて抜かれたら処刑される。その流れが見えます」


 その苦労からさらりと逃げようとする部下を抑え込む姫に、心底嫌だという顔をする部下。

 王族に向ける顔ではないが、それでも許されるくらいには信頼関係を築いているのはわかるが、それでも日の光が綺麗に差し込む晴れやかな一室でする会話にしてはあまりにも暗い。


「あれぇ?お嬢のおじさん評価思ったよりも低い件に関して問い詰めたいんですけど、割と自分でもその未来が見えているのでやりません!あと、おじさん、痛いの嫌なので拷問される前に帝国以外の情報べらべらと話して助命嘆願出すのでそこら辺よろしくお願いします」

「帝国に不利益をもたらさないのであればご自由に。そもそも話を聞いてくれる魔族がいなければこの話も妄想どまりの想像ですけど」

「例の彼を仲介役にしたらどうです?割とすんなり交渉の席につけそうですけど」


 その無能をいかにして無害にするかを考える日々が、脳内に蘇りつつアンリ姫は大きくため息を吐き、冷めた紅茶に手を伸ばす。


「どう言い訳しても、彼は魔王軍から誘拐した存在です。そんな彼に施したあの処置を見せろと?そうなってしまったら帝国と魔王軍との関係は永遠に改善されませんね」

「いやぁ、まぁ、そうですけど。お嬢もそれを承知で施したわけじゃないですか」


 普段であればほんのりとした苦みを美味しく感じ取れる味覚も、今ではただの水分補給だと感じる程度には鈍化しているのを感じ、アンリ姫は眉間に皺を寄せる。


 美味しくはないが、それでも水分は取らないといけないと思いカップを空にする。


「それに、今の状態で対等の交渉ができるとは思いません。せめて、ある程度戦線を膠着状態、いえ、押し返してからでないと不利な条件を要求されます」

「ですよねぇ、いっそのこと太陽神の居場所とかがわかればそれを手土産にできるんですけど」

「それがわかれば苦労はしません。何度か、謁見できるかどうか使者を出していますが多忙の一点張りです」

「そこら辺が怪しいですよねぇ。何でもできるはずの神様が忙しいとか、司祭たちが語る全知全能が聞いてあきれますよ」

「全くです」


 カップをテーブルに置いて、わずかな休息を挟んだ彼女はそっと羽ペンを手にする。


「さて、無駄話はここまでです。ここからは、帝国の兵士たちの損耗をいかにして抑える方法を考える時間です」

「おじさん的に、真っ先にトライスの奴らを壁にすることを考えたんですけど?あの人たち、随分と魔族に対してヘイトが高めですし。それっぽい理由ができれば、あとは武器と食料を供給するだけで勝手に突っ走ってくれそうな気がするんですけどねぇ」


 時間は有限、無駄話はしていないが、有益な話もしていないとアンリ姫は予定が滅茶苦茶になる前に修繕するための策を考え始める。


 頭の中で、どれが有効でどれがダメか。


「時間稼ぎとしては有効です。ですが、相手の戦力が未知数な時点で戦力の消耗は最小限に抑えたいところですね」

「それができない相手だとお嬢も理解しているでしょう?」

「せめて、もう少し有能な部下がいれば」

「素直にお父様に援軍を求めた方が良いと思いますがねぇ。お嬢の手勢だけだとここいらが限界だと思いますよ」


 しかし、思いつく限りの策もそれを実施する手足が腐っていては意味がない。


「はぁ、そうですね」

「むしろ、お嬢だからここまで保たせたと思いますよ。流石に陛下も変な評価はされないでしょう。魔王軍も攻めて来たので、帝国としても対応したいところがあるでしょうし」


 その手足がまともに動くのならもう少しやりようがある。

 だけど、現実、その手足にはそれぞれ意思があり、まるでわがままな子供のように好き勝手に動き回る。


 手足を鎖で雁字搦めにしてようやくまともに動かせるかと思えば、次から次へと手を変え品を変え、するりとその鎖を外して好き勝手に動く。


 その苦労を抑えて、ここまで形を保てている部分はかなりすごいとダズロは称賛するが。


「はぁ、叔父様からの嫌味が聞こえて来るわ。大口を叩いた結果がこれかと言われるのが目に浮かぶ」

「宰相殿はお嬢に厳しいですからね。いや、まぁ、色々とやらかしているお嬢が悪いんですが」

「失礼ね。私は帝国の未来を考えて行動をしてきました。私の行動で帝国に不利益を与えたことはありませんよ」


 その程度の実績で、彼女の親族が納得しないのはアンリ姫自体が知っている。


 しかし、これ以上その納得させれないことを恐れて被害を増やすことなど言語道断だと言うことも理解している。


「じゃぁ、賢いお嬢がどうすべきかわかっていますよね?」

「はぁ、わかりました。お父様に手紙を書きます。速達でできるだけ早く届けてください」

「御意」


 自分のプライドと国の行く末どっちを優先すべきかなんてサルでもわかる。


 しかし、人は自己保身を大事にする。


 それ故に、どうにか挽回しようとあの手この手と悪あがきをするのだが、アンリ姫は素直に助けを求めることを選んだ。


 上質な紙に、上質なインク、それらを使って魔力を込めてこの手紙がアンリ姫が書いたことを証明する措置を取って書いた手紙。


 それをさらに上質な封筒に入れて、アンリ姫が持っている封蝋印で閉じた。


「はぁ、返事が来るまでに多少はまともにする努力をしましょうか」

「次に寝れる日がいつになりますかね」


 これが吉とでるか凶とでるかはアンリ姫にもわからないのであった。


 Another side End



 今日の一言

 失敗を一人で挽回する必要はない。



毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この二人、回収したいですねぇ優秀な事務要員として
[一言] 川崎翠に売られた火澄透は、どう変わっているのか楽しみでもある。でも、本性は変わっていなさそうでもある。
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