702 通達はできるだけ早く
「連れて行く人員の選定は教官に任せます。上限は三百、機動力を優先、次に隠密性を兼ね備えた戦力で。正直戦うだけなら教官だけで問題ありません。戦力よりも誰にもバレず情報収集できる能力と移動できることを前提に選定してください。そっちの方が教官も暴れられるかと」
「わかってるじゃねぇか。こんなことをする奴らは俺がぶっ壊す」
薬に手を出してまで戦力の確保をしたいのかと怒りを感じている俺よりも、薬を使っている現場を発見した教官の方が怒っていることを目の当たりにした俺は、早急にその怒りを魔王軍の益になるように動き始めた。
戦闘能力という点で教官が同行するなら他の面々はサポートに特化しても問題ない。
いや、むしろここのエリアがバレないことを前提にするなら、サポートに特化したほうが都合がいい。
「スエラ、樹王に伝達、教官が暴れるルートを教えて樹王の策略だと思わせるように情報工作を頼んで」
「わかりました」
そして、同時に友軍への連絡もする。
今回の件で損害を被るのは避けられないだろうが、なら最小の被害で最大の利益を出そうという魂胆だ。
元々こっちは暗躍がメインの部隊で、こんな早期にバレるのは魔王軍的にも良くない。
「良いですね教官?」
「おう、今回は手柄は二の次だ。樹王の奴にくれてやれ、だが、暴れるのは俺だ。そこは念を押しておけ」
「ええ、わかってます。樹王も勝手にやられなければむしろ都合よく動けるようになるので利はあります。ですので」
善は急げと、教官の我慢の限界が来る前に部隊の手配と物資の調達と軍への伝達を完了させる。
特に注意すべきは、友軍との連携の手配だ。
フシオ教官なら、報告なしでも合わせてくれるほどの阿吽の呼吸を見せてくれるだろうが、今回は相方が樹王なので、連絡を密にしておいた方が後々の面倒は少なくなる。
「それじゃ、俺は一緒にくるヤツを選んでくるぜ」
俺が止めず背中を押してくれたことで、怒りを抑え込んでくれた。
だが、それは表面だけだ。
表情はご機嫌な風に見えるがあれは噴火直前の火山だ。
あれを放置したら本当に何をしでかすかわからなくなる。
「伝令」
「はっ」
「緊急番号零五を発令、この文書を指定の場所に送ってくれ。伝書鳩の用意を」
「わかりました!」
それを避け、調整するのが俺の役割だ。
アンの方にも被害がいかないように、連絡しつつもう一つの方にも連絡を入れる。
「あちらにも連絡を入れるのですか?」
「念には念をってね。こっちで軍事行動をするならここで横槍をいれられるのは良くはない」
魔力による通信網を形成し、現代機器を駆使した魔王軍なのに伝書鳩などと古風なものを使う理由。
スエラが兵士に用意させた理由を察して、それ専用の用紙を俺に手渡してくれる。
俺はそれにさらさらと簡潔に文章をしたためて、専用の筒に入れる。
あて先は今、交渉している国に対してだ。
こっちが暗躍しているというのは重々承知しているだろうが、それでも伝えて来た軍事行動に対して邪魔をするほど愚かではない。
「うまくいけば、ここで穴を見つけられる可能性もある」
万が一、邪魔者がいても今回の通達の仕方を工夫することでどこから情報が漏れたか穴を探すきっかけになる。
信じるにはまだまだ時間が必要だ。
できれば、教官を動かすようなことは避けたかったが仕方ない。
「物資は確保次第アイテムバッグに詰め込んでくれ。あとは移動用の馬車の用意。空間拡張した馬車を使いキャラバンのように偽装する」
「そう言うと思って、すでに手配しています。はい、この書類に決裁を」
「さすが」
やると決めたのなら、グダグダと言っている暇はない。
やれることをやるだけのこと。
俺の行動から予測して準備してくれたスエラから書類を受け取り判を押す。
アイテムバッグは高価ではあるが、軍事物資としていくつか確保している。
軍を運用するときに一番大変なのは食料物資の運搬だ。
生き物が生活するにあたって食事は必須。
特に鬼族は舌が肥えているわけではないが、食事や酒を重要視する傾向がある。
下手にここでけちると、現地で略奪をしかねない。
特に酒。
仕事中に酒を飲むなと注意したいところだが、鬼族は酒を飲んでも普通に素面並みの実力を発揮するからスポドリ感覚で飲んでしまう。
だからこそ、液体の持ち運びができるマジックバッグはかなり重要なものだ。
空間拡張した馬車もあるけど、あれはマジックバッグ以上に高価な代物な上に数が少ない。
作れる人材がそもそも少ない上に素材も希少なものばかり。
なので、台数を確保するのは殊更苦労する。
見た目は六人乗りの馬車が、十倍以上の人員を運べるようなチート性能をしているのだからどこの軍も確保している。
今回はそれを駆使して、薬の製造元を叩くという電撃作戦を決行するわけだ。
「警戒網を構築してこの領地に薬が入り込むのを防ぐ、あとは場所の調査に人員を割いてくれ。建設が多少遅れるのは仕方ない。こっちの方が重要だ。恐らくだが、この薬もタダで配っているわけじゃない。二回目、三回目は有料にして国庫の資金源になっている可能性もある」
戦争という事象に関わるようになってからどんどん黒い出来事を知るようになった。
そこに憤りを覚えることはあっても、嫌悪感で物事を起こしてはいけないと学んだ。
教官みたいに我を貫けるほどの芯があれば話は別だったが、俺の頭の中には嫌悪感と憤り以外にも理性が存在した。
この出来事は利用できる。
そしてある意味でこれも追い風だと認識していた。
薬というのは大なり小なり、嫌悪感という物が生まれる。
例えそれは神が施している物だとしていても、それが起こした結末が証明する。
「あと、この情報を帝国にも噂として流してくれ」
「帝国にですか?」
その結末を神の意志だと容認できる国ならそこまで問題視はしない。
だが、今回の大戦争を主導している国はその神を良しとしない国だ。
こんな無理な徴兵のやり方を容認できるかどうか、常識的に考えればわかる話だ。
「ああ、今の連合軍の主導は帝国だ。この情報を上層部が掴んでいないとは思わんが末端まで行き届いているとは思えない。情報規制をかけて友軍同士の不和を避けるはず。でなければあのでかい図体を空中分解せざるを得ない。それは絶対に避ける」
出来て黙認、緘口令を引いて軍を分けて最小限の被害に抑え込もうとする。
一国でまとまっている魔王軍と違い、多国連合の欠点が浮き彫りになる形で被害が出る。
「では、情報を流すことによって足元から崩すと言うことですか?」
「ああ、薬で人を意のままに操る不気味な集団、神の名を口ずさみながら敵に突撃する光景でも見れば途端に兵士たちも噂が現実だと知ることになる。その効果は、まぁ、俺は味わいたくはないな」
諸刃の刃も、振るう側が鈍らで、自分に向いている側の方が鋭ければ世話がない。
こんなあからさまな手段を用いても勝てるかどうか怪しい。
「……いや、別の何か目的があるのか?」
時間稼ぎ以外に、何か別の意図を隠し持っているのか?
こっちが気づくことが前提のような動き。いや、兵士を薬で確保するなら隠すことはできない。
若い働き手を集めきって、他に残った人がいないと言うことを前提にしても後先のことを考えなさすぎる。
これでは勝ったとしても、イスアルの国が複数滅ぶぞ。
それをやってもリターンの見込みがある?あるいは、ここで決着をつけないといけない理由がある?
「次郎さん?」
気づけば手を止め、思考に没頭している俺に、スエラが話しかけてきたが、悪いと思いつつ手の仕草で少し待ってくれと考える時間を要求する。
「……」
返事もできず申し訳ないが、彼女は頷いてそっとその場で立ち待っていてくれる。
その静寂の空間で、思考をめぐらせろ。
考えるんだ。
相手側にとって、こんなリスクしか見えないような作戦を展開する理由を。
最初の打撃で、向こう側は損害を受けたが立て直しができないほどの被害を受けたわけじゃない。
働き手が少なくなって貧困に陥っている地域が拡大しているが、軍本体はまだ健在と言っても過言ではない。
そんな状況で増兵?
なんでそんなことをする必要がある?
相手の立場からしたら、今欲しいのは雑兵ではなく将のはず。
数を求めるよりも質を優先しなければならない。
「……もしかして、その質を埋めるための薬か?」
額を手で押さえ、考えていたら一つの可能性にたどり着いた。
「スエラ」
「はい、何でしょう」
「薬によって魔力適正が一時的に、そう、それこそ数カ月単位で、いや、もっと短く、一ヵ月でも能力が格段に上がる薬とか存在するか?」
嫌な想像には嫌な予想が重なるものだ。
狂気に染まった民兵。
最初は死兵によってこちら側の戦力を削りに来るという可能性を考えた。
だけど、それを封じるための策は教官が動くことで対処できる。
そして情報を流布することで仲間割れを誘発することもできる。
余りにもあっけなさすぎる。
だから、何かあると踏んだ。
「そんなものが存在するかは私は知りません」
だけど、知らないとスエラは首を横に振った。
それもそうか。
そんな一時的とはいえ、薬を飲むだけで強くなれるのならそれを大量に作って兵士に飲ませればいいだけだ。
「そうか、それなら俺の杞憂ですみそうだ……スエラ?」
「ですが」
その何かの予想が外れたのなら俺はそれ以上を考えることはなかった、だけど、俺の話を聞いてスエラは記憶を掘り起こし、心当たりを口にした。
「伝説の話になりますが、過去、歴史の書を紐解けば歴代の魔王がイスアルを制圧する一歩手前まで侵攻を成功させた事例があります。しかし、それも最後は勇者と神の使徒、熾天使のパーティーによって魔王様が討たれ敗走という流れになっています。そのときの勇者は非常に短命。魔王様を打ち滅ぼすために、おのれの身を顧みず戦い、最後は精魂尽き果て眠るように死んだと記録されております。そして、その勇者はしがない農民の出だとも聞いています」
当たらないことを切に願った予想を裏付けるような伝承。
「イスアルの伝承を元に情報収集した内容なのでほぼ間違いないです。そしてその勇者の伝承は鍬を振るったことはあるが、剣を握ったことのない心優しい青年だという語りから入ります。そしてそんな青年が神の加護がかかった聖杯の盃に入った雫を飲むことで力を得て魔王を倒したと伝わっております」
「ビンゴ、ビンゴ、ビンゴ」
そして、現実にはならなかったが、一時的に命を燃やして強大な力を得る方法を俺はもう一つ知っている。
雫を飲み干すことで力を得ることができる。
アホらしい、そんなことできるなら苦労はしない。
「次郎さんは、今回の薬がこの伝承に出てくる雫だと?」
「あるいは、その雫を飲み干せる体質をもつ人間の捜索だろうな。最悪なのは適性検査で適応する人材を探している過程で適性のない人は兵士に仕立て上げ、時間稼ぎをして大戦力、適応者で勇者の軍団を生み出そうとしているってところが俺の予想だ」
だけど、そのあほらしいことをできる神がバックにいるなら話は別だ。
ああ、ああ、そう言うことか。
だから、あの時、アメリアのクラスメイトをまとめて召喚したのか。
「クッソ、胸糞悪い」
嫌な予想は本当に気が滅入るから嫌だな。
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