699 早急に答えを出す必要はないが、期限は決める
「ただいまぁ」
「お帰りなさい」
貴族って言うのはなんでこうも疲労を伴う会話しかできないんだ。
揚げ足を取ったりはしないけど、自分たちの国をできるだけよくしようっていう心意気が、全力で俺から言質を取ろうと隙を伺っていた。
だから俺は失言をゆるされず、こうやって気疲れしながら帰ってくることになった。
襟元を緩めながら部屋に入ると、浮遊魔法で書類を移動させながら、仕事を処理するスエラが立って俺を出迎えてくれた。
「教官は?」
「国境線の確認に出向いていますね。帰ってくるのは明日の昼頃だと聞いています」
てっきりこの時間帯に帰ってきたら教官は酒盛りでも始めていてそれに巻き込まれるモノだと思っていたが、出迎えてくれたのはスエラだけだった。
いや、それが嫌だとかという感情は一切ない。
むしろ、笑顔で出迎えてくれる奥さんがいるのはかなりうれしい。
「教官が、自ら出向いた……なにかあるのか」
問題なのは、教官が自ら足を運んでいるという事実だ。
あの人の場合、根拠なく動いて成果を出してくる。
疲れていた頭が一気に覚醒して働きだす。
腕を組み、何があるかを想像してしまうのは最早職業病だ。
「怪しい動き等の報告はありませんが、あの方が動くと冗談になりませんからね。おそらく、私たちに後方支援を頼んで好きに動こうと考えているのでは?」
「普通にあり得そうだな。何気に俺が考えた作戦も気に入っていたみたいだし、存外難民を助けに行ったのかもしれん」
「それだと目立つ行動になり、こちらの計画的にはまずいかもしれませんよ?」
「教官が不利益になりそうな動きをするとは思えないんだよなぁ、もしかして国境線超えて、とんでもない位置に現れて逃げる方向も考慮してこっち側から注意を逸らすなんて荒業を披露していたり?」
しかし、あの教官を想像の範疇で予測するのはほぼ無理だ。
奇天烈とまでは言わないけど、予想の斜め上は通常営業で超えてくる。
「そんなことは……ありえますね」
冗談半分、いや四割くらい冗談で残り六割くらいは本気で俺は予想を言ってみたが、スエラは一瞬真面目な顔になって考えてみるとあり得ない話ではないことに考え付く。
「実際、危険ではあるけどそれをやってもらえるだけでこっちの戦力の居場所を隠せる。タイミング的にゲリラ戦を仕掛けるのが一番向こうが嫌がる戦法だからな。兵力損耗している状態で回復を妨げるのならこれ以上にない嫌がらせだ」
「そうですね。国境をまたいで同盟を組んでいる連合国の一番の欠点はその横繋がり故に鈍足であること、一度動き出せば勢いは凄いですが代わりにこう言った細々なことが散発するとその足は鈍りやすいんですよね。相手の数は多いですが、鬼王様でしたら少数精鋭で中央突破をすることも可能です」
「普通に考えたらこれも異常と言える範囲の作戦なんだけどな。なんでだろう、これでも足りないと思っている自分がいる」
「私もです。あの方ですと、自分の予想に見落としがあるような気がします」
俺もスエラも教官に振り回された経験がある。
だからこそ、動けば嵐が起きることは容易に想像できる
「まっ、考えても仕方ない。臨機応変に対応できるようにしておくか。これ、馬車の中で作っておいた今回の会議の報告書。教官がいないからあとで回しておいてくれるか?」
「わかりました」
でも、俺たちにできることはほぼない。
精々この拠点の完成度を上げて、さらに周辺国を取り込むことくらいだ。
その一つの成果である俺の交渉結果をまとめた物をスエラに渡すと早速彼女は目を通し始める。
「様子見ですか」
そして総評として彼女の感想は、進展なしとも言えるような内容だった。
「現実問題が邪魔したって感じだな。現状どちらの方が勢いがあるかは判断しずらいしな。イスアルの軍の本体は健在。勇者も無傷。ここで人類同士で戦う覚悟を決める要素はないってところだ」
「風見鶏を決め込める立場でもないと思いますが」
「だが、完全に従うというタイミングでもない。こちらから引き出せるだけの条件を引き出そうとしているのは、向こうの貴族と変わらなかったな。まぁ、皮肉が少なかったのがまだマシだけどな」
今回は顔合わせて互いの言い分を聞いておしまい。
向こう側としても話し合う時間が欲しいだろう。
なので俺は三日ほど滞在し話し合った後にこうやって帰ってきた次第。
向こうの返答待ちという形式をとったが、時間的猶予を与えたという感覚はない。
「外部に連絡を取る可能性は?」
「ない、と断言はできないが、それでもやる可能性は低いだろうな。教官の実力を見て逆鱗に触れるようなことをするほど度胸もなければ頭も悪くはない。立ち振る舞いを慎重にやるタイプだ。状況が変化すれば普通に仲間になるが、変化しなければ様子を見るタイプ。一番動かしにくい性格だよ」
こうやっている間にも、俺たちは戦争の準備をしているし、相手側からしたら協力関係を作りたいなら早々に答えを出す必要がある。
時間は敵だ。
共同戦線はまだ構築していない。
であるなら歩調を合わせる必要はない。
相手が勝手に動き回らないように、こちらが勝手に動いているのは相手も百も承知。
「猶予がないという自覚はあるようですが」
「楽観的ではなく、頭が固いタイプ。こうしたいが、こうすることは許せないと道を細くするタイプだな。良く言えば堅実、悪く言えば頑固」
報告書を読み終えたスエラはその報告書を、保管するために棚に近づく。
俺は、そのままこの部屋に設置されているお茶を淹れられるエリアに足を運び、二人分の茶を淹れる。
「どうするおつもりで?」
「次で頷かせるほかないだろうな、ここで共同戦線を組んでおかないとスケジュール的に間に合わないし、魔族と人間で協力しなければこの戦争は終わらせられない」
魔法というのは本当に便利だ。
お湯を一瞬で沸かし、こうやってすぐに淹れたてのお茶を飲むことができるのだから。
「ほい、一服しよう」
「ありがとうございます」
マグカップを持って、片方をスエラに渡して、少し行儀は悪いがテーブルにもたれかかる。
「今回の話し合いでメリットとデメリットを提示した。次の話しで持ち込むのはトライス、いや神の不正行為だな。もともと太陽神に人を思いやる気持ちなんてない。それを歴史の史実に基づいた証拠を持ち出して向こう側に着くことのデメリットを植え付ける」
「できるでしょうか?」
「やるしかないな。口八丁はあんまり得意じゃない。だが、苦手だからと言って避けるわけにもいかないからな」
やることが山積みなのはいつものことなんだが、今回は畑違いすぎてため息が自然と多くなる。
やらねば、何事も終わらぬとはよく言ったものだ。
目の前の高い山を見て、疲れるから登りたくないと人は自然と思う。
それと一緒で、この仕事は着手すれば間違いなく苦労するのは目に見えている。
口の中に入れたほろ苦いコーヒーなんて目じゃないくらいに苦い日々が来るだろうな。
「そうやってやるべきことにしっかりと向き合えるのは次郎さんのいい所ですよ」
「そうかね?」
「ええ、なのでさっそくこの仕事の方を終わらせましょう。少しでも早く終わらせれば次の仕事が軽くなりますからね」
「了解」
正直に言えば、交渉をするよりも書類仕事をした方が気が楽だ。
「ダンジョンで鉱樹をぶん回していた日々が懐かしいな」
「そうですね、あの時と比べたら書類の作業が増えてますからね」
それ以上に、鉱樹をぶん回してモンスターを切り倒していた日々の方が楽だと感じている自分がいる。
敵を倒せば評価される。
本当にシンプルかつ分かりやすい理屈だった。
地位を上げれば上げるほど、その評価基準が変化してどんどん複雑化する。
シンプルに戦うことだけで終わる地位ではない。
元々社畜だったから、そこまで書類仕事に苦手意識を持っていなかったのが幸いだ。
「物資補給の目途は立ったか」
「ええ、次郎さんが日本政府とのパイプを繋いでくれているおかげで食料品関連は補給しやすくなっていますし、ダンジョンの中に試作で作った薬草畑のおかげでポーションの補給もしやすくなっています。問題は建築資材ですね。度重なるイスアルからの襲撃で、大陸の方でも建築資材が不足気味ですのでそちらの資材は高騰しています。メモリアさんがトリス商会でなんとか確保してくれていますが、それでも予定よりも多い出費に繋がっています」
「経費としては差し引きでトントンくらいか?」
「若干、余裕があると言うくらいですがこれ以上建築資材が高騰してしまったらマイナスに傾く程度の余裕ですね」
「魔法建築で多少節約できると思うか?」
「土魔法の使い手で建築に長けている人物はどこでも引っ張りだこですよ。こちらの方で確保するとなるとそれ相応の時間が必要になりますね」
「巨人王と交渉するかぁ、もう一回近衛借りれればいいんだけど」
「それができれば一番ですね、巨人王の近衛部隊がいれば砦の一つや二つ簡単に作れますから」
最近、貴族との交渉と書類整備しかしていない。
ダンジョンで暴れまわっていただけの時間がとても恋しく感じる日々だ。
戦いに飢えていると言うよりも、体を動かしたいと言う欲求に近い。
会話をしながらも手は止めない。
高速印刷機かってくらいに文字を書き続けている手は残像を残して複数本あるように見える。
「問題は、その巨人王も忙しいってことなんだよなぁ。正直こっちに援軍を送れる余裕はないだろうし。それ以外に建築しないといけない場所はいくらでもある。こっちは比較的余裕があるから、優先度は低くなる」
「そうですね。鬼族も十分に建築技術はあります。それに人海戦術で作業効率を早めることもできます。なので、ここで巨人族を呼び出す理由はないですね」
教官の決済印が必要な書類だけ後回しにして、俺たちの判断で処理していい書類だけ的確に処理していく。
「あとは、もう少し防諜に適した部隊が欲しいな。外部もそうだけど、内部にも監視の目が欲しいところだ」
「信用はコツコツと積み上げていくものですが、信用できませんか?」
「上はまだいい。話した感じは感情じゃなくて理屈で動くタイプだ。嫌悪感を押し殺しているとまでは言わないが、嫌悪感で損益を生み出さないタイプと言っていい。見張るのはその下だ。魔族に従うことに対して間違いなく嫌悪感が前に出て暴走する輩がいる。その見張りが必要だ」
その処理をしていく最中で、書類の情報を読み取る。
その情報をインプットすると自然と頭の中で足りないものが浮かぶ。
今日の交渉で感じた率直な部分もあるが、間違いなく問題は出てくる。
完璧に物事を進めるのは不可能だというのは実体験で知っている。
むしろ、完璧だとほざく奴ほど信用ならない。
「全部を見通すことは不可能ですよ?」
「それはわかってるが、それでも耳と目は広げるに越したことはない。正直、上の暴走よりも下の暴走の方が怖い。上は止め所をわきまえているが、下の奴らは止め所を知らずに理想に突っ走る。ここで下手な火種は作りたくないんだよなぁ。良い所に人材が落ちていないかな」
それを踏まえて、保険をかけておきたい。
そんな保険になりそうなちょうどいい人物なんて……
「あ」
いたわ。
今日の一言
速めの解答、それがリカバリーしやすくするコツ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




