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701 有能は予想を凌駕する

 

「こりゃ、たまげたな」


 暗部に依頼して、しばらくは様子見かなと思っていたが潤沢な資金を得た暗部というのは想像以上に仕事が早かったようだ。


 依頼して三日目、アンが俺にアポを取って来た。


 てっきり、必要な物資の要求で足を運んできたと思ったが、それだけの用事で来たわけじゃなかった。


「もともと持ってたコネを使って得た情報だから、さわりしかないけどないよりはいいだろ?」

「これで、さわりか」


 俺たちが普段使っている紙よりは質は悪いが、それでも読む分には問題ない紙にまとめられた報告書を一読するだけでだいぶ重要な情報が乱立しているのがわかった。


 現在生き残って領地経営している貴族たちの趣味趣向、とくに領民からどう思われているかをまとめられているのはかなり貴重な情報だ。


 いきなり貴族の深部に入り込めない分、得やすい部分を調べてきたという自分たちの本分を理解している。


「随分と期待させてくれるな。次の報告書も楽しみだ」

「良い情報だけを並べてないのに、そうやって笑えるってあんたヤバいって言われないかい?」

「たまに言われるな。なに、魔王軍に居れば自然とこの程度は大丈夫だって線引きができるようになる」

「それ、大丈夫なの?」


 客人として応対し、茶と茶菓子を交互に飲食するアンの視線は懐疑的なモノだ。


「大丈夫という言葉では生憎と測れないな。今の俺はできるできないの観点で動かないと片付かないケースが多くてな。安全に物事を済ませられるのが一番だが、そこで臆してはこんな情報を集めようとは思わん。ああ、君たちは安全第一で動いてくれ、君たちの目と耳は貴重だ。消耗品のように使ってしまったら絶対に後悔するのが今回の報告書でわかった。上に掛け合って、予算の増額も検討する」

「これ以上貰ってあたしたちに何をさせるつもりなんだよ」

「少なくとも、君の体が目的ではないことは安心してくれ隣で仕事をしてくれている女性は俺の妻だ。そんなことを求めたら彼女に怒られる。それに彼女以外にも妻がいるのでそっち方面では満足しているんだ」

「そうかい、たまに弱みを握って女を好き勝手にしたいっていう依頼主もいるからね。雇い主がそういう趣向がない奴で安心したよ」

「ある意味でそれ以上にマズいことをしようとはしているがな。情報は凶器だ。使い方次第でいくらでも傷を残すことはできる。俺は、その凶器をうまく使わないといけないというわけさ」


 報告書の中には一応現状で不満を抱き反乱を企てるような動きはない。

 腹の内でどう思っているかはお察しだろうけど、予備動作を見逃さなくていい情報を得られただけでかなり美味しい。


「あたしたちのことをよく理解しているようで何より、それじゃ、さっそくだけどこれ用意してくれる?」


 その情報の対価と言える報告書とは別の紙の束。


 スエラがアンから受け取り、変なことをされていないかを確認してから一瞬で読み終わり、そして俺の方に渡してくる。


 そして俺も、速読というには早すぎる速度でその紙の束を読み切り。


「随分と入用だな。衣食住は理解できるが、随分と嗜好品の数が多い」


 その内容につい苦笑してしまう。

 生活に必要な衣服や、食料、そして井戸の工事に生活基盤に必要な最低限の住居。

 それを買うために必要な金額計上された。


 ここまではいい、だが、俺が苦笑がしたのはそれよりも下で現物支給を求めてきた品々だ。


「必要経費だよ。酒に溺れれば簡単に口が軽くなるってね、そこに着飾った美女がいればなおのこと男って言う生き物は自慢げに武勇伝を語ってくれる。そこをおだててねんごろになってってな」


 まるでキャバクラを開業するのでは思うラインナップ。

 ドレスに、アクセサリー、晩酌するにしては高そうなワインの銘柄、それに香水に夜関連で世話になりそうな薬の数々。


 俺の呆れ交じりのことばにニヤニヤと下品な笑みを浮かべたアンが楽しそうに語るその内容に一体どれだけの男たちが武勇伝を披露したのか。


 一時の快楽に身を任せた者の末路は大概ロクなことにならない。


「同じ男として、そこら辺が通用してしまうことは理解できてしまって悲しいな。OK、用意させよう。だが、生憎とハニートラップの方は用意できないぞ?」


 教官が聞いたら、こういうからめ手は好きじゃないと顔をしかめるか、それともバカが馬鹿を見たと大いに笑うか。

 さてはて、どっちか。


 戦いで姑息な手を使うことを嫌う傾向にあるから、戦いではないこのジャンルなら許容はしそうなイメージだが、近くに逆鱗も付属していると俺は考え、この手の話は黙って俺が進めるよりは、俺が教官に説明したほうがよさそうだ。


「そこら辺はうちにたんまりといるから安心しておくれ。歌姫に酒場の店員、娼婦になんでもござれだ」

「……そうか。余計な世話かもしれんが、医薬品の方は多めに流しておこう。念のため言っておくがこれを横流ししたらわかっているな?」


 この状況で女遊びに興じる男の性に、同情しつつ軽くなった財布の分だけ俺たちの情報戦は活発になるのだから止めはしない。


 だが、援助した分で儲けを出さないように釘は刺す。


「わかってるよ、あくまであたしたちが使う分にとどめておく。質のいいポーションはあたしたちからしてもありがたいものだしね。好意は素直に受け取っておくさね」

「そうか、それならいい。近日中にこれは用意させる。あと、物件の方だが、こちらが用意しなくていいんだな?」

「ああ、そちらさんが用意したらあたしたちがいることを露呈するようなものだしね。それにあたしたちだって隠したいことはある」

「それを雇い主の俺に言うあたり随分と神経が図太いな」


 それは重々承知しているようで、分はわきまえると肩をすくめて了承の意を伝えて来たのでこれ以上は追及しない。


「顔を晒さないのが最大の防御さ、他の奴たちはできるだけ顔を知られないのがこの手の界隈で生き残るコツってね」

「今後の参考にさせてもらう。さて、報告の内容を見て追加で仕事だ」

「はいはい、ここまで給金が出てるのなら喜んで馬車馬のように働かさせてもらうよ。だけどヤバい案件に関わったらそっこうで尻尾巻いて逃げるからね」

「拒否権は認めるが、出来るだけこっちに付き合ってもらいたい。頼みたいのは宗教関連の調査だ。太陽神の教会付近でこっちにとってあまり良くない動きがあるようだからな。情報収集とかく乱を頼みたい」

「ああ、やっぱりそっち関連かい。煙はだいたいここら辺から立つからねぇ」


 代わりに、気になるところの詳細情報を求めた。

 俺たち魔王軍で目下最大の敵は帝国とトライスだ。


 そして、動き的に目立つのは教会を抱え込むトライスだ。


 国の首都には大体教会が設置されている。

 そこには、トライスと繋がっている司祭がセットで置かれている。


 俺たちはそこも鎮圧して、偽造情報を報告し時間稼ぎをしている。


 だけど、信者というのはどこにでもいて、表向き通常営業している教会でも、疑問を抱く輩多い。


 疑問を振り撒いても、それでも太陽神を信じようとする輩は一定数いるんだ。


 特に、生活に余裕のある家庭はその傾向が強い。


 地道に魔王軍の印象を改善していくしかない現状で、この層は厄介なんだよ。


「下手にゲリラ戦を行われて、それをきっかけに貴族が反乱を起こしたら目も当てられないしね。わかった、そっちの方にも人員を割くように言っておくよ」

「頼む」

「いいよ、あたしたちも良い物もらえたし文句はないよ。そう言えば忘れてた」


 そこを事前に察知して火消しをしないといけない。

 ひらひらと手を振るアンは、あっと思い出したようにポケットから紙に包まれた物体を取り出した。


「はいこれ」

「なんだこれ?」

「陽気になれるお薬」

「ヤバい物じゃねぇか」

「教会が配ってる。曰く、神の薬だってさ。ここら辺では出回っていないないけどちょっとずつ広がり始めている。これを飲むと戦闘意欲が上がるって代物。おかげで魔王を殺せって言う頭がおかしい連中が戦争に志願している。訓練内容も異質、次戦う時は死兵が大量生産されているだろうね。大丈夫?」

「今ダメになった、アホだろ、いや、アホだったか。人間を何だと思ってんだ。いやそもそも宗教が戦争に混ざったらロクなことにならないんだよなぁ」


 気軽に渡されたものが、気軽に扱って良い物じゃない件に関して。

 俺の頭の中にもない情報の代物だ。


 スエラに目配せをして、魔王軍の薬物を研究している機関に送ってもらうように頼む。


「ちなみにこれは過去にも出回ったことのあるやつか?」

「さぁ?少なくともうちの長老たちも知らない代物っぽいから、多分出回っていないと思うよ。あと、広がってるのは生活が苦しくなった貧村とかからで、司祭が巡回しているみたい」

「なりふり構わなくなってきたな。戦後のこととか考えてるのか?働き手がいなくなって絶対貧困待ったなしの世界が待ってるぞそれ。しかし、あの薬がどこの何かがわかってないとなると未知の物質だとヤバいな、依存性があると手が付けられなくなるな。人海戦術の消耗戦とか地獄だろそれ」


 解毒薬か治療薬ができればいいけど、依存性の高い薬に基本的に治療方法はない。


 精神的に耐えて自分の体には必要ないと思わせる他ないのだ。


 それを使ってまで兵士を集めている。

 最悪の光景、老若男女問わず槍を持って狂気の顔で戦場に出てくる民兵とか出てくるのか。


「……はぁ」

「雇い主さんは随分と優しいんだね。お相手さんのことまで心配するなんて」

「後味の悪い仕事は極力したくない、それだけだ。薬の件は了解した。そっちの方の情報も集めておいてくれ」

「わかったよ。それじゃ、そろそろ行くよ」

「ああ」


 悪夢のような光景を想像するだけで、この魔紋で強化された肉体でも頭痛を引き起こせるのだと実感し、ひらひらと手を振りながら退出するアンを見送る。


「次郎さん、鬼王様が来られました」

「了解」

「おい、次郎」


 そしてすれ違う様にスエラが戻ってきて、来客を告げるが、その来客はズンと部屋に入って来た時点で怒り滲ませてきた。


「戦の準備をしろ、滅ぼすぞおい」

「理由は察っしていますが、見たんですか?」


 その理由が何か俺は何となくわかった。


 まだ、俺に伝えに来れただけまだ、怒髪天を突くほどではない。


「ああ、見た。堕ちるとこまで堕ちやがった。あれはダメだ。あれはやっちゃいけねぇ。あんなもん。兵士じゃねぇ」


 理由を付けて、押さえつけるように教官を止めることはできるが、歯を食いしばり、手を握りしめ、見てきた光景に怒りをにじませて我慢しせめて最低限の軍としての筋を通そうとしている教官を止めてしまえば逆効果になる。


「……一週間、いえ三日の猶予をください。それで精鋭部隊を集めて編成します。ここから離れた場所で奇襲による一撃離脱を繰り返して薬の生産工場を破壊します」

「三日だな?」

「ええ、三日、その怒りを研ぎ澄ませてください。代わりに、一つだけ約束してください」

「あ?」

「全員の無事の帰還を、こんなくだらないことをする輩に渡す命なんてうちにはありません」

「くっ、ガハハハハハハハハ!!!おう!わかった。そうだな、おう、全員無事に帰って来てやるぜ!!」


 ならばここは、流れを操作すべきだ。

 ここで一つ、流れを生み出すべきだ。


 今日の一言

 出来る奴は、先を行く。





毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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